第17話 乙女の剣(つるぎ)
於呂ヶ崎麗美がヴァーミリオン襲来の報を受けたのは、昼食を終えた直後のことだった。
いつものように集まってきた取り巻き立ちがろくに知りもしない噂はなしや自分を売り込むような自慢話、こちらを立てるようなお世辞であるとかを聞き流しながら、麗美は自身のスマホに届いた屋敷からの緊急コールを受ける。
『ヴァーミリオン出現、至急出撃されたし』。オペレーターを務めるメイドの一人が事務的な口調で言う為に、麗美は眉がピクリと動いたが、「わかったわ」と短く返事をする。
「みなさん! 私、少し用事ができましたので、失礼させて頂きますわ」
周囲の取りまきたちの返事も待たずに麗美はそのまま食堂を後にして、一直線に学園の屋上を目指す。如月乃学園校舎は四階立てなのだが、屋上と呼べる場所は三階に位置している。
麗美が屋上に駆け上がると同時に鷲が描かれたヘリが遠くに見える。
ヘリはローター音を響かせながら、その黒塗りの機体を着陸させる。その際に先客であった生徒達がクモの子を散らすように逃げていき、あるいはローターの強風に押し出されるように離れていく。
麗美も制服を大きく揺らしながら、ヘリへと乗り込む。それと同時にヘリが離陸を始め、麗美は申し訳程度に備え付けられた手摺りをつかみながら立っていた。
ヘリの中は、麗美も理解出来ない機材で埋め尽くされており、ちょっとした作戦室とでもいうのか、そういうつくりになっていた。
「ヴァーミリオン、進軍止まりません」
「自衛隊の出動を確認、まもなく接触します」
「ユースティア発進準備を」
オペレートを続けるのは今朝も麗美の戦闘をサポートしたメイドたちだった。事務作業のような口調で淡々と仕事をこなす彼女達はどこか機械のような冷たさを感じる。
だが、そんな彼女達にもなれている麗美はメイドの一人の傍に寄って、画面を覗き込む。メイドはちらっと麗美の方へ視線を向けるが、すぐに作業画面へと戻し、短い言葉を投げかけた。
「いかがなさいましたお嬢様」
「自衛隊が出動したと聞きましたけど?」
そういいながら、麗美は適当にモニターの画面を覗くのだが、何をどうみていいのかわからないデータばかりが流れており、唯一理解出来たのは地図情報ぐらいだった。
「はい、スクランブルです。部隊には蓮司様もおられるとお聞きしております」
「お兄様が!」
その名は彼女の婚約者の名前だった。ここのところ忙しかったのか、連絡も取れず声も三日と聞いていなかった。それは蓮司の部隊に二名の戦死者が出てしまった為なのだが、麗美にはそこまで考えるほど、部隊運用や組織の動きには詳しくない。
だが、自分の初陣の際に自衛隊に死者が出ていることだけは聞いていた。
「自衛隊の装備ではヴァーミリオンに有効な打撃は与えられないのでしょう!?」
婚約者はこれで三度目の出撃となるのだが、彼が生き残っていられたのはもはや奇跡に等しい。
「そうと聞いておりますが、我々に自衛隊の出動を取りやめる権限はございません」
実際のところはやろうと思えばできる。それだけの力がこの於呂ヶ崎家にはあるのだ。だが、それを行うとなると金の動き以上に権力であるとか人であるとか、その辺りの面白くない癒着の話に発展する。
麗美自身、そういった事が分からないわけでもないが、抑えられる程大人でもなかった。
「ならばユースティアを早くよこしなさい! お兄様の命がかかってましてよ!」
「了解でございます」
ヘリはすでに学園から離れ、現場である湾岸地帯に向けて飛んでいた。しかし、いかいヘリの速度でも現場への到着は五分程かかる。それほどの距離なのだ。
於呂ヶ崎の面々も迅速な動きで対応しているとはいえ、彼らは素人である。各々の分野では一流の教育を受けてきたものたちかもしれないが、彼らとて実戦などと言う空気を感じるのは慣れていない。
