●11日目 03 夜『嵐と闇夜と侵入者2』

 侵入者。この言葉に沙希の身体から血が引いていくのがわかった。生徒会室にいた全員も身を固まらせる。平時なら痴漢とか不審者だろうが、いま学校の外にいるのは人を食らう変質者だけだ。


 つまり奴らがついに学校に侵入してきたのだ。しかもこの嵐の吹き渡る夜にだ。いや、警備が手薄になるこんな日だからこそ狙ってきたのかも知れない。


 沙希はすぐさま指示を出す。


「八幡はすぐに治安担当を全て率いて、侵入者を排除して。変質者なら即座に始末。学校内のことはこっちでやる」

「早急に片付けるよ」


 八幡は濡れたままのレインコートを身につけて学校の外へと出ていった。


 沙希は立ち上がり叫ぶ。


「警戒態勢! 事前に作っておいたマニュアル通りに動くわよ」


 高阪と理瀬が草案を作った変質者侵入時の対応マニュアルを引っ張り出し、指示を飛ばす。


 まず生徒たちに外出禁止令――教室からの出入りを禁止し、教室の内側から鍵をかけさせる。治安担当チームは全員一階昇降口に集合、状況を整理した後八幡と杉内の指示で変質者を撃退する。


 生徒会長はトランシーバーを保持し、生徒会室で待機し校内の混乱を抑えるのに務める。侵入者撃退に関しては現場判断を尊重するという単純だがわかりやすいものだ。


 しばらくして地震の件を伝え回ってきた雑務担当統括者が戻ってきたので、


「警戒態勢発令よ。侵入者あり。手はず通りに動きなさい」

「し、侵入者?」


 ぎょっとしながらまた生徒会室を飛び出していった。やがて家庭科室にあったフライパンとお玉をならして警報を発しながら校内を練り歩き始める。各クラスの壁には警報についての説明は掲示してあるのでこれだけで状況が伝わるはずだ。


 それと入れ違いに高阪が生徒会室にやってきて、


「警戒態勢? 何かあったの?」

「学校内に侵入者よ。規模は人数・規模・被害はまだ治安担当チームからの報告待ち」

「そうなんだ。手伝えることはあるかな、なんて」

「とりあえずここで待機していて。手が足りなくなったらお願いするから」


 うんと頷いた高阪はそのまま副会長席に座った。

 次にトランシーバーから八幡の声が聞こえてきた。


「状況は?」

『部室練近くを巡回していた二人が変質者一人を発見してその場で取り押さえているみたい。あと近くの防球ネットが切り裂かれているって。今から僕が数人を引き連れてそこまで行って詳しい状況を見てくる』

「侵入した変質者はその場で始末して。でも嵐がひどいから注意は怠らずに」


 八幡は了解と答えて一旦通信がとぎれる。あの固いネットを切り裂くには時間がかかるし素手では無理だ。変なところで知恵を見せる変質者も今までいたのでフェンスを登り何か道具かそれを切って入って来たのかも知れない。それに続いて他の変質者たちも敷地内に入ってきていたならかなり厄介な状況になる。


 ここで高阪が、


「念のため以前みたいに一階階段の防火シャッターを降ろした方が良いんじゃないかな。最低限二階以降の生徒たちの身の安全を保証することができると思うの、なんて」

「それはだめよ。万一侵入者が多数いたとき治安担当が孤立する可能性が出てくるわ。撤退場所が無くなると士気にも影響が出る。それにどのみち一階は夜になる前に全て施錠したことを確認しているから窓を割るとかしなければ入ってこられないはずだし、そうしたならガラスの割れる音ですぐに位置を特定できる。最悪侵入されても各教室も内側から鍵がかかっているんだから生徒たちの安全は守られているわ」

「生徒会長さんがそう言うなら」


 そう高阪は変わらぬ微笑みを浮かべつつ自分の提案を撤回した。だが梶原は、


「ここは鍵がかかっていない」


 とだけ言って、生徒会室前の廊下に立ち安全を確認し始める。とがめようと思ったが、目と鼻の先にいるのはいつもどおりなのでとりあえず好きにさせておくことにした。


 ここでさらに八幡から追加連絡が入る。


『ネットの外側に二人の変質者がいたからそいつらは始末したよ。それ以外――フェンスの向こう側には姿が見えない。侵入口辺りに二人分の足跡は確認できたけど、雨が激しいから他の足跡が消えている可能性は否定出来ない』

「どうやって侵入してきたかわかる?」

『鋭利な刃物で切られた跡があった。フェンスは段ボールを積み上げて登ってきたみたいだね。それらは全て敷地内に回収したからもう入って来られないはずだよ』


 沙希は頭を抱える。二人分の足跡ということは、すでに処理している一人の他に確実にもう一人変質者がいるということだ。そいつが今学校の敷地内のどこかにいる。早急に探し出し、始末しなければ大惨事になりかねない。


 変質者に噛まれると変質者になる。すでに就寝時間になっているので教室の中には生徒が沢山だ。一人でも噛みつかれればそこからねずみ算式に膨れ上がりかねない。


『雨も雷もまだ強いけど、状況が状況だから、総動員体制で校舎外を巡回するよ。校舎内にも杉内と3人ぐらいを配置して一階を巡回させているから大丈夫だと思う。後は任せて。じゃあ』


 そう言い残すと通信が止まった。


「どうしよう。これじゃ明日の朝までは安心するのはできないってことだよね?」


 理瀬が不安げな声を上げる。光沢もうなずき、


「ここはストレスが溜りますが、やはり教室に立てこもるしかないでしょう。例え変質者が少人数でも月明かりのない嵐の夜となれば、教室内に侵入されても気づかれにくいですから。そうなれば最悪クラスひとつ分が全滅します」

「どのみちできるのはじっと朝が来るのを待つだけか……」


 沙希は溜息をついた。

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