第二章 ダンシング・オブ・マシーン!
第18話 乙女のひと時
「なぁなぁ! 姉ちゃんの学校にロボットのパイロットいるんだろ!」
夕食の時分、木村弘は身を乗り出すようにして、姉である綾子にそんな言葉を投げかけていた。
「弘、食事中よ? どんな時でもマナーは守りなさい」
それを見た母親は口で咎めるのだが、かつてはげんこつの一つも飛んできて、「うるさい!」の一言だった。今ではこのようにちょっと上品だ。ある意味ではプラスなのかもしれない。
それでもやはり着物は似合っていない。
木村家の食事の場となるのは、だだっ広い空間に無駄に長いテーブル、天井にはシャンデリアが飾られ、絨毯は母が「やっぱり絨毯はペルシャなのよ!」とか何とか言って買ってきたものを敷いている。
それでもかつての生活の名残かそんな長く大きなテーブルであるにも関わらず、上座には父親が座りそのすぐ傍に家族が座る形だ。
周囲には最近になってやっと顔を覚えた使用人たちがじっと待機しており、自分たちの食事を見守っている。
「あんたじゃ雲の上よ、あえやしないわよ」
綾子は名前もよくわからない高級らしいスープを啜りながら答える。
弘の言うロボットというのは、『アストレア』と『ユースティア』のことなのだが、一応この二体のパイロットの事は秘密だ。特にアストレアのパイロット、真道美李奈については今の所その秘密が守られている。
しかし、もう一方のユースティアについては、パイロットである於呂ヶ崎麗美も秘密にしているつもりだが度々漏れる大声とその仕草でバレバレである。
そんな彼女の噂はどうやら外にも広がってしまっているようで、弘の通う学校にも伝わっているようだった。
「えー! うちだって金持ちなんだろぉー! コネ作ってよコネ!」
一体どこでそんな言葉を覚えてくるのか。その記憶力をもっと勉強に回す努力はしないのかといささか自分にも突き刺さることを考えながら綾子は「無理なもんは無理」ときっぱりと答えた。
「いや、しかし父さんも気になるなぁ。子供の頃、テレビにかじりついて見ていたスーパーロボットだぞ? そんなものが実現してしかも巨悪と戦う! いやいつになってもそういうシチュエーションはたまらんね!」
最近の父は柄にもなく七三わけから妙にカジュアルな髪型へと変えていた。それならもう少しシックというか、ダンディな髪型にすればいいのにと内心思っていた綾子ではあるが、毎日へんてこな髪型になる父の姿を見るのが少し楽しみになっているのも事実なので黙っている。
「父さん、外でそんな風にはしゃぐのだけは止めてよね」
「そうですよあなた。それに私はなんであれあんなものたちが家の上で暴れるだなんて怖くてしかたないわ。被害にあった場所、まだ復旧が進んでない所も多いんでしょう?」
それはそれとして思春期らしい反抗期な気分もあるので、綾子はちょっぴり冷たく言い放つ。母もそれに同調する形で夫に口を尖らせた。
父親はしゅんとうなだれてうつむき、ステーキを小分けしていた。
「しかし大なり小なり被害なんてのは出るさ。けど、あのロボットたちは街の被害を考えて戦ってくれてると見るね」
「そりゃニュースではそんな意見も聞きますけども……」
「三度目の正直、二度あることは三度ある、彼らはもう五回も人々の為に戦ってくれているんだ。信用ぐらいはできるさ。確かに母さんの言う通りで警戒するのもわかるがね?」
母親はぶつぶつと小言を言いながら引き下がったが、綾子はいつも抜けている父親にしては見る目があるじゃないかと少しだけ関心していた。
「父さんはあのロボットたちをどう思ってるの? かっこいいとかそういうんじゃなくてさ」
だから何だろうか、そんな質問をしてしまったのは。
父もそんな綾子の質問はちょっと予想外だったらしくステーキを喉に詰まらせて、むせていたが、「どうとは?」と水を一気に飲み干しながら聞き返してくる。
「信用とかそういう難しい話じゃなくて、なんていうのかなぁ……」
綾子自身が深く考えての質問でなかった為に言葉はあやふやであった。とにかくシンプルな答えが聞きたいのだがうまい言い回しが思いつかないのだ。
「ようは良いか悪いかでしょ?」
こういう時子供の純粋さは頼りになる。弘の言葉も、漠然としたものだったが、それほどまでにわかりやすい言葉もなかった。
