●15日目 01 昼『安定と歪み』

 学校に立てこもってからついに2週間を超えていた。濃密すぎる状況で生徒会長である沙希にとってはもう1年ぐらい経っている気がしている。


 いい加減救助が来ても良い頃だと思っているが、小型のテレビ――大きめの外付けアンテナを設置し、小型でやや静かな自家発電機をベランダにおいて見れるようになった――を付ければこの有様である。


『依然としてT県内には病人の方々が多数いるわけです。しかし政府はそれを犯罪者とみなし攻撃しようとしている。これは自国民に対する虐殺なのでは!?』

『T県内で暴動に加担している人たちについては原因が未だはっきりとしていませんものの、現在も商店や避難所を襲撃しており犯罪を犯していていると判断せざるを得ず、取締を行うのは当然だと判断しております』

『暴動を起こしているとしていますがそれは本当に自分たちの意思で行っているものだとできる情報はあるんでしょうか!? 取り締まるのではなく保護するのが正しい判断でしょう!』

『しかしながら襲われる人たちを守るという義務も治安を担う私たちの義務でして――』


『厚生労働省では感染者の数名を保護し、現在も治療や原因究明に当たっているものの、感染者の精神状態が常に興奮している状態で医師が近寄ることも難しいと述べています。鎮静剤を投与し、興奮を押さえ込む処置も行われましたが全く効果がないとされており、現場では前例がない症状であると困惑を隠していません』


『感染者が人を食うモンスターだと言っている呆れた人達もいるようですが、あの人達は病気なんです! まさか病人だからという理由で弾圧して良いはずがありませんよね!?』


『政府としては避難所で救助を求めている被災者たちを救出するために武力を行使するべきという意見が強まっていますが、問題なのはT県は以前から政府与党の票田であり、与党議員の一部が少ないとされる被災者よりもより多い感染者の家族の保護を優先するように求めていることにあります。野党はこの状況に応じて感染者の関係者に近寄り、今後の選挙基盤にしたいという思惑があるのでしょう』


『スクープです。保護されている感染者に対して暴力を伴った虐待や国内では認可されていない薬物を使って人体実験をしているという内部告発がありました。これについて、厚労省は確認を急ぐとしています』


「……頭痛い」


 沙希はテレビを消して頭を抱える。外は相変わらず変質者に扱いを決めあぐねていて、その対処も原因も何も進んでいない。


「仕方ないでしょう。国という立場なら変質者の人権を考える必要が――」

「わかってる。わかってるけどなんでもいいからなんとかして欲しい」


 しかめっ面の沙希に声をかけた光沢はまたノートパソコンをカタカタと打ち始めた。

 沙希はそこに首を突っ込み、


「で? できそうなのそれ」

「ネットが使えないので記憶と少ない資料で手探りでしたが、単純なものなのでなんとかなりそうですよ」


 そう言ってスマートフォンが手渡された。しばらくするとピロロンとメール着信音がなる。


「おお、本当にメール来たし」

「これで生徒会からのお知らせをやるためにいちいち全校集会や生徒会会議をやる必要もなくなると思いますがどうでしょう?」


 一昨日、職員室で雑務担当が使えるものがないかあさっていたところノートパソコン数台と教師がインターネットに繋ぐために置いてあったルーターが発掘されたという報告を受けた。ちょうどその時に沙希が毎度毎度お知らせに手間がかかると愚痴っていたので、光沢が学校内だけで使えるインターネット――こういうのをイントラネットというらしい――を構築してスマートフォンで簡単に受け取れるようにしてみてはどうでしょうという提案を受けた。なんでも趣味でプログラミングをやっていたため、簡単なものなら作れるらしい。


 そういうことで光沢がノートパソコンをメールサーバにしてルーターに繋ぎ生徒会室に設置し、クラス委員や各担当の責任者がスマートフォンでお知らせメールを受け取れる環境が出来上がった。これで連絡の手間が省ける。


