●22日目 06 昼『自分のせいで誰かが死んでしまった』

 沙希が生徒会室に戻ると、額に拳を当てて俯いている八幡の姿がまず目に入った。つぎに生徒会長席に座っている高阪に視線を移す。いつもの笑みを浮かべているように見えたが違った。完全に無表情になっていた。もとからかわいらしい美人のため表情が無くてもまるで微笑んでいるように見えてしまうのだが、これは明らかに顔色を失っている。


 生徒会室の雰囲気は完全に沈み、言われなくても作戦は失敗、それも全く成果ゼロ損害大の大失敗だったことが感じ取れた。

 高阪は重々しい動きで沙希の方を見て、


「……出てきていいなんて指示はしていないはずなのだけど」

「八幡! 落ち込んでないで今すぐ状況をわかりやすく簡潔に説明!」


 高阪を無視しそう一喝すると、八幡は俯いたまま、


「二十人でスーパーマーケットの三方向から奇襲して相手の電動ガンを奪い、それを使って制圧するつもりだった。地の利はこっちにあるから隠れて近づけると思っていたんだ。でも配置につく前に突然杉内たちのチームがいた辺りで爆発が起きて――たぶんあらかじめ仕掛け爆弾が設置されていたのに引っかかったんだと思う」


 八幡の説明に、部室の中で聞いたさっきの音はそれかと納得した。さらに続けて、


「その後は悲惨だった。ボウガンで二人撃たれて動けなくなって、雨あられのように改造電動ガンを喰らったみたい。結局近づくことも出来ずに十人置き去りになっちゃったよ。その内六人は確実に死んでいたっていう報告もある。残り四人はわからない」

「ちょっと待った。八幡はその作戦に参加していなかったの?」

「していたけど、現地組へは参加しなかった――というか杉内が危険な任務だから万一のために僕は学校側で指示してくれって……。杉内は最初の爆発で死んだって……」


 そう言ってまた顔を落とす。八幡自身もこの作戦に異議があったのだろうが、周りの声が大きすぎて突っぱねることが出来なかったのだろう。


 六人死亡、四人行方不明。最初の食糧確保以来の大惨事だ。


「で、高阪。次の手は?」

「……それは……」


 珍しく声のトーンが落ちていた。作戦失敗を気に病んでいると言うよりも犠牲者が出たという、自分の責任で犠牲者が出たというショックにうちひしがれているようだった。


 ――いやそれもちょっと違う。ギリギリのところで自分の中で言い訳し続けて自我を保ち続けているため周りに気を回せないのか。


 沙希はちっと大きく舌打ちをする。このままじゃまずい。校内の生徒たちを教室に閉じこめておくことができるのも限界がある。その前に次の手を打たなければならない。


 だが、そんな彼女たちお構いなしにさらに事態は悪化する。突然、耳をつんざくような爆発音が響き渡り突風で窓ががたがたと激しく揺れた。すぐさま窓から外を眺めるが、生徒会室からでは何も見えない。


 沙希はすぐさま生徒会室を出て屋上に登った。最初はそこでも何も見えないと思ったが、ほどなくして町の一角から黒い煙が上がり始めるのに気がつく。遅れて梶原がどこから手に入れてきた双眼鏡をもって現れ、それを彼女に手渡した。


「なんてことすんのよ……」


 沙希は双眼鏡でその煙の発生源を見て唖然とする。周囲の建物の配置から見て、それがさっきまで所有権を争っていたスーパーマーケットなのは間違いなかった。やったのはもちろん略奪者たちだろう。目的はわからないが、爆破されて炎上している。


 八幡と治安担当チーム数人、それに高阪も屋上に登ってきた。沙希はすっと煙の方を指さして、


「スーパーが爆破されたわ」


 その言葉に八幡は唇をかみ、高阪はさらに顔から血の気を失せていった。


 沙希は双眼鏡を梶原に返すと、八幡のそばに行き、


「行くわよ、行方不明者の捜索。あんたが運転して、あたしも同行するから。誰も置き去りにはしない。以前と何も変わってないのは分かっているわよね」

「ああ……そうだね。探しに行かないと」

「残った治安担当も外に出歩かないように校舎内に隠れていて。場合によっては一回の防火シャッターを下ろしても良い。他の生徒たちも教室で待機させてとにかく黙らせること。今重要なのは略奪しに来た生存者だか変質者だかわからない連中にあたしたちがここにいることを知られないことよ」

「私がそのあたりをやります。生徒会長は現場に向かってください」


 光沢がその役目を買って出た。


「悪いわね。当初の約束を違えることになって」

「いえ、状況が状況です。微力ながら尽力させてもらいますよ」

「――私も」


 そこに割り込んできたのは高阪だった。表情の無くなった顔ですっと手を挙げている。


 指導者を不在にするのはどうかと思ったが、この調子ではすでに彼女は使い物にならない。万一学校に残し沙希のいない間に不安定になった彼女がこれ以上何かやらかす可能性を考えれば、目の届くところに置いておいた方が良いと考える。


「辛いものを見ることになるけど覚悟は出来ている?」

「責任……取るのが責任者の仕事だから」


 高阪は独り言のようにつぶやくだけ。その目はすっかり光を失っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る