第15話 乙女の真実

「ふむ……ここでは落ち着かんな」


 於呂ヶ崎亮二郎は作業音の響くハンガー内を見渡した。大勢の作業員たちが轟音中、それに負けないくらいの大声をあげ傷ついたアストレアの修理を行っていた。

 確かにここでは音が響き過ぎるし、作業の始まったあたりから周囲に立ちこめる熱気がわずかに汗をにじませた。


 亮二郎は背を向けると、「ついてきなさい」と言って二度程杖を突く。そうすると、彼がやってきた方向の扉が自動的に開いた。

 美李奈たちもその後に続く。扉は三人が通った瞬間にひとりでにしまり、その瞬間にハンガー内の喧騒とした作業音がぴしゃりとシャットアウトされた。汚れ一つなく整備された通路は、過剰ともいえる量の監視カメラや隔壁シャッターなどが見られ、その白く美しい見た目に反して物々しい空気を感じさせた。


 どうやらこの工場施設は外から見た以上に金をかけているように見える。

 暫く同じ景色が続く通路を歩き続け、先ほどと同じような扉をくぐると、ホテルのラウンジかはてはレストランか、とにかく工場施設には不釣り合いな空間へと出る。


 ゆったりとしたクラシックが流れ、テーブルの全てが窓に寄り添うように設置されていた。窓の外は既に日が沈みかけていた。

 亮二郎は適当な席を見つけるとそこに腰掛け、美李奈たちもそれに続き、執事が席を引くのを待って、亮二郎と対面するように席に着く。執事はそのまま美李奈の背後で待機した。


「小腹は空いてないかね?」

「えぇ、大丈夫ですわ。おじさま」

「そうか? ここのアイスはうまいのだがな」


 その亮二郎の言葉にわずかに眉を動かす美李奈だったが、にこりと笑みを浮かべて、「カロリーの取りすぎになりますので」と答える。


「相変わらずのようだな」


 亮二郎も彼女の反応を見るや否や、豪快に笑ってみせた。口元の皺がさらに深くなる程に大口を開けて、老人とは思えない程に白く整った歯を見せた。


 亮二郎はひとしきり笑うと、次の不敵な笑みを浮かべたまま、その鋭い視線を美李奈へと向けていた。別ににらんでいるわけではない。元々そういう視線なのだ。


「さて、ではどこから説明したものかな」


 癖なのだろうか、亮二郎は顎をさすりながら、言葉を選ぶ。目の前の少女なら何から説明したとしても、問題なく理解できるだろうが、物事には順序というものがある。理解ができるからと言ってそれを無視してよいものではなかった。


「まぁ……君も一番聞きたいのはアストレアと一矢のことだろうな」

「そうですね……これまで四回、あのマシーンで敵、ヴァーミリオンと戦ってきましたが……結局、私はあのマシーンのことをよく知りませんもの」


 美李奈はそこまで言うと、一端言葉を止めた。ほんの少し、瞳を閉じ、小さく息を吐くと再び言葉を紡いだ。


「ですが……私の祖父、一矢おじいさまがアストレアを作ったということは、うすうす気が付いてはいました。十年前、周りからは狂乱したと言われたおじいさまの奇行、それがあのアストレアの開発でしたのね?」

「そうだ。だが、正確に君に伝えるならば、アストレア自体は十六年前に既に完成していたのだよ」


 その真実は、美李奈とて想像できないことだった。


「十六年前……?」

「そう、君が生まれたと同時にね。アストレアは……いや、あの頃はまだ名前すらついていなかったな……それに今と形もずいぶんと違っていた。いうなればプロトタイプというべきかな」

「…………おじさまは、アストレアがヴァーミリオンと戦う為に作られたとおっしゃられました。それは、十六年前にもヴァーミリオンが襲ってきていたということなのですか?」

「そうだ……十六年前にアストレアはヴァーミリオンと戦い、これを撃退した」


 亮二郎はそこまで説明すると、途中ウェイターがもってきた水を飲み干す。


「そもそもとして、ヴァーミリオンという存在がなんであるかだが、すまんな。それは私にもわからん。ただ連中は宇宙から突如して襲来してきたのだ」

「お待ちください、そのような事件、聞いたことがありません」


 今まで黙っていた執事が思わず口を出してしまった。亮二郎はそんな執事をキッとにらむような視線を向けると、執事は姿勢を正し、深々と頭を下げ、「失礼しました。ですぎた真似を……」と言って謝罪をする。

 亮二郎は、腕を軽くあげてそれを許した。当然の質問であると彼も思っていたからだ。


「それはそうだろうな。きゃつらが地球へ降下してきたのは、今回が初めてだからな。十六年前の侵攻は宇宙空間で連中を撃退することができたのだ。まぁ、各国の政府や軍は、そこらへんのことをキャッチはしているだろうがね」

