●12日目 01 夜中『嵐と闇夜と侵入者3』

 その後沙希の感覚ではものすごいスローペースで時計の針が進み、ようやく午前二時を周った。この時間になると、雷は完全に治まったものの風雨は一向に収まる気配がなかった。


 ――そして事態が動く。


『会長聞こえる? ちょっとまずいことになった』

「どうしたの?」

『一階の給食搬入口に勝手口があるのは知っているよね? あそこの鍵が開いていたんだ。校舎内に侵入された恐れがある』


 この報告に生徒会室に緊張が走る。沙希はあわてて夜間前に雑務担当チームによって行われる施錠チェック表を確認するが、該当の扉は問題なしと書かれていた。ただし、注意書きがあり調子が悪く鍵がかかりにくいとされていた。


「担当の確認ミス? いやそれとも地震のせいで鍵が壊れた? いやあるいは何らかの手段を使って変質者が開けたのか……ああもう!」


 沙希は思わず苛立ちの声を上げる。侵入されなければ問題ないと考えていたのが崩されてしまった。


 このタイミングでばたばたと廊下を走る音が響き、生徒会室に緊張が走った。まだ廊下で警戒を続けていた梶原が身構える。が、現れたのは伝達役を務めていた雑務担当の責任者だった。


「生徒会長、大変な――」

「そんなことより勝手口の鍵が開いていたって治安担当チームから報告があったけど、ちゃんと確認したの!?」


 雑務担当統括者の口を遮り、間髪入れずに沙希が報告書をつきだして迫る。一瞬唖然とした彼だったが、すぐに報告書を見て、


「……いや……確かにしたはず。二重でチェックしているから漏れが出るとは思えません」

「扉の具合は? 調子が悪いと書かれているけど」

「確かに鍵がかかりにくいっていう報告は受けていたけど、特に閉まらないとかそういう話は……」


 そう言って唸る雑務担当統括者。はっきりしない状況に沙希のイライラは募る一方だ。

 ここで高阪が割って入り、


「なにかあったの? ずいぶん急いで来ていたみたいだけど」


 その指摘にはっと思い出したのかまくし立てるように、


「大変なんだ! 第一校舎二階の二年生の教室に誰かが入ろうとしていたっていう報告があったんだよ!」


 その言葉にぎょっとする沙希。生徒会室全体が危機感に包まれる。さらに、


「数十分ぐらい前だったらしいけど、入り口の扉を開けようとした奴がいたみたいで、鍵がかかっているのにずっとガタガタやっていたみたいだ。しばらくして諦めたのか去ったみたいだけど、窓ガラス越しに明らかに人がやっていたのはわかったって! ――ってことは開けっ放しになっていた勝手口から入ってきたのか!?」

「落ち着いて」


 高阪はパニック気味になっていた雑務担当統括者の肩に手を置き落ち着かせる。しばらく肩で息をするぐらいに興奮していたが、やがて落ち着きを取り戻し、


「どうしよう……自分たちのせいでこんな……」

「前にも言ったけど起きたことの責任は全部あたしにある。まだ犠牲者が出た訳じゃない今の内に挽回してやればいいだけよ」


 沙希はそう言い放つと、即座にトランシーバーをつかみ、


「八幡聞こえる? 校内で問題発生した。変質者が二階まで侵入した可能性がある」

『……誰か襲われたの?』

「人的被害は出てない。早急に排除したいけど校内に配置されている3人じゃ足りない。外にいる何人かをこっちに回して。あと外側からも他に侵入された形跡がないか重点的にチェックをお願い」

