第16話 乙女の戸惑い
晴天の空に深紅の風が舞い上がる。風は金色の粒子を放出しながらまるで大空の支配者であるように飛び回る。
その風の名はユースティア。『正義の女神』と同じ名を関するその機体は一瞬にしてトップスピードに加速すると、二対の翼に備えつけられた二つのビーム砲を発射する。
赤い筋となり発射されたビームは降下しようとしていた通常型のヴァーミリオンを貫く。
だが、ユースティアの行動は終わらない。機体のレーダーはまだ敵の反応を捉えていた。
「ジャッジメントクロスソード!」
その瞬間、ユースティアの紅白のボディが太陽を背に飛翔する。両腕の甲から伸びる黄金の刀身が光を反射し煌く。
狙うは前方を浮遊する飛行型ヴァーミリオン。ユースティアは背部に備え付けられた二対の翼から粒子を撒き、わずかに機体をロールさせながら接近する。
交差の時は一瞬である。ユースティアの超音速機動に反応できぬまま高機動型ヴァーミリオンはその身を十字に斬り裂かれ爆散する。
その爆発を振り払うようにユースティアは両腕を払うと、それと同時に黄金の刀身も甲の中へと戻っていく。
ユースティアはそのまま手頃なビルの屋上に舞い降りると、
「ほーほっほっほ!」
主である於呂ヶ崎麗美の高笑いとその姿勢を忠実に再現していた。
本来ならユースティアに表情を変えるような機能は備わっていないというのに、ユースティアの顔面もまた麗美と同じように得意げに笑っているよう見える。
外にはその甲高い声しか響かないというのにそこまで見せることができるのは一種の才能であった。
「お前たち! 本日の戦果はいかがかしら?」
コクピットの中、麗美は得意げに胸をはる。
モニターの周囲には何人もの使用人が映し出され、次々と麗美の言葉に答えていく。
『はいお嬢様、傷一つ付いておりません』
『敵機撃墜のお時間も二秒短縮されました』
『周囲に敵の反応なし、お疲れさまでした』
使用人たちは於呂ヶ崎の豪邸、その中に常設された管制室にて麗美とユースティアのサポートを行っていた。
麗美のバイタルデータやユースティアの稼働状況なども逐一にその管制室へと届けられ、リアルタイムでのサポートオペレートが可能なのである。
麗美は腕を組み、使用人たちの報告を頷きながら聞き、その結果に満足げに鼻をならした。
「ふふん! 素晴らしいですわユースティア! 美しいボディ! 剛健たる強さ! そしてこの私にぴったりな『正義の女神』の名に恥じない働きぶりですわ!」
ひとしきり語り終えた麗美は再び高笑いをした。
主の動きを忠実に再現するユースティアもまたビルの屋上で左手を腰に当て、右手を反らすように口元に当ててのけぞるのではないかというぐらいに背筋を伸ばしていた。
時刻は八時ちょうどを回っていた。それは、多くの人々が会社や学校へと向かう一番騒がしい時間帯であった。
ゆえに、その周囲には大勢の人々がおり、遠方でも見晴らしのよい場所であればユースティアのその奇妙な高笑いを見ることはできる。
「うわぁ……」
木村綾子もそんな光景を見るひとりである。彼女は学園までの通学路を歩いている際にそれと遭遇したのだ。
朝から何とも気分が滅入る高笑いを耳にして気分は絶不調である。別に、綾子は麗美という少女を嫌ってはいないが、朝から元気すぎるその高笑いだけは勘弁してほしかったのだ。
アストレアとユースティアの邂逅から一週間が過ぎようとしていた。その間にもヴァーミリオンの襲来は時折続いていたのだが、その全てをこのようにユースティアと麗美が撃破していた。
(まぁ……真道さんはいつもの調子だし、あのロボットだってあれだけボロボロじゃ修理とか大変なんでしょうけど)
あれ以降アストレアの姿は見ていない。それとなく美李奈に聞いてみた綾子だったが返ってきたのは「修理中」という何ともわかりきった回答だった。
それ以外にどう言葉を返してもらいたかったのかは、綾子もわからないのだが。
(それにしても於呂ヶ崎さん……あれでばれてないと思ってるのよね……)
いまだに続く高笑いを耳にしながら、綾子は学園での話題を思い出していた。
突如として出現した新たなスーパーロボットのパイロットは於呂ヶ崎麗美である、という話だ。
当の麗美本人は言葉では隠してはいるものの、自分ですという感情が態度に出ていた。というより、この声と高笑いでわかる者たちにはすぐにわかり、そこから伝染していったのだ。
