●22日目 09 夜『高阪美咲』
「夕飯もってきたわよ」
薄暗い校庭。沙希はそう言っては部室練の一室に入る。外には梶原が護衛のように立っていた。その中には保健室から持ち込んだベッドが置かれ、高阪が寝ている。だいぶ落ち着きを取り戻したものの、まだ立ち上がる気力はないようだった。
生徒集会で責任宣言をしたものの、全生徒たちがはいそうですかと納得するとは思えない。校内に置いておけば何らかの危害が加えられる恐れもある。そこで八幡の協力の下、部室の一部屋を片付け掃除し、ベッドを持ち込んで病室にした。空気の流れも悪いので清潔とはほど遠かったが、ここなら身の安全は守れる。
「安心して。ここにあんたがいるのはごくわずかな人しかいないわ。食事は夜だけあたしが持って来る。一日三回もってくると目立つし、また変な反感を喰らいそうだから」
「…………」
高阪は布団を被ったまま何も言わない。沙希は小さく溜息をつくと、自分の肩をもみ始め、
「ホント、副会長の力を早々と実感させてもらったわ。たった数時間だけだってのに、何でもかんでもあたしのところに話が来るから、仕事が七割り増しぐらいになったわよ」
やれやれとこぼす。すると高阪がすっと布団から顔上半分だけ出してきて、
「私のこと……恨んでないの?」
そう恐る恐る聞いてきた。沙希はふっと笑みを浮かべると、
「副会長は間違ったことは何もしてない――あ、いやあたしたちを殺そうしたのはちょっとやり過ぎだったけど、気にするものでもないわ。誰だって一度や二度間違いは犯すものだしね。むしろ、あの状況じゃ判断しきれなかったあたしの方に問題があった。何であれ決断して押し通すべきだったのを副会長が代行して決めただけ。頭が機能不全になったなら二番手が判断するってのは組織的にも間違ってない」
「でも、たくさんの人が死んで……」
「あたしも自分が発案した作戦で六人死なせているわ。りせっちが死んだのはどう考えてもあたしの判断ミス以外のなにものでもない。そして、高阪のやった作戦も結局はあたしがやるべき事だったんだから、その責任もあたしのもの。合理的でしょう?」
そんな沙希の言葉に高阪は疲れた視線を沙希に向けると、
「……どうしてそんなに背負えるの? 私ならとても耐えられない――耐えられなかったのに」
沙希は肩をすくめると、
「――なんでだろうね。多分あたしは性格が悪くて元々非情な人間だから……でいいんじゃない? まともな人間じゃここまでやってこれなかったから、別に悪いとは思ってないけど」
「私はずっと人のためになることをしろって、人に好かれて喜ばれることをしろって教えられてきた」
高阪はおもむろに語り出す。
「うちは親がずっと海外を飛び回っていて、お兄ちゃんも遠くの大学に通っているからおばあちゃんと長い間二人っきりだったの。おばあちゃんは凄く優しくて私をずっと支えてくれていたの。何でこんなに優しくしてくれるの?って聞いたら、優しくされるとみんな優しくなれる、そしてそれはきっといい結果をもたらしてくれるって教えてくれた。だから私もそうやって生きようと思ってずっと誰にでも優しくしてきたの。でもこの状況に陥ってからどうすればいいのかわからなくなっちゃった。一旦家に帰っておばあちゃんにどうすればいいのか聞こうと思ったけど――元々身体が弱くて寝たきりの時が多くなっていたから、変質者にもならず息を引き取っていたの。それでも今まで言われたとおりに、人のためにがんばろうと思って学校に戻ってきたんだけど――」
「生徒会長が不良生徒をボコったりして強圧なやり方でまとめていたと」
沙希はとりあえず話を聞いて気を楽にしてやろうと耳を傾け会話に努めることにする。高阪は続ける。
「そう。でもそれでうまくいっている。生徒たちもずっと不満を言うのにその場から離れようとせず、むしろ生き生きとしている人さえもいた。私はどうすればいいのかわからなくなってきて、あなたのそばにいればわかるんじゃないかって。それで時には悪いことをして結果人に受け入れられることもあるんだってわかった。だから――」
「あたしの方針が間違っていると感じて、それで押し通そうとしたってことね」
沙希は溜息をついた。いろいろ黒い噂があった高阪だったが、蓋を開けてみれば温室育ちの純粋無垢なお嬢様だったというオチだった。ただあれだけの能力を持っているんだから相当な努力も欠かさない、やると決めたらまっすぐ突っ走るタイプでもあるのだろう。経験不足が生じて極論を導き出してしまったのが今回の原因だったということだ。
それ以上語ることがなくなったのか、高阪はまた布団に顔を埋めてしまう。そんな彼女の肩を何回か叩いてやると、沙希は立ち上がり、
「今はいろいろ考えなさい。今後どうするのかとかも含めてじっくりとね。ここなら安全だし時間もたっぷりあるから」
やはり何も答えない。沙希はそのまま部室の外へと向かう。途中一度だけ振り返ると、
「あんたも他の生徒たちも絶対にここから連れ出してやる。だから今はゆっくり休みなさい」
そう言い残して出て行った。
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