第54話 乙女はお疲れ
『巨大戦艦再び!』、『ユノ決死の防衛作戦!』、『侵略者の攻撃激しく』。ニュースであろうが、新聞であろうが、見出しはどこも同じであった。
木村綾子はスマホのニュースサイトを渋面で眺めていた。内容は『ユノ』がいかに≪ヴァーミリオン≫の侵攻を食い止めるのに尽力したのかが集中的に報道されているだけで≪アストレア≫に関する記事はまず見当たらない。綾子は一度、ゴシップ記事を取り扱う雑誌にならと思い目を通してみたが、龍常院グループの影響力というものは凄まじいらしく、一切の記事が見当たらない。
ネット、特にSNSにもそれらの手は回っているらしく、画像や動画などは機密情報という名目で削除されていた。
「ふん、宣伝だけは頑張るわね生徒会長サマは」
何を探したところで無駄だと判断した綾子はスマホを机に置いて、椅子を傾けながら腕を頭の後ろに回した。品行方正を地で行く学園のためか、当初はこんなことをしていると奇異の目で見られたが、今となっては誰も気にはしない。
この学園に転入して半年以上の月日が流れる。案外馴染んでしまった自分にも驚きであった。ブランドの話にもそこそこついていけるようになったし、昔ならばまず手を出すことはないであろう高級な紅茶やコーヒー、お菓子についでも友人たちと話までに至った。
意外だったのは「成金の癖に」というなじりがないことだ。綾子のイメージの話ではあるが、この手の金持ち学校というのは一般の出や成金を見下しているんじゃないかという不安もあったのだが、特別そのようなことはなかった。実際は綾子が気が付いていないだけどそのような陰口はあるのかもしれないが、目立った部分では見ることも聞くこともない。
「なぁに窓際の令嬢のつもり?」
そんな考え事をしていると朋子がやってきた。朝練でもしてきたのか、頬をわずかに紅潮させ、うっすらと汗も滲んでいた。学園の決まりで部活動や授業以外での体操服の着用は認められていないので、こんな状態でも赤いドレス風の制服を着ないといけない。そのせいか、朋子は少し暑そうだった。
パタパタと手団扇で仰ぎながら隣の席に座る。朋子の席ではないが、こういうところは朋子は綾子側のお嬢様といえる。それでもスカートがめくれないように、抑え、ゆったりと座る仕草を見ると「あぁ、やっぱりこの子もそっちの世界の住人だわ」と思い知らされる。
「そんなんじゃないわよ」
「ま、綾子じゃおしとやかな令嬢ってのは似合わなのは確かね」
「言うてくれるな、朋子だってお嬢様には見えないわよ」
「あっはっはっは! これでも茶道や生け花もやらされてんのよ。きついったらありゃしない。じっとしてるのはちょっと性に合わないわね」
意外だった。まさにスポーツウーマンという風な朋子が着物なんかをつけてお茶を点てている姿はちょっと想像できない。
どうやらそれは朋子も同じようで「あたし着物、似合わないのよねぇ」と苦笑していた。
「はーあ。なんだってうちの親たちはそんな変な固定概念に囚われてるのかしらねぇ……金持ってるからってみんながみんな、堅苦しいお稽古事しなくてもいいじゃない。結婚なんかしちゃったら今度は面倒くさい家のお付き合いもしないといけないし……」
朋子は学生では珍しく婚約者のいるお嬢様だった。綾子も一度はあったことがる、気弱な少年で自分たちより年下である。まだ中学生の少年で、明らかに朋子の尻に引かれていた。
朋子曰く、「あたしに惚れてる」らしく、結構無茶も聞いてくれるらしい。果ては両家の親はそれを「仲睦まじい」などと思っているらしいのだ。
一応、朋子も彼のことは邪見には扱っていないようで、手のかかる弟のようには思っているらしい。
「朋子の場合は将来は安泰じゃない」
「いやーそうでもないわよ? だって家業を継ぐのはあの子だし、はぁ……心配だわ……」
「そんなに心配なら朋子がやりゃいいのよ」
綾子としてはそれは冗談のつもりだった。朋子ほどのバイタリティがあればそれぐらいはできるだろうという思いもあったが、本気でいったつもりではない。
「私が?」
なのだが、朋子は一瞬にして真剣な面持ちになり、考え込む。どうやら本気で悩んでいる様子だ。
「いいわね、それ。うん、名案よ」
朋子は一人納得してポンと手を叩いた。
「え、ちょっと本気?」