「この調子だと、学校は休みにはならなよねぇ……」
ユースティアの戦場は学園からは比較的遠くに位置する。その周囲の人々はどうかはわからないが、少なくとも綾子たち学園の生徒たちはむしろ避難の意味も含めて学園へと移動した方が良い。
そのまま何事もなければ授業再開と言った具合だ。
「おい、さっきのちゃんと撮れてるんだろうな!」
「大丈夫だよ、パパの会社のカメラマンは一流だからね」
そんな会話をする二人組の男子生徒が綾子のすぐ横を通りすぎていく。
やれやれ少年たちはセレブだ、御曹司になっても『ロボット』というものに盛り上がるらしい。実際に襲われてみればそんなのんきなことを言ってる余裕はない、と内心思いながら、綾子自身どこかその状況になれている自分に少し驚いていた。
遠くでサイレンの音が響く。ある意味この街ではいつもの風景になりつつあった。
***
学園に到着すると教師たちがわずかにピリピリしていた。先ほどまで戦闘があったのだから警戒するのは当然の事だし、何よりここにいる生徒の大半は一般の生徒とは違う。
ここで何かあれば飛んでくる苦情などというものは通常の学校とはくらべものにならないくらいに恐ろしいもので、下手をしなくても再就職先を見つけるのに苦労する羽目になる。
もちろん、そういった保身的な考え以外にも純粋に生徒を心配する気持ちがないわけではないが、それでもセレブの学校という環境は、そういったことすら考えさせるのだ。
そんな教師たちの思いなどいざ知らず、生徒たちはマイペースであった。
「あら、ごきげんよう」
学生数の多い如月乃学園の校門付近は登下校の時間帯はよく混雑する。それでもあまり騒がしくないのはここがそういう学園であり、挨拶が「ごきげんよう」であるか、普通に「おはよう」という二種類である。それに走り回らない、むやみに大声を出さないようにという暗黙の了解となったルールも存在していた。
綾子は自分に向けられた声に振り返ると、制服のしわが一層増えたように見える美李奈が駆け寄ってきていた。
「ごきげんようです、真道さん」
綾子もこのお上品な挨拶を普通に返せれるようになっていた。
綾子は立ち止まり、美李奈が横に並ぶのを待ってから一緒に歩きだす。
「フフ、そういえば朝に出会うなんて初めてではありません?」
「そういえば……一緒に下校したことはあるのに、なんだか不思議ですね」
二人がいつも合うのは昼の時間、例の中央庭園である。最近では朋子や静香などもよくそこに顔を出しては、四人でたわいもない談笑をするようになった。
元々学園自体の在籍数が多いので、特定の場所で待ち合わせでもしない限りは別のクラスの知り合いと顔を合わせることは少ない。登下校であっても生徒個人で時間がバラバラなのだから、より一層難しくなる。
「それにしても麗美さんったら。朝からあのように騒いで……元気なのが取り柄であるのは良いのですが……」
美李奈は右手を頬に当てながら小さく溜息をついていた。心配しているのか、呆れているのか判断に困るのだが、恐らくそのどちらでもあるのだろう。
綾子は苦笑いで答えるしかなかった。
「ま、まぁ……真道さんも心強い仲間ができたと思えば……思えないか……」
言いきった後に言葉を撤回するようにしてしまったのは、最近の麗美の美李奈へのちょっかいの回数が異常に増えていることだ。
理由は単純なことである。麗美はアストレアのパイロットが美李奈であることを知ってしまったのだ。
今の所、美李奈の秘密が他の生徒にもれている様子はないし、麗美も自分自身はどうかは別にしても美李奈がアストレアのパイロットであるということを周りに言いふらすことはなかった。
しかしそれでも、常々美李奈を見かけては食って掛かる麗美は、今まで以上に騒がしくなっていたのだ。
「仕方ありませんわ。今までの戦いの中で、偶然とはいえ麗美さんのプロジェクトの邪魔をしてしまったようですし」
これは美李奈もつい最近わかったことだ。
「それに……」
「見つけましたわよ! ミーナさん!」
なんだかこの台詞も聞きなれてきてしまったなと思いながら綾子が振り返ると、大きく肩を揺らし、ぜぇぜぇと息も絶え絶えな麗美がそれでも残った自尊心で我慢しつつビシッと右手の人差し指を美李奈に向けて、胸を張っていた。
「麗美さん、前にも言いましたけど……」
