第71話 乙女の我儘

 ずっと喚き散らしている麗美の声がまだ鼓膜を響かせていることに昌は顔をしかめた。同時に明らかに動きが鈍くなっている他のメンバーたちに対しても唾を吐きたい気分だった。


「遅れるな。またいつあのビームが飛んでくるのかわからないぞ!」

『け、けどあの攻撃を受けたらこっちの機体が耐えられないんじゃ!』


 怯えた声の真尋に対して昌はもう怒鳴り返す気力もなかった。


「ならば雑魚の掃除でもしていろ!」


 戦わないのであれば、もはやどうでもいい。

 使えない手ごまが近くにいるだけでも状況は悪化する。それは取り込まれた≪アストレア≫たちを見ての感想だ。明らかにあの者たちが来てから状況は悪化したようにも見える。


「雑魚の殲滅はウェヌスと自動操縦に切り替えた戦艦ユノが担当する。蒼雲、我らは人型を撃滅する。いいな?」


 半壊した戦艦ユノであるが一部の武装はまだ生き残っている。元々自動で稼働していた船である。動揺と怯えで使いものにならなくなったスタッフに任せるよりはマシだった。

 それに戦艦の火力はやはり圧力になる。戦場には目の前の巨大な敵以外にもまだ虱のような雑魚が残っている。

 それに、敵要塞の規模を考えればまだ増える可能性も捨てきれなかった。


(どちらにせよ長期戦は禁物ということか……やれやれ、これが終わったら組織の再編を急がないといけないな)


 本部のある島で何が起きていたのかも知りたいし、祖父が何をしでかしたのかも気になっている。それを知る為にもとにかく今はこの戦いを斬り抜ける必要がある。


「真道美李奈……」


 昌は≪ヴァーミリオン・リブラ≫を見据え、ディエスブレードの切っ先を向ける。


「悪いが、俺たちの礎になって、死んでもらう。助けてやる余裕もなさそうなのでな」


 言って、昌は≪ユピテルカイザー≫を前進させる。

 超巨大なマシーン同士の激突は音のない宇宙空間ですら大きく震わせ、響かせるような錯覚を見る者に与えた。

 紫電を走らせながら、剣を振るう≪ユピテルカイザー≫、無数の血濡れた刃と斧を振るう≪ヴァーミリオン・リブラ≫。両者の剣戟は重々しく、刃がぶつかりあう度に衝撃波が発生した。


『敵の攻撃が鋭く……!』


 状況をモニターし、昌のサポートを行うはずの朱璃であったが、彼女はもはや機械的なサポートを使ってもその戦闘に追いつけないでいた。彼女はもう出力の調整ぐらいしかまともにできなかった。

 これらの調整も一度でもミスをすればそれはイコール≪ユピテルカイザー≫の敗北を意味する。

 朱璃は冷や汗を吹き出しながら、作業を進めた。


「朱璃、遅れているぞ!」


 昌は≪ユピテルカイザー≫の動きが少し鈍くなっていくことに気が付いていたが、それすらも操縦で補った。


『ぬおぉぉぉ!』


 神速の攻防が繰り広げられる剣戟の只中に果敢に割り込もうとする≪マーウォルス≫であったが、元より空間戦闘を意識していない機体の加速はこの場においては枷にしかならなかった。

 二振りの剣を振るう≪マーウォルス≫であったが、≪ヴァーミリオン・リブラ≫は斧を持つ左腕を振るうだけで重闘士の剣を砕いて見せた。

 さらに勢いは止まらず、ざっくりと右肩を抉り取られた≪マーウォルス≫は火花を散らし、小爆発を繰り返しながら、吹き飛んでいく。


『マーウォルスの装甲がぁ!』


 そんな蒼雲の絶叫を聞きながら、昌は機体から雷を放出させ敵を痺れさせようとしたが、避雷針のつもりなのか、電撃は二つの剣に吸収され、拡散していった。


「味な真似を!」


 敵は闇雲に破壊活動を行うだけの能無しであると思っていたが、この一連の戦いの中でそれは改める必要があると昌は感じていた。


『ッ! 高エネルギー反応!』


 朱璃も必死である。だからあらゆる操作を後回しにして、敵の行動に注意を向けた。彼女が感知したのは≪ヴァーミリオン・リブラ≫からではなく、再び要塞から放たれようとするビームの兆候であった。


「わかっている!」


 つばぜり合いに陥りながらも、昌はその要塞砲の射線軸から抜け出すことを考えていた。吹き飛ばされた≪マーウォルス≫は放っておいても勝手に離れていく。≪ウェヌス≫と≪ミネルヴァ≫には退避行動を命令させた。問題なのは戦艦ユノから脱出しているスタッフたちだったが、こればかりはさっさと混乱から抜け出て脱出艇を使えとしか言い様がない。