「選択肢の一つよ。独立の夢もあるしね。けど、足掛かりとしては十分だわ。和弘はうまく丸め込めるとして……」
「あら? 楽しそうですね?」
そんなことを話していると、静香も姿を見せた。ふわりと甘い香りが漂うところを思うと彼女も彼女で朝からスウィーツを食べてきたんじゃないだろうかと思う。常に何か甘いものを食べている姿を見せている静香であればありえないことではない。
静香はにこやかな笑みを浮かべたまま、「そういえば」と切り出す。
「聞きました? 美李奈さん、学校をお休みなさったらしいの」
「え?」
驚きだった。無遅刻無欠席を誇っている(と聞いた)はずの美李奈が学校を休む。その情報に綾子は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。思いのほか大きい声だったので、他の生徒たちからの視線が集まり、綾子は少し体を縮こませて、「本当なの?」と静香に聞いた。
「えぇ、私もさっき知ったのですけど、美李奈さんの教室を通りかかったらそんな会話が聞こえまして……」
「真道さんが休むなんて珍しいわね。昨日のヴァーミリオンの被害って街にはなかったはずだけど……」
朋子も心配そうな顔になる。
(美李奈さんは昨日も戦ってたはず……まさか怪我でもしたんじゃ……)
綾子は心配どころの話ではなかった。この中で、美李奈が≪アストレア≫のパイロットであることを知ってるのは自分と麗美、そして生徒会長である昌ぐらいである。自分以外の二人が美李奈の秘密を言いふらすようなこともないためか、不思議なほどにばれていない。
それは綾子も同じで朋子にも静香にもそのことは話していない。それ故に≪ヴァーミリオン≫の侵攻があった日の翌日に美李奈が休んだといわれると必要以上に驚いてしまうし、不安にもなる。さらに言えば最近は『ユノ』の情報規制のせいで情報も入ってこない。
「他には何も聞いてない? 怪我してるとか寝込んでるとか?」
綾子は思わず席から立ちあがって、静香の肩を取って問う。
「さ、さぁ……私もそこまでは」
何も知らない静香は困惑しながら答えた。
綾子は「ご、ごめん」と言いながら席に戻り、「ほら、昨日のヴァーミリオンって戦艦も出てきたじゃん?」とごまかした。
「落着きなって。街に被害は出てないって言ったでしょ? あ、けど……真道さんの家、ぼろいからもしかしたら……」
朋子の言葉に蔑視はない。美李奈の屋敷は綾子から見てもそういう言葉しか出ないものだ。
とはいえ、その可能性はなくもない。いくら戦闘で無事でもあの屋敷だと些細なことで崩れてしまうんじゃないかとも思ってしまう。
「於呂ヶ崎さんなら何か知ってるんじゃないの?」
朋子は静香の方に振り向いて聞き出す。
静香は「於呂ヶ崎さんとはまだ……」と言って首を振った。どうやらまだ麗美も見ていないらしい。
「うーん、思えば真道さんって結構謎よね」
腕を組み、首をかしげる朋子。
「だって教室違うから、むこうでどんな風に過ごしてるのかもわかんないし、私たち以外につるんでる人もみないし、かといって省かれてるわけでもないみたいだし……」
「そういえば、そうですわね。私たち、何気なくお付き合いさせていただいてますけど……」
朋子の言葉に静香も頷く。
それは綾子も同様であった。綾子も半ば定位置になった中央庭園以外ではまず美李奈とは出会わない。そこからテラスや休憩所など移動することもあるが基本的にはそこで待ち合わせているようなものだった。彼女の教室に足を運んだことはなかった。
「まぁけど、ミステリアスってのも素敵じゃない? いちいち人のプライバシーまで暴こうなんて思わないわよ」
朋子が言い終えると、調度、朋子の座る席の本来の持ち主が帰ってくる。朋子は「じゃ」と手を挙げて自分の席に戻っていった。時間もそろそろホームルームに入ろうとしていた。静香も「それでは」と会釈しながら、自分の席に戻っていく。
綾子も椅子を引いて、前を向く。が、すぐに窓の外を眺めた。遠くの方では度重なる≪ヴァーミリオン≫の侵攻によって破壊された区画を龍常院傘下の業者が復旧している様子が見えた。その方角は調度、美李奈の屋敷もあるはずだった。
(お見舞い……行った方がいいかな? それともやめた方がいいかな?)
