●3日目 05 夕方『第二回生徒会会議』

 その日の夕方、再び蝋燭の明かりに照らされる中、第二回の生徒会会議が始まる。

 沙希が集まった生徒会メンバーを見回すと全員一様に暗い表情をしている。たった半日ではたくさんの犠牲者が出たことのショックが抜けるわけもない。当事者の八幡も疲れた顔で俯いている。


 ただ彼らの視線はまた別の興味を示していた。それは全て沙希の隣に座っている高阪美咲に向かっている。


 沙希はすっと立ち上がると、


「まず新しい生徒会メンバーを紹介する。大体は知っているだろうけど、前・前々で生徒会長を務めていた高阪美咲。あたしのサポートをする副会長として就任してもらう」


 生徒会メンバーからおおっと小さな歓声が上がる。やはり彼女への信頼はかなり厚いようだ。評判に加えてこの異常事態下でも能力を発揮していることはすでに知られ渡っている。


 それを受けて高阪はすっと立ち上がると、


「副会長になった高阪です。まだこの生徒会としては未熟ですが精一杯がんばりますのでよろしくお願いします」


 そう丁寧に挨拶した。生徒会メンバーから希望の混じった明るい拍手が巻き起こった。


 沙希は補足するように、


「彼女には治安担当以外での独自判断の権利を与えているわ。あたしへ事後報告は義務づけているけど、その判断は生徒会長判断と同等に受け取ってもらって構わないから」


 それに対して生徒会メンバーの大半は迷い無く頷いた。正直自分の時はこんなに素直じゃなかっただろうと愚痴りたくなったもののぐっと押し殺す。ただ八幡と梶原だけは全く無反応だったが。

 その後、現状報告で各担当統括者との話を進める。


「食料担当ですが、今日で3割ぐらい使いきりました。恐らく明後日には底を付くことになると思います。ガスの方は今のところ使える状況ですが、高阪さんから意見があったとおり、今後ガス停止を見通しての調理方法や設備の検討を始めているところです」


「医療担当です。保健室にあった医療道具で治安担当の負傷者の治療は全て完了しています。一人立つのが難しいぐらい足が腫れている人がいましたが、高阪さんにチェックしてもらったところ骨折ではなく捻挫だとのことです。今は水で冷やしてだいぶ腫れも引いているので明日には普通に歩けるようになると見ています」


「雑務担当。高阪さんの指示のあったクラスの再編成は終えました。リストは生徒会長にさっき届けたやつっす。正直今のところやることが明確じゃないんで、明日以降作業内容がはっきりしていません。できたら指示をお願いしたいです」


「えーっと清掃担当の森住理瀬でーす。とりあえず今日のところは掃除箇所の特定とローテーションの割り振りだけやりました。あとは……ええとそう、トイレの掃除。みんな結構好きかって使っているから汚れが酷いんだよね。だから明日一番最初にやることにしたよ。ただ今は水道が使えるからいいけど、万一止まったらどうすりゃいいんだろ? 高阪さんが言っていたとおりプールの水使う? でもあそこまで行くのも危ないよねぇ。どうしよっか」


 こんな感じで高阪の話が出てきたので、やはりかなりの影響力を持ちつつあると感じた。

 将来どころかすぐに生徒会長の座を取って代わられる可能性が頭をよぎる。


 大体の報告が終わった後、締めに入ろうとすると、


「今後はどうするのでしょう? その辺りをはっきりさせておいた方がみなさん動きやすいと思いますが」


 そう言ってきたのは背後に立っていた光沢だった。沙希は言われなくてもわかっていると心中で思いつつ立ち上がり、


「あたしたちは次の段階へ進まないとならない。手に入れた食料は三日分程度しかないから、それがつきればまた治安担当チームが取りに行く必要が出る。今回と同じように動けばまた犠牲者が出る。それを避けるためにはどうすればいいのかと考慮した結果、結論は一つしかない」


 そこで一旦間をおき、沙希は深呼吸すると、


「この学校全てをあたしたちの支配下に取り返すわ。具体的には校門やその他侵入できる箇所を全て封鎖して、変質者たちを学校の敷地内から叩き出す」


 この宣言にざわめく生徒会メンバーたち。食料を取りに行くときはいかに変質者たちを避けるのかというものだったが、今回は全面的に対決するということだったからだ。


「だ、大丈夫なんスか……? 取りに行くだけでたくさん人が死んだのに、今度は真っ向勝負を仕掛けるなんて……」


 雑務担当責任者の男子が手を挙げて言う。他のメンバーも一様に無茶だという声を上げてきた。


 唯一腕を組んだまま動かないのは、学校敷地内奪還作戦において主役となる八幡だった。実はこの案は事前に八幡と相談して決めていたのだ。


 沙希はこの計画のメリットについて話し始める。


「まず校庭が使えるようになれば治安担当チームの訓練の幅が広がる。教師たちが残している自動車もあるから、運転もそこで訓練すればできるようになる。そして、自動車が使えればより少人数かつ短時間での食糧確保が可能になり、今回みたいな被害は抑えられるはずよ。あと、シャワーのある部室練やプールが使えれば身体を洗うことができるようになるし、体育館も全生徒を集めての集会が開けるようになる。空いている時間は生徒たちに解放してスポーツとかの娯楽に使ってもらえばいいストレスの解消にも利用できる。より柔軟な学校生活が営めるようになるってこと」


 ここで雑務担当は更に手を上げて、


「食べ物が置いてあるスーパーに移動するってのじゃダメなんですか? 外は変質者だらけですけど距離は近いですし、少人数に分けて移動すればできると思うんです。そうすればもう危険を犯して毎回取りに行く必要もなくなるんじゃ」