「今日の私はすこぶる機嫌がよろしいのですよ! ですから!」
麗美は涼しい顔をしている美李奈に詰め寄り、制服のリボンをちょんちょんとつつきながら満面の笑みを向けていた。
「あなたが私にかけか数々の迷惑、それを全てチャラにしてあげますわ! えぇ、えぇ! まさか私の手がけたプロジェクト全てが崩壊するなどとは夢にも思っていませんでしたが、この於呂ヶ崎麗美! 過去は振り返らない女でしてよ!」
「あら、それはとてもありがたいですわ。借金でも背負わされたらセバスチャンを海の向うまで出稼ぎに行ってもらわないといけないと思っていましたの」
「フフフ! 一時期は本気で負債でも背負わせてやろうかなと、ほんのちょっぴり思ったりもしましたが、まぁミーナさんですし? それは流石に哀れすぎるので、許してあげたのですよ」
麗美はロールした金髪の髪を払いながら得意げに言う。
会話の内容はうまいこと二人がロボットのパイロットであるという部分には触れずに、ある意味でいつもの二人のやり取りにとどまっているのは二人の息の良さなのか、はたまた……どちらにせよこのいつものやり取りを、遠巻きに見るものは多くても、介入してくる生徒は少ない。
「ですが! プロジェクトの件はチャラにいたしますが、それ以外の事については話は別ですわ!」
「別とは?」
「決まっていますでしょう? あれを直すのに一体どれだけの金がかかっていると……それに直すだけならまだしも……まぁ、とにかく本来であれば真道の家が責任を持って行うべきことをこの於呂ヶ崎が肩代わりをしているのですから、それについてはまた別個の案件ですわ!」
つまり麗美はアストレアの修理や補給のことを言っているのだ。麗美もある程度言葉を濁しているのが、美李奈も綾子も彼女の言わんとすることは理解できていた。
「まぁ? ミーナさんの家にそれらを賄う財力があるとは思えませんし? 私だってないものから無理やり徴収するなどという非効率的な真似は致しませんわ。それもこの於呂ヶ崎の好意ということで良しとしますが、その代り!」
麗美は腕を組み、二人の前に出て背中を見せる。数秒程もったいぶった後、くるりと振替し、再び人差し指をこちらに向ける。
「暫くの間、この私の付き人として昼夜働いてもらいますわ!」
「よろしいですけど、今日はお魚安い日ですし、明日はゴミ当番ですから、昼夜は無理ですわ。私にも家というものがありますし」
あっさりと引き受けながらも後半はできませんと答えるあたり、この美李奈という少女も結構な天然はないのかと綾子は、二人のやり取りにはさまれながら思った。
「どうします? 鞄でも持ちましょうか?」
「鞄くらい自分で持ちますわ! まぁあなた、頑固者であるのは昔からでしたから、そう簡単に引き受けないというのはこの於呂ヶ崎麗美も学習してましてよ。ならば、この学園にいる間でも行ってもらいますわ! よろしいですわね!」
「えぇ、それならば」
そういって美李奈は膝を折り、スカートのすそを軽く持ち上げて礼をする。
麗美もそれを見て満足したのかにっこりと、屈託のない笑顔を浮かべていた。髪を払いながら、大げさに体を回転させて、学園へと進む。
「今日はまだ具体的に行ってもらうことは決まっていませんわ! ですが全て、万事万端、この麗美に任せておきなさい! ミーナさんはゆっくりとお茶のお勉強でもして待っていることね!」
そう言いながらまた高笑いをして行く。
美李奈と綾子はそれを見送りながら二人して顔を合わせて、自分たちも歩き始めた。
「真道さん、いいんですか? 学校だけって言ってもそんな召使みたいなこと引き受けて」
「いいのですよ、綾子さん。麗美さんもそこまで無茶なことはおっしゃらない人よ? せいぜい、さっき言ってたようにお茶を入れたりさせるくらいね。あの子、意外と人に指図するのが苦手なんです」
美李奈は微笑した。まるで昔の思い出を語るように。
その美李奈の言葉に、綾子はこの二人の少女の間柄が気にはなったが、余計な詮索はしないでおこうという感情もあった。幼い頃からの付き合いなのだろうなぁということは想像できたし、それで十分だった。
(けど、思えば私って真道さんの事ってよく知らないな……)
美李奈は麗美のことをよく理解したうえでの言葉を言う。麗美も美李奈の性格を熟知した上であのように突っかかっているのではないかという予想が綾子の中に生まれていた。