「情報の隠ぺいですか?」


 その美李奈の疑問もまたもっともなものだった。これまで四度の襲撃を経験してわかったことだが、奴らは危険だ。

 それは連中の性能がどうという話ではない。明確な悪意を持った行動。何のためらいもなく破壊活動を行うその姿に対して底知れぬ危険を感じるである。


「そうではない。当時、ヴァーミリオンの襲来を予測していたのは一矢だけだった。奴はその当時宇宙産業に肩入れしていた。真道家で独自に宇宙開発にも乗り出していたからな」

「それは幼い頃に聞いたことがありますが……その計画はすぐにとん挫したと」


 宇宙開発などという事業は、金持ちの道楽で簡単に行えるものではない。仮に行うことができたとしても、その維持費というものは莫大なものとなる。それがとん挫などしてしまえばその負債額はあまり見たくないものとなる。


 しかし、かつての真道家はそれで潰える程の軟な資産家ではない。言ってしまえばそんな負債をすぐにでも補える程の影響力を持つそんな家だったのだ。


 もちろん痛手でないとは言えない。それでも美李奈の記憶をたどれば少なくとも、宇宙開発の失敗で没落したなどという話は聞いたことがなかった。


「あぁ、一矢は月面や火星への資源開発計画やステーション、シャトルなどあらゆる分野の宇宙産業を行っていた。その中には無人の探査船を送りこむという計画もあった……その時に連中を発見したのだよ」

「それがヴァーミリオンなのですね?」


 美李奈の言葉に亮二郎がうなずく。


「偶然だったよ。一矢の傘下あった宇宙開発事業団、連中の打ち上げた火星探査が消息を絶つ寸前に送られてきたデータにきゃつらがいた。だが、そのデータは不鮮明だった。見間違い、データの混乱、どうとでも片付けられるような眉唾なデータだった」


 さらに言うならば、『宇宙人』などという存在をその当時に信じられるわけがない。探査船の消失はデブリによる衝突事故であると結論づけられた。これならばまだ、バラエティ番組の宇宙人特集の方が、娯楽性がある。


「だが、一矢は違った。奴は確信したのだよ。理由はわからんがね、連中が、ヴァーミリオンが襲来してくるということを」


 亮二郎は腕をあげ、ウェイターを呼ぶと適当に軽食を注文する。

 美李奈は、祖父の奇行の真相、その始まりを知ることとなり、胸のつっかえの一つが取れたような気がした。だが、それは決して気分の良いものではない。


 その当時の祖父が何を考えて、どういう思いでアストレアの開発に踏み切ったのかは知らない。

  それが、今になって役に立っているというのは事実かもしれないが、果たして家を潰してまで行うべきことだったのか、もっと他に方法がなかったのではないかという感情が美李奈の中には生まれていた。


「アストレアの開発理由はわかりました。では、あのユースティアというマシーンもおじいさまが?」

「設計はそうだ。だが、君も知っての通り、真道家は没落した。そのさいに私が一矢から譲られたもので、開発は我々がここ数年で手掛けたものだ」

「ヴァーミリオンに対抗するためですか?」

「そうだ。十六年前、私もまた一矢の言葉を信用することができなかった。ゆえにあいつは、自分の家すらも犠牲にして、アストレアの開発に踏み切ったのだ……そして……」


 亮二郎はそこまで言うと言葉を詰まらせた。僅かに目が泳ぎ、彼の持つ威厳というか圧力が弱くなるように感じられる。


 彼にしてみてもその言葉を伝えるべきかどうかの判断、踏ん切りが付かないのだ。それを伝えれば、ある意味でこの不幸な少女の人生にさらに影を落とす事になるのだと、亮二郎は考えていたのだ。


「おじさま?」

「……いや、どちらにせよ当時の私が一矢に協力しなかったことが、君のご実家の没落を招く原因となった。それについて、謝らせてほしい」


 亮二郎は席から立つと深々と頭を下げた。

 そんなことをされては、美李奈とて慌ててしまう。祖父の親友、学園の理事長、友人の祖父という立場の人間が自分に頭を下げるなど。


「だが、これだけは信じてほしい。一矢が全ての財産をつぎ込み開発したアストレアは全て君の為であると。君を戦いに駆り立てることになるという矛盾はあるかもしれない。だが……」

「おじさま、顔をあげてくださいまし」


 美李奈は、亮二郎のそんな姿を見たくはなかった。彼女は優しげに声をかけ、笑みを向ける。


「おじさまのお気持ちは受け取りました。ですから、顔を上げてくださいまし。我が真道家の没落に、おじさまは一切の関係などありませんわ。これは我が家の問題、祖父が残したものであれば、すべて私が引きうけるのは筋でありましょう?」


 亮二郎はハッとした顔をして、美李奈を見上げる。

彼女の微笑みは優しかった。


「おっしゃることができないのであれば、それでよろしいですわ。気にはなりますが……少なくともアストレアが道楽の産物でなかったことがわかれば、今は満足です」

(この少女は……私が全ての真相を話していないことを理解している。それなのに、私を許すのか……家の没落の原因、その一つである私を……!)

