第30話 乙女の炎武
「フン、性能はまぁまぁと言ったところか。いささか動きが硬いようだが?」
赤銅の機体、その胸部に位置するコクピットの中、パイロットはアームレバーの調子を確かめるように上下左右に動かしていた。
その姿は異様であり、狭いコクピットの中で鎧のようなパイロットスーツを纏い、頭を覆う兜のようなヘルメットのせいでくぐもったような声を出していた。そのせいで男か女かも判別することは出来ない。
兜のようなヘルメットの目に当たる部分が定期的に光を放つと、パイロットの視界に様々な情報が映し出される。それは一種の補助機能を搭載したものであるようだった。
視界の先、槍の部分を切断されながらもひるむどころかむしろ先ほどよりも活性化したように動くヴァーミリオンの触手は背後で撃ち崩れるアストレアから、この赤銅の機体へとターゲットを変更していた。
「フッ、獣め。向かってくるか」
無機質な殺気とでもいうような冷たい感覚をパイロットは感じていたが、なんということはない。「その程度」の殺気など、涼やかな風に等しい。
そんな余裕をヴァーミリオンが感じとったのかは定かではないが猛烈な勢いで振り下ろされる触手はアストレアを相手にした時以上の苛烈さを見せる。
ギュオンッと風と雨を斬り裂くように触手が迫る。二つの触手はそれだけで四十メートルの巨体と同等の大きさを誇る。
それが鞭のようにしなり、先端部分の速度が常人では視認すら出来ない程の速度を叩きだす。
「遅い!」
だが、赤銅の機体は軽やかなる二刀流で巧みに巨大ヴァーミリオンの触手を弾いて見せた。
その太刀筋に迷いはなく、機体の軸はぶれず、上半身のわずかな動きだけで触手の攻撃を捌き、手にした剣で次々と斬り裂いていく。
触手を斬り裂かれながらもヴァーミリオンは狂った機械のように何度も何度も触手を繰り出す。
それでも結果は変わらない。六度目の斬撃、触手が宙を舞い、砂浜へと落下していった。
「稚拙な攻撃だな」
切断され、周囲に飛び散ったヴァーミリオンの触手は、生き物のように暫くはその身を蠢かせていたが、ものの数秒で機能を停止する。
どうやら触手そのものには自己再生などの機能はないらしく、半分以下となった触手は見る影もなく、縮こまりさっそく使い物にならない。
巨大ヴァーミリオンの鳥の骨のような顔から唸り声ともとれる駆動音が響く。ガチガチとくちばしと開閉させる仕草は怒りに震える獣のようでもあった。
反撃を試みたヴァーミリオンはその長い首を武器として扱った。頭部をハンマーのように振り回し、赤銅の機体にぶつけようというのだ。
「フフフ! 軽い軽い」
だが、そんなおお振りの攻撃も赤銅の機体にしてみればあくびが出る動きでしかない。
機体はすり足を行い、紙一重という状態で回避する。
「それ!」
それだけではなく、向かってくる頭部を回避すると同時に、その頭部を蹴りあげる。
金属同士のぶつかり合う鈍い音と共にヴァーミリオンの頭部が弾かれていく。
しかし、首と頭はいまだに繋がっている為にある程度の距離を蹴飛ばされた頭部はすぐに首の力で急停止することができた。
そして、長い首を振り回し、口中から淡い光が漏れる。同時に不規則に蠢いていた首は最後にググッと首の全てを伸ばすように上へと向けられ、鳥の骨のような頭部が赤銅の機体を見下ろす。
「フッ!」
瞬間、ヴァーミリオンの口中から青白い光弾が轟音と共に放たれる。
同時にパイロットが短く息を吐くと赤銅の機体もそれに反応するように二振りの剣、左手を上に、右手をまっすぐに敵へと向け、それぞれ構える。
腰を適度に落とし、左足で体を踏ん張るようにずらす。右足は右手と同じく敵を踏みつけるかの如くつま先を向ける。
一見するとそれは剣道、剣術の二刀流の構えに似ているが、我流でも混ざっているのか正しい形ではない。