だが、そんなことも言っていられない状況であるのも確かであった。ヴァーミリオンの侵攻は確実に於呂ヶ崎参加の工業地帯へと進んでいる。幸いなのはヴァーミリオン自体の速度が非常に緩慢なところにあるが、それは周辺の住民にしては恐怖の時間が増すだけであった。
「ユースティアの反応を確認。ただいまマッハ2で接近中」
「軸あわせ用意、機体を平行に」
「相対速度、距離確認」
このようにプロフェッショナルな言葉が出ては来ても、実際の調整に彼女たちは十秒もかけてしまった。
ユースティアは速度を落としヘリに影響が出ないように隣接する。それと同時にヘリの扉が開き、猛烈な突風がヘリ内部に侵入する。その突風にあおられるように麗美の制服とロールされた髪が激しく揺れていた。
並列していたユースティアは主の姿を認めると、その機体をゆっくりと仰向けにしてヘリの真下へと移動させる。両腕を広げ、胸部に埋め込まれたクリスタルが淡い緑の光を放つ。
麗美は風を防ぐようにして、腕をかざしていたが、その光が見えると同時にヘリから飛び降り、その光に飲まれていく。
瞬く間に麗美の体は光に溶け込み、そして彼女の肉体はユースティアのコクピットへと転送されていた。同時に学園の制服であった衣服はユースティアと同じく紅白の豪奢な装飾が施されたパイロットスーツに変わっていた。
『各部オールグリーン』
『フォルトゥーナドライブ出力安定』
『お嬢様のバイタル安定、やや興奮気味です』
メイドたちの声が届くと同時にユースティアのコクピットモニターにもそれらの情報が映し出されていく。とはいえ、麗美はそれらの情報の大半の見方を知らない為無視だ。それらの事はオペレーターたちが見ている。
麗美はアストレアと同じく座席の側面から伸びるアームレバーを手に取り、最終確認を行う。ユースティアの緑の眼が鋭く輝きを放つと、ヘリがその場から離れていく。
それを確認した麗美は、ユースティアをうつ伏せの状態に戻すと、背部の二対のスラスターを展開して、金色の粒子を煌めかせた。
「お兄様をやらせはしないわ……それに、ミーナさんには私の為にお茶を入れてもらわなければいけませんもの!」
その二つの言葉を聞いているものはユースティアしかいなかった。メイドたちへの通信回線は必要でない時はオフラインになっている。少なくとも独り言が聞かれる心配はなかった。麗美自身が外部スピーカーの機能を音にしなければの話でもあるが……
ユースティアは再びスラスターを震わせた。その速度はマッハ2などとっくに超えてマッハ10を叩きだしていたが、それですらユースティアにとっては軽い加速だった。
***
真道美李奈は中央庭園から於呂ヶ崎家のヘリが学園を飛び立つ姿を見て、ヴァーミリオンの襲来があったのだなということに気が付いていた。
本来であれば、自分もアストレアを呼び出して馳せ参じなければならないのだが、あいにくとアストレア修復完了のしらせは彼女の耳には届いていなかった。
しばらくすればここも騒がしくなる。ヴァーミリオンがどの辺りに出没したのかはここではわからないが、連日の襲撃を思えば遠くてもすぐに避難が出来るように準備をしておくということを学園も行うはずだ。
美李奈もそろそろ移動するべきだなと思っていた矢先であった。中央庭園の花園、その中から二組の男女が出てくる。一人は風紀委員の天宮朱璃であった。
「むっ……」
朱璃は美李奈の姿を認めると、ほんのわずかに緩んでいた表情を一瞬にして鉄面皮といったものに変化させた。その露骨なまでの態度の変化を美李奈は見逃さなかったが、それをあえて追求しようとは思わなかった。