「え? うーん……まぁさっきも言ったけど、父さんはあのロボットたちを好ましいと思っているよ。彼らがいなければ街はもっと悲惨な目にあっていただろうからね。それに、下世話な話をすれば復興支援として父さんもいくらか資金提供を行っているが、それだって驚くほど安いんだ。それは比較的にも被害が少ないからとも言える」
父は「まぁそれでも前の給料よりは遥かに高いがね!」などとおちゃらけた言葉を付け加えていた。照れ隠しのつもりなのだろう、少し頬が赤くなっているのがわかる。
綾子は求めていたシンプルな答えではないものの、そんな父の答えに納得をしたようなしてないような表情をしたが、言わんとすることは理解できていた。
それに街の被害だとかそういう部分にも意識を向けている父親を見るのは初めてだったかもしれない。
綾子自身、二度ヴァーミリオンに襲われその窮地を救われた少女である。その過程でヴァーミリオンのもたらす脅威というものは実感してきたつもりだ。
それは父もそうである。彼も一度はヴァーミリオンの脅威を目の当たりにした男だ。すぐに気絶したが。
それらの経験が生かされているのかどうかは綾子にはわからないが、昔はへこへこと頭を下げていた父親が真剣なことを考えて実行している姿はどこか見ているこっちが恥ずかしくなるようなくらい、かっこいいという感情もまた生まれていた。
「んで、姉ちゃん。パイロットに合わせてよ」
「うるさい、早く食べな!」
弘をあしらいながら綾子は残っていた野菜を口に放り込む。こんな豪勢な食事を家族そろって食べられるのも、今にして思えば美李奈とアストレアのおかげなんだと改めて感じていた。
そうでなければ今頃自分たちはヴァーミリオンの手によって死んでいたのかもしれないのだから。
(真道さんたちがいなきゃ……もっと大勢の人がそうなってたんだよね……)
***
「フンフーン……!」
鼻歌が反響する。
狭く薄暗い浴槽の中であっても湯の温かさは心地よい時間を美李奈に提供してくれる。ゆっくりと足を伸ばすことができないのが少し欠点ではあるが真道屋敷唯一の風呂は美李奈にとってカップアイスと同じ位に優先したい楽しみの一つであった。
浴室の外、今では珍しい薪で火を起こして湯を沸かすスタイルである為、外では執事が懸命に火を起こしていた。
これが意外と大変で、五月に入る頃なのに早い夏の気温を感じる夜の為か執事の額には汗がぐっしょりと流れていた。
「美李奈様、お湯加減はいかがでしょう?」
それでも文句一つ言わないのは彼の執事たる利点だ。とはいえ、この湯を沸かさない限りは自分たちも風呂に入れないからなのだが……
「えぇ……最高ね……」
美李奈が大きく体を伸ばすとそのきめ細かな肌に水滴がはじかれる。膝を伸ばす為には浴槽から立ち上がらないといけないのだが流石にそれははしたないと思った。
だが、ここまで気持ちが良いとそれをしてもいいのではないかという誘惑もまたあった。
はてさて、どうしたものかという考えを楽しみながら美李奈は体を動かし、浴槽の縁に寄りかかるようにした。
湯に濡れた栗色の髪が肩や首にまとわりつくが、今はその感触も心地よい。
「生活に余裕ができれば一度、銭湯という場所にも行ってみたいわねセバスチャン」
「そうですな。根室様も喜びましょう」
最近ではめっきりと数の減った銭湯ではあるがこの団地の近くにはまだ生き残っている銭湯が一件あった。美李奈たちがこの屋敷に住むようになってそれなりは経つのだがこの銭湯というものには足を運んだことはない。
そんな余裕もなかったし住み始めた頃は冷たい水道水で体を洗っていたのだから。まともに風呂に入れるようになったのは季吉を雇い入れてからで、それまでは薪で風呂を沸かすなどという発想は彼女たちにはなかったのだ。
「畑にお風呂、それに刺繍まで。じいやには感謝してもしきれませんわ」
「左様で……」
「もちろん、お前にも感謝していますよセバスチャン。お前の器量なら他の屋敷でも十分でしたのに、よくぞ私についてきてくれました」
「当然でございます。真道の家に拾われた恩は決して忘れませんとも」
執事はそう言いながら薪を追加する。
パキパキと薪が焼ける音が聞こえてくる。灰や炭になった古い薪をどかすように棒でつつきながら、火加減を調整していると裏口から下駄が地面を蹴る音が聞こえ、そちらに視線を移す。
「おうおう、やっているな」