しかし赤銅の機体は光弾が発射される直前にこのような姿勢を取り、既に反撃の状況を整えていたのだ。
「ハァッ!」
そして光弾が発射、今まさに命中するかと思われた瞬間、パイロットの掛け声と共に大きく踏み込んだ赤銅の機体が光弾を左に構えた剣にて一閃、真っ二つに斬り裂く。
切断された光弾はそのまま二つの破片となり、巨人たちの背後へと着弾する。
その時、逃げ惑う人々の悲鳴も同時に上がる。
「ん?」
パイロットもそんな悲鳴の事には気が付いていたが、それ以上に気になったのは自身の機体の背後で無様に崩れるアストレアが抗議でもするかのように腕を伸ばしてきたことであった。
「鬱陶しい……!」
吐き捨てるように叫んだパイロットは迫るアストレアを無視して、さらなる踏み込みをかけ、右手の剣を大きく振り上げ巨大ヴァーミリオンへと肉薄する。
今はこの敵を倒すことの方が何より重要なのだから。
巨大ヴァーミリオンは怒涛の勢いを保ったまま剣を振り降ろす赤銅の機体に対して思わずこう距離を取ろうとする。
「既に間合いだ!」
だが巨体故に反応の遅れたヴァーミリオンは回避には至らず、そのまま首筋から胸部にかけてを斬り裂かれてしまう。
燃料か冷却材か、斬り裂かれた胸部からは真っ黒な液体が噴出し、同時にスパークを走らせる。
アストレアの拳では傷一つつけられなかったヴァーミリオンの堅牢な装甲はいともたやすく斬り裂かれたのだ。
「セェッヤッ!」
さらに赤銅に機体の攻撃は終わらない。二撃、三撃と浴びせられる剣は真紅の装甲を切り刻んでいく。
四十メートルの巨体が地に舞う。両断、刺突、時には抉り、時には柄で打ち付ける。
ありとあらゆる剣による乱舞は滅多打ちではなく、一連の動作となり、それは演武を見せつけるかのような荒々しくも美しい動きであった。
ヴァーミリオンもほぼされるがままの状態の中で、懸命な抵抗を見せる。巨体を大きく揺らして威嚇するかの如く動いて見せたり、光弾は乱射したり……だがその全ては赤銅の機体は紙一重で避けていく。
その度に光弾は遥か後方の街へと流れていき、何度も大きな爆発音とそれに伴う衝撃、黒煙を上げていた。
だが、パイロットはそんなことなど一切気にも留めていない。
ただ目の前で無様に切り刻まれる敵をどう料理するかだけを考えているのだ。
「フッ!」
無造作な一振り。
それだけでヴァーミリオンの頭部がかち割れて、砲身でありプレス機であったくちばしが砕かれてゆく。
「勝てるな、これは!」
くぐもった声から漏れた言葉は、余裕ではない。
純然たる真実を述べたまでのことだ。
斬り刻む剣から伝わる感触は機体の腕から内部へ、そして操縦桿であるアームレバーにまで響いていた。
パイロットはその感覚に酔いしれながら、最後の一振りを振り上げた。
***
「あの者は!」
赤銅の機体によって両断された光弾が逃げ惑う人々の近くに着弾した瞬間、状況を眺めることしかできなかった美李奈は思わず叫ぶ。
それに呼応するようにボロボロのアストレアが赤銅の機体へと残った左腕を伸ばすが、既に赤銅の機体は次の行動を起こしており、抗議をすることは敵わなかった。
まるで背後の人々のことなど構わないというような姿に美李奈は反感を覚えずにはいられなかった。
「セバスチャン! 彼らの状況は!?」
美李奈はすぐさま抗議を中断し、被害を調べた。
執事に指示を送りながらもぎこちないアストレアを操縦して背後の様子を探る。
せわしなく目を動かし着弾付近の様子を探る美李奈。すぐにその近くに人々はおらず、着弾に驚き騒ぐ者はいてもその被害を受けた様子は見られなかった。
『美李奈様! 彼らは無事なようですが混乱が広まっています!』
執事の言う通り、モニターに映る人々はただでさえ近くで戦闘が行われているというのに、その挙句至近距離への流れ弾である。
