第51話 乙女の光

「せっかく、今晩はおでんの試作をしようと思っていましたのに」


 ≪アストレア≫のコクピットにて待機する美李奈はため息をつきながら、くたびれたメモ用紙を広げる。そこには彼女が独自で調べ上げたおでんの調理方法が書き込まれており、細かな分量、時間なども記されていた。

 近づく冬の訪れに備えはもちろんの事、生活資金の為に内職や執事のバイトだけでは手が回らないようになり、考え付いたのがこのおでんの屋台という美李奈の壮大な計画だったのだが、その記念すべき計画の初動は突如として現れた巨大な『城』のせいでストップをかけられることになった。

 緊急の警戒態勢と言う連絡が麗美から入ってきたとあれば、美李奈としても出動しないわけにもいかず、執事が丹精込めて作り上げた移動式屋台の試験運転もできないまま、今こうして≪アストレア≫に乗り込んでいるのである。


 ≪アストレア≫は現在、於呂ヶ崎の格納庫に待機している。件の『城』周辺はその一切が『ユノ』の手によって規制、封鎖が敷かれており、これが於呂ヶ崎の力でもそう易々とは突破できない程に内外的にもガードが固く、仕方なく美李奈たちはひとまずの基地である格納庫にいるというのが現状であった。

 だとしても情報というのは回ってくるもので、≪アストレア≫にはメイドたちから情報が逐一伝えられているのである。


「それにしても……あさましいとは思わないかしらセバスチャン?」

『はっ! まるで群がる亡者のようでございますね』


 気だるげとでもいうのか、美李奈はモニターに映る『城』に無数の艦船が接近しては作業員らしきものたちが乗り込んでいく姿を眺めていた。船には登り龍という、龍常院の紋章が描かれており、そこに映るものたちが、その手のものであることは明白であった。

 さらには、その映像を中継するのもおそらくは龍常院の息がかかっているということは、実に分かりやすく、体裁としては謎の浮上物を率先して調査する果敢な『ユノ』のスタッフといったところだろうか。こうもあからさまなプロパガンダは、美李奈としては呆れるものであり、少し理解の外にあるものであった。誇りであれ、成果であれ、それらは誇示するものではないからだ。正しき行いは黙っていたとしても実を結ぶものというのが美李奈の信念の一つである。普段の内職のようにコツコツと少ないながらも続けることで完成するようなものだ。


 しかして、龍常院ひいては『ユノ』はどうにも己が力を見せびらかす癖がある。それはマシーンたちの戦いに関してもそうであるし、それらを好意的に報道する働きかけにも表れていた。実際問題として、≪ユピテルカイザー≫の出現に関しても≪アストレア≫や≪ユースティア≫の活躍は殆ど明るみになることはない。それはもちろん構わないのだが、あらゆる手柄を『ユノ』のものにされているというのはちょっと気に食わない部分もある。


 そして今回の『城』の出現に際してもそうである。モニターに映る映像が拡大される。『城』を囲むように『ユノ』のマシーンがずらりと並んでいた。

 赤銅の闘士≪マーウォルス≫、蒼銀の女神≪ウェヌス≫、白銀の戦士≪ミネルヴァ≫、そして黒き雷帝≪ユピテルカイザー≫。四体のマシーンは調査団の護衛なのだろうか、いつでも戦闘に移行できるように武器を構えている姿があった。


「見た目だけで言えばヴァーミリオンのものではないようだけど?」


 美李奈は『城』の全体を眺めていった。


『そのようですね。超ド級の戦艦であることに間違いはないですが、城としての形状を見る限りではルネッサンス期のスフォルツェスコ城にそっくりでございます。良い趣味かと』