綾子はぼんやりと外を眺め、答えを出せないままでいた。
***
「風邪です」
体温計を片手に執事がいう。
「気のせいです」
美李奈はそっぽをむいて答える。
「風邪です。体温も38℃を超えています。圧倒的に風邪です」
「んん! 壊れてるのよ」
咳き込みながらも美李奈は自身の病気を認めない。誇り高き真道の人間が風邪などと! と今朝からこの調子なのである。
起床時から何となく頭が重いし、関節の節々が痛いし、ふらふらするのもきっと疲れているせいであって断じて風邪などではない。そう言っているのに執事も爺やも「風邪」と言い張っている。そして半ば強引に自室に戻され、濡れタオルとおかゆが用意された。
もしゃもしゃとおかゆを口に運びながらも、美李奈はぷくっと頬を膨らませる。
「まったく、私を病人扱いして……」
「病人ですので。とにかく今日はゆっくりなさってください」
執事は食器を下げながら、横になる美李奈に毛布を掛ける。
「ここのところ、戦い詰めでしたし、時には休むことも必要です。まともな休みもありませんでしたし」
「お休みについてはヴァーミリオンに言ってくださらない? あのものたちが襲ってこなければ私とて休日を過ごしますわ」
「それはそうですが、こればかりは私でもなんとも……とにかく、今日はたとえヴァーミリオンが現れても出撃は禁止です。於呂ヶ崎様にも既にお伝えしてありますので」
「まぁ、勝手なことを」
「主の為ならば私は独断専行も辞さない構えですので。では、ごゆっくりと」
執事はそれだけ言うと部屋から出ていく。
残された美李奈は仕方ないという感じで寝返りを打ち、ため息をついた。
「休めと言っても……ふむ」
寝てしまえばそれでいいのだが、何となくそれはもったいない感じがした。そして休みといわれても常にちょこちょこ細かな仕事をしている美李奈にしてみるとどう休んでいいのかがわからなかった。これが幼い頃ならいくらでも暇を潰せるものはあったが、あいにくと今の生活ではそんなものはない。せいぜいラジオを聴くぐらいだ。
「困りましたわね……」
ごろりと布団の上でうつむき、肘をつく。外では相変わらず工事の音がしていた。
「……暇」
じゃあ雲でも眺めてみようと思って窓に視線を向けてみても何が面白いのかさっぱりわからず、すぐに見慣れた部屋の壁を見つめることになる。
この時になって初めてわかったことだが、どうやら自分は常に何かをしていないとダメな人間らしい。だが、執事がいうには自分は病人であり、大人しくしていろというのだ。まぁ確かに関節は痛いし、頭もふらふらするので、大人しくしてやることに関しては妥協した。
しかし、この無情にも流れていく時間をどうすればいいのか、それが問題でもあるのだ。
何も思いつかず、何も考えられないので、美李奈はもぞもぞと体を動かし天井を見上げる。ちょっと前までは青ビニールのシートで覆っていた穴はとりあえずふさがっている。たまに隙間風が入ってくるが、雨漏りしなければ十分だ。
「……しゅ、宿題でも……」
限界だった。何もしないということができない。美李奈はがばっと上半身だけを起こす。
それと同時に自室の扉が半分だけ開かれ、その影から執事が半身だけを見せてこちらを覗いていた。
「何をなさろうと?」
美李奈は無言で寝ころんだ。
執事は「まったく」と首を振りながら新しい濡れタオルを持ってきた。それを美李奈の額に乗せながら、「早く元気になりたいのでしたら、寝ることです」とくどくどと説く。
美李奈も「わかっています」と口をとがらせる。
「本でも読みましょうか?」
「それはやめて頂戴」
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