そんな朱璃を付き従えるように先頭に立つ男は、まだ表情にあどけなさが残るものの、姿勢、立ち姿は幼さであるよりも風格を持ち合わせていた。少年は朱璃より少し身長が小さいものの、男子制服にまかれたスカーフは白色であり、二年生であることが分かる。
「貴様……」
朱璃の声音からは露骨な程の嫌悪感があった。二人の時間などというものを邪魔されたとでもいうのか、朱璃はわずかに少年の方を気に掛けるような視線を向けるが、すぐに美李奈へと鋭い視線をぶつけていた。
一方の少年は傍らに立つ朱璃を片手で制すると、にこやかな笑みを美李奈へと向けた。
「やぁ、真道さん。そろそろ生徒は校舎内に移動だよ。ヘリが出たからね」
これは最近出来た暗黙の了解であり、麗美がヘリで学園から飛び立てば、それは何か危険が迫っているという事であり、生徒はいち早く校舎内で待機せよ、というものだった。
この二人はその流れに従い、こうやって校内を見回っていたのだろう。
「えぇ、私もそろそろ移動しようかなと」
美李奈は膝を折り、少年へと挨拶を返すとそのまま横切ろうとする。
「いや、しかし……於呂ヶ崎さんはよく戦えるね」
突然、少年がそんな言葉を投げかけてくる。それは美李奈に向けられたものなのか、独り言なのか、よくわからない風な言い方であったが、美李奈は立ち止まってしまう。
「上に立つ者という立場を遂行しているのか、使命感に駆られているのか」
美李奈はその次の言葉が、はっきりと自分に向けられていると理解する。僅かに振り向くと、少年は真正面を向いて美李奈と対面していた。
「真道さんはどう思うのかな? 於呂ヶ崎さんはなんであんなものに乗って、あんな化け物と戦えるのだと思う?」
「さぁ? 私ではなんとも」
美李奈は短く返す。だが、少年から発せられる違和感だけは敏感に感じ取っていた。
すると、少年の傍らにいる朱璃が目を見開き今にも飛びかからんとする勢いで身を乗り出し、美李奈に詰め寄ろうとする。
「真道! 昌様のお言葉にそのような!」
「朱璃、いいんだよ」
「昌様……」
少年、昌が軽く朱璃の手を掴むと、朱璃は途端にしおらしい声を出して、勢いを止める。そのまま昌に手を引かれ、後ろへと誘導された朱璃はそのまま元の位置へと戻った。
「いや、すまないね。真道さんは於呂ヶ崎さんとは古い付き合いだと聞いていたから、何か感じるものがあるんじゃないかなと思って聞いて見ただけなんだよ」
「いえ、こちらこそ。突然の質問でしたので」
「フフフ! 確かに、変な質問をしたと思っていたよ。けど、気になってしまったのさ。ほら、於呂ヶ崎さんは自分で隠してるつもりだが、バレバレじゃないか。それに、あんなロボットに乗っているとしてもそこは命の賭けあいだ」
昌はいたずらっぽく笑みを浮かべる。
美李奈も表情は崩さす、その笑みを受け止めた。しかし……この見透かされているような感覚だけは払しょくしたかった。
(龍常院昌……生徒会長の男が一体何を聞きたいというのか)
「ただ、何度も言うようだけど僕は知りたいだけなんだよ」
「麗美さんは即断即決する子よ。どうであれそれが良いと思えばすぐに実行して考えるのは後回し……今もそうだと思いますわよ。あの子にとって、あのマシーンに乗って戦うということはすべきことと判断したのだと」
「ほぅ?」
昌は興味深そうに頷いた。
「上に立つ者の責務であるとか使命感であるとか、ないわけではないでしょうが……こと麗美さんに限ってはやるべきことだと思ったから……という答えではご不満ですか?」
「いや……そうだな。あの子ならそうなのかもしれないね。では……君ならどうする? 君がもしあんなものに乗って戦いを行うのだとすれば?」
(この男、どこまで知っている?)
