第72話 乙女突貫

 破壊の光が放たれる。その射線上の全てを蒸発させながら、要塞から放れた大出力のビームは太陽の光に匹敵する程の輝きを見せつけながら半壊した戦艦ユノにとどめの一撃を与えた。

 西洋の城を思わせたその白亜の戦艦はその呆気ない最後を迎え、塵となった。


「スタッフは離脱したか。於呂ヶ崎麗美に助けられたということか……フン、まぁそれぐらいはしてもらわねばな」


 眼下に迸る閃光をちらっと見降ろした昌はすぐさま目の前の敵に意識を向けた。

 攻めあぐねいていた。目の前の敵は純粋に強い。こちらの攻撃は効果が薄く、むこうの攻撃は大振りゆえに避けるのは簡単だが、それでもサブパイロットの朱璃はオーバーヒート気味であった。

 ゆえに昌は操縦のほとんどを自分で補っていた。


「スタッフの練度が低いことは承知していたが、これほどとは思わなかったよ……!」


 祖父はこの戦いの為に色々と準備をしてきたようだが、その成果が表れたのはマシーンの性能の己という存在を生み出すことだけだったのではないかと昌は疑問を感じていた。

 道楽息子だった自身の父があっけなくこの世を去り、母も同様にいなくなった。幼い昌はそうはなるまいと敬愛する祖父の言う通りにここまでやってきたが、今この瞬間に関しては祖父も案外大したことがなかったなという感情が芽生えていた。


「そして真道も真道だな。あのような張りぼてを残していたなんてな……それを信じていたお爺様もお爺様か」


 思えば、祖父は真道という幻影をずっと追い求めていただけなのかもしれない。

 しかし、そんなことは昌にはどうでもいいことだった。期待外れだったのは確かだが、真道一矢が残したデータのよってこの≪ユピテルカイザー≫は開発されたし、自分はこうして与えられたものを使いこなしている。

 その点に関しては文句をいうつもりはない。


「そして俺は今、組織を背負って戦っている。礼を言うぞヴァーミリオン。つまらなかった人生の中にお前たちは十分な刺激を与えてくれた。予定調和のつまらなさを実感させられぞ!」


 同時に昌はこのままならない歯がゆさを楽しんでいた。

 それは遊びという観点ではない。心が躍るのだ。何事一流にこなしてきた自負はある。若輩の身ながら大企業、大財閥を取り仕切ることだってやってのけた。そしてマシーンの操縦もだ。

 それでも満たされない空虚なものが今ここで埋められていく。


「貴様らを叩き潰せば俺は呪縛から解放される気がするよ!」


 昌は≪ヴァーミリオン・リブラ≫の頭部目がけて、ディエスブレードを突き立てる。

 が、その瞬間、≪ヴァーミリオン・リブラ≫の四本の腕が≪ユピテルカイザー≫の両の手足を掴んだのだ。


「なに!」


 そして≪ヴァーミリオン・リブラ≫の胸部に光が灯る。


「させるかよ!」


 昌もまた迎え撃つようにエンブレムズブレイザーの発射態勢を取った。


「最大出力でぇ!」


 同時に放たれる黒と赤の衝撃。お互いの距離は十数メートルという至近距離であり、ぶつかり合うエネルギー波の放つ衝撃波は巨体を大きく震わせていた。その衝撃は少なからず≪ユピテルカイザー≫にもダメージを与えていたが、昌は構わず発射態勢を維持していた。


『そのまま維持させていなさい!』

「なんだ!」


 最大エネルギーのぶつかり合い。そんな盛り上がりの場面に無粋な乱入者が迫ってきた。於呂ヶ崎麗美だ。いつの間に接近してたのか、彼女は機体の剣を展開しながら、≪ヴァーミリオン・リブラ≫の懐にもぐりこんでいた。

