第13話 乙女の乱入
『敵、ヴァーミリオンを確認!』
「住民を盾にしているとでも!」
上空より降下するアストレアは、ヴァーミリオンとその周辺の状況をモニターに映し出していた。細長く、流線型のヴァーミリオンは腕を組み、その場に陣取るように浮遊して、その足元には今も逃げ惑う人々がひしめき合っていた。
その光景が、アストレアに攻撃を躊躇わせた。
「戦闘機が……?」
周囲を見渡せば、五機の戦闘機が距離を取りながら旋回活動を行っていた。攻めあぐねいているのは自分たちだけではない。
下手な攻撃の被害は足下の人々にも及ぶ。ヴァーミリオンが気まぐれで地上に降りれば大勢の人々が下敷きになるのは想像がつく。
そして、それは同時にヴァーミリオンに先制のチャンスを与えることとなる。
先ほどまで不動だったヴァーミリオンは腕を組んだままの姿勢で、翼のようにも見える推進機関を広げると、アストレアのすぐ横を通り去る。
暫くの後、衝撃波が巻き起こるが、アストレアであればその程度耐えることのできるものだった。
『美李奈様! 敵機よりエネルギー反応!』
「まさか!」
半ば直観に従うように、美李奈は急ぎ振り返り、ヴァーミリオンの姿を探す。だが、その瞬間にアストレアのボディを無数の閃光と衝撃が襲い掛かった。
「うっ……!」
『ダメージ! 右前方です!』
「後ろは!」
そう叫んだのは、自分たちの背後、先ほどまでヴァーミリオンが陣取っていた区画に逃げ遅れた住民がいるからだ。
住民たちとヴァーミリオンの位置はちょうど対角線上に位置し、アストレアはその中間地点にいた為に、そこを狙撃された。
ヴヴヴ! 羽虫のような耳障りな音は、ヴァーミリオンの背中から発せられる。その音と共に先ほどとは打って変わり、小刻みに周囲を動き回るヴァーミリオンの姿は、美李奈に言い知れぬ嫌悪感を抱かせた。
『まるで挑発ですね……』
執事もまた、ヴァーミリオンの悪意を感じ取っていた。
ヴァーミリオンは確実にこれを狙っていた。それが、三度の戦いを通して彼らが学んだことだとすれば、大いに正解になるだろう。見境のない攻撃であれ、アストレアはその身を盾とする。その行為は、全て人々の為だ。ヴァーミリオンはそれ、それだけを狙った行動をとったのだ。
ヴァーミリオンは周囲を飛び回りながら、両手の指からレーザーを放つ。その全てはアストレアへと降り注ぎ、衝撃の中で、美李奈は今度こそ無意識のうちに舌打ちをしていた。
「下種が!」
美李奈にとっては最大級の罵倒を口にしながら、彼女はアストレアに防御態勢を取らせる。
敵はアストレアを狙っているのではない。その背後にいる人々を狙っているのだ。
だが、その射線上にアストレアを置くことで、身動きのできないように釘付けにできる。避ければ住民に被害が、しかしこのまま攻撃を受け続ければ……そういう陰湿さがにじみ出るような攻撃を受け続けなければいけないことが屈辱だった。
そして、そんなヴァーミリオンの動きは戦闘機のパイロットたちも感じとっていた。
『敵は遊んでいる』……そんな共通認識が彼らの中に出来上がるのは早かった。編隊の中央、隊長機を駆る宮本浩介は、通信がオンになっているにも関わらず大声で怒鳴った。
「あの野郎! 舐めた真似を!」
そう言いながらも機体をハエのように飛行するヴァーミリオンへと向ける。ターン、姿勢制御、兵装確認とロックオン。何度も繰り返してきた訓練の動きゆえに無駄はないが、浩介はミサイルの発射ボタンに触れる親指が震えていることを感じた。
「各機、敵が民間人から離れた今がチャンスだ!」
そう叫ぶ浩介が、それを意識していたのかはもう本人もわからない。
『了解!』
四人の部下、その中には霞城蓮司もいた。本来であればまだ謹慎処分なのだが、成績優秀者を集めた浩介によって、スクランブルメンバーに転がりこむことができていた。
蓮司たち四人の部下は編隊を乱すことなく隊長である浩介の後をついた。そして、浩介の号令の下、五機の戦闘機からミサイルが発射される。
ミサイルは一直線にヴァーミリオンに殺到する。ハエのように動きまわったとしても、ミサイルの追尾機能であれば、その巨体だ、容易に捉えることができる。
だが、ヴァーミリオンは腕を払いのけるしぐさをするだけで、ミサイルを難なく叩き落としてみせた。もちろんダメージがあるようには見えない。
(ミサイルだぞ!)