「時が来れば全ての真実もわかるでしょう。おじさまが、今はその時ではないというのなら、きっとその通りなのだと思います。ですから、待ちます」


 美李奈とて、亮二郎の説明がどこか宙に浮いたような、浮ついていることは理解している。明らかに真相を隠したような話し方には引っ掛かりを覚えるが、それは自分の胸の奥にしまうことにした。



***



 結局、美李奈と執事が屋敷に帰ってこれたのは夜も遅い時間であった。

 黒塗りのリムジンに揺られながら、美李奈と執事はいまだに塀が砕けた部分から屋敷を覗くと、そこには季吉の姿があった。


 彼はリムジンが屋敷の前に止まったことに気が付くと、その前に仁王立ちしていた。

  季吉は白い包帯を鉢巻のように巻いて、どこから用意したのか、鉄板を体に巻き付けて、農作業用のくわを握っていた。


「まぁ、じいやったら。腰は大丈夫なのかしら」

「帰りが遅くなりましたので、おそらく心配なさっていたのでしょう。早く車からでなければ傷をつけてしまいかねません。君、ドアを開けてくれないか」


 執事は引きつったような顔をしている運転手にいつも調子で声をかける。運転手は何度も頷きながら運転席でなにやら操作をすると、リムジンの後部座席、その右側が開かれる。

 その瞬間、季吉はどたどたと慌てながら駆け寄ると、車内を覗き込み美李奈と視線を合わせた。


「みぃちゃん! 無事だったか!」

「えぇ、この通りですわ。ご心配をおかけしたようで」

「いやぁ、みぃちゃんがどこぞに連れ去られた時はこの根室季吉、老骨に鞭打って乗り込んでやろうと思いましたが……」


 ようは、どこに行けばいいのかわからないからここで待機していたとのことだった。それを聞いた美李奈はくすくすと笑いながら、そういう風に心配をしてくれる季吉に「いつもありがとう」と素直な気持ちを伝えていた。


「本来なら何らかの形でご連絡できればよかったのですが……」


 執事は季吉に何か無理な事でもさせてしまったのではないかと思い謝っていた。


「君、もういいぞ。於呂ヶ崎公にはよろしくとな」


 ふと、まだ停まっているリムジンの運転席にそう伝えると、リムジンは急いで発進していった。


「さぁ! おなか減ったろう? 簡単なものしかないが……」

「まぁ、じいやのごはんは久々ね」

「左様ですね」


 騒がしい休日の終わり。

そんな奇妙な主従の一日がこうして終わろうとしていた。



***



 美李奈は自室の畳の上で薄い布団を敷き終えると、一気に疲れが体から吹き出てくるような感覚に襲われた。ただただ疲れたという感想しか出ない気分であり、そのまま布団にもぐりこむ。

 しかし体は疲れているはずなのに、なぜか寝付けなかった。電気の消えても微妙に見える天井のシミを見上げながら美李奈は、亮二郎の言葉を思い出していた。


 今更やはり真相が知りたい……という気持ちがゼロではないことは今も自覚しているが、あの亮二郎という老人が言葉を詰まらせるということはよっぽどのことなのだろう。その部分に関してはもう気にしないと決めた。


 だが、それとは別に、今回わかってしまった事実について美李奈はどこか複雑な気持ちであった。アストレアはやはり祖父が作ったものであり、その開発によって資産の全てが消え去った。


 しかし、アストレアの開発だけでそこまでの資金がいるのかどうかと思えば、それは新たな疑問であった。その部分に亮二郎が隠している秘密の一端もあるのだろうか?

 金の出入れに関してはそれぐらいだが、次はアストレアそのものについてだった。十六年前に既に完成したらしいこのマシーンは、つまりは自分とは形は違えど同じく真道の家に生まれた存在である。そして同じ時を生きた存在だ。


「アストレア……お前も、おじいさまに振り回されていたの? それとも……」


 そこまで考えてみたが、美李奈は取りやめて布団をかぶった。

 何を考えても、明日は学校なのだ。

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