第48話 乙女の選択

 対峙するのは誇り高き青き巨人と威風たる黒の王。全ての敵が消え失せ、その場にいるのはマシーンたちだけである。空は相変わらずのどんより雲であり、まるで世界に蓋をするかのように浮かんでいた。雷鳴はもう止んでいた。


『さて……』


 黒き王≪ユピテルカイザー≫に乗り込む少年、昌はおもむろに言葉を発した。それに対応するように≪ユピテルカイザー≫の剛腕が解かれる。八十メートルの巨体が地響きを鳴らしながら前進すると、周辺の建造物の窓ガラスが音を立てて割れ、一部の脆くなったものはガラガラと崩れていく。

 ≪ユピテルカイザー≫は二歩、進む。そして赤い眼で足下にいる≪アストレア≫を見下ろし、右腕を差し出す。


「何のおつもりかしら?」


 ≪アストレア≫の美李奈は差し出される腕になど目もくれずに、こちらを見下ろす巨人の赤い眼を睨み返していた。


『はっはっは! 相変わらず、怖い目だ』


 モニター同士でお互いの表情は相手に筒抜けである。昌は鋭く細められた美李奈の視線を受けながらも笑っていた。足を組み、座席に深く腰掛けるような姿は王者の余裕を見せていたが、その態度は美李奈には不快なだけである。


『我らと共に来るのだ、真道美李奈。君のその気高き精神、我らユノの象徴にふさわしい』

『あ、昌様! 何を!』


 その昌の問いは同じく乗り込む朱璃には想像していなかった言葉のようで、うわずった声を上げた。だが昌はそんな朱璃の言葉を無視して、微笑を浮かべたまま、美李奈の瞳を覗き込むようにして見つめている。


『君が望むなら、そこで倒れている於呂ヶ崎の女も連れていい。今はお互い、いがみ合っている時ではないだろう?』

「口だけは正論ですわね。貴公らの戦いがどのようなことをもたらしたか、知らぬとは言わせませんわ」

『街の被害は致し方ないだろう? それに僕たちは実費で復興をおこなっている。それに、あの巨大な敵……あんなものが出てきたとなってはこちらもなりふりなど構っていられない。後手に回っている現状では迅速な殲滅を優先することこそが結果的に被害を抑えられる。連中をのさばらせて他に飛び火してはどうなるか……』

「ここに住むものたちのことを考えぬのか!」


 美李奈は思わず≪アストレア≫はで差し出された巨腕を払いのけた。二体の腕のぶつかり合う音は思った以上に大きく、その轟音は一瞬だけ場の空気を止めた。


『へにゃ!』


 ただ一人、その音で飛び起きた麗美は突然視界に入りこんだ黒い巨人と自身の愛機と瓜二つな機体を目撃して状況整理が追いついていなかった。


『な、な、なんですの! あの馬鹿でかいマシーンとユースティアのパチもんは!』


 静まり返った空気すらもどこかに追いやるように麗美の甲高い声と大股、がに股で駆け寄ってくる≪ユースティア≫の騒がしい足音はよく響く。騒ぎ立てながら、≪ユースティア≫は二体の見知らぬマシーンを指さし、≪アストレア≫の隣に並んだ。


『ちょっとそこの黒いお方! 私より目立っているのではなくて! そしてそっちの銀色! いくら私のユースティアが美しいとはいえ姿かたちを似せてくるなどと冗談ではなくてよ!』

『麗美! 割り込んでくるんじゃない!』


 それは白銀の≪ミネルヴァ≫から発せられた言葉である。麗美がその声を聞き間違えるはずなどなかった。その声はまさしく愛すべき婚約者の声だったのだから。


『お、お兄様!? なぜお兄様がそんなものに!』

『麗美、以前にも言ったはずだ。これは道楽ではないんだ。お前のように調子の良い奴がやり続けるようなものじゃない!』

『蓮司さん、すまないが今は僕が話している。邪魔をしないでくれ』


 昌の物言いは旧来の友人に対する言葉使いであったが、その根底にあるものは違う。ただ純粋に蓮司の割り込みを『邪魔』としか思っていないものである。それは誰が指摘するまでもひしひしと感じるものだったのか、蓮司は一瞬だけ言葉を詰まらせながらも、了承して身を引く。

