●32日目 01 早朝『最後の戦い1』

 立てこもり生活が始まって一ヶ月が過ぎ、ついにこの学校での最後の戦いが始まる。


「思ったより派手に攻撃してこねえな。もっと一気に押しかけてくるもんだと思ってたんだがな」

「ひょっとしたらエサの権利をめぐってお互い牽制しあっているのでは」

「いくらなんでも知恵が働きすぎだろ。にわかには信じらんねぇ。確かに変質者同士ケンカしているのは見かけるが」

「あくまでも推測ですよ。ちょっとした雑談です」


 学校屋上。そんな梶原と光沢の会話をよそに、沙希は設置された机に敷いた町内の地図を広げて指示を飛ばしていた。その近くにはラジオが置かれ、絶えず最新の情報が流されている。せっぱ詰まった状況がやっと伝わったらしく、まもなく国会で沙希たちを救出する法案が可決される見込みだ。


 当然、襲ってくる変質者たちは「正当防衛」の範疇なら武力を行使しても構わないとされている。電話の向こう側にいる人たちが尽力してくれたようで昨日の約束どおり法案が通った時点で、すぐに救助隊を送ってくれるらしい。


 沙希はトランシーバーで状況を確認する。


「八幡、周辺の状況はどう?」

『周辺を彷徨いている変質者は動きが激しいけど、押し切られるような状態じゃないね』

「略奪者たちが本格的に動いてくるのはやっぱり……」

『僕たちが救出されるのが確定したらかな。多少のタイムラグはあるといいんだけど。おっとちょっと行ってくる』


 八幡から連絡が途切れ、校門近くのフェンスをはしごで登ってこようとする変質者を追い払いに向かった。


 光沢も双眼鏡でいつもの胡散臭いスマイルを浮かべつつ周辺の状況を見ながら、


「しかし、本当に何だったんでしょうね、この状況は。街全てが変質者になった中、我々だけが正気を保ち、街の外からやってきた高い知能を持った変質者――略奪者が襲ってくる。ここまで生き残ったとは言え謎だらけです――おっとすいません。この話は禁止でしたね」

「いいわよ、別に。何かいいたことをがあるのなら今のうちに吐き出しておいたほうが気分が晴れるかもしれないし」


 沙希も双眼鏡で周辺の様子を探る。学校に群がる変質者たちの中にぽっかりと穴の開いている箇所があった。その中央には略奪者の姿がある。不気味にじっとこちらを見ていた。


「わからないことだらけだけど、一つだけ確信できることがあるわ。この状況を作り出した連中はあたしたちが脱出できるとはまで考えていない。あたしだってここまでこれた事自体夢じゃないかと思うときもある。それに生き延びれば証拠を持ち出される可能性があるわけだし。だから生き残ることこそ、連中に一撃を浴びせられることでもある」


 沙希はニヤリとあくどい笑みを浮かる。


「それで絶対にやったことの罪を償わせてやるわ。この学校を脱出してね」


 そのときだった。ラジオから緊急ニュースが流れだす。ついに沙希たちを救出するための法案が可決されたとアナウンサーが伝えている。


 だが、彼女を含めた生徒たちに笑顔はない。それは変質者たちが暴れだすトリガーになるはずだからだ。


「来るわよ。警戒を怠らないで」


 周囲にいる治安担当チームと志願して参加した生徒たち、そして体育館に避難している生徒も全て息をのむ。


 沙希が救出の予定について電話で確認を取っていたところ、その異変に最初に気がついたのは梶原だった。


「……変な声が聞こえねぇか?」


 その言葉に沙希は会話をやめ耳を澄ませた。風に低音の地鳴りのような音が混じり始めることがわかった。次第にそれは大きくなり、最後は地鳴りのように大きな音が周囲になり響き渡った。変質者たちが一斉にうなり声を上げているのだ。


 緊急ニュースから五分。変質者たちの間に沙希たちがもうすぐ救出されることが伝わったのだ。


 そして、猛烈な勢いで変質者が学校めがけて迫り始めたのを双眼鏡で確認した沙希はすぐさまトランシーバーを握ると、


「八幡、作戦開始よ。周りの建物を全て焼き払え!」

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