裏口の扉ががたがたと立てつけの悪い音を鳴らしながら開くと、季吉が二リットルの麦茶とコップを持ってやってくる。
「根室様」
「いやなに、今日は暑いからな。冷えてはないが水分は取らんといかん」
季吉は座る動作をするたび「いてて!」と声を上げるが、それは癖になっているものだ。実際はそこまで痛いというわけではないらしい。
執事のすぐ隣に座りこんだ季吉はペットボトルを開けながらコップに並々注ぎ入れてをそれを手渡す。
「ありがとうございます」
執事が礼を言いながら受け取ると、季吉も自分のコップにお茶を注いでそれを一気に飲み干した。
「ふぅ……いやしかし、暫くは静かでいいもんだなぁ」
夜空を見上げながら季吉はぽつりとつぶやく。それにつられるように執事をぼんやりと空を眺めた。
今夜は雲もなく星の瞬きがよく見える。あいにくと彼らは、星座や季節の星などはわからないが、それでも星空を見て美しいと思う感性はあった。
執事はお茶を少し飲み、再び棒で燃えカスをどかす。
「最近はロボットがやってきたりとてんやわんやだったからな。それに二人とも、ロボットに乗って戦ったり……わしはロボットが傷つくたびに二人が怪我をするんじゃないかと思ってハラハラしているよ」
「ご安心ください。私がいるうちは美李奈様に大けがなど……」
「いやいや、わしからすれば君も心配なのだよ。わしみたいな老い先短い爺ならまだしも、君たちはまだ若い」
季吉は二杯目のお茶を注ぐと、今度は半分程飲む。それで一息つけながら、近くに転がる手頃な薪を手に取って何をするわけでもなくそれをもてあそんで見つめていた。
「かといってわしにはあんなものを動かして戦うなどということは出来んし、君たち程の気力もない。二人がロボットに乗って飛んでいくのを見るたびに無力さを思い知らされるよ。わしにできるのは自転車で逃げることだからね」
「根室様……」
季吉はからからと笑っているが、執事にはその節々からこちらを真剣に心配する気持ちや季吉自身が自嘲するようなものを感じていた。
「じいや?」
浴槽から美李奈の声が反響し、ザザッと湯船からお湯があふれる音が聞こえる。
「そのようなことを言わないでじいや。あなたはこの真道家でよく働いてくれていますわ。それこそ、私たちが甘える程に」
「何を言うかね。わしがもっと若ければもう少しましな暮らしをさせてやったわい」
季吉は強がりで答えて見せる。別に美李奈の言葉が癇に障ったわけではない。そんな風に素直に感謝されるのが気恥ずかしいだけだ。
「フフフ! ですがこのような生活をできているのもあなたのおかげです。私たちは色んな人々に助けられていますわ。季吉、典子さん、団地のみんな、商店街……みながこの私を受け入れてくれたのですから。ならば、私を救ってくれたも同然でしょう?」
そう言いながら美李奈は小窓から顔をのぞかせる。ひょっこりと顔だけが外に出て、その瞳が執事と季吉を捉える。濡れた前髪から水滴が滴り、美李奈はそれをぬぐうとにこりと笑った。
「ですから、恩を返す時が来たのです。それが、まさかアストレアに乗って戦うことになるとは私も思いませんでしたが」
夜風が吹く。それは蒸し暑い夜の中であって、心地よい清涼感を与えた。
季吉は笑顔を見せる美李奈に月明りが差し込むような錯覚を見た。美李奈の髪や顔に残った水滴がキラキラと輝いてみえる。
「フフフ……とんだお転婆娘なこった」
美しく輝く主の姿を見た季吉ではあるが、口に出した言葉はそれだった。
「あら、ご存知ありませんでした?」
美李奈は再び笑って見せた。気が付けば執事も笑って、「まったくです」と季吉の言葉に同意していた。
その談笑の中で、美李奈はふと夜空を見上げる。満天の星空は吸い込まれそうな程に透き通って見えた。
この美しい星空のさらに向うから血濡れたような赤い無法者たちがやってくるなどということは、その時ばかりは彼女の中からは綺麗さっぱり消えていた。
***
「フン……」
於呂ヶ崎亮二郎はアンティークもののデスクで数十枚の書類に目を通しながら鼻を鳴らした。すぐ近くのデスクでノートパソコンを開いて処理をしていた黒服の老執事はちらっと亮二郎の方に視線を映したが、すぐにパソコンの画面へと戻った。
「お嬢様にも困ったものですね」
普通、主の親族に対してそんな言葉は逆立ちしても言うことは出来ないが、かれこれ五十年来の付き合いである老執事は意外と遠慮がない。