 それを確認した昌は小さく息を吐き、溜息をついた。


『やれやれ、正義感は時として感情を爆発させる。素晴らしいことですが、この場においては無駄な感情ですよ』


 続き微苦笑を浮かべた昌は眼下の少女へと視線を戻す。


『さて、そろそろ答えを聞こうかな』

「答え?」

『この星を救う為に君の力、ぜひとも欲しい。これは僕の純粋な願いだ』


 昌の言葉はどこまでも真っすぐであった。少女たちに視線を向ける姿は決意を見せる男の顔であったし、愛らしい少年の表情は、今は凛々しく王の気風をなびかせた。昌は払われた腕を再度差し出す。機体の膝を折り、視線を合わせるようにして昌はもう一度だけ「ともに戦おう」と笑みを浮かべた。


『お・こ・と・わ・り・よ!』


 その返答は美李奈のものではない。ズンと地響きを鳴らしながら、≪ユースティア≫が前に出る。左腕を腰にあて、右手で≪ユピテルカイザー≫を、そしてそれに乗り込む昌を指すようにしながら、麗美は声を上げた。


『誰があなたのようないけ好かない男と手を組むものですか!』


 麗美は先ほど目が覚めたばかりである。状況はいまだ飲み込めていないが、気に入らないことが起きていることだけは本能的に悟っていた。そしてこの少女は思ったことは口にする性格である。だからこそ、割って入ってこれるのだ。


『誰かと思えばやはりあなたでしたのね龍常院昌! この私を差し置き学園で生徒会長などと偉ぶって目立つなど……いえ、この際それはどうでもいいこと。ですが! この私たちを差し置いてそんな目立つ黒光りのマシーンなんかに乗ってのこのこと何をしにきたというのです! ちょっと聞いてますの! なんとかおっしゃたらどうなの!』


 麗美は次々と言葉をまくしたて、相手に反論の隙を与えなかった。半ば気に入らないという理由だけで言葉を紡いでいる麗美は遂には昌の服装であるとか態度であるとか、もはや関係のない部分に伸びていく。


『貴様、先ほどから無礼な……』


 思わず通信回線に割り込みをかけ、怒鳴り声をあげる朱璃であったが、それは一つの哄笑で遮られた。

 その笑い声は≪アストレア≫から響いてくる。美李奈の笑い声であった。


「フフフ、ハハハ! 麗美さんったらよくも言いますこと」


 美李奈は腹を抑えながら笑っている。目には笑いすぎてかうっすらと涙も浮かべていた。それを拭いながら、いまだ吹き出しそうになる感情を堪え、美李奈は無表情に変化した昌を見返す。

 昌の表情から感じ取れるのは怒りである。こけにされたというべきか、麗美の割り込みによって台詞を台無しにされた為か、正直どんな理由であるのかは美李奈には興味はなかったが、ほんの少し溜飲が下がる思いであった。


「ですが、麗美さんの言う通り。龍常院昌、私を手籠めにしようとしても無駄だということです。もはやあなた方に義など感じません。正義をなす気もなければ、星を守る気概もない。大きなおもちゃを与えられ力に酔うだけの子どもですわ」

『ほぅ……?』


 昌の返答は酷く冷淡であった。


「図星を突かれましたか? 先ほどの演技がかった視線は向けてはくださらないのね……ですが、その目、その表情こそがあなたの本当のお姿ではなくて?」

『美李奈様、敵機からエネルギー反応です』


 瞬間、≪ユピテルカイザー≫の両目から赤い閃光が放たれる。

 しかし、≪アストレア≫はアストライアーブレードを振るい、それを受け止める。閃光はそのままの勢いで≪アストレア≫を押し込んでいく。二十メートル程押し出される形となった≪アストレア≫だが、そこで踏みとどまり閃光を切り払う。霧散した赤い光は粒子となり消え失せた。