美李奈は表情を崩さすそんな疑問を浮かべていた。恐らくこの男は自分がアストレアを操るパイロットであることを知っている。
先ほどからの質問はすべてそのうえでのものということはわかっていた。
だとすれば、なぜそんなことを知りえたのかだが……
「私は……」
「真道さーん!」
その瞬間、割って入ってきたのは木村綾子であった。綾子はもう一度美李奈の名字を叫ぶと息を切らして美李奈の手を掴んだ所で、他二人の見知らぬ上級生がいることに気が付いた。
「あ、え……あれ?」
「どうかなさいましたか?」
困惑した表情を浮かべる綾子を落ち着かせるように美李奈は綾子の方へと向き合って、いつもの笑顔を向けた。綾子も、取り敢えずはその見知らぬ上級生の事は隅において、美李奈に伝えなければならないことを思いだしていた。
「と、取り敢えずすぐに来て!」
「まぁ、せっかちなのですね」
綾子は美李奈の手を引っ張るようにもと来た道を戻ろうとする。美李奈もそれにつられるようにしながら進んでいくが、途中ぴたりと止まる。
その際に綾子が足をひっかけて倒れそうになるのを受け止めてやると、わずかに背後に位置する昌たちへと顔を向けた。
「先ほどのご質問ですが、私もなんですよ」
その美李奈の答えに昌は不思議そうな顔をした。
「理由は色々とありますが、私もそれがやるべきことだと思えば、そうします。似た者同士なんですよ、私たち」
美李奈は、「では、ごきげんよう」と付け加えると、そのまますたすたと進んでいく。なぜか置いていかれる形になった綾子は慌てて彼女の横に並んだ。
昌と朱璃はそんな二人の背中をじっと見つめていた。
「ね、ねぇ……あの二人って」
「男の方が生徒会長で、もう片方は風紀委員長ですわ。さぁそれよりも、ご用件は?」
暫く歩いたのち、美李奈は綾子の要件を問いただした。綾子は思い出したように「あっ!」と大きな声を出して美李奈の方へ向き合う。
「さっき食堂のテレビで見てたんだけど、於呂ヶ崎さんがピンチなのよ!」
***
「この、この! 止まりなさいな!」
ユースティアは翼のビーム砲を連射しながらローラー型のヴァーミリオンを攻撃していたが、分厚い装甲に阻まれてかビームは、直撃はするものの全てが拡散されていく。
麗美が現場へと到着した時、既に自衛隊とヴァーミリオンの戦闘は開始されていた。やはりというか自衛隊の装備はヴァーミリオンには通用せず、さらに言えば今回の敵は一切の陽動にもかからずただ前進を続けるだけであった。
時折、くちばしの光弾や両腕のレーザーによる迎撃がなされるが、それらの攻撃は緩やかであり本気で撃ち落とそうなどという執念は感じられなかった。
「口惜しい! 弾薬切れだ!」
隊長である浩介は怒りのままにキャノピーのガラスを叩く。そう簡単には割れない作りになっているキャノピーはただ鈍い音を鳴らすだけだった。
「全機、一時離脱、後続の部隊と後退だ!」
「隊長、しかしそれでは!」
食い下がるのは蓮司だ。おめおめと逃げ帰ることになってしまうのだけは、彼には認められなかった。
「バカ野郎! てめぇ、特攻でもすりゃ気が済むのか! 燃料も心もとない、俺とてここで撤退は気に食わんがこちらに継続戦闘力はない!」
「しかし!」
「俺に部下を殺させるな!」
浩介の怒号が蓮司の鼓膜を震わせる。もはや有無を言わさない勢いで浩介は部下たちに撤退を指示した。
蓮司もそれにしぶしぶと了承するしかなかった。機体を浩介機の後ろにつけた蓮司は、ちらっとユースティアへと視線を向ける。
(あれに麗美が……あの調子者の少女で本当に大丈夫なのか!?)
婚約者である男からの評価など知る由もない麗美は彼らと入れ替わるように再びヴァーミリオンへと仕掛ける。
「ジャッジメントクロスソード!」
麗美はビームによる攻撃をやめ、ユースティアの両手甲から黄金の刀身を伸ばし、接近戦を仕掛ける。
ヴァーミリオンは一瞬にして肉薄するユースティアに反応もできずにされるがままという状況であったが、そのボディはユースティアの斬撃を意に返すことはなく、突き進んでいた。
頭部、首、両腕、上半身と下半身の結合部分、あらゆる箇所を狙いきりつけるが一切の効果は見られない。
「なんてこと……」
麗美は敵の堅牢な装甲に傷の一つもつけられない状況に焦りを感じていた。かつてアストレアが戦ったタイプ以上に装甲が強化されているのだ。
「ちいぃぃ!」
たまらず舌打ちをしながら麗美は斬撃をやめ、どういうわけかユースティアの回し蹴りをヴァーミリオンの頭部に撃ちこんだ。
