第8話 乙女の奮闘

 二体の赤い巨人たちの距離はさほど離れてはいない。二百メートルといったぐらいだろうが、美李奈は慣れない空間からの距離把握に自信がなかった。それでも、二体の距離はこの四十メートル程の大きさであると考えると恐ろしい程に近い。


 美李奈が、狙いを定めたのは、商店街へと侵攻する巨人であった。足元に点在する民家などを踏みつぶしていく巨人に対して、美李奈は右側のアームレバーを押しだすと、それに連動して、アストレアの拳がつき出される。既にスラスターを展開し、加速したアストレアの右腕はそれらを加えて、ストレートを叩き込む。


 突き進むことだけに夢中だった赤い巨人はなすすべもなく、巨体と加速度の乗ったパンチを受け、ボディをひしゃげさせながら、いとも簡単にその場に倒れ込む。そこは、大通りになっており、わずかに民家などの塀を崩していくが、大きく被害を及ぼすことはなかった。


「さぁ! どうでます!?」


 美李奈は、先ほど殴り倒した巨人をアストレアの巨大な脚で踏みつけ、残る一体の方へ注意を向ける。その瞬間、眩い光と轟音と共に、アストレアに衝撃が走る。


「あぁぁぁ!」

『直撃です!』


 中央ディスプレイに表示されるアストレアのシルエットには、胸部と左腕が点滅していた。色は緑のままであり、大したダメージが入っていないのがわかるが、伝わる衝撃は大きい。

 美李奈は、お尻が痛むのを感じたが、口には出さなかった。


「仲間を助けるという判断はないと見ました!」


 着弾の煙幕が晴れ、視界がクリアになる。だが、捉えたのは、既にくちばしにエネルギーを貯め込んだ巨人の姿であった。美李奈は舌打ちをしながら、アストレアの両腕をクロスさせ、防御の姿勢を取る。避けるのは簡単である。だが、今踏みつけている巨人を逃すわけにもいかず、さらにはその背後には商店街があった。


 しかし、そんなことは赤い巨人には関係がない。何のためらいもなく、発射された光弾がアストレアの両腕へと着弾する。それは一度だけではなかった。二度、三度と光弾が連射され、その度にアストレアに衝撃が走り、コクピットにいる美李奈と執事は、それに耐えなければいけなかった。


「セバスチャン! ヴィブロナックルですわ!」

『ハッ! いつでもいけます!』


 美李奈の指示のもと、執事がディスプレイを確認、問題がないことを告げると、美李奈はアームレバーを、拳を振り上げるように一度、おおきく引き寄せる。


「ヴィブロ! ナックル!」


 怒声と共にアームレバーを押し込む。だが、その瞬間、ヴィブロナックルを放つ間際にアストレアの巨体が再び揺れる。前方の狙いを定めている相手からの攻撃ではなかった。


「何事です!」


 美李奈が叫びながらも、攻撃の正体を把握していた。それは、今踏みつぶしている巨人からの攻撃であった。

 巨人は、じたばたともがくようにしているが、指だけはアストレアの方へと全て向けており、そこから再びレーザーが放たれる。真下からの、それも至近距離からのレーザー攻撃はアストレアを大きく震わせ、そのバランスを崩させる。


「ぐうぅぅ! セバスチャン! 状況を!」


 アストレアが横転したことはわかったが、目まぐるしく揺れる視界に、美李奈は一瞬、方向感覚やバランス感覚を失った。


『各部被弾! ダメージもあります! レーダ感! 敵が……』


 執事が最後まで言うよりも速く、再び衝撃が走った。先ほどまで踏みつけていた巨人が、お返しとばかりに馬乗りになり、無貌の顔をぐりぐりと動かしながら、アストレアの顔に近づいてくる。

 コクピットに連動するアストレアのカメラが、その奇妙な巨人の顔をアップに映し出していた。


「気味の悪い!」


 美李奈が払い除けるようにアームレバーを動かせば、アストレアもまたその腕を振るう。巨人は、簡単に拘束を解いたが、それは、相手がわざと離れたようにも感じた。美李奈はアストレアを立ち上がらせると、すぐさま反撃の態勢を取っていたが、巨人たちはギギギという駆動音を、まるで嘲笑するかの如く繰り返し、飛び跳ねるように後退、すかさずレーザーを放つ。


 アストレアは右腕をかざすようにして、レーザーを弾き、距離を詰めるべく、スラスターを展開させるも、巨人たちはその分だけ後方へと飛び跳ねる。


「引き撃ち!?」


 美李奈は舌打ちをした。嫌な程に、相手の行動が合理的だからだ。片方が攻撃を止め、充填している間にもう片方が攻撃を仕掛ける。お互いにたすけようという気はないように見えたが、こと蹂躙活動という点に置いては、巨人たちは息のあった行動を見せた。


「えぇい!」


 次に腹が立つのは、このアストレアの性能を活かしきれない自分にだ。先ほどからの攻撃を受けてわかったのは、アストレアは巨人たちの攻撃をものともしない。 このまま攻撃を受け続ければどうなるかは分からないにしても、この堅牢な装甲は奴らの攻撃を容易に防いで見せている。巨体に似合わない加速も奴らとの距離を一瞬にして詰めることも可能だ。

 だが、その性能差というものを奴らも理解したようで、適わぬと見てこのように嫌がらせのような攻撃を繰り返しているのだ。


(遊びで破壊を行うような真似を!)