蓮司の感情は、その場にいるパイロット全員が感じたことだ。現代において、ミサイルを撃つということはイコール撃墜だ。
しかし、敵は避けるだとか防ぐだとかではなく、叩き落としたのだ。自分たちでも煩わしい虫を払いのけるように、その程度の感覚で必殺であるミサイルを叩き落とす。
それは、一度ヴァーミリオンと対峙した蓮司であっても、そういう感情を抱かせるには十分な行動だった。彼らはセオリー通りにひとまず機体を翻し、距離を取る。その行為が推進剤の無駄になっていることにも気が付いていた。
(あのロボットはどう動く!?)
「霞城! ぼさっとするな!」
蓮司は、いつの間にかアストレアへと頼る気持ちが生まれていた。そんな感情が動きに出たのか、通信機ごしからは鼓膜が破けるのではないかという怒号が飛んできた。
蓮司の機がわずかに編隊からずれていたのだ。
「てめぇらもだ! 怖気づくなよ!」
浩介のその威勢の良い大声は、自分にも向けられているものだった。
***
ミサイルを叩き落としたヴァーミリオンは再びその場から移動する。その度にヴゥゥン! という音が響いた。
その移動の最中であっても、アストレアへの嫌がらせのような攻撃はやめなった。
「セバスチャン、このままではらちがあきませんわ」
攻撃を防ぎながらも、ある程度の落ち着きを取り戻していた美李奈は、次なる一手を考えていた。
『反撃を?』
「そうですわ!」
アストレアがヴァーミリオンの後を追うように飛ぶ。それでもヴァーミリオンの執拗な攻撃は続いているが、もはやそんなことを気にしている暇はない。美李奈は背後に被害が及ばないようにだけ注意をして、ヴァーミリオンを追う。とにもかくにも距離を詰める必要があった。
「武器がないのですから、同じ手を繰り返すことになりますが……!」
そう愚痴をこぼしながら、美李奈はアストレアの両腕を射出する。超振動を放つヴィブロナックルが左右にわかれ、別方向からヴァーミリオンを追尾する。
だが、ヴァーミリオンの機動力は高く、三方からの追尾すら振り切って見せた。それでも多面的な圧力というものはかかるらしく、ハエのような異様な機動は目に見えて制限された。
「セバスチャン! エネルギーチャージ!」
『ハッ!』
その瞬間、わずかにアストレアのスピードが落ちる。が、そんなことは承知の上だった。美李奈は、それを補うようにヴィブロナックルの動きをさらに鋭敏にする。
その動きは、パイロットたちにも確認できた。
「なんだぁ? ロボットの奴は、鬼ごっこでもしようってのか!」
浩介は、目の前で繰り広げられる光景を見て、率直な感想を言った。両腕と本体、三つに分かれたアストレアがヴァーミリオンを何とかして捉えようとしているのは明らかだった。
しかし、敵に速度と機動力で劣る以上、三つというだけでは、多少の動きは制限できても、決定的な決め手にはならなかった。
「だったら八つで囲めばいいだろ!」
そう自分に言い聞かせた浩介は、四人の部下に再度指示を送る。
「各機、我々はこれより青いロボットを援護する! いいな! ミサイルを奴にぶちまけろ! だが、奴らには近寄りすぎるなよ! 巻き込まれて死ぬのはごめんだからな!」
早口にまくしたてながら、浩介は散開の指示を送った。こんな命令を出してしまっては、あとのことはパイロット個人に任せるしかない。
散開した戦闘機は、各々の位置から再びミサイルを放つ。それらは、うまい具合にヴァーミリオンを囲むように飛来する。
ヴァーミリオンは飛行を続けながらも、回避行動を取ることのないミサイルを難なく撃ち落とすが、そのわずかな隙を美李奈は見逃さない。
抉りこむようにして迫る右腕をヴァーミリオンはぎりぎりのタイミングで避けることができたが、それに気を取られたのか、飛来するミサイルの一発がまぐれで命中する。やはりダメージはない。