それに今頃、麗美はベッドの上で人形に囲まれてだらしくなく寝巻をはだけさせて眠っているだろうと予想がつく。
亮二郎もそれを咎めることなく小さく頷いて書類を足下のシュレッダーに押し込んでいた。
「遅かれ早かれ露見することだ。しかし、予想通りすぎる催促ばかりだ。つまらん」
亮二郎が捨てた書類には、アストレア及びユースティアに関する於呂ヶ崎家の関係について追及する旨の内容が殆どであり、関係各所は政府はもちろん自衛隊や警察、はては外国からの追及も来ていた。
大半はなぜ於呂ヶ崎がそんなものを有しているのかを問いただすものだが、中には接収であるとか技術提供を求める声もあり、亮二郎としては一々そんなものに関わってやるつもりはない。
それにこれらを黙らせるぐらいの力がこの家にはある。
「しかし長期的な視点で考えれば彼らの要求もいくつかは飲んでやるのも手では?」
「協力を求めるのであればな。だが、連中の下に付くのは気に入らん。奴らめ、我々がどれだけ税金を払ってやってると思ってる」
「ですが、自衛隊の方では戦死者も出ています。国防を重視とは言いませんが、ヴァーミリオンの危険性がわからない以上、用心はするべきでしょうなぁ」
「それはわかっている。だが、我々はヴァーミリオンが敵であるということ以外の情報が皆無だ。一矢の阿呆がもっとしっかりと情報を残しておれば……」
亮二郎はデスクに置かれた皿からあられを鷲掴みにすると、それを口の中に放り込み、バリバリと音を立てながら咀嚼する。指についた塩をなめとりながら、それを着物の裾で拭くと老執事が溜息をつく。
「旦那様、いい加減それをおやめになってください」
若い頃に亮二郎に仕えてから見てきた彼の悪癖の一つだった。
しかし亮二郎はそれを気にしたそぶりもなく、再びあられをほうばり、その鋭い視線を老執事に向けた。
「わからんか、あられはこうして食べるのがうまいのだ」
「こどもじゃあるまい……」
老執事の呆れた顔に亮二郎はまた鼻を鳴らしてふてくされた。腕を組み、残った書類をちらっと見るがもう読む気にもならなかった。どうせ書いてある内容は同じなのだからどうでもいいのだ。
「そういえばだが……」
皿の中のあられの残りを確認しながら亮二郎はすっかり忘れていたことを思いだす。
「アストレアが出現した真道の屋敷跡、あそこの調査はどうしている?」
更地となった真道家のかつての土地。その地下にはアストレアが眠っており、地下八〇〇メートルにはそれを格納していた空間がある。アストレアが出現して以来、放置されていた土地を亮二郎は確保していたのだ。
「あぁ……もぬけの空……といいましょうか。確かにいくつかの資材はありましたが何か重要なデータと言われるとまったくでしたな。あそこはただアストレアを格納しておくだけのスペースなのでしょう」
「その為だけにあの大層な隔壁を用意するのか?」
「さぁ、それは私には……ですが、旦那様の指示通り過去の真道家の資金の流れを遡りますと、やはりアストレアだけを建造したわけではないのは確かですな」
老執事はパソコンに映し出されたデータを読み取りながら答える。
「一矢め……一体何をしたのだ?」
かつての親友は何も言わず死んだ。それは、友の言葉を信じなかった自分へと当てつけなのかどうかはわからないが、とにかく真道一矢は多くの秘密を抱えたまま死んだ。
そのつけを払わされているのがその一矢の孫であるのは何とも皮肉だが、亮二郎は美李奈にそのような責務を押し付けるつもりは毛頭なかった。
だが、実際は美李奈と自身の孫である麗美がロボットを駆り戦っているのが現状だった。
その所業は外道であると亮二郎は自覚しているが、彼女たち以外に任せられる者がいないのもまた事実であった。息子夫婦では頼りがないし、自分では老骨だった。外部から信用に足る者を探す余裕もなかった。
その点、孫とその友人は、何も言わずとも、何もせずともヴァーミリオンに対して怒りを燃やし戦った。
今はそれに甘えるしかないと、言い訳をするしかなかった。
(全ては十六年前に一矢の言葉を信じなかったツケだな)
彼らは打つべき手段を取っていなかった。アストレアとユースティアの完成だけが結果なのだ。それ以外の準備は一切していなかった。
それが、今の現実だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます