●24日目 03 夕方『行動と責任』

「見事に地雷を踏んでしまいましたね」

「調子に乗りすぎたな」


 沙希の背後にいた光沢と梶原がそんなことを言っていた。沙希はしばらくパイプ椅子に座っていたが、ゆっくりと立ち上がり大きく伸びをしながら壇上へと向かった。ひどい態度だと言われそうだが座り心地の悪かったので実際にだるくて仕方がなかったのだ。


 そして、演説を始める。


「あー、正直に言うけどなんでこんなことになっているのかよくわからないし、そもそも生徒会長の座を誰かに譲る気もないから、この戯言発表会も何の意味もない」

「……っ!」


 この物言いに脇でパイプ椅子に座っている尾崎が唇を噛んでいる。今に見てろという感じだ。


 沙希はほっといて続ける。


「でもまあせっかくだから言いたいことを言えるタイムに使おうかと思って、こうして壇上に立っている。まず最初にこの学校内にいる生徒たち全員に言いたい」


 ここで大きく頭を下げた。


「ありがとう」


 聞いていた生徒たちからは小さくざわめきが起きる。そして、頭を上げ、


「本当に感謝している。ここに立てこもってから3週間以上。はっきりいって言ってもう救助が来ていると見込んでいた期間はすぎてしまっている。でもまだこうやって生きながらえている……それはみんな生徒たちが頑張ってくれたことが全てよ。だから、ありがとう」


 沙希はもう一度感謝の言葉を口にした。続けて、


「いろいろありすぎたからまず再認識しておきたい。あたしたちは中学生。それ以上でもそれ以下でもない中途半端な存在。色々行動したがったり好奇心旺盛だったりしてやたらと問題起こす時期。やりたいことをはたくさんできるのに、いざやってみると知識と経験が足りなくてできない。そんな微妙な存在よ。そんな存在がここまで生き延びられた、これはもう奇跡と言ってもいいわね」


 一旦口を止めて息を吐いてから、


「正直に話すとあたし自身には何の力もない、空を飛ぶとか口から火を吐くとかコンクリートの壁を貫通できるパンチを持つとかそんなものもない。勉強も平凡だし過去に特殊な教育を受けたこともない。自分でもあきれるほど普通で普通。何の取り柄もない普通」

「…………?」


 この沙希の演説に脇に座っていた尾崎が怪訝な表情を浮かべていた。自分を下げ続けて何の意味があるのかと思ったのだろう。


「そんなあたしが生徒会長について上手く運営できたのはひとえに生徒会の組織にある。責任者や副会長、補佐官たちはみんな優秀でよく働いてくれた。治安担当は二度の犠牲を払ってもまだ生徒会長とともに歩くと言ってくれている。こんな有能で優れた人たちがあたしを支えているんだ」

「じゃあ生徒会長の仕事ってなにやってんのー?」


 いやみったらしいやじが飛んできた。だが沙希はちょうどいいタイミングだったので、次の話への布石にする。


「生徒会長にできること……それは責任を取ること。あたしはこの学校の生徒会長、だからこの学校で起きた問題の責任は全てあたしに返ってくることになる。これは学校では絶対のルールよ。変えてはいけない究極の役割」


 やじも消えて生徒たちは黙って聞いている。それを見て尾崎は勝利を確信したのか小さくガッツポーズをしていた。


 しかし、ここから沙希の反撃が始まった。


「だから責任を取ることはできる。ここにいる生徒たちがどんなミスをしても全てあたしの責任だ。だからその代わりにあたしはみんなに要求する。アイディアを出せってね」

「アイディア?」


 生徒の一人が口にした言葉に反応し、沙希は前に一歩出ると、


「そうアイディアよ。これだけの生徒がいればたくさんやりたいことが出てくるはずよ。校庭を改善したし、トイレの臭いが臭いからなんとかしたい、食事が上手くないからもっと美味しくして欲しい、暇つぶしのゲームをしたい、とかね。そういうやりたいことをどんどん生徒会長に言って欲しい。もちろん採用されるとは限らない。でも本当に使えそうだと判断したら、あたしがそのやりたいこと――アイディアをやることを承認するわ」


 さらにここで語気を強め、


「そうおまえらはみんなアイディアを出せ。些細な事でもいい。できるか怪しいようなことでもいい。それが学校の改善につながるかもしれないんだから。そしてそのアイディアが上手く行ったときは仲間に偉そうに語っていいわよ。あれは自分が考えたアイディアなんだって、ね!」


 その話で一瞬生徒たちの視線が一気に沙希に集まる。


「で、さっきも言ったようにすべての責任は生徒会長に集まる。だからそのアイディアが失敗して文句が来たら、周りにはこう言えばいい『だって生徒会長がやっていいって言ったから』。そうたとえ失敗してもアイディアを持ってきた人には一切の責任を背負わせない。これが絶対のルールだ。誰にも破らせない」


 沙希はここでとどめを刺すように声を張り上げ、


「だから失敗なんて恐れる必要はない。ガンガンアイディアを持ってきてもらって構わない。失敗しても誰も責めたりしないし、怒ったりしないしさせない。でも成功したら自分の手柄だ! 悪い話じゃないだろう?」


 ざわめく生徒たち。そして少しずつ拍手が始まる。


「今までもこうしてきたつもりだったけど、いい機会だからはっきりと言わせてもらった。このやり方はずっと変えるつもりはない。今後も困難が山のように襲ってくる。その解決をみんなで手を助け合って、そのケツはあたしが持ってやる。いつか助けが来るまでずっとだ。だからついてきて欲しい」

 

 沙希はここで話を締めて大きく頭を下げた。


 ここで生徒会長に対して猛烈な拍手が浴びせられる。尾崎のときとは違う。全員が力強く手を叩いているのがはっきりと感じる。


 沙希はその拍手を背に尾崎の前に立ち、


「どうする?投票やる?」


 この問に尾崎は狼狽しつつ周囲を見回しやがて意気消沈した顔になったあと、


「……いえこれは僕の負けです、生徒会長」


 そう敗北を認めた。


 誰も責任なんて取りたくない。でもやりたいことはたくさんある。それが踏み出せないのは失敗した時に負う責任だ。だから生徒たちからその責任だけを取り外す。これだけで生徒たちはどんどんアイディアを出して学校を改善しようとしてくるだろう。実際に八幡やその他の責任者もみんなそうやってきた。


 光沢も一緒に拍手をし、


「お疲れ様でした。見事でしたよ。これだけのことを言ってのけるのは単に夢のある話よりも難しいでしょう」

「具体案はほとんどなかったけどな」

「そんなもの、あたしが言わなくてもどこからか出てくるわよ」


 梶原の言葉を一蹴して沙希は生徒会室に向かう。


 生徒たちも責任の所在について、それがどういう意味なのかもこれではっきりと理解したはず。 なので高阪は身体が直ったら副会長に復帰させても大丈夫だろう。でないと仕事が多くて死にそうだからだ。

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