恐怖という感情は既に滝のようにあふれ出し、制御が効かない状況なのは目に見えていた。
「あの性能……アストレアよりも上ということかしら」
一瞬、美李奈は赤銅の機体の剣捌きに見惚れてしまっていた。それと同時に自分と敵以外には一切の興味を示さず背後にいる人々の安全を考慮しない戦い方には反感も覚えた。
「せめて、私たちだけでも彼らを守らねば……」
そうつぶやいた所でできる事は機体を盾にすることだけである。
武装も通用せず、機体はかみ砕かれボロボロ、出力の低下も認められ、早速内装された光学兵器も使用不可能であった。
なんとか歩行とジャンプは出来るが長時間の飛行に回すほどのエネルギーは得られない。先ほどの攻撃で恐らくエネルギー循環の為に機能も不調を起こしたのだろう。
「なんと不甲斐無い……」
悔しさ、虚しさを感じる暇などない。
美李奈はそんな感情で押しつぶされる前に己の出来うることを行う少女である。
だが、それでも、そんな言葉は無意識に出てしまうのだ。
「セバスチャン、出力には注意してちょうだい!」
叫ぶ美李奈は軋む音を響かせるアストレアを何とか立ち上がらせる。
モニターに示されるアストレアの状況は依然変わらず赤い表示を点滅させていた。
「通信もつながらないようね」
援軍を期待し、麗美や於呂ヶ崎本家への通信を試みたがうんともすんとも反応しない。これは故障が原因なのか別なのかももはや判断は出来ない。
わかるのは確実に自分たちの状況が最悪なのだということだ。
「あの者の戦い、阿修羅とでもいうのか。ですが!」
赤銅に機体は強い。それは確実なことだ。
だが、その戦い方は認めるわけにはいかない。その強さがあるのならば、もっとやり方があるはずである。
それなのに、赤銅の機体は、はなからそんな手段を放棄しているように感じられた。
「被害が出るのは致し方のないことでしょうけども!」
自身が戦ってきた中でも被害は一切出なかったことはない。時としては建造物を破損させることもあった。
それでも、美李奈は出来うる限りの配慮をしてきたつもりである。
「少しは周囲のことにも気を配りなさい!」
美李奈はアームレバーを押し出し、スラスターを全開に吹かす。
『美李奈様!』
出力調整を行っていた執事の悲鳴が聞こえるが、それは無視した。
執事は主の態度を見て、顔面を蒼白にしながらも意図をくみ取り、必至に調整に集中した。
機体各所からは悲鳴のようにスパークが走り、黒煙すら噴出させたアストレアは、剣戟を続ける赤銅の機体と巨大ヴァーミリオンめがけて飛ぶ。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
美李奈の雄叫びと共にアストレアは全身のスラスターから炎を上げながら加速する。その影響でスラスター付近の装甲板がはじけ飛んだようだが、構うことはない。
加速を続けるアストレアは、いまだに剣を振るう赤銅に機体を押しのけ、そして、巨大ヴァーミリオンの体へと体当たりを仕掛ける。
ガガッ! この瞬間、ひしゃげていた左腕も砕けてしまったらしく、早速アストレアは両腕による戦闘行為は行えなくなっていた。
それでもアストレアは全身を使い巨大なヴァーミリオンを海へと押し出そうと全力をかける。
アストレアの行為にほんのわずかに驚きを見せるように赤銅の機体が剣の構えを解くが、すぐさま高みの見物を気取るように剣を肩に担ぐ。
そんなことなどには気が付いていない美李奈はただひたすら暴れるアームレバーを抑え、軋んでいくアストレアの音を耳にしながら、ヴァーミリオンを押し込んでゆく。
「離れなさい!」
ガコンッとアームレバーが最大まで押し出されると、今までアストレアではびくともしなかったヴァーミリオンの体がわずかに後ろへと下がる。