 美李奈はあらん限りの罵倒を繰り出してやろうかと思ったが、それはこらえた。品がないし、自分まで奴らと同じように落ちる必要もないからだ。

 だが、しかし、おちついていられる状態でもない。巨人たちはまだ、こちらをいたぶることに夢中のようだが、いつ矛先を市街地に、商店街に向けるのかは分からないのだ。


「セバスチャン、なにかわかったことはありまして?」

『ハッ、威力は不明ですが、なにか光学兵器のようなものがあるようです。あとはミサイルですが、残弾がどういうわけか六発しかありません』

「十分よ。いつでも使えるようにしておきなさい」

『ハッ!』


 巨人たちのレーザー攻撃を受けながら、美李奈は答えた。とにかく、敵を片づけるのは簡単であるが、その為に市街地を危険にさらすことだけは避けたかった。これが一対一であれば、いつぞやの空き地に連れ込むことも出来ただろうが、今回は敵が二体ではなかなかの難しい。


「何か気を反らすことが出来れば……」


 巨人たちの行動は妙な所で一貫している。破壊活動、挑発これらの事に関しては連携を見せるが、仲間を守るという行為に関しては一切の興味をもたない。これは先ほどからもわかった事だが、ようは、一体を集中して倒す間にもう一体が街の破壊にいそしむだけだ。


 ヴィブロナックルの威力は前回の戦闘で見た通り、強大であるがどうにも予備動作というか、撃ち込むまでの流れが遅い。撃てば驚異的な速度と威力を持つが、おそらくエネルギーの循環などもあるのだろう、いちいち拳を振動させてから放つからだ。

 もちろん、何かしら操作を行えばその限りではないのだろうが、それを今から探し出してという暇がないのだ。そういう細かい部分に関してはオート機能が備わっていないようである。


「一か八か、光学兵器とやらを使うか?」


 どういった武器なのかが分からない以上、不安が残るが、ミサイルではこの波状攻撃の中放ってしまうと直後に被弾、誘爆の危険がある。

 ここは合えて無防備をさらすしかない。美李奈は、そう判断して、執事に命を下そうとする。


『美李奈様、あれを!』


 だが、それよりも早くに執事からの言葉が飛ぶ。直後、コクピットのスクリーン、左側に小さな画面が表示され、何かを拡大した映像を映し出した。そこに映ったのは、突出していた戦闘機であった。こちらがアストレアに乗り込んで以降、何をしていたのかは知らないが、まだこの区域をうろちょろしていたようである。


 しかし、戦闘機の挙動には、先ほどまでの迷いはないように見えた。一気に加速した戦闘機はレーザーを放つ巨人たちの眼前をすれすれに通過していく。その一瞬、一体の巨人の興味は戦闘機へと向いた。もう片方は相変わらずアストレアの執拗な攻撃に夢中であった。


「しかし、それが!」


 絶好のタイミングである。戦闘機は、加速、上昇を行い、その機体をロールさせ、見事に方向転換をして見せた。美李奈もそれが何かの空中機動であることを知っていた。映画で見たのだが、名前は知らない。

 そんな美李奈の感想を知る由もなく、戦闘機は残ったミサイルと機銃をありったけ巨人にぶちまける。一切通用しない攻撃だが、巨人の意識を釘つけにするくらいは出来る。さらにはその調子の良い、機動が反撃のレーザーすらかわして見せるのだ。


 一方、アストレアもまた、加速をしていた。巨人はセオリー通りに、後退をしながら反撃に出るが、もう片方を気にしたくていいアストレアのトップスピードから逃げることは買わなかった。

 アストレアは各部にレーザーが命中するが、全て弾いて見せる。美李奈は再びアームレバーを押し出し、アストレアの拳を巨人に叩き込む。ひしゃげていた装甲を、その瞬間に貫かれる。拳を引き抜いたアストレアは巨人を掴み、残る一方へ視線を向けた。


「セバスチャン! ミサイルを!」

『ハッ!』


 すでに兵装を使い果たした戦闘機はうまいぐあいに残った巨人の興味を引きつけるようにつかず離れずの距離を保って飛んでいた。アストレアは、両脚、すねの部分を展開し、六発のミサイルを放つ。そのミサイルは、不思議と弧を描くように大回りしながら巨人へと飛来する。

