第60話 乙女の奪還・後編

「揃いも揃って馬鹿の集まりだな。最近の若い者は……という言葉の意味、今なら少しわかる気がするよ」


 戦闘の余波による衝撃がガラス張りの部屋を揺らす。ビリビリと今にもすべてのガラスが割れ、砕けてしまうのではないかというぐらいだ。そのような恐怖を呷る空間の中にいて、龍常院銀郎――真道正行はまた一口、酒を舐めた。

 ガラス面の一つに投影画面が映し出され、そこには戦闘を行う≪ユースティア≫の姿があった。華麗な剣捌きと正確無比なビームキャノンにより『突如』として現れた≪ヴァーミリオン≫は容易に蹴散らされていく。


「美少女地球防衛隊? ヴァルゴ? バカバカしい。子どもの遊びにしてはいささか度が過ぎている。総理も総理だな。地球の命運よりも次の選挙と自分の権力が大事か」


 正行は己が座るソファーのひじ掛けにセットされた小型端末を弄りながら、先ほど送られてきたメールを確認していた。送り主は日本の総理からであり、ダイレクトメールであった。そのメールには『この度、来る地球の脅威に対抗するべく、緊急議会の開催と同時に新たな防衛組織として美少女地球防衛隊ヴァルゴを設立。既に活動している貴組織ユノとの共同戦線を願いたい』という意味の内容だった。

 メールにはそのヴァルゴというふざけた組織の創設者及び現在の総司令官の名前まで記されていた。


 創設者、於呂ヶ崎麗美。この名前はよく知っている。特に於呂ヶ崎の名は業界内においても大きなものだ。現当主は自分の弟だった一矢の無二の親友である亮二郎とかいう男のはず。この麗美という小娘は確かその孫で、真道美李奈の友人だったはずだ。お転婆、破天荒、我儘、金持ちの娘特有の癇癪を持った小童で、忌々しくもマシーンを駆る少女。

 そんな少女が自分と同じく組織を立ち上げたというのは一体何の冗談だと吐き捨てたくもなる。於呂ヶ崎の権力は確かに凄まじい。場合によっては龍常院すら上回るだろう。とはいえ、自分もそれなりに金をばらまき、土台を作り上げてきたのだが、この娘はあらゆる批判を恐れず直接、総理へと直談判したようだ。


「馬鹿なのか、この娘は。一介の権力者が、一国の総理に向かって我儘だと? いいや、時にそのような行動もありだろう。しかし、それをやる為の布石は敷いておくのが筋ではないのか。隠れ蓑を用意し、デコイを用意し、取引材料を精査し、ここぞいうタイミングで切り出すのが手段というものだろうに」


 正行とて政財界を渡り歩いてきた男だ。その世界のドロドロとした陰湿な空気は理解している。そのような肌にまとわりつく粘着質な欲望の渦を気にすることはないが、下手に噛みつかれるのも御免であった。故に正行は万全を期して、牙を立てられたとしても、その牙が届かない、通じないように準備を進める。

 後から何を言われても痛くもかゆくもないように、使える手段は全て使うものだ。その為なら人間の一人は二人ですら始末するのもやぶさかではない。

 むろん、そのような手段に出る場合でも証拠を残さない、すり替える準備はしておくものだが。


 なのに、だ。この於呂ヶ崎麗美とかいう愚かな娘はそのような手順を飛び越え、いきなり話を通した。愚かだ。あまりにも愚かだ。この少女は自分の行いが、自分の家ひいてはその周囲にどのような結果をもたらすのかを理解しているのだろうか。