「じゃあ夕方の生徒会会議まで責任者とクラス委員分のスマートフォンの用意をしておいて」

「わかりました。充電が必要になるので一人につき二台ずつ用意しておきます」

「おい、そろそろ時間だぞ」


 梶原に促されて時計を見るとすでに予定の時間になっていた。沙希は立ち上がた。最近は一日一回生徒会長自らの目で各担当の働きを確認することにしているのだ。


 ただし同行するのは梶原一人だけ。光沢は生徒会長補佐から現在は広報担当になっている。色々自分なりにやりたいことが出来たという申し出を了承した形だ。



 まずやってきたのは食料担当の作業場だ。ちょうど1階の教室と裏庭では夕食の準備が始まっていた。


「調子は?」

「あ、生徒会長こんにちわ」


 応じたのは責任者の栗松だった。ちょっと前までは身内を失ったショックが残っていたのがわかるような面構えだったが、今ではすっかり責任者としてしっかりとした風格になっていた。


 調子はどうか聞こうと思ったがすぐに口より鼻が動き始める。懐かしくも美味しそうで強く記憶に残る臭いが漂っていた。


「今日の夕方の配給はカレー? よく出来たわね」

「ご飯は炊飯器で炊けるし、いつもおにぎりとかごはんに振りかけをかけたものばっかりじゃ飽きちゃうから今日は思い切ってカレーに挑戦してみたんだ」

「野菜と肉は?」

「缶詰のものを入れたよ。たくさんは確保できなかったから気休め程度だけどね。ほとんどがルー状態」


 たはははと後頭部を書く。


 沙希は問題なさそうだと考えて、その場を離れる――このまま残っていたら腹が減りそうだったからだ。



 で、次にやってきたのは治安担当の詰め所――だったのだが、


「よし、じゃあ今日も訓練行くよ! 校庭まで全員ダッシュ!」

『はい!』


 と、沙希がつくなり全員駆け足で出ていってしまった。その後に八幡が出てきて、


「生徒会長何か用? 今から抜き打ち訓練やるからあまり時間が取れないんだけど」

「……あんまりしごきすぎて生徒を怪我とかさせないでよ。満足な治療もできない状況なんだから」

「大丈夫だよ。その辺りは心得ているつもりだからさ」


 いつもの幼気な笑みを見せる八幡。沙希も邪魔しちゃ悪いと早々に引き上げることにし、


「いやちょっと見回っているだけだからいい。治安の方はよろしく」

「わかった」


 そう言って駆け足で校庭に向かっていった。


 というわけで沙希は次の場所へと向かう。


「そういえば高阪のやつはどうしたんだ? サボりか」

「あの人がそんなことするようなタイプじゃないってわかるでしょうが。でも珍しいわね。いつも問題のある場所にいるのに」


 梶原とそんな話をしつつ雑務担当の教室についた――が、今度もほとんどの担当の生徒がいない。二人ほど備品の整理をやっていただけだ。


「責任者いる?」

「うわっ!」


 突然呼びかけたせいだったからだろうか、いきなり雑務担当の男子一人が仰天してこちらを振り返った。そして、すぐさま小走りで沙希の元に駆け寄ると、


「せ、生徒会長ななにか御用ですかっ?」

「そんなモンスターに出会ったような緊張しなくていいから。責任者いる? ちょっと様子を見に来ただけ」


 ビビリまくりの生徒に沙希は自分が一体どんな扱いをされているのかと少し心配になる。男子は近くのトイレを指差し、


「今あっちで作業をやっています。トイレが詰まったとか騒ぎになっていたので」

「詰まったぁ?」


 沙希はやれやれとそっちに向かう。見れば男子トイレの中からあーだこーだと作業の話し合いをしている声が聞こえた。その中には女子の声も混じっている。


 男子トイレに入るのは少し気が引けたものの、今更だと頭から振るって中に入り、そこにいた雑務担当の責任者の男子に声をかける。


「状況は?」

「わざわざすいません生徒会長。トイレの一つが詰まってしまって」


 見れば汚水が溢れ出し辺り一帯に広がってしまっている。誰かが用を足したあとに水を流したらこうなってしまったのだろう。


「直せる見込みは? 別にトイレは他にもあるから無理せず閉鎖という手段でもいいわよ」

「はあ……それでも良いかなと思ったんですが、副会長がせっかくだからやってみると」

「副会長?」


 ここで沙希の声を聞きつけたのか、用具入れ部屋の床にある出入り口から高阪がすすで汚れた顔を出してきて、


「生徒会長さん、なにかあった?」

「こんなところで何してんのよ」


 沙希の問いに高阪は周りにあった工具用具を集めつつ、


「トイレが詰まっていたけど調べてみたらもっと奥の方で詰まっているみたいなのよね。このままだとこの階のトイレ全部が使えなくなる上に、上階のトイレも詰まる可能性があるからキレイにしないとまずいかな――なんて」