ガギィッ! 金属同士の鈍い音が響く。その瞬間、ヴァーミリオンの動きが停止する。
『敵反応消えていません』
『目標より高エネルギー反応、きます』
だが、そのことを喜ぶ間もなくメイドたちの淡々としたオペレートがコクピットに通達される。
「なに、なに!」
『お嬢様、避けてください』
「避ける!?」
素っ頓狂な声を上げながらも麗美はユースティアを上昇させる。一時的に動きを止めていたヴァーミリオンが再び動き出すと、頭部のくちばしと両手指が発光する。
その一斉放射は全て上空に逃げるユースティアへと向けられる為、地上への被害はなかったが、半ば至近距離にいたユースティアはレーザーの雨の直撃を受ける事になる。
「あぁぁぁ!」
直撃の衝撃はすさまじくユースティアは空中でバランスを崩す。その際に麗美がアームレバーから腕を離したことがユースティアの制御を失わせることになった。
姿勢制御を売りなったユースティアは展開するスラスターがでたらめの方向へと噴射し、ユースティアのボディを地上へと叩き落とす事になる。
「冗談じゃありませんわ!」
地上へと落下していることを理解した麗美はすぐさまアームレバーを握りなおすのだが、もはや間に合わない。どう制御しようとユースティアの速度では地面と激突するしかなかった。
「また気を失しなうのは御免ですわー!」
その麗美の叫びと同時にユースティアの機体を真横から突き飛ばすような勢いで何かが飛来する。
「うげ!」
あまり人には聞かせたくないつぶれた声を出す麗美は少し舌をかんだ。その痛みをこらえながらも、自身に起きた状態を確認すると、空を飛ぶ二つの拳がユースティアを抱きかかえるように飛んでいた。
「これは……!」
拳が飛んできた方向、麗美が視線を向けると、そこには破損した装甲を完全に修復し、かつての輝きを取り戻したアストレアの姿があった。
アストレアの両腕はユースティアを放り投げるとそのまま本体へと戻っていく。ユースティアも空中で姿勢を制御すると、上空でアストレアへと視線を向けた。
『美李奈様、アストレアの各部正常でございます』
屋敷の修繕でもしていたのか、執事はいつものスーツではなく季吉のお古の作業着を着て白いタオルを首に巻いていた。
「流石は世界に名だたる於呂ヶ崎ね。そつのない仕事だわ」
両腕を戻し、体の具合を確かめるようにアストレアは掌を開いたり閉じたりして、気合を入れるようにわきを固めた。
「み、ミーナさん! どうしてここに!」
「友人が大変なんですもの、助けるのは当然ではなくて?」
麗美の驚きの声に美李奈はにこやかに答えた。
「あなたはお茶のお勉強でもしてなさいと言っておいたでしょう!」
麗美はユースティアのビーム砲をヴァーミリオンの背中に向けて発射するがすがすがしいくらいに効果がなかった。
「お茶をお出しする相手がいなくなっては意味がないでしょう?」
『お二方、アフタヌーンティーの準備でしたらこの私めにお任せあれ。それに今は敵に集中を』
「セバスチャンの言う通りでしてよ」
美李奈はアームレバーを操作し、アストレアをヴァーミリオンへと突進させる。
『各種兵装、機能良好!』
「ならば!」
アストレアは両膝からミサイルを掃射する。かつては六発しかなかったミサイルだが、そこには十分な量が搭載されていた。飛来するミサイルは次々とヴァーミリオンの上半身に直撃するが、爆炎が晴れると悠然と突き進む姿があった。
「スパークスライサー!」
次に両肩から発射されるのは矢じり型のビームカッターであった。だが、それもヴァーミリオンの装甲にはじかれて霧散する。
「効いてませんわね」
『ハッ、牽制用かと』
「やはりこれが一番ということね」
そうつぶやきながら美李奈はアストレアの拳でヴァーミリオンのローラー部分を受け止める。
瞬間、ギィィィンッ! とこすれ、削れる音が響く。アストレアは両腕を振動させながら対抗するが、単純な質量の差がアストレアのパワーすら上回るのかその巨体はじりじりと後退させられていた。
「嫌ですわ。せっかくの復帰戦だというのに」
『思ったよりも敵が強いですな。美李奈様、お気を付けくださいませ。我々の背後三十㎞程は市街地となります』
「なる程、であれば全力ですわ。アストレア! あなたも力を出しなさい!」
押し込まれそうになるアームレバーを支え、美李奈の激がとぶ。アストレアもそれに呼応するように緑の眼を輝かせる。
だが、ヴァーミリオンもそろそろ邪魔されるのが鬱陶しくなったのか、殆ど無反応であった両腕を動かし、アストレアへと掴みかかろうとする。