「まぁ素敵。一度はじかで見てみたいお城よ。だとすればあのお城は地球のものが作ったということかしら?」


 美李奈はぱちんと手を合わせ、直後に首をかしげた。


『恐らくは……あいにく艦船の知識はあまり持ち合わせておりませんが、外見的なもので判断をするならば、アストレアたちのものと似ているように思います』

「だとすれば、お爺様の関係かしらね」


 そういって見せる美李奈の口調はどこか確信めいていた。


『そこまでは私にはなんとも……』

「いいえ、間違いないわ、セバスチャン。このアストレアにしても、ヴァーミリオンにしても、お爺様は何かを知っていた。だからマシーンをお作りになられた。それにあのお城が出てきたタイミングが気になりますもの。関連性がない、という方が無理な話ですわ」


 『城』の出現は戦艦のような≪ヴァーミリオン≫が現れてから翌日であるし、さらには出現と同時にどうやら≪ヴァーミリオン≫を撃破している。そもそも『城』の出現地点にピンポイントで迫ろうとした≪ヴァーミリオン≫の動きもまた不可解であった。美李奈にはまるで≪ヴァーミリオン≫が『城』の存在を察知していたように思えていた。

 なぜという疑問は尽きないが美李奈には予想はできても結論を導き出すことはできない。


『ですが、龍常院もなぜ、あぁも早くに展開したのでしょう? 彼らも初めからあの城の存在を知っていたように思えますが……』

「知っていたのではなくて? なぜ、なのかはわかりませんけれど……」


 また新たな疑問であった。

 しかし、そんな疑問に対して思案する間もなく≪アストレア≫のコクピットにけたたましいアラートが鳴り響いた。同時にモニターには麗美の顔がアップで映し出されて、直後には大きく口をあけて「出撃でしてよ!」と息巻いていた。

 かと思えば、それに入れ替わるように於呂ヶ崎のメイドオペレーターが映る。


『真道様、ポイントD34付近にヴァーミリオンの降下が予測されます』


 メイドは位置情報も同時に転送してくれていた。コクピットモニターの右端に地図が表示される。D34などと言われても美李奈はさっぱりだが、数値を入れればあとは勝手にモニターの機能で位置を特定してくれるし、オートでの移動も可能である。


『幸いなことに市街地からは離れているようですね』


 地図情報を確認しながら執事は画像データを送ってくる。そこは小高い山が並び、恐らくはキャンプ場などに利用されている開けた山間であった。二十数キロの距離には道路を挟んで市街地が広がっているが距離としてはまだ十分に開きがある。


「お城も気になりますが、今は侵攻を食い止めますわよ」

『はっ!』


 美李奈がアームレバーを稼働させると、それに呼応するように≪アストレア≫の巨体がわずかに揺れる。


『ゲートオープン、作業員は速やかに退避せよ』


 よく透き通るメイドのアナウンスが響く。作業台が順次に収納され、マシーンの前方の壁がゆっくりと開いてく。それはまるで城門を開くようであり、重く低く唸るように道を作り出す。完全に扉が開き切ったことを確認したマシーンのパイロット、美李奈と麗美は互いにモニター同士で視線を送り合った。

 美李奈が肩をすくめるような仕草をとると、麗美は会釈するように瞳を閉じて、≪ユースティア≫の機体を前進させる。完全に格納庫から出ると、背部に装備された二対の翼を広げ、軽やかに宙を舞い、上昇していく。


 それに続くように≪アストレア≫も前進して、その巨体を星空のもとにさらけ出す。≪ユースティア≫とは打って変わり、全身のスラスターを目いっぱいに点火し、地響きをかき鳴らす。巨体が宙に浮く。力強く、ゆっくりと……しかし三秒後にはメインブースターが点火され、四十メートルの≪アストレア≫の巨体は加速を続けながら、空を突き進んでいく。


「あちらもこの事は感知しているでしょうに……」


 上空へと舞い上がった≪アストレア≫の中で、美李奈は今もテレビ中継を映し出しているモニターの右端を見やった。『ユノ』が誇るマシーンたちは不動の構えであり、そこから動こうとする気はないように見えた。唯一なのは、上空を旋回する≪エイレーン≫の編隊が移動を開始したというぐらいだった。


