●1日目 08 夜『絶望の向こう側にある希望』

 窓の外はいつの間にか日が落ちて薄暗くなっていた。


『――T県内全域で暴動が発生しているという事件について繰り返し報道しています。詳しい状況は不明ですが、住民たちが突然暴れだし集団で公共施設や商店などを襲撃しています』


『現在のところ、この暴動は現在のところT県内地域だけで、T県外では同様の暴動の発生は確認されていません』


『政府は先ほど行われた緊急記者会見で、対策本部を設置し、情報の収集に努めている、国民は噂やデマに惑わされず冷静に行動してほしいと声明を発表しました。また具体的な時刻は不明ですが、被害状況やけが人など詳細な情報がまとまり次第、再度会見を行うとのことです』


『同時に全国民に対して外出は控え自宅で待機してほしいという要望――そうですね、拘束力はありませんが、そのような要望が出されています。さらに警察も警戒態勢を敷きT県外での暴動発生が起きていないか確認に努めているという発表を行いました。この放送を聞いている方は――』


 沙希はラジオから流れてくるニュースを聞きメモを取る。繰り返されているニュースをまとめると、自分のいるT県内で暴動――あの人食い変質者たちが暴れているということと、それ以外では確認されていないが状況は全く不明ということだけわかった。


 これを聞いて沙希は頭を抱える。


「どうすんのよ……うちの県は結構広いし、ここはちょうど中心辺りにあるから隣の県まではかなり遠いから逃げるのも無理。範囲が広いとなるとすぐに助けが来る可能性も低い」

「でも、暴動が起きているのは私たちのいる場所だけで世界が破滅した訳じゃないのはわかったよ」

 

 理瀬の言うとおりだろう。少なくとも今のところ県外は安全であり、自分たちが目指すべきところはそこだということははっきりした。


 ならば次にやることはなんだ? ここの生徒たちを導くことだ。どこに導けばいい?


 沙希が頭を抱えて思案していると再び生徒会室の扉がノックされて数人の生徒たちが入ってきた。それを見て沙希は内心で大きくため息をつく。また責任の押しつけに決まっているからだ。


「あ、あのさ。みんな不安がっているしそろそろどうすれば指示してくれないかな……? 大変だと思うけど生徒会長が言ってくれないとどうしようもないからさ……」


 呆れてものも言えない。その今後を決めるために今必死に情報を集めているのに。そんな沙希の様子に気がついたのか、理瀬がぽんと肩を叩いてきて、


「まあ落ち着いた落ち着いた。とりあえず今やっていることだけ伝えて待っておいてもらえばいいんじゃないかな? 私達がなんかやっているってことだけわかれば、少しはみんなも落ち着くと思うよ」


 その言葉に沙希は頷きつつ立ち上がると、


「今から校内を回って伝えるわ。生徒はこのまま全員校内で待機。今後の具体的な方針は明日の朝七時に発表するって」


 今必要なのは、この身勝手な生徒たちを黙らせて考える時間を得ることだ。


 その後、沙希と理瀬は第一校舎と第二校舎の二、三階を歩き、大声で待機の指示と明朝に方針を発表すると伝えてまわる。生徒たちの反応は様々だった。ほっとする者、不満を漏らす者、あきらめ顔でどうとでもしろという者、ふさぎ込んだまま呼びかけにも全く反応しない者……。


 しかし、共通しているものもあった。全員はっきりと分かるぐらいに疲弊しきっているということだ。このままでは長くは持たない。沙希は焦りを覚える。


 指示が終わり生徒会室に戻ろうとする沙希だったが、ふと理瀬が立ち止まり、


「そういやさ、最初に侵入してきた人たちいるじゃん? 野球部キャプテンの八幡くんたち。なんか聞いたんだけど、いろんな部活メンバーや友達と一緒にグループを作って校内を見回っているらしいよ。その人たちにも協力してもらった方が良いんじゃないかな?」


 その提案に沙希は考える。八幡たちは変質者たちが学校を襲撃してきたとき率先して行動し生徒たちを助けた。その正義感と行動力は味方に引き入れておけば沙希にとって色々都合がいい方向に動くだろう。また実質自分と理瀬以外いない現生徒会と別の大きな勢力が競合することになると生徒たちは混乱するはずだ。


 沙希は理瀬の提案に頷き、


「その人たちに話して明日の朝まで見回ってもらうように話してみるか」

「そうしようそうしよう」


 二人は第一校舎二階の階段前まで移動する。そこにはモップを抱えた数人のジャージ姿の男女が立って一階の方から変質者たちが上がってこないか監視していた。その中にはリーダーと思われる八幡賢治の姿もある。


「ちょっといい?」

「あ、生徒会長」


 沙希の問いかけに八幡は普段通りのあどけなさの残る口調で応じる。声変わりしたのかわからない高い声と幼い容姿。しかし、そんな子どもっぽさとは裏腹に、その真剣かつ実直で努力を惜しまない性格は女子だけではなく男子にも人気がある。


「状況は?」

「たまに一階階段前の防火シャッターを叩く音が聞こえるけど、破ることは出来ないみたいだから当分は安全かな。全く防火シャッターのことを思いついてくれた人には感謝感激だよ。おかげでこうやって生き延びられている」