ヴァーミリオンも反撃をするために触手はなく、光弾を放つしかないのだが、既にくちばしも使い物にならないぐらいに破壊されておりそれは不可能である。
だが、損傷の度合いはアストレアの方が酷いのだ。
押し続けるアストレアの損傷はさらに拡大していた。コクピット内のアラートもうるさく、モニターに映る状態も全身が真っ赤に光っている。
それでもアストレアはヴァーミリオンを数百メートル程、後方へと押し出すことができた。
『美李奈様!』
執事の叫び声が聞こえた。それと同時にガクンと機体が揺れる。
次いで聞こえたのは水が弾ける音であり、そしてアストレアの体は、半分を海面にさらしたまま、機能を停止していた。
だが、ヴァーミリオンはまだ健在である。
機能を停止し、静寂に包まれていたアストレアのコクピットに再び轟音と振動が響いた。
ヴァーミリオンがその巨体で機能を停止したアストレアへと体当たりを仕掛けていたのだ。
「あぅっ!」
激しく揺れ動く機体の中で、美李奈はシートにしがみつきながらそれを耐えなければならなかった。
二度目の体当たり。アストレアの体が大きく弾き飛ばされ、仰向けの状態へと倒れる。
アストレアの巨体が海面を叩き、水飛沫を飛び散らせながら、浅瀬へとその身を崩す。もはやアストレアに戦えるだけの力など残っていなかった。
「動きなさいアストレア!」
それでも、美李奈は闘志を衰えさせてなどいなかった。
「敵はまだいるのですよ!」
つぅっと額に生暖かいものを感じた。血である。
先ほどの衝撃の際、額を切ってしまったのか、美李奈の美しい肌に鮮血が滴る。
それでも、美李奈は諦めてなどいない。
「おじいさまがお造りになったお前はその程度ではないでしょう!?」
美李奈はあらんかぎりの声で叫んだ。身を乗り出し、モニターを叩いた。
けれどもアストレアは動かない。
機体の外では、同じく半壊したヴァーミリオンが生ける屍のような醜態をさらしながら、砕かれた骨のような頭部でアストレアを見下ろしていた。
ヴァーミリオンの巨大な影がアストレアを覆う。
「……!」
悲鳴はなかった。恐ろしいという感情もなく、悔しいという感情もなく、ただそこには怒りだけがあった。
美李奈は迫るヴァーミリオンの巨体をまっすぐに睨み続けて、そして……
雷鳴が轟いた。
「……!」
ふり続いていた雨が一瞬にして止み、空を覆っていた暗雲が吹き飛ばされるほどの光量に美李奈は思わず瞼を閉じた。
雷鳴は二回轟いた。初めは空のかなたに、「上へと昇る」ような光が見えた気がした。
そして二回目は、ヴァーミリオンの体を貫くように放たれたように見えた。
「なにが……!」
困惑する美李奈の目の前で巨大なヴァーミリオンの体は跡形もなく、消し飛んでいった。
その余波を受けたアストレアもわずかに表面装甲を融解させたが、それ以上の損傷はないように思えた……そう思いたかった。
空はその雷鳴によって、陰鬱とした姿から一瞬にして青く広がる美しい姿を見せていた。
美李奈は周囲を見渡し、その雷鳴を放った存在を確認しようとするが、どこにも見当たらない。こんな時、アストレアが起動していれば、もしかすればその原因を突き止められたかもしれないのだが。
「一体何だというのです」
美李奈はシートへともたれかかった。敵はもういない。なんとなくだがそんな感じがした。
ややすると新たな振動がコクピットに伝わってくる。赤銅の機体が近づいてきているのだ。
その機体はアストレアのすぐそばまで寄ってくるが、一瞥だけすると、背中に装備された筒のようなブースターを展開し、空へと消えゆく。
それを見送りながら、美李奈は、
「綾子さんたちを探さなければ……」
はぐれた友人たちの事だけが気がかりであった。
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