「朱璃、一時離脱だ。こいつを要塞砲に巻き込もうとも考えたが、そんなことをしている余裕もない」


 そういうと、昌は一目散に射線軸から抜けるように上昇した。


***


「離してくださいまし!」

『できるわけがないだろ! 死にたいのか!』


 一方、麗美と蓮司は未だにこのありさまであった。

 麗美としては組織の犬に成り下がったように見える蓮司に少しだけ幻滅していた。彼女の中では蓮司は生真面目であっても一本筋通った青年に見えていたのだが、龍常院に兵器を与えられてからの彼はまるで玩具を使う子どものように映った。


「それも命令ですか!」


 自衛官であり、真面目な青年であるが故に命令には絶対という部分があるのも理解はしているが、この場合、それは邪魔でしかないと麗美は考えていた。

 果たしてそれが自分の身を案じての行動なのかはわからない。だが、今の蓮司はかつて見た愚かなまでの激情さがなくなっているように見えた。


「お兄様は一体何がしたいのですか! 人々を守りたいのですか、それとも与えられた玩具で遊びたいのですか!」

『遊ぶだと! それはお前の方だ麗美! 亮二郎のおじ様だってそうだ。孫娘にそんな機械を与えて、お前はお前でふざけた組織を結成して……!』

「えぇいごちゃごちゃと男らしくない言い訳を並べてぇ!」


 あえて言えば麗美は細かいことが嫌いな少女である。

 すべての物事は万事シンプルで片付くべきであると信じているといってもいい。

 同時に自分がそうであると思ったことはてこでも曲げない意地の堅さも持ち合わせている。いうなれば頑固で、我儘で、自由奔放なのだ。

 だから、麗美はキレた。


「平和を守る戦いが遊びでできるものですか!」


 ≪ユースティア≫のウィングスラスターを全開で展開。その衝撃に煽られ、蓮司は思わず操縦を手放す。半ば力づくで拘束から逃れた麗美は一目散に美李奈の下へと駆け寄るかと思いきや、踵を返し、≪ユースティア≫の拳を振り上げ、≪ミネルヴァ≫へと叩き込んでいた。


『うおぉぉぉ?』

「むきぃー! だんだん腹が立ってきましたわ! 今の今までこっちのアプローチを袖にして、今日まで散々私をバカにしてきて! 餌を待つ犬のように尻尾を振って、孤高さは消えていくし、乙女の心の傷も寂しさを理解しないこのあんぽんたんにぃ!」


 この時、麗美はほぼ無意識に最も威力が出る構えで拳を繰り出していた。≪ユースティア≫のパンチは何度も何度も≪ミネルヴァ≫の頭部に叩き込まれる。その衝撃の中で蓮司は麗美の意味の分からない叫びを耳にして、呆気に取られていた。


『なんだ、何を言ってるんだ!?』

「お家を飛び出して自衛官になったのだってあんたが本当にやりたいことをする為でしょうが! その信念をいいように使われて、可愛い婚約者に刃を向けて、偉そうな事をいうわりには人々を守ろうとする戦いもしないで、こっちの邪魔ばかりしてぇ! 知っていまして? ヴァーミリオンとの戦いが始まってから私、二キロもやせてしまったのですよ!」

『だから、なんだって……うぉ!』


 今度の拳は≪ミネルヴァ≫の鳩尾に繰り出された。コクピットの近く故に伝わる衝撃は頭部の比ではなく、蓮司は思わず頭をぶつけそうになった。


「少しの無茶も通せない臆病者に於呂ヶ崎の名を継がせるわけには参りませんわ! そこで一生、首輪にでも繋がれてなさぁい!」


 麗美は最後の一撃にかかと落としを繰り出してやろうと思ったが、唐突に鳴り響くアラートによってそれは中断しなければいけなかった。


「要塞砲!」


 振り返り、遥か先に居を構える敵要塞から再び禍々しい光が放たれようとしていた。


「この光、射線上にはまだ……!」


 麗美は≪ミネルヴァ≫を放り投げると、すぐさま半壊した戦艦ユノの近くで漂う二隻の脱出艇へと向かう。その近くには防衛行動をとる≪ウェヌス≫の姿もあったが、何とも弱弱しい反撃しかしていなかった。


「何をやってるの! さっさとそこから退避なさいな!」


 しかし返事は帰ってこない。通信でも切ってるのか、返事を返す余裕でもないのか、どちらにせよ麗美は言葉をかけるのも面倒臭いと思い、まずは≪ウェヌス≫へと跳び蹴りを仕掛けた。

 不意を突かれた≪ウェヌス≫はそのまま軸から離れるように飛ばされていく。


『うわ!』


 真尋の悲鳴が聞こえたが、それは無視して、麗美は脱出艇へと腕を伸ばす。

 ≪ユースティア≫の出力を使えば、小型の脱出艇ぐらいはさっさと射線から離すこともできるがあと一隻残るそれを押し返す時間的な余裕はないと思えた。


「お兄様! それと、そこのえーと、取り敢えずそこの女神像! ぼーっとしてないで手伝ったらどうです!」


 今しがた自分が投げ飛ばし、蹴り飛ばしたことなど忘れて麗美は怒鳴った。


「地球防衛組織を名乗るなら、これぐらいはさっさとしなさいな!」

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