第6話 乙女の語らい
巨人同士の戦闘は世間を騒がせたが、何事も動きがなければ、一週間と立てば人は新しい話題に食いつく。
綾子は、朝ニュースは見ないタイプだが、ちらっと小耳にはさんだ情報だと買収だ賄賂だといった金の問題が嫌でも耳に入った。今までは雲の上の人たちの問題だと思っていたことが、意外と身近なものになってしまったことに綾子はなんだか奇妙な感じを抱いた。
しかし、それも学園へと付けばどこかへ消える程度の感情であった。
それになりにこの新しい環境で生活をしていくと、全員同じに見えていたお嬢様たちにも色々と個性があることに気が付く。
「あら、木村さん、おはようございます。今朝のニュースは見ました?」
教室に到着すると同時に、綾子の姿を認めると、まっすぐに伸ばした黒髪を揺らしながら、パタパタと寄ってきて色んなメディアから仕入れた情報を言いふらさずにはいられないのが、南雲静香という少女である。
例にもれず彼女もお嬢様である。何でも祖父が造船業を営みそこから交易で財を成した家系であるとか聞いたが、綾子は忘れた。
静香は、お嬢様たちの中でもわりと俗世に聡い子であり、綾子としても話の合う友人となっていた。
「やはりあの俳優、結婚するみたいですわね。あぁ、私も大恋愛というものを経験したいですわ。木村さんも同じではなくって?」
「さぁ、どうだろう。惚れたはれたなんで今は興味ないかなぁ」
席につきながら、綾子は静香の話を聞いていた。先日は「今どきの女の子のファッションってどういう意味ですの?」などと聞いてきたので、少し驚いたが、ようはこの少女は恋愛やおしゃれと言った世間一般の少女が夢見る話題が好きなのだ。
「それは危機感がなさすぎよ、木村さん。今のうちに見込みのある殿方を捕まえておかなければ好いてもいない許婚との結婚! だなんて目に合うというのに」
このように割り込んできたのは、関口朋子である。彼女がこのように言うのは、彼女自身が、クラスで唯一、既に婚約者のいる立場だからである。学生の身分ではこういった場でしか文句が言えないと常々口にしている少女であり、彼女自身、「唯一の救いはバカみたいに年上の男じゃないことね」とのことだ。朋子の婚約者は、年下、それもまだ中学生らしい。
そんな無理やりな婚約に対して意見する為に朋子は、今から独立することを考えており、授業にも熱心であった。いつでも一人で勝負ができるように、今は親の財力、権力は存分に利用してやるとはいつもの口癖になっていた。
こんな風に集まれる友人ができたことは幸いであった。
そして、意外に大変なお嬢様たちの生活というのを見ることができるのは、なかなか興味深いものであり、ある意味では彼女たちが自分と変わらぬ少女であることが認識できる。
そんな朝の女子学生の会話を続ける中、教室のすみで男子生徒が騒いでいる声につられて、顔を向けた。
「うぉぉ! やっぱりいつ見てもかっこいいものだな!」
「これ、新画像か?」
数名の男子生徒は、スマートフォンかタブレットか、そういう携帯機を使って何か画像を見ているようだった。それがいかがわしいものでないことは会話の中でわかる。
「動画もあるんだ。あまり質はよくないんだが、親父のコネで引っ張ってきたんだよ」
その生徒は、メディア関連に強い影響力を持つ家の御曹司であるようだった。彼らが夢中になっているのは、美李奈が乗り込んだアストレアである。
一週間と音沙汰のないものであったが、巨大ロボット同士の戦闘というものはそれだけで男の子の心をくすぐるようで、それはこの学園でも変わりはなかった。綾子の弟、弘もそればかり話していた。
「やれやれというか、男連中は変わらないわねぇ」
朋子が呆れ顔で言った。
「本当、私のお父様もなんですよ?」
それに静香も同意見といった言葉を返す。