 いかに於呂ヶ崎が権力を持っているからと言っても、権力者というものは常に敵を抱えるものだ。企業、政界、自分らと同じく力を持つ者、全てからにらまれる行いだ。


「あの子……なんてにバカなのかしら……」


 僅かに混乱した思考をさらに加速させるのは、自分が捕らえさせた少女、美李奈の呟きを聞いたからだ。


「な、に?」

「麗美さんってば一体何をしているのかしら……亮二郎のおじ様にだってご迷惑をかけるだけじゃ収まらないというのに……ほんと、あの子ってば考え無しすぎますわ」

「お前はこのバカげた組織に関わっていないのか?」


 思わず質問を投げかける正行。

 振り返った美李奈は心底驚いたような顔を正行に向けて「関わるわけがないでしょう?」ときっぱりと答えた。


「第一、私にそのような組織に関わる立場もお金もありませんもの。今月の町内会費の支払いだって待っていただいている現状、あなたが無理やりここに連れてきたせいで、内職も進められませんし、この一秒の間にでも私たちの生活は窮地に追い込まれているのですから。早く解放していただきたいというのは本心ですが、さらにややこしいことに巻き込まれるのは御免ですわ」


 正行は思わずこめかみを抑えた。

 つまり、このふざけた組織を立ち上げたふざけた少女は殆ど独断で、半ば個人で世界に名だたる龍常院に喧嘩を売ってきたということになる。


「まぁしかし、麗美さんらしいといえばらしいですわね。あの子は時々、想像もつかないことをしでかしますし、やると決めればやり遂げる執拗さも持っていますもの」

「バイタリティは認めよう。しかし、そのような勝手が押し通る程、この世の中は甘くはないということを、貴様ら子どもは理解していないようだ」

「何でも自分の予測通りに事が運ぶと思っていることの方が子どもだと思いませんか?」


 美李奈はいつの間にか窓際から、正行の真正面のソファーへと移動していた。不敵な笑みを浮かべ、真っすぐに正行を見据える。

 対する正行はその視線を受け止めるように、また酒を呷った。気に入らない目だ。この目は、人が良いだけの愚かな弟にそっくりだ。ありもしない自信に満ち溢れた輝く目……


「そろそろお暇しますわ。今日は、お会いできてよかったとだけ言っておきます。もういなくなったと思っていた真道の人間に会うことが出来ましたし……まぁ、もう直にお会いすることはないと思いますけれど」


 それだけを告げると美李奈はソファーから立ち上がり、踵を返すように正行に背を向けた。

 そしてそのまま、ガラス張りの窓へと歩み寄っていく。

 同時に、薄い強化ガラスを隔てた向う側に≪ユースティア≫が降り立つ。≪ユースティア≫は展開したブレードを一閃、部屋の天井部分だけを見事に切り裂く。


『ごめんあそばせ、入口がわからなかったものですので! 修繕費用はどうぞ、美少女地球防衛隊ヴァルゴに請求なさってくださいまし!』


 ***


「麗美さん、少し乱暴ではなくって?」


 斬り裂かれ、払いのけられる天井部分。その衝撃で巻き起こった突風のような衝撃波に乱れる髪やスカートを抑えながら、美李奈は≪ユースティア≫を見上げる。


『あなたがそんなところにいなければ、こんなこともしませんわよ。ほら、早くなさい』


 麗美は相変わらずの口の尖らせようだった。しかし、そんな言葉とは裏腹に、≪ユースティア≫の右腕はゆっくりと、美李奈の前に差し出される。

 美李奈はその掌の上に登ると、今もソファーに座る正行へと視線を向けた。

 正行は片手にグラスを持ったまま、こちらをじっと睨みつけていた。


「ではごきげんよう、大伯父様。私、これから戦わなければならないので……どうか、邪魔はしないでくださいな」

「……あまり、私を怒らせない方がいい」

「オホホ……!」


 唸るような正行の言葉に美李奈は笑顔で返した。

 しかし、その瞬間、新たな衝撃が人工島に響く。ドドンと巨大な物体が墜落したかのような轟音、それは≪ユースティア≫のすぐ隣に落ちてきたようだった。もうもうと立ち込める土煙が晴れていくと、そこには青い装甲を輝かせた巨人、≪アストレア≫が施設の一部に拳をめり込ませた姿で鎮座していた。