「お聞きなさい! この星の平和は私たちが守ります。ごっこ遊びがしたいのであればお屋敷で好きなだけなさりなさい!」


ブレードの切っ先を≪ユピテルカイザー≫に向け、美李奈は言い放つ。対する昌は無言を貫いていたが、アームレバーを握りしめるその両手は小刻みに震えていた。

その様子をモニターで確認していた朱璃は顔を青くしながら、身を引く。そこには恐怖の色があった。そして、朱璃は同時にパネル類に映し出される数値の変動にも気が付いていた。出力の上昇である。


『あ、昌様! なりません』


 呼びかける朱璃だったが、昌は答えない。外では≪ユピテルカイザー≫の動力がうなりをあげ、重低音を轟かせた。バチバチと機体の周囲が帯電し、金色のラインが発光を見せる。


『なる程、残念だよ……真道美李奈!』

『何をしている昌』


 ≪ユピテルカイザー≫の剛腕に雷光が帯びる……その瞬間、コクピットの全面に銀郎の顔が映し出された。そのしゃがれた声は一瞬にして昌の行動を制止させ、同時に≪ユピテルカイザー≫をも停止させる。


『お爺様……』

『帰りが遅いと思えば……下らん戯言に惑わされたか? その程度のことで時間を無駄に使うな。貴様にはまだやらねばならぬ使命がある』

『はっ……』


 頭を垂れる昌は顔をこわばらせた。一瞬だけみせた苛烈さはなりを潜め、≪ユピテルカイザー≫の拳を降ろす。そして≪アストレア≫たちに背を向け、大型ウィングを展開させる。


『言っておくが……僕は諦めが悪いのでね』


 その一言だけを残した昌は機体を上昇させた。そして、≪ミネルヴァ≫もまた随伴する。


『お兄様!』


 ≪ユースティア≫の麗美が声を上げる。≪ミネルヴァ≫は止まらなかった。

 それでも麗美は叫んだ。


『お兄様はわかっているのでしょう! お兄様がなさりたいことはそんな連中とではできないことを!』

『それを決めるのは俺だ……』


 吐き捨てるような返事を返しながら、蓮司は通信を切った。

 ≪ユピテルカイザー≫と≪ミネルヴァ≫の機影が小さくなっていく。二人の少女はそれを眺めながら、お互いの機体の顔を向け合った。


「今なら蓮司様を連れ戻せるのではなくて?」


 食後のお茶会。そこで交わされる談笑のような言葉で美李奈は言った。


『……ミーナさん。私、決めましたわ』


 一瞬の間を置いた麗美も同じ要領で返事を返した。


「お聞かせいただけるかしら?」

『えぇ、もちろん。こうなったら私も意地ですわ。男たちの性根を叩き直してやりましょう!』


 そういうや否や。麗美はビシッと天に向かって≪ユースティア≫の指を向けた。その瞬間、暗雲に隙間が生じ、月光が差し込む。それはスポットライトのように≪ユースティア≫を照らしあげた。


『もぉぉぉ! ぜぇぇぇったいに許してあげませんからね! 私の前で額を地にこすりつけて懇願するまで許しません! 私怒りましたわ! 龍常院昌! そしてお兄様! お覚悟なさい!』


 些か、それは手前勝手な言い分である。だとしても、それが麗美のという少女である。それに落ち込むよりはマシである。この少女は常に前向きで、我を押し通すくらいがちょうどいいのだ。

 空を覆う暗雲は徐々に薄れゆく。空には星が瞬き、満月がその全貌を露わにする。

 少女の決意の叫びは満天の空へと吸い込まれてゆく。星の光も、月の光もその決意を祝福するかのように≪ユースティア≫を照らし、輝かせていた。

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