 それは沙希も考えた。しかし、


「八幡からの報告も聞いてそれは無理だと判断したわ。地元のスーパーだからみんな見たことあるはずだけど、入り口正面が全てガラス張りになっている。ただのスーパーだから防弾性とかそんなのがあるわけないから変質者に押し込まれたら簡単にガラスが割れて侵入されることになる。立てこもるのならその窓を封鎖する必要があるけど、今の私たちでははっきり言って無理」

「……わかりました」


 雑務担当の男子はすごすごと手を下ろす。


「でも……あの変質者たちが入ってこないようになんて出来るんですか?」


 今度は医療担当の女子が手を上げてきた。沙希は自信を持って頷き、


「可能よ。学校の敷地は以前の不審者対策でかなり高いフェンスが設置されているし、グラウンド側にはボールと砂が外に飛び出さないように丈夫なネットが張り巡らされている。この学校は傾斜にあるから校舎側は地面より高い位置にあって、下の道路からフェンスまでの間が数メートルの高さになっているのはわかるわよね。あれを動きの鈍い変質者が登るのには手間がかかる」


 沙希は身振り手振りを加えて説得力を増すように続ける。


「だから校門と裏門は門を閉じてしまえば、門自体は頑丈だから侵入は困難。あとは細かいところは補修すれば、この学校を封鎖することができる。ここは立てこもるにはうってつけの場所なのよ」

「それはいつやるんですか?」


 背後から光沢の質問が来る。沙希は躊躇なく言い放つ。


「明日の朝」


 あまりの唐突さにやはり驚愕の声が上がる。


「最大の問題は準備期間もほとんど無しでそれを今の治安担当チームがやり遂げられるかってことだろ。6人も死んで人数は減っている上、士気も下がっているじゃねぇか」


 そんな突っ込みを入れてきたのは背後にいた梶原だ。

 沙希はすぐに八幡の方を向き、


「できるわよね」

「……他にどうしようもないからね。もう同じ轍を踏めない。だからやるさ、今度は誰も死なせることなく確実に」


 八幡は目を閉じて腕組みしたまま軽く嘆息する。ふと、生徒会メンバーの一部が自分や八幡とは別のところに視線を送っている事に気がついた。大体誰にコメントを求めているのか予想はついたが、その視線を追うと案の定高阪に集まっている。


 沙希は心の中だけで溜息をつくと、


「なんか意見はある?」


 そう尋ねると、高阪はうーんと少し考えた後、


「特にないかな。生徒会長さんの言っていることは凄く理にかなっていると思うよ、うん。たぶん私が同じ立場でも判断は変わらなかったと思うな、なんて」


 頷いて同意した。それと同時にさっと生徒会メンバーたちに安堵感に似た納得が拡がっていくのを沙希は感じた。


 この雰囲気にギリギリ成功とはいえ被害甚大の結果を出した彼女に比べて、雑務全般を完璧に指導しきった高阪の方が評価が高くなるのは当然だと無理やり納得する。

 ここで再び高阪が口を開き、


「あ、でも一つ良いかな。一階には三年生で遺体がたくさんあると思うけど、それはどうするの? できれば犠牲者は丁重に扱ってほしいかな、同じ三年生として」

「それは私たちがやる」


 答えたのは沙希ではなく理瀬だった。さらにいつになく真剣な表情で、


「遺体の処理は私たち清掃担当の役割だからきっちり丁重に片付ける。募集する際にもそのことはメンバーに教えてあるから」

「でも、一階の状況は相当酷そうだけれど。外に出た時ちらっと見たけど見るに耐えないほどだったわ」


 高阪の指摘に理瀬はわかっていると強く頷き、


「あの変質者たちが生きている人たちに何をするのかって考えると原型すら残っていない人もいるかもしれないし、知り合いも多くいるから嫌がる人だろうけど、そういう人はやめてもらう。だって八幡くんたちがたくさんの血を流して自分たちの義務を果たしたのに、そんなワガママは許されないよ。少なくとも私は嫌だ、そんなの」


 一階には変質者化する暇もなく食い尽くされた生徒の遺体が数多くある。綺麗なままだったら、変質者共々歩き回っているだけのはずなのでまともな遺体はないと考えた方が良い。沙希は理瀬に厳しい役割を押しつけてしまったとやや後悔するが、すぐに頭を振ってその甘い考えを払った。みんな辛いのだ。唯一の親友とはいえ特別視することなどできない。


 理瀬の答えに高阪は、あなたがそれでいいのなら、とだけ答えるとそれ以上の意見を述べることはなかった。相変わらず優しい笑みを浮かべたままでその心中は読み取れない。大半が殺された三年生の数少ない生き残りとしては思うところはあるだろうが。


 議題は全て終了し、沙希は解散しようとしてメンバーたちの顔が暗い――いや重苦しい雰囲気になっている気がつく。また明日に大規模な作戦が行われて犠牲者が出る恐れがある。それの責任をまたもや負わなくてはならないのか。口に出さずともそんな辛い気持ちが生徒会室に蔓延していた。


 それを感じ取った沙希は立ち上がる。


「犠牲者が出たことをあんたたちが悔いる必要はない。今日の作戦も明日以降の計画も全部あたしに責任がある。それでやるべき事を躊躇する必要なんて無いわ。失敗したら全部あたしに押しつければいい。だから思いっきりやりなさい」


 生徒会メンバー一同の視線が沙希に集中する。


「それが生徒会長であるあたしの仕事だから」

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