「え、最初に降ろそうと言い出したの、あなたたちじゃなかったの?」


 そういえば、あの時叫んでいた声が八幡ではないことに気がつく。

 八幡は軽く首を振り否定すると、


「僕じゃないよ。一年生の光沢くんだった」

「光沢……?」


 意外な人物の名前に沙希は首を傾げる。

 光沢眞人。今年この中学校に転校してきた一年生だ。しかし、その見た目は三年生であると言われても違和感のない整った長身スタイルで、きりっとした目付きと細い眉、ほっそりとした顎によって作られた顔は、どこかの芸能男性アイドルとタメを張れるほどのレベルで、口調も年齢問わず丁寧語で話し、性格も温和。そんな彼が転校以来、女子の絶大な人気を得たことは必然だった。


 沙希は特に興味を示さなかったので直接話したことはなかったが、クラスの女子がやたらと話題に上げるのでどんな人物なのかは知っている。そのため、あの時の叫び声を脳内でリピートしてみるがどうにもイメージが合わない。まるで子供が危ないことに巻き込まれて興奮しているような口調だったからだ。


 とはいえ、状況が状況だったし、普段の人柄を当てはめるのは無理があるだろう。

 ここで八幡が口に指を当てる仕草を見せ、


「本人から言われているんだけど、この話は内密にしておいてくれないかな。彼、あんまり目立ちたくないらしいからね」

「……まあ確かに」


 あの状況で防火シャッターを降ろすという的確な判断力。周りから見れば頼れる人物とみなされても仕方がない。生徒会長だからという理由で持ち上げられた沙希を見ていて、同じように持ち上げられるのは嫌なのだろう。無理もない。


 そんな話をしている間に、そばにいた理瀬は恐る恐る一階の方を覗きこみ、


「外を見る限り、あの――変な人たちはかなり多かったじゃん。大勢で一気に突撃されたらシャッターもひとたまりもないんじゃ……」

「大丈夫。万一シャッターを破って上がってきたら人を集めて教室にある机を一階踊り場に向かって投げ込んで階段を完全に封鎖するつもりだよ。幸いバリケードにできるものはたくさんあるからね」


 そう八幡が教室の方を指さし説明し、理瀬の不安を打ち消してみせた。周りにいた彼の仲間も頷く。


 大したものだと沙希は感心してしまった。冷静な上に平常心を維持し、万一にも備える余裕があり、さらに仲間の信頼も得ているようだ。彼ならば明日の朝まで校舎内の状況を預けても問題ないだろう。

 そんな八幡に沙希はすっと頭を下げると、


「無茶を承知でお願いします。明日の朝までこの校内を守ってもらえないでしょうか?」


 この彼女の行動に八幡は一瞬きょとんとした後、短い髪の頭を掻きつつ苦笑を浮かべて、


「最初からそのつもりだから大丈夫。噂で聞いたけど生徒会長も大変みたいだから手伝いたいけど、自分の力じゃ敵の侵入を防ぐことと、生徒同士のケンカの仲裁ぐらいだからね。そっちも厳しいと思うけどがんばって」


 そう返して沙希と握手しつつ、付け加える。


「あと、あまりそういう下手に出るやり方はしないほうが良いと思うよ。率いる立場ならもうちょっと偉そうで傲慢にしておいた方が良いんじゃないかな?」

「…………」


 率いる立場。傲慢。

 沙希は昔の自分を思い出して心がムズムズする。確かに昔のように悪ガキのように振る舞えれば楽かもしれない。が、それで本当に生徒たちはついてくるのか。逆に反感だけを食らうのではないだろうか


 ふと近くで梶原が壁に寄りかかってこちらを見ていることに気がついた。八幡に協力しているのかとも思ったが、昔のままなら誰かに協力しているとは思えない。いつでも沙希の言うことだけしか聞かなかった。


 その姿を見て悪い思いが生まれる。あいつの腕っ節は使える。小学五年の時点で身長が170cmを超えて高校生一人ぐらいなら倒せるほどの強さがあった。今はぱっと見ても180cmは軽く超えている。体格はつるんでいたときよりもがっしりしているし、周りは中学生ばかりだ。もし昔みたいにコンビを組めば、うっとうしい生徒たちを一気に倒せるかもしれない。そうすれば簡単にこの学校内を自分の手中に――

 

 そこまで考えて頭を振って考え直す。そんなことをすれば、ただの独裁者でしかない。生徒たちは反発し最悪自分の身が危険にさらされるだろう。今は生徒たちに状況と今後の方針を伝えて落ち着かせることが優先だ。そのために話し合いを重ねて理解してもらわなければならない。


 それが自分の身を守る最善の策だから。今はそう考えていた。

 沙希は梶原から目をそらして生徒会室に戻りだす。


 八幡の協力を得た沙希はすぐさま生徒会室でラジオを流しつつ、月明かりが部屋を照らす中、今後の方針について理瀬と話し合う。少しでも疑問があればすぐに訂正して再考する。ずっとひたすらそれを繰り返した。


 もう完全に日が暮れて辺りは真っ暗だ。半日で少ない情報を頼りに200人以上はいる生徒たちに正しい方針を導かなければならない。彼女の人生の中でこれほど困難な試練をかせられたのは初めてだ。

 しかし、やり遂げる以外に道はなかった。そうでなければ自分の身が危険だからだ。

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