「大伯父様、あなたは少し勘違いをなさっていますわ」


 ≪ユースティア≫の掌の上にいた美李奈を包むように≪アストレア≫の胸部が輝き、取り込んでいく。同時に施設をぶち抜いていた拳が引き抜かれると、その掌の中には執事と季吉の姿があった。彼らもまた≪アストレア≫の放つ光に吸い込まれていく。


「あなたが怒るよりも前、既に……私が怒っているのですわ!」


 コクピットへと転送された美李奈は激と共にアームレバーを押し込み、≪アストレア≫を起動させる。うなりを上げる動力の轟音はそのまま咆哮となり、空気を振動させる。


『美李奈様、ご無事でございましたか』

『ひゃー! これがあのロボットの中かね? ずいぶんと狭い所だが……』


 モニターに表示されるサブコクピットには執事と巻き込まれる形で居合わせた季吉の姿があった。


「私はこの通りよセバスチャン。じいや、お体は大丈夫で?」

『うむ、腰が少し痛いが、あとは大丈夫だ。しかし、こうも狭いとな……』

『このサブコクピットは特別、狭いですからなぁ……ところで美李奈様、敵の反応が島の地下から続々と沸いています。いかがいたしましょう? 私としては悪の巣窟、このままエンブレムフラッシュで撃ち抜くのもありかと思いますが?』

「あら、セバスチャンにしては少し力押しの意見ですわね」

『それは当然でありましょう? 我が主、そして筆頭事務官である季吉様に危害を加えたのです。しかるべき処置は下して当然かと』


 涼やかな顔で答える執事であったが、冷気のように張り詰めた声音からは確実な怒りがあった。執事のそのような感情を見るのは美李奈とて久々だった。


「大変魅力的な案ですが、それはなしよ。なぜこの島からヴァーミリオンの反応が検出されるのかは疑問ですが、島にいるもの全てを断罪するわけにも参りません。ですので、完膚なきまでにヴァーミリオンを蹴散らします。麗美さん、よろしくて?」

『ふん、私一人で充分ですが……私をタクシー代わりに使ったのですから、それぐらいはしてもらうのは当然かしらね?』

「あなたが勝手に来たのでしょう?」

『ま、その言い方。相変わらず失礼な子』

「ウフフ……ですけど、助けに来てくれたのは本当に、嬉しいわ。麗美。ありがとう」

『フン、言葉だけの礼なんていりませんわよ』


 コクピットでそっぽを向いたのか、麗美の感情をトレースするように動く≪ユースティア≫もまた首を背ける。

 美李奈は小さく笑みを浮かべながら「本心ですわ」と付け加える。


『美李奈様、解析してみた所、このヴァーミリオンどもは私たちが戦ってきたものは少し違うようです。材質に地球のものがいくらか組み込まれています。残骸を組み立て直したものかと……』


 執事の解析データがモニターの別ウィンドウに表示される。数体の≪ヴァーミリオン≫のデータは全身が赤一色のシルエットなのだが、各々に腕、脚、胴体部分で異なる反応を示すように色が青く分けられていた。


『資源の再利用とは、よい心がけだが、金持ちにしてはずいぶんとこすっからいな』


 同乗する季吉はこれから戦闘が始まるというのにその言葉からは恐怖など微塵も感じさせなかった。彼にしてみればいかに恐ろしい場所にいようと、この巨人とそれを操る可愛らしい主がいればそれだけで安心できるのだ。


『わしのことは構わんぞ、みぃちゃん。遠慮なくやってくれ!』

「じいやはまだまだ元気ね。それでこそ真道家の人間よ!」


 美李奈はレーダーとセンサーが捉えた敵影を認めると、≪アストレア≫の右拳を突き立てる。


「では、手早く準備運動を終えてから私たちも宇宙へ上がりますわ。よろしいわね、麗美!」

『言われるまでもありませんわ!』


 ≪アストレア≫は敵が射程内に入ったと同時に拳を射出する。

 ≪ユースティア≫もビームを放ちながら上昇し、手ごろな敵をロックオン。そのまま剣を突き立てる。

 

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