『数は?』

「――人数はわかる?」


 沙希が問いに、肩を落として椅子に座っていた雑務担当は、


「たぶん、一人だけだって……」

「八幡、確認されたのは一人だけ」

『わかった。それなら校内に五人送って、捜索するように杉内に言っておくよ』


 通信を終えて腕を組む。日が昇るまでまだ数時間ある。一つの教室に押し込まれれば何人犠牲になるか想像もつかない。それだけはなんとしてでも避けなければならないのだ。


「お前よく走って来られたな? 襲われるかも知れないってのによ」

「……えっ」


 梶原の指摘に雑務担当統括者の顔が真っ青になった。どうやら一刻も早く知らせるべく無我夢中で走ってきたため、自分が襲われる可能性について全く頭になったようだ。


 やがて無数の足音が廊下に響き、生徒会室に治安担当チーム副指揮官である杉内が現れた。


「おっす、とりあえずこの三階周辺はいないことを確認しておいたぞ。数人置いておいたほうがいいか?」


 彼の申し出に、沙希はちらりと梶原の方を見て、


「いやこっちは大丈夫。一人ぐらいなら対応できるから捜索に回して」

「了解。任せておけ」


 杉内はそう言い残しもう一つの校舎三階に向かった。

 そのまままたしばらく沈黙が続く。普段は聞こえないはずの時計が刻まれる音が耳につき、たびたびそれに視線が向かってしまう。


 ふと副会長席に座ったまま目を閉じてじっと座っている高阪に目が止まった。彼女が最初から言っていた一階の防火シャッターを降ろしておけばこんなことにならなかったのである。これは明らかに沙希の判断ミスだろう。治安担当より校内の安全を最優先すべきだった。


 そう考えるとなにか気まずい。別に何か非難してきたわけでもないしそういう素振りも見せたわけでもないが。

 と、ここで沙希の視線を感じ取ったのか高阪はいつもの優しげな笑みのまま、


「別に生徒会長さんの判断が間違っていたとは思ってないよ。あの時点で入ってくるかどうかわからなかったしこれはただの結果論だから」

「そうだよー。ドアが開いてるなんてあの時点じゃわからなかったしねー。気にしない気にしない」


 理瀬も同調する。


 そんなことを考えていたが、校内の問題が解決したのは意外と早かった。遠くから杉内たちが騒ぐ声が聞こえてくる。やがてそれは何かを引きずる音に変わりこちらへと向かってくる。


「ちーっす。騒ぎの原因を連れてきたぜ」


 そう言って生徒会室に放り込まれたのは一人の茶髪の男子だった。ざっとその姿を見ても雨にあたったのか学生服が派手に濡れているぐらいで、変質者化していたりどこかを噛まれている様子は見られない。


 ただ、沙希は別の部分に気がつく。そいつの全身から鼻につく異臭を漂っていた。何度か嗅いだことのあるものだったので、すぐにその正体を察知できた。


「タバコか。で、今まで何をしていたのか洗いざらいしゃべれ今すぐ簡潔に」


 沙希の怒気の困った言葉に、その茶髪男子はダジダジと


「こ、こんな大事になるなんて知らなかったんだよっ! いつも吸っていたから我慢が出来なくなってこっそり外に出て吸っていたら、治安担当の連中がぞろぞろ出てきていたからあわてて校舎内に逃げたんだ! そうしたら今度は自分の教室も閉め切られていて怖くなったから三階のトイレに隠れていたんだよ!」

「出入りしたのは勝手口? あんた、戻ってきた後扉の鍵を閉めなかったわけ?」

「急いでいたからかけ忘れたかもしれない! それだけだ、勘弁してくれ!」


 ひどい目に遭わされると思っているのかひたすら懇願する茶髪男子。沙希は自分の髪の毛を掻き上げて苛立ちをあらわにした。梶原が身を乗り出してくるが首を振って制止する。犠牲者が出ていたらぶっ飛ばさせるところだったが被害がなかったし、ちょうど素行不良生徒が増え始める時期だと踏んでいたので良いサンプルとして使えると考えた。


「あんたの処遇は明日の生徒会会議で決める。治安担当、今日はどこかの部屋に閉じこめておいて」

「あ、ありが――」

「言っておくけどね。事態を無駄に大きくした罪はとんでもなく大きいわよ。キツイ罰が待っていると考えて、せいぜいそれまで震えてなさい」


 そう釘を刺した後、茶髪男子は治安担当チームに拘束されて連れて行かれた。

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