「南雲さんの所も? うちもよ。父親がね、興味ありませんって顔してるけどさ、毎日そのニュース欠かさずに見てるの」
そういいながら朋子は、「あ、そうだ」と付け加えながら、綾子の方を見て、
「木村さん、確かあの事件に巻き込まれてたんだったね。ごめん、ちょっと無神経だったかな」
「いいよぉ、大した怪我もなかったし。まぁ父さんの車はぺしゃんこだけど、どうせ新しいの買うみたいだし」
「そういえば、はだしの令嬢、美李奈様とご一緒だったと聞きますが?」
噂に早い静香らしい質問だった。別に言いふらしたわけでもないのだが、こういう噂はどこからともなく広まっていく。
「確かお二人は学園の中央庭園で出会ったとか? そこから、あんな事件に巻き込まれてしまうだなんて……それに出会ったその日にご自宅まで一緒に行っていたとお聞きしましたわ!」
なんだか静香のテンションがおかしかった。眼が異様なほどキラキラ輝いて、どこか鼻息も荒い。ずずいと上半身を綾子の方に寄せると、ふわりと香水の香りがしたが、今はその香りを感じているような状態ではなかった。
「ちょっと南雲さん、失礼よ」
「えぇ、えぇ! ですけど、関口さんも気になりません?」
「そりゃ、まぁそうだけど。二人は襲われて巻き込まれただけなんだから」
一人盛り上がりを見せる静香をいさめる朋子。綾子は苦笑しながら、ふと窓の外を見た。なんの偶然か、そこには美李奈がいた。あの事件の後、また継ぎはぎの増えた制服はさらに色があせていた。
そんな美李奈を眼で追いながら、綾子はこの場にいる全員が、実はあの巨大ロボットに彼女が乗って戦ったなどということを信じないだろうなと思った。
それに、命の恩人になるということも。暫く追っていくと、ちょうど死角に入ったようでそれ以上は無理だった。綾子は小さく、息を吐くと静香と朋子の方へ意識を戻す。
すると静香のキラキラした瞳があった。
「ほら、関口さん、お二人には何かありますわ!」
うかつだった。もう静香は暫く根掘り葉掘り聞きださないと気が済まないといった具合であった。
「何もないってば。真道さん、家が壊れちゃったから大丈夫かなぁって思っただけよ」
事実は秘密である。綾子のそれを破るつもりはなかったし、取り立てて話題にする意味のないことだと思っていたからだ。静香は「本当ですか?」と疑い深いが、勘がさえているとかそういうのではなく、妄想の先行だろうなというのが綾子の考えだった。
そういったやり取りを続けている最中であった。
ぴしゃりと教室の扉が勢いよく開かれ、周囲が静まる。みなが一斉に注目するとそこには金髪のロールを揺らしながら、教室をじっと見渡す於呂ヶ崎麗美の姿があった。
今日は取り巻きたちはいないようだった。
麗美は鋭く細めた視線で、綾子をとらえると、ずかずかと迫ってくる。道中、進路上にいた生徒は無言のまま彼女に道を譲った。そして、麗美が、席に座る綾子にその鋭い視線をぶつけていた。
麗美の身長は、意外と小さい。まるでお人形のようだと誰かが言っていた。
確かに可愛らしい感じがするが、今目の前にいる麗美は鋭い視線はそのままでどこかいらだちを感じさせていた。腕を組んでいる麗美は、小さく咳払いすると要件を伝えた。
「あなた、木村綾子さんね?」
「え、はい!」
「そう身構えなくてもいいわ。別にあなたをとやかく言いに来たわけじゃないの。一つ聞きたいのだけれど、真道美李奈さんのこと」
麗美はロールした髪を指先で弄りながら、聞いてきた。
「はい……」
「あの子、家が壊れたのは本当かしら?」
「そうです、はい」
「どれぐらい?」
「屋根と畑が……あとは、壁?」
あの後、美李奈の家には寄っていないので、結局どうなったのか、正確な所はわからないが、かなりの被害だったと記憶していた。
「そう、結構。お邪魔したわね」