学園に転入して、初めて美李奈と出会ってからそれなりに日数は経っているが、考えてみると彼女の家族構成だって聞いたことないし、なんであのボロ屋に住んでいて、貧乏なお嬢様なんて生活をしているのかも。
噂ぐらいには聞いていても、彼女の口からそれを語られたことはない。
(あの麗美って子は、知ってるんだろうな)
気が付けば自分はどうだろうか。なぁなぁで出会ってそのままくっついているだけのようにも思う。家にも遊びにいったし内職もやったしケーキも食べた。彼女がロボットのパイロットであることも知っている。
しかし、どれもが表面的な事で、綾子は真道美李奈という少女の内側を覗き込んだことはなかった。だが、その一歩を踏み出すということは、どこか憚られた。
***
校舎玄関口で綾子とわかれた美李奈はそのまままっすぐと自分の教室へと向かう。横切る生徒たちにいつものように挨拶を交わしながら、彼女は騒がしい麗美の姿を思い出していた。
(フフフ……昔からあの子は感情がまっすぐに出る子でしたわね)
まるで母親のようだなと思わなくもなかったが、幼い頃の記憶を遡り、初めて出会った日の事を思い返すと、今の姿のまま小さくした幼い麗美の姿が今もはっきりと思いだせる。
あれはいつだったか、まだお互いにこの学園の小等部に入学してからだったと思う。その時から麗美は美李奈に突っかかってきていた。それでも仲は悪くなかったと思う。
それは幼い麗美のつたないコミュニケーションであったが、やはりその高飛車であり、何より学園理事の孫という立場から、彼女に遠慮する者が多く、同時に一歩引いた態度を取る者が殆どであった。
だが、そんな麗美に対して、美李奈は普段と変わらず自然体で接した。だからか、ある意味で麗美が素を出せるのは美李奈の前だけなのだ。
麗美は幼い頃から意地っ張りで見栄っ張りだった。美李奈が何かをやっていれば、麗美もそれを真似して、うまくいけば得意げになり、失敗すれば強がりをいっていた。そんな競い合いができるのも美李奈とだけだったのだ。
小学生の頃から、麗美は何かと美李奈の傍によってはあれこれと話題を持ってきたり自慢をしたり嫉妬をしたり、コロコロと表情を変えていた。
そして、真道家が没落し、美李奈が豪邸を追い出されたその日も、麗美は美李奈に突っかかっていた。
『あら! ミーナさん、おうちがなくなったと聞きましたわ! 私の家、お部屋が腐るほど余ってますから、住まわせてあげてもよろしくってよ!』
そんなことを言われたような記憶があった。
それは麗美なりの心配だったのかもしれない。没落して以降、彼女はぎこちないながらも美李奈に気を使っていた。
優しい子なのだ、於呂ヶ崎麗美という少女は。ただ少し騒がしくて、意地を張るのが得意なだけで。
(けど、少し心配ですわね)
そんな麗美だからこそ、美李奈は彼女までもこの戦いに巻き込まれている状況が気に入らなかった。そしてその遠因を作ったのが自分の家であることも。
自身の祖父がヴァーミリオンと戦う為にアストレアを作ったことは納得した。そして、それで人々を守れという思いもわかった。
そんなことを言われなくても美李奈もまた、ヴァーミリオンの理不尽に怒りを燃やし、友人たちを、ご近所を守りたいという思いもある。そういう意味においては自分も祖父もその理不尽が許せないからこそ立ち上がったのだと理解できた。
だが、しかし、美李奈はその責務を半ば偶然とはいえ、麗美にまで押し付けてしまったように感じていたのだ。
それに、美李奈は先の戦いで人の死を実感した。顔も知らぬ自衛隊員の死、それがもし、麗美にまで及ぶと思った時……それ以上は考えたくないことだった。
そして、その日の昼過ぎ。轟音と共に強大な地響きを鳴らし大地が揺れる。湾岸沿いに不時着した巨大な物体はゴリゴリとあらゆるものを削るような鈍い音をかき鳴らしながら進む。
その姿は下半身を巨大なローラー車のようにした重量型のヴァーミリオンであった。
ヴァーミリオンは進行方向に存在するすべてのものを押しつぶしながら突き進む。そしてその向かう先、そこにはアストレアとユースティアが格納される於呂ヶ崎傘下の工業地帯があった。
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