第46話 乙女と雷帝

 ≪アストレア≫の胸部からまばゆい閃光が放たれる。現場に到着した美李奈たちは開幕にエンブレムズフラッシュを放ち、≪ヴァーミリオン≫の群れに大きな穴を穿った。黄金の閃光は無数の爆光を作りだしながら、既に暗くなった空を真昼の如く照らし、一直線に天へと伸びていく。

 雲を貫き、その先に鎮座する巨大な影へと直撃したエンブレムズフラッシュであったが、弾けるようにして輪を作り霧散した。


「あら、頑丈ですわね」

『嫌な記憶が蘇りますねこれは……』


 市街地の上空に滞空する≪アストレア≫のコクピット内部で美李奈と執事は月すら覆うほどの巨体を誇る赤い巨大な影を見上げていた。

 全長二百メートルはあろうか。赤い肉塊のように脈動する表面は生物的な印象を受けるが、その全貌は幾何学的なパーツで構成された人工物としか思えない形をしている。一言で表すならばそれは『戦艦』であった。

 

 艦首というべき先端部分はどの≪ヴァーミリオン≫たちにも共通する無貌な顔のようにつるりとしており、くちばしのような突起物が伸びていた。艦体部分は肥大化した鳥のようで、その形状にはそぐわない退化したような羽らしき補助翼が伸びていた。


 その戦艦型ともいうべき≪ヴァーミリオン・ソリクト≫はくちばしを大きく開け、通常型の≪ヴァーミリオン≫を吐き出していく。一体どれだけの数を詰め込んでいるのかは不明だが、その光景は真っ赤な怪鳥が無数の虫を吐き出すかのような気味の悪い光景に見えた。


「まるで七面鳥の丸焼きですこと。暫く鶏肉は食べたくない形ですわ」

『同感ですね』


 そんな語らいの中でも二人は機動を止めない。美李奈は即座に機体を上昇させ既に吐き出された≪ヴァーミリオン≫の群れへと接近を仕掛け、執事はロックオンを済ませミサイルの発射準備を整えていた。


『ロック完了! 美李奈様!』

「ノーブルミサイル!」


 群れの中へと突入した≪アストレア≫はそれと同時に両膝からミサイルをばらまく。上下左右、四方八方へと飛び散っていくミサイルは馬鹿正直に≪アストレア≫へと接近を仕掛けた≪ヴァーミリオン≫たちを容赦なく爆炎の中に沈めていく。


「ヴィブロナックル!」


 ≪アストレア≫はその爆炎を突き抜けるようにして加速、両腕の射出し、残った敵機の胴体を貫き、そして手近にいた二体の敵の頭部を掴み空中で引きずるようにして、己の体へと両腕を戻す。

 その手には二体の≪ヴァーミリオン≫が掴まれたままであったが、一瞬の超振動によって頭部から破壊され崩れ去っていった。


『ちょっとミーナさん! 目立ちすぎじゃありませんの!?』


 甲高い声が響くと同時に紅い閃光が≪アストレア≫の周囲を駆け巡る。数秒と経たないうちに≪ユースティア≫が腕を組む姿勢で、≪アストレア≫と背中合わせに合流する。それと同時に≪ユースティア≫が描いた機動上で連鎖的な爆発が起きる。それは真っ二つに斬り裂かれた≪ヴァーミリオン≫たちの断末魔であった。


「そういう麗美さんこそ」

『フンッ! 私だからこそそれが似合うのですよ!』


 お互いのコクピットにお互いの姿が映し出される。美李奈は微笑を浮かべ、麗美はツンとそっぽを向いて腕を組んでいた。


『それにしても、ずいぶんな相手が出てきましたわね』

「えぇ……まさか戦艦などというものが出てくるは思いませんでしたわ」


 二機の巨人は同時に頭上を仰ぐ。≪ヴァーミリオン・ソリクト≫は吐き出す艦載機に限界があるようで、もうくちばしから通常型が出現する様子はなかった。それでも吐き出された通常型の数は二十を超えている。通常型のみであるのは幸いであるが、数の多さは厄介であった。


『やれやれ、ミサイルだけでは片付けられない数ですね。エネルギー残量には気を付けなければならないでしょう』


 執事から送られてくる機体各部の状況やエネルギー、弾薬の残量、敵機の位置情報は正確なものであった。


「あら、セバスチャン。彼らをお忘れかしら」


 ≪アストレア≫のモニターに五つの機影が拡大される。浩介が率いる≪エイレーン≫の小隊であった。

 ≪エイレーン≫たちは三機と二機のグループに分かれ、≪ヴァーミリオン≫たちを迎撃している。その動きはよく訓練されており、無駄のないものであった。互いに死角を補う様に飛び、確実に一機ずつ撃破していく手堅い飛び方である。