麗美はそれだけを聞くと、踵を返しながら教室から出ていく。教室にいた生徒たちも、突然の来客に唖然としていた。
彼女はこの学園の理事長の孫であり、実質的な権力は教師よりも上だ。彼女に逆らうことは退学を意味するし、下手にはむかえば、自分たちの実家もただでは済まないなどという噂が立つくらいだ。
そんな存在がやってきたのだから、他の生徒も気が気でいられないのも仕方ないだろう。
しかし、綾子はそんな話は聞いたことないし、麗美が理事長の孫だなんて話も知らない。だから、いきなり質問をされていきなり帰った人というぐらいで、ポカンとしていた。
「……ハッ! 三角関係!」
「こら!」
その二人のやり取りは、綾子の耳には届かなかった。
***
美李奈は、気分転換をしたい時にはよく散歩をする。本来なら内職のノルマ達成の為に追い込みをかける必要もあったのだが、そんな気分ではなかった。
それよりも雨漏りどころか月明りが差し込むようになった屋敷の改修をどうしたものかと考えなければならず、ビニールシートを仮の屋根にする生活には少し辟易していた。風でバサバサと揺れてうるさいのだ。
「ミーナさん!」
それに、春とはいえ季吉の体に夜風は中々に厳しいものがある。執事が昼夜問わず修復を続けているが、流石に一軒家を一人で修理できる程、彼はスーパーマンではないのだ。それでも文句一つ言わず指示に従ってくれるのはありがたいことだった。
「ミーナさん!」
夕食は、隣に住む典子が度々持ってきてくれているので、何とかなっているが畑も直さなければならない。せっかく収穫したエンドウマメもあの事件のせいで過半数が消えてしまった。
「ミ・イ・ナ・さん!」
「要件あるのなら言ってくださいな?」
美李奈はさも当然でしょうといった表情で振り返った。そこには案の定、顔を赤くしてプルプルと震える麗美の姿があった。振り返った美李奈に、麗美はいつぞやの時のように人差し指を向けて、叫んだ。
「先ほどから呼び止めていたでしょう!?」
「ごめんなさい、色々と考え事がありましたので」
美李奈は素直に謝ってみせて、軽く麗美に傅くような態度を取った。
「フン! 私、美李奈さんが地べたで寝ていると聞いたもので、不憫に思っていましたのよ?」
一方の麗美は自分でも騒ぎ過ぎたことを意識したのか、髪を払い、小さく咳払いをして、腕を組んだ。顔はそっぽを向けているが、視線だけは美李奈に向けていた。
「今なら、使用人たちの仮住まいを使わせてあげてもよろしくてよ? 我が学園の生徒が、地面で寝ているなどという噂が立ってしまっては名誉に関わりますわ!」
「ご心配なく、麗美。きちんと布団は敷いていますわ。風通しがよくなったことは本当ですけど」
「ですから! この私が、宿を貸してあげると申していますのよ! 素直にお受け取りなさい!」
「私は真道家の当主ですよ? 当主が家を守らずしてどうしますか?」
「あんなボロ小屋を家だなんて!」
周りの生徒の事など気にしないのか、麗美の言葉は過激さを増した。
美李奈といえば、いつもの調子でかわしているが、その返答の仕方が麗美をさらにイラつかせていることを理解しているのか、どうか、周りの生徒たちには見当もつかなかった。
ある意味ではこの学園の名物となった二人のやり取りだが、それを止めるものも少なからずいる。
「貴様ら! 何を騒いでいるか!」
キンと耳に響く声だった。その声の主は凛々しい風貌で、ポニーテールにまとめた長い髪をばっさばっさと揺らしながら、美李奈と麗美の下へと大股でやってくる。
身長の高い生徒だった。赤い制服に着けられたリボンは紫であり、彼女が最高学年の三年生であることがわかる。
「やはり、あなたたちか。ここが学び舎であるということを理解していてそのような低俗な争いを続けているのだとすれば、嘆かわしいことだな」