 

 いつもの優しげな笑みを浮かべて答える。見かけないと思ったら結構な大作業に首を突っ込んでいたらしい。


 とはいえやめさせる理由もないので、


「修理をするのは良いけど、怪我だけは避けてよね。あんたの代わりはいないんだからできなかったら別の方法考える」

「そうするよ」

「あとせっかくだから雑務担当と一緒にやって。そういう作業方法は複数人で見て技術を身につかせたほうがいい」

「了解。じゃあこっちに来て」


 高阪が手を振ると、責任者の男子がなんか嬉しそうに床下へと潜ろうとする。が、途中で立ち止まり、


「実は他にも緊急の問題がありまして」

「なによ」

「トイレットペーパーが足りないんです。あと二日以内にはなくなると思います。どうも副会長が見た限り、今回のつまりの原因もトイレットペーパーがなくて別のものを使ったからだと」


 ただただため息しかでない沙希。とはいえトイレットペーパーがないとか平常時なら笑い話だが今の状況では衛生面でかなりのリスクを背負うだろう。


「わかった。次の物資確保はトイレットペーパーメインにする」

「よろしくお願いします」


 あとで八幡のところに戻って調整しなければならなくなった。


 最後に立ち寄ったのは保健室だった。ここは昼間は作業を持たないランクCの生徒のたまり場になっている。ランクAやBの生徒たちの視線が辛いということで保健室登校状態になってしまっていた。


「はっきり言えば、もうすぐ持たなくなる生徒が出るかと」


 医療担当責任者の男子が難しい顔でそう沙希に告げた。


 思ったよりランクCの生徒たちの疲弊が激しかった。大方のランクCの生徒はトランプをやったり、娯楽用に入手したゲームをやっていたりするが、一部は男子も女子も目が虚ろで薄汚れて動く気力もなく保健室の壁に寄りかかっている。


 沙希はしばらく頭を掻いた後に、


「食料は通貨代わりだから簡単には増やせない。ランク制自体に不公平感が出る」

「そう……ですか」


 一瞬残念そうにする医療担当責任者だったが、沙希は肩に手を置き、


「代わりにスポーツ飲料は好きな時間に飲めるようにするわ。一昨日の物資確保で粉末を入手してあるから、食料担当に言ってもらってきて。あとは保健室で好きに使っていいわよ。それで少しは延命できるでしょ」

「……は、はいありがとうございます!」

 

 そう顔を明るくした。が、すぐにまた困った顔になると、


「ところで少し気になった問題がありまして……」


 医療担当の責任者が恐る恐る耳打ちしてくる。


「最近、ランクCの生徒の中でも数人明らかにおかしい衰弱の仕方をしている人が見られます。配給した食料はちゃんと食べていると答えているんですが、かといって風邪を引いているとかそういう感じもないです」


 沙希は再びぐったりとしているランクCの生徒数人に視線を送る。


「となると?」

「で、噂なんですけどランクBの生徒の一部がランクCの生徒の食料を脅して奪っているって話が」


 沙希はこの報告に驚かなかった。すでに別ルートからでも耳に入って情報いたからだ。


「ありがと。そっちについては他言無用で。あたしのほうで確実に処理するから」

「お願いします」


 すぐに保健室から出て治安担当の八幡のところに向かう。すぐ後ろを梶原がついてきて、


「どうするんだ?」

「決まってる。あたしの作った秩序の下で勝手なことをしているアホがいるのなら叩き潰すだけよ」



 翌日大掛かりな制圧作戦が実施され、不良生徒たち数名はあえなく治安担当に取り押さえられ、穴掘り作業へと従事することになった。

 

 治安、食料、衛生、医療など各方面の担当が作業に慣れてきて、まだ不安要素は多いものの秩序が安定しつつある。これならばもうしばらくこの学校で粘れるはずだ。あとは救助を待つだけでいい。



 だが、助けが来る気配はまったくなかった。

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