「あの飛び方……いつぞや私たちと共に戦った戦闘機に似ています」

『連絡をお取りになりますか?』

「いえ、よしましょう。彼らは行動で示してくれるはずです」


 美李奈は軽やかな飛行を見せる≪エイレーン≫たちを見送りながら、≪アストレア≫の両肩から斧を取り出す。


「ならば我らも行動で示すまで。麗美さん、行きますわよ!」

『それはこちらの台詞でしてよ』


 ≪アストレア≫に応じるように≪ユースティア≫も両腕のブレードを展開する。

 既に二機の周囲には≪ヴァーミリオン≫たちが殺到していた。無貌をガクガクと震えさせ、威嚇するかの如く細長い腕を振り回し、自由落下の要領で接近を仕掛けてくる。

 だが、二機の巨人は気圧されることもなく、むしろ一気に機体を加速させ、彼らを迎え討つ。≪アストレア≫が全身のスラスターを展開し、上昇をしかけ、その背後から≪ユースティア≫が翼に備え付けられた二連装のビームキャノンを放ち、数体の≪ヴァーミリオン≫を貫く。それと同時に≪ユースティア≫は≪アストレア≫を追い越していく。


『ジャッジメントクロスソード!』


 一瞬にして≪アストレア≫の前面に展開していた三体の≪ヴァーミリオン≫を切り結ぶ。連鎖爆発が起き、周囲が黒煙に包まれる。それでも白痴のように飛びかかる≪ヴァーミリオン≫たちであったが、黒煙の中から緑色の双眸を煌かせた≪アストレア≫が黄金に輝く斧を振り上げながら飛び出す。


「ショルダーアックス!」


 一振り、力づくの一撃はたちどころに≪ヴァーミリオン≫を粉砕せしめる。≪アストレア≫は振り下ろした勢いのまま、機体を回転させ、手にした斧を放り投げる。


「ブーメラン!」

『軌道操作、お任せください!』


 風を切り裂くかのように高速回転する斧は執事の手よって自由自在に軌道を変更しながら、≪ヴァーミリオン≫の肉体を抉っていく。


「流石ですわセバスチャン!」

『光栄でございます。麗美様も流石のお点前で……』

『当! 然! ですわ! この調子でさっさと他の敵も……』


 ぐっとガッツポーズをして見せた≪ユースティア≫、恐らくはコクピットの麗美も同じ姿をしているのだろう。

 しかし、彼女たちの頭上で無数の爆光が瞬く。それは≪エイレーン≫たちが≪ヴァーミリオン≫を次々と撃破していった証拠であった。


『あ、あぁぁぁ! ちょっとあなたたち、私の出番を取らないでいただけます!?』


 端正な顔つきのはずの≪ユースティア≫が悔しそうな表情を作って見せたのは恐らくは幻覚だろう。空中で地団駄を踏むという器用な動作を行ったのちに麗美は≪ユースティア≫を上昇させ、再び敵のただ中へと突っ込んでいく。


「麗美さん、競争なんてしてないでしょう?」


 やれやれと言った具合に苦笑した美李奈であったが、すぐさま意識を戦艦へと向ける。≪ヴァーミリオン・ソリクト≫は次々と艦載機が破壊されていっても動きを見せることはなかった。不気味なくらいにその場に鎮座し続け、浮遊をしている。


「一体何を考えているのやら……」


 相変わらず≪アストレア≫の計器は戦艦型に対して危険値を示している。

 

『一番槍ですわ!』


 それは麗美の威勢の良い声であった。麗美はブレードを展開した≪ユースティア≫の両腕を頭上に掲げ、機体を高速回転させる。


『ジャッジメントクロス! トルネード!』


 一陣の紅い竜巻と化した≪ユースティア≫は数体の≪ヴァーミリオン≫を破砕していきながら、戦艦型の≪ヴァーミリオン≫へと突撃していく。


『……! 美李奈様、敵の反応増大!』

「ッ! 麗美さん、うかつでしてよ!」


 その忠告が届くよりも前に、それは動いた。


『な、ぬ!?』


 紅の竜巻は『巨大な腕』によって払いのけられてしまう。それは人が羽虫を追い払うような動作であった。たったそれだけの動作で≪ユースティア≫は必殺の一撃を防がれ、機体を落下させていく。