「それほどまでにあのお城が大切だとでもいうのかしら」




 ***




 綾子はスマートフォンを片手に衣裳棚に囲まれた自室の中央で大型のテレビを食い入るように見ていた。電話の相手は造船、交易を生業とする南雲家の令嬢の静香であった。


『家もお船のお仕事だから、この現場に呼ばれているみたいなのよ』


 電話越しの静香はケーキでも食べているのか時折咀嚼する音も混ざっていた。

 どの局も意図的と思える程に『城』とそれを調査する『ユノ』のニュースで持ち切りであり、綾子自身、それがあのいけ好かない生徒会長の差し金であることは理解していた。よくもこんな手間をかけるものだと半ば呆れながらも、情報を得るという意味ではみないわけにもいかなかった。


「静香の家って生徒会長の会社と提携してたっけ?」

『提携じゃないけど、まぁ無関係ってわけでもないんです……何隻かはうちの商品ですし』


 テレビに映り込む大小様々な艦船のいくつかが静香の家のものだと思うと、未だ自分の感性はセレブには染まり切っていないのだと安心する。綾子とて艦船が大体数億はする代物であることは理解しているが、テレビに映り込む艦船はざっと二十、その内のいくつかが友人の実家が作ったものと考えると、やはり金持ちはとんでもないと思い知らされるのだ。

 それは同時に四体の巨大なマシーンを作り上げた龍常院という家の強大さも理解しなければならないということでもある。凄まじい性能と戦いを繰り広げる人型のロボットが船より安いとは思わないし、それを簡単に四体も用意するのだから、とんでもないことだった。


「なんだか頭痛くなってくるわねこれ。空からは戦艦みたいな奴が降ってくるし、今度は海の中からお城よ? ロボットには慣れてきたつもりだけどさぁ」

『学園のみんなも、麗美さんがロボットのパイロットだってことをあっさりと受け入れてますものねぇ……本人は今も隠してるつもりですけど』

「生徒会長は宣伝しまくってるけどね」


 綾子の言葉はどこか投げやりだった。


『綾子さん、生徒会長の事なぜかお嫌いですよね? 何かあったんですか?』

「え、だっていけすかないじゃん! それになんか言ってることが信用できないのよねぇ」

『とはいえ、防衛隊というのを設立してロボットを用意しているのは事実ですし……確かに、よくない噂も聞きますけれど』

「噂なもんですか、事実よ、事実。だってあいつ、前のパーティーで……わわっ!」


 瞬間。テレビから耳をつんざくような轟音が響き渡る。画面の全てを真っ白な光が包み込み、猛烈なフラッシュをほとばしらせ、室内を照らした。

 咄嗟に目を瞑った綾子は、電話の向う側で静香の小さな悲鳴と皿が割れるような音が聞こえ、彼女も同様の状態にあることを悟った。


「な、なに?」


 テレビ画面のフラッシュは一秒足らずで消え去り、中継映像の乱れもすぐさま回復していた。混乱すりアナウンサーや実況者の声が飛び交い、同時に画面に映り込んでいたマシーンたちも慌てふためく様子が見て取れた。

 手ぶれが激しい映像の中、綾子は巨大な『城』の大砲から白い煙が噴き出しているのを見た。


「まさか……」


 呟いた瞬間、『城』は再び大砲を稼働させていた。射軸を調整するように、砲身がうごめき、光が放たれる。画面の向うのことなのだが、綾子は思わず目を瞑り、体を縮こませた。


「う、撃ってるの? だ、誰を!?」


 不意に綾子は窓の外を見やった。夜空に向かって下から流星が昇っていくような光景があった。そしてそれが先ほど放たれたものだということを理解するのに時間はかからなかった。


「ま、またヴァーミリオンが来たって言うの!?」


 空を見上げる綾子の頭上に影が躍り出る。


「……!?」


 その影は青と赤の巨影、≪アストレア≫と≪ユースティア≫であった。二体のマシーンはそのまま光の筋が伸びていった方角へと飛翔していく。その光景を眺めながら綾子は胸騒ぎを覚えていた。


「戦艦でしょ? 戦艦が撃ったってことは、またあのデカイのが来るんじゃ……」



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