「ちょっと! 私を無視しないでくださいまし!」
ユースティアのビーム砲がその両腕に命中する。しかし効果がないと見るや否や麗美はユースティアの剣を再び伸ばし、ヴァーミリオンの真上から両腕へと突き刺す。
切っ先はわずかに突き刺さるのだが、それ以上は食い込むことはなかった。
だが、それでも両腕の動きを阻害することはできた。
「やりますわね!」
『しかし美李奈様、依然として敵の動きは止まりません』
両腕を破損してもこのヴァーミリオンの本体は言ってしまえば下半身のローラー部分であろう。その勢いは止まること知らないのか確実に進んでいた。
「麗美さん、他になにかありませんの?」
「他にって! そんなホイホイ何かが用意できるわけないでしょう! そちらこそ何かないのですか!」
「セバスチャン、調べなさい」
『既に……ですが、エンブレムズフラッシュしか……いえ……これは!』
アストレアの胸部から放たれる高出力のビームは確かに抜群の威力を誇るが、その威力ゆえに地上にむけての使用はためらわれた。
だが、執事は今まで破損、消失となっていた兵装欄を確認しているとある部分に思わず目に止める。
「何か見つけたようですわね?」
『ハッ! 美李奈様、出力を上げます!』
「よろしいですわ!」
執事はパネルを操作し、アストレアの出力を調整、兵装欄からその武器の起動を確認する。
「はぁぁぁ!」
出力の上昇を感じた美李奈は半ば無理やりにヴァーミリオンのローラー部分を持ち上げる。
「ちょ、ちょっと! 私がまだ!」
ヴァーミリオンに張り付く形になっていたユースティアは慌てて離れる。それと同時にアストレアはヴァーミリオンを海側へと放り投げる。
巨大な水の柱をあげながらヴァーミリオンが海へと落ちていくも、浅瀬ゆえにその巨体の腰の部分から上は海面から出ていた。
『美李奈様!』
「アストライアーブレード!」
その美李奈の叫び声と共にアストレアの両肩のパーツが射出される。それは一見すれば二振りの斧のような形をしていた。その二つは刃を外側へと向けるように合わさるとまるで剣の柄のような形となる。
アストレアがそれを握ると同時に白亜の刀身が伸びる。
「天の輝きをここに!」
アストレアは剣を両手で握りなおし、大きく振りかぶるとその剣先をヴァーミリオンへと向けるように振り下ろす。
「はぁぁぁ!」
美李奈の雄たけびと共にアストレアは全身のスラスターを一斉に展開し、剣を脇に構えながらヴァーミリオンへと迫る。
「一刀両断!」
ヴァーミリオンへと肉薄したアストレアは、そのまま逆袈裟の要領でヴァーミリオンを切り上げる。煌く刀身は堅牢なヴァーミリオンの装甲をいともたやすく斬り裂き、その身を瞬断する。
真下から真っ二つに斬り裂かれたヴァーミリオンはわずかの静寂を迎え、そして、閃光とスパークを散りばめながら爆発を起こす。
アストレアはその爆炎を背に、剣を大地に突き刺し、その勝利を確信した。
『敵反応消失……お疲れさまです、美李奈様』
「えぇ、アストレアもどうやら本来の調子に戻ったようね」
そういいながら美李奈は傍に降り立つユースティアの姿を認める。ゆっくりと着陸するユースティアは主の麗美と同じような騒がしい足取りでアストレアと詰め寄った。
「ちょっとアストレアの修理はまだ完全ではありませんのよ!」
外部スピーカーをオンにしたままの麗美が大声で叫んでいた。
「大体私は大人しくしていろと……なんですの?」
まだ何か言いたいことがあった麗美だが、それを遮るようにアストレアの巨腕がユースティアに差し出される。麗美はそれが意味することを測りかねていた。
「フフ、麗美さん。心配は無用ですわ。むしろ私はあなたの方が心配でしてよ」
「なんですってぇ!」
「ですけど」
食って掛かる麗美を抑えるように美李奈は再び言葉を紡ぐ。
「私たち、やっぱり気が合うようね」
美李奈がそういうとアストレアは手を差し出したまま、ユースティアに一歩詰め寄る。
「これからもよろしくお願いいたしますわ、麗美」
「……フン!」
麗美がそっぽを向く。しかしユースティアはそれを真似せず、そのまま差し出された手を握った。
「あなたがそこまで言うなら仕方ないですわね! この於呂ヶ崎麗美があなたに力を貸してあげますわ!」
強がりのようなその声は、しかしどこか喜びに満ちているような声だった。
昼の太陽が二体の巨人を照らす。
その姿は、どこか神々しく天の輝きのようであった。
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