 危険を察知したのか、巨人は戦闘機ではなくミサイルへと意識を向ける。大回りして飛来するミサイルを撃ち落とすのは簡単であった。巨人は指先のレーザーを掃射、六発のミサイルは、空中で破裂し、煙を漂わせる。


 だが、その煙を突き破るように巨大な影が出現した。それは、腹を貫かれた巨人であった。巨人たちは轟音を上げながら衝突し、まとめて倒れようとするが、その瞬間、背後からまた別の衝撃を感じた。否、その衝撃はお互いがぶつかってから感じていたものである。投げつけられた巨人を掴むように、アストレアの拳が射出されていた。


 そして、受け止めた側の巨人の背中にもいつの間にか射出されていた拳があった。二つの拳は巨人たちを押しつぶすようにしていた。拳は振動を放つと同時に二体の巨人を空高く、持ち上げていく。

  その光景を、両腕を外したアストレアが大地に立ち、見上げていた。胸部のAのエンブレムが煌々と輝いていた。


「こうも見事にいくと調子に乗ってしまいそうね、セバスチャン」

『私もでございます。美李奈様、チャージが完了しました』

「フッ……エンブレムズフラッシュ!」


 美李奈の叫びと共にAのエンブレムから眩い光が天高く放たれる。それは、もつれ合う二体の巨人目がけて伸びていく。アストレアの拳は、既に二体から離れていた。その瞬間、光が二体の巨人を飲み込み、そして、跡形もなく消滅させていた。

 直後、爆発が起こる。レーダーを監視していた執事は笑みを浮かべ、主へと報告を行った。


『反応消失、敵、撃破でございます美李奈様』

「当然よ、セバスチャン」


フフンと得気に美李奈も返した。


***


 戦闘が終わり、美李奈がまたどこかへと飛んでいくアストレアを見送ると同時に、戦闘機もまた帰投していくのか、アストレアとは反対の方角へと飛んでいく。結局の所、あの戦闘機がどういう判断でこちらに来たのかは分からないが、美李奈としては、それはどうでもよかった。

 どうあれ、そのおかげで被害を最小限に食い止めることが出来たのは事実なのだから。


 そして、その日の夜。真道屋敷の食卓は稀に見る豪勢なものであった。いつもは塩やしょうゆだけで味付けした野菜のいためものや煮物ぐらいしか並ばないテーブルの中央にはカリッと揚げられた衣に包まれたコロッケが燦然と輝いていた。


「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけどねぇ! さすがはスーパーロボットってやつだね!」


 そういって笑う岡本典子に怪我見当たらなかった。どうやら商店街付近に被害は及ばなかったようである。そうであるからこその食卓のレパートリーなのだ。


「ごらんなさい、セバスチャン、じいや。ついに我が食卓にも揚げ物というものが並んだわ」

「ハッ、私感動しております」

「何年ぶりかね?」


 各々が感想を言いながら、席に着く。幼い頃にどこか高級な店で最高級の肉を使ったステーキを食べた記憶があるが、典子の作ったコロッケは、その時のものよりも美味しいと感じた。

 この時は、美李奈も屈託のない少女の笑顔を見せていた。


***


 その豪邸に備わった大スクリーンには、アストレアと赤い巨人の戦闘が映し出されていた。映画館さながらの空間は、背後に扇状に広がった巨大な階段と巨大なガラスが外の景色を映し出していた。白と赤で彩られ、金色の装飾はその権威を表しているようであり、その空間の中央、真っ赤なソファーに腰掛ける老人は、質のよい和服を纏っていた。

 どこか、その内装には合わない服装だったが、老人にしてみればこの姿が一番落ち着くのだ。老人は、杖をつき、スクリーンを睨みつけていた。


「ご老公、やはり……?」


 傍らに使える男は、つやのある黒のスーツを着ていた。男の言葉に老人は無言でうなずいていた。


「十年だ」


 老人の一声により、周囲の空気が重く感じられる。スーツの男はなぜか額から汗が拭き出していた。


「何かの間違いであってほしかった。しかし、二度だ。二度も奴らは、この短期間で現れた」


 老人は、ゆっくりと腰を上げると、男に向かって顎で合図を送った。男は小さく頭を下げると、ソファー横に備え付けられたボタンをおして、スクリーンを切る。二人は仰々しい白亜の階段を上がって行きながら、数メートルはあるガラスの外で輝く満月を眺めた。


「十六年越しのつけを払う時が来たのだ」


 その言葉には、後悔の念が含まれていた。

 男の名は、於呂ヶ崎亮二郎。於呂ヶ崎グループ会長、如月乃学園理事長、そして、於呂ヶ崎麗美の祖父その人であった。


「完成を急がせろ」


 亮二郎は、それだけを伝えると、一人屋敷の奥へと消えていく。スーツの男は、深々と頭を垂れ、亮二郎を見送った。

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