その爆発の中から躍り出たヴァーミリオンは、遊びを中断されたこどものように癇癪を起こしたのか、無貌の顔を左右に振り、そして、直撃を受けたミサイルが放たれた方角へとその顔を向ける。
顔を向けられた戦闘機のパイロットは、ギョッとしたように目を見開き、直ちに回避行動に移る。しかし、ヴァーミリオンはいらだちの声を上げるように首をせわしなく動かし、ギギギ! という金属音をかき鳴らす。
だが、その瞬間に後頭部をアストレアの左腕によって掴まれる。瞬間、超振動がヴァーミリオンの頭部を襲う。
「お遊びはここまででしてよ!」
『振動率上昇!』
「おさらばですわ!」
美李奈はアームレバーを押し出す。撃ちだされていた左腕はそのシグナルを受け取り、振動を最高潮に発振させた。
ガリガリガリ! 金属のひしゃげる音と砕ける音が重なり、ヴァーミリオンの頭部を粉砕していく。そして、残る右腕も合流し、ヴァーミリオンの胴体部分を穿つ。
その瞬間、ヴァーミリオンの体は力なくうなだれる。それを偶然にも真正面に捉えることのできた浩介の部下の一人は、それがチャンスであると判断した。
『今井! ぼさっとするなぁ、撃ちこめ!』
「了解!」
そのパイロットは、隊長に言われるまでもなくミサイルの発射ボタンを押していた。戦闘機は、残ったミサイル全弾を穿たれた腹めがけて発射した。狙って撃ったものではないが、その箇所に撃ちこむだけの技量が、今井というパイロットにはあった。
吸い込まれるようにして、うがたれた穴へとミサイルが命中する。それが決めてになったかどうかはわからないが、その直後にヴァーミリオンの体は黒煙を挙げながら小爆発を繰り返し、四散した。
「や、やりましたよ! 隊長……!」
今井が小さく歓声を上げる。
だが、それと同時に彼の乗る機体が大きく揺れた瞬間には、彼の意識は途絶した。
「な……!」
美李奈は気を抜ていたわけではなかったが、すぐ傍で戦闘機が爆発する瞬間を見てしまったことは、彼女にとって衝撃的であった。
『美李奈様! レーダーに感! 直上!』
その執事の言葉に反応するように、美李奈が視線を上に向ける。それが、砕け散る戦闘機を最後まで見ずに済んだことは美李奈にとっては幸いだったかもしれない。
見上げた先、遥か上空には先ほど撃破したヴァーミリオンの同型機がもう一体いた。新たに出現したヴァーミリオンは、その異様に長い腕を伸ばし、十本の鉤爪のような指から無数のレーザーを放つ。
雨のように降り注ぐレーザーが無差別に周囲を襲う。美李奈は、迷わずアストレアを住民の盾となるように移動させるが、広範囲に広がるレーザーが無慈悲にも街を焼く。
「いやらしい……」
美李奈は奥歯をかみしめた。その行為の下劣さとそれを見抜けなかった自分に腹が立つ。
そしてレーザーの雨は、飛び交う戦闘機たちにも容赦なく襲い掛かっていた。真上を取られたという恐怖は、実戦を初めて経験する彼らにとって未知数のものだった。さらに、同僚の一人が死んだという事実が彼らの動きを鈍らせたのは言うまでもない。
一機の戦闘機が右翼を貫かれ、バランスを失う。それでも機体を制御しようという無意識の動きがパイロットに操縦桿を握らせたが、二条のレーザーがコクピットとエンジンを撃ち抜いた。
「辻野!」
その瞬間を見てしまった蓮司は過呼吸になりかけていた。もはやでたらめに操縦桿を操り、燃料や推進剤など気にすることもなく、彼は加速を続けた。
「み、みんなはどこに!」
動揺を続ける蓮司はただ闇雲に飛び続けた。それが、ある意味では幸運であり、彼をレーザーの雨の範囲から逃れさせることができた。
一方、美李奈はさらに戦闘機が撃墜されたことを知るやいなや、チャージしたままのエネルギーを確認すると、アストレアの胴体を上空に向ける。