高圧的な言葉には肌に突き刺さるような重みがあった。だが、それで怖気づくような二人ではない。美李奈は別にといった感じで流しているが、麗美はそうはいかない。それは彼女のプライドの問題だった。
「あら、風紀委員も生徒会長への点数稼ぎに忙しいようね。その低俗な争いごときにかかわるなんて」
麗美のその物言いに少女はぴくっと眉をゆがませる。
「於呂ヶ崎、あなたはこの学園の理事長の孫、つまりはこの学園の名を背負うべき生徒。そんなあなたが、そのような卑しい者と言い争いをすること自体が、お家の恥だとご理解なさい」
少女は明らかに侮蔑のまなざしを美李奈に向けていた。
「真道、お前がこの学園にいること自体がそもそもの間違いだ。ここは貴様のような落ちぶれたものがくるべき場所ではない」
「天宮朱璃さん!」
「朱璃さん?」
麗美がヒステリックな声を上げた。だが、それと同時に、黙っていた美李奈が落ち着きを払った声で初めて少女、天宮朱璃に反論した。
「私は既に学費も払っているのです。権利、というものならば既に果たされていますわ」
「私は権利とか義務の話はしていない。あなたという存在が学園にふさわしくないと言っているのだ。かつてはどれほどの財を、権力を持っていたのかは知らぬが、その残滓に縋りつくような者は見るに耐えん」
「残滓など、私には残っていませんわ。確かに、学園への学費は祖父が私の為に支払ったものです。それを残滓というのならそうなのでしょう。ですが、死した者が残したもの、無下に扱うのは失礼でございましょう? せめて在学の間は努めを果たすつもりですわ」
美李奈の言葉にはそれが当然であるという態度が強く出ていた。なかなかに強情なのだ。それどころか、天宮との討論をどこか楽しんでいる節もある。
だが、そんなことを少し頭に血が上った天宮朱璃が気付くわけがなく、麗美以上に声を荒げて反論した。
「聞けば、貴様。素性の知らぬ男を家に招いて共に暮らしているようだな!」
でた言葉がこれである。
天宮朱璃は具体的な言葉を思い浮かべる前に言葉に出したようだった。
「はて、誰のことでしょう? 私の家に素性のわからぬものはおりませぬわ。時折、野菜を盗む野犬が来るのが最近の悩みではありますが」
「本当に困ってますの」と美李奈は、真剣に話す。その、一貫性のない話し方がさらに朱璃の神経を逆なでるのだが、それに反論する前に、始業の予鈴の音楽が鳴る。
「あら、もうじき授業ですわね。では、私はこれにて……」
美李奈は麗美と朱璃にお辞儀をすると、そのまますたすたと自分の教室へと戻っていく。
「あ、ちょっとミーナさん! 話はまだ終わってませんわ!」
麗美は、一度朱璃の方に視線を向けたが、すぐに美李奈の後を追った。対する朱璃は歯ぎしりをするかのように奥歯に力を入れていた。冷たい眼差しを二人に向け、大げさな深呼吸をして反対の方へと歩いていく。
後ろで、麗美が自分の名を呼ぶ声が聞こえていたが、美李奈はそれよりも朱璃に言われた残滓という言葉について、自分が嘘を答えたことを今更ながらに考えていた。
(朱璃さんにはあのように答えましたが……)
だがそれは嘘と断定するにはいささか情報も足りなかった。
(アストレア……もしやあのマシーンは……)
脳裏に浮かぶのはあの青い巨人。いずこへと消え去ったそれについて美李奈は一つの心当たりが合った。だが、それは幼い頃のおぼつかない記憶だった。
(……今は、よしましょう)
いずれわかる日が来るだろう。そんなことを思いついていた美李奈だが、どこかその思いに本気になれなかった。知りたくもない。そんな感情が、なぜか思い浮かんだからだ。
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