 状況としては≪ユピテルカイザー≫と≪ヴァーミリオン・リブラ≫はつかみ合いをしている為に両者ともに≪ユースティア≫を妨害することなどできない。

 果たして麗美がそれを考えているのかは怪しい所ではあるのだが。


「何をするつもりだ於呂ヶ崎麗美! またこちらの邪魔をするつもりか!」

『いいから黙って言う通りになさい! あなたは敵を倒す、私はミーナさんを助けて敵を倒す! 目的は一致しているじゃありませんか!』

「なんだその無茶苦茶な理論は!」

『キィィー! ほんっとに最近の男は理屈臭いですわねぇ! こんな美少女にお願いされたら一言『ハイ』と答えればよろしいのですわよ! やってくれたたキスぐらいしてやりますわ!』

『貴様、昌様になんという無礼を!』

「朱璃、貴様は黙っていろ! 出力の調整が遅れている!」

『乙女に対してその口の利きよう! 一度根性を叩き直してやる必要があるようですが、今は……!』


 こちらの状況など無視して麗美は≪ユースティア≫の刃を≪ヴァーミリオン・リブラ≫へと突き立て、高速回転を行う。


『はあぁぁぁぁ!』


 しかし気合とは正反対に≪ユースティア≫の攻撃は≪ヴァーミリオン・リブラ≫の装甲に傷をつけられないでいた。

 それでも麗美は頑なにその場に居座った。


『うぬぬぬぬ!』

「チッ……」


 昌はその状況に見かねた。


「朱璃、スラスターにもエネルギーをまわせ。油断すれば消し飛ぶぞ!」

『え?』

「いいからやれ!」


 昌は朱璃の返答を待たずに、≪ユピテルカイザー≫の両腕を射出した。拘束されていた腕が外れたことでわずかにバランスを崩すことになるが、それは≪ヴァーミリオン・リブラ≫も同じ事だった。自身が掴んでいた腕がどこかへと飛んでいこうとするのだから。

 ≪ヴァーミリオン・リブラ≫の上二つの腕は≪ユピテルカイザー≫の両腕にいいように振り回されていた。

 そして、射出された≪ユピテルカイザー≫の右腕にはディエスブレードが握られている。力づくで飛翔するその腕は抵抗しようとする力に負けじと手にした刃を≪ユースティア≫と同じ個所へと突き立てようと伸ばす。


「さっさと離脱しろ。邪魔だ!」


 残った左腕が拘束を振り払い、ドリル状に回転しながら≪ヴァーミリオン・リブラ≫の頭部へと命中する。これで≪ヴァーミリオン・リブラ≫のバランスは完全に崩れた。のけぞる形で赤い閃光が的外れな方向へと伸びていく。

 両足の拘束をも振り払った≪ユピテルカイザー≫は左腕をドッキングしながら、刃を突き立てる右腕へと駆け寄る。

 そして、≪ヴァーミリオン・リブラ≫の腹をかき切るようにディエスブレードを振るった。

 どろりと血液のような体液があふれる。

 その傷口からは卵のように固まった肉の塊が見える。それは美李奈の≪アストレア≫を封じ込めたものだとわかった。


『よぉし! あなたはそのままこのデカブツを止めておいてくださいな!』

「俺に命令をするな!」


 しかしその言葉とは裏腹に昌は態勢を立て直そうとする≪ヴァーミリオン・リブラ≫に再び拳を射出し、動きを阻害する。

 その間に、麗美は肉塊を切り裂く。その周りには無数のコードのようなものが絡みついていたので、それも切り裂いた。邪魔だったから。

 ついでにその奥に見える小型の≪ヴァーミリオン≫のような存在も捻り潰した。気持ち悪いから。

 それが、≪アストレア≫のシステムを掌握していた寄生型の≪ヴァーミリオン≫であることなど、麗美は知らなかった。


『起きろー!』


 そして、遂に、力なくうなだれる≪アストレア≫の姿を発見した麗美はあらんかぎりの声で叫んだ。

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