「エンブレムズフラッシュ!」
アストレアの胸部から放たれる黄金の光が天を貫く。だが、その攻撃は、距離が離れすぎていたことと敵が万全である為か、難なく回避される。
しかし、そのおかげでレーザー攻撃が一端中断された。
「もう一度仕掛けますわ!」
執事の了承を待たず、美李奈は感情のままアームレバーを押し出す。しかし、アストレアのスピードは目に見えて低下していた。
「何事ですか!」
『え、エネルギーダウンです! それに、推進機関の調子が!』
見れば、アストレアの状態を示すシルエットは、その殆どが黄色くなっており、場合によっては真っ赤に点滅もしていた。美李奈でも、それが良くない状態であることはすぐに察しがついた。
「ですが、今はそのようなことを言っている場合ではありません!」
半ば絶叫に近い言葉だったが、ヴァーミリオンは逃げるそぶりも見せず、むしろその逆に不調なアストレアを感じ取ったように猛スピードで接近してくる。
数秒と立たぬうちに巨大な衝撃が美李奈たちを襲う。
「あぁぁぁ!」
『がぁぁぁ!』
耳障りな羽音が美李奈たちに降りかかる。
ヴァーミリオンは両足を巧みに操り、アストレアに体を固定させるとその鉤づめを輝かせると、何度もアストレアの頭部、胸部を殴打する。そのたびにアストレアのコクピットにスパークが走り、中央ディスプレイに映し出されるシルエットの赤い箇所が増えていく。
この程度の、細身であればアストレアのパワーなら十分に振り払える。そのはずだったが、不調を訴えるアストレアがもがこうともその拘束がほどかれることはなかった。
「セバスチャン! 舌をかまぬように注意なさい!」
『美李奈様、なにを!』
「このヴァーミリオンもろとも地面に叩きつけます!」
もはやそのぐらいしか攻撃手段は残されていなかった。エネルギーダウンをしていてもそれぐらいの行動はできるはずだ。途中、ヴァーミリオンが拘束を解けばそれで良いし、地上戦にもつれ込めば、拳が使える。
「耐えてみせよ、アストレア! そのぐらいはできよう!」
『美李奈様! 新たな反応が!』
「…………!」
その執事の報告が終わる瞬間、美李奈たちはガクンッ! と機体がはじかれるような揺れを感じ、その直後に機体の自由が戻ったことに気が付く。
アストレアを拘束していたヴァーミリオンの脚は胴体から切断されており、その胴体部分も十字に斬り裂かれていた。それを視認した瞬間、ヴァーミリオンの体が爆発を起こす。
その衝撃に押し出されるように、アストレアは地上へと降り立つ。僅かに機能するスラスターを吹かしながら、なんとか無事に着地を果たしたアストレアは、レーダーが反応を示す方角へとその巨体を向けた。
「あれは……」
美李奈は、その影が太陽と重なるように映った為、アストレアのモニターが補正をかけるまでよく見る事ができなかった。
次第に補正と、明るさになれた彼女に目に映ったのは、赤と白で彩られた巨人であった。そのシルエットは、アストレアに比べて細いように見えたが、鋭角的なフォルムは攻撃的な印象を与え、鳥の頭のような兜から覗く表情は自信にあふれるかの如く、笑みを浮かべているように見えた。
一番特徴的なのは、その背部に備え付けられた二対の大きな翼であった。そこから金色の粒子を放出させながら、浮遊するその機体はまっすぐとアストレアを見下ろしていた。
そして、ゆっくりと手頃なビルの上に降ろすと、その機体は、右手を口元に寄せて、
『フフフ……ほーっほっほっほ!』
瞬間、その機体から発せられる何とも気の抜ける甲高い高笑いをする声を、美李奈は知っていた。
その声は、まぎれもなく、於呂ヶ崎麗美のものであった。
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