「麗美!」


 美李奈は急ぎ≪アストレア≫を加速させ、錐もみ状に落下していく≪ユースティア≫へと駆け寄る。何とか到達に間に合った≪アストレア≫は≪ユースティア≫を受け止めながら、それを見上げた。


「変形……している?」


 美李奈の視界に映ったのは巨大な戦艦の姿がもぞもぞとうごめきながら、人の形へと変化していくさまであった。

 艦首部分はそのまま頭部になり、艦体は幾つもの層に分かれ、可動部分を増やしていく。退化したような翼はそのまま背中の部分へと移動していき、脇腹に位置する部分からは骨と皮だけになったような、それでも≪アストレア≫たちを軽々と握りつぶせそうなほどに巨大な腕が伸びていた。エンジン部分は点火を止め、胴体と同じく層に分かれ、二本の脚を形成する。


 それは変形ではあったが見方を変えれば生物の解体のようにも見えた。機械的な動作のはずなのに脈動する表面装甲が生々しく、それがさらに気味の悪さを加速させていく。

 それはまるで巨大な悪魔のようであった。完全な変形を遂げるまでにかかった時間はおよそ五分、それでもその場にいた者たちはそれを阻止するという行動を忘れていた。それほどまでにおぞましいものだったのだ。


 巨大な悪魔と化した≪ヴァーミリオン・ソリクト≫は唸り声のような駆動音を響かせながら、両の掌を合わせるような構えを取る。すると、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の掌の間に紫色の光球が発生する。


『危険です!』

「うっ……!」


 執事が叫んだと同時に美李奈は≪ユースティア≫を掴んだまま、≪アストレア≫を下降させた。その頭上では五機の≪エイレーン≫が上空へと退避していくのが見えた。

 ≪ヴァーミリオン・ソリクト≫は無造作に放り投げるような動作でその紫色の光球を放つ。放たれた光球はそれだけでも十分すぎる程の衝撃波を発生させながら、遥か彼方、湾岸部へと飛来してく。


 着弾したのは彼女らから数千キロと離れた海上である。何らかの手段でそれを確認できていれば、美李奈たちは『海が崩れていく』様を目撃しただろう。紫色のエネルギー弾は一瞬にして大海原に大穴を開け、海水がその穴へと流れていった。


「セバスチャン! エネルギーチャージ!」

『ハッ!』


 下降と同時に着陸を果たした≪アストレア≫は先ほどから返答のない麗美を気絶しているであろうと判断し、≪ユースティア≫を地面に寝かせながら、両手の斧を合体させ剣を形成する。

 黄金の刀身を出現させた≪アストレア≫は再び上昇し、全身のエネルギーを発露させる。


「狙うは頭部! 行けますわねセバスチャン!」

『出力安定! 美李奈様、奴の腕にはご注意を!』

「言われずとも!」


 アストライアーブレードを構えながら、≪アストレア≫が飛ぶ。

≪ヴァーミリオン・ソリクト≫は緩慢な動きではあったが、両腕を振り回し、≪アストレア≫を叩き落とそうとするも、そのような単調な動きでは≪アストレア≫を捉えることなどできない。

しかし、巨大すぎる腕はそれ自体が脅威であり、美李奈は≪アストレア≫のスラスターを目いっぱいに展開し、最大速度で駆け抜けなければならなかった。


『熱源反応! 対空砲火です!』


 執事が叫ぶと同時に≪アストレア≫のモニターに、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の拡大された腕部の映像が流れ込んでくる。そこには無数の≪ヴァーミリオン≫の腕のような砲台が出現し、それらが一斉に≪アストレア≫へとレーザーを照射した。


「そんなもので止められるとは思わないことですわ!」


 だが、その程度のレーザーでは≪アストレア≫を止めることは出来ない。堅牢な装甲を焦がすまでもなくレーザーは装甲に弾かれていく。

 ≪アストレア≫は両肩の矢じり型ビームを掃射して反撃を試みる。それらは次々に砲台を撃破していくが、本体にダメージを与えているようには見えなかった。

 しかし美李奈はそれには構わず、遂に≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の頭部へとたどり着く。その頭部は、そこにあるだけで≪アストレア≫と同等の大きさであり、無貌のはずなのに見つめられているような錯覚を覚えた。


「一刀両断!」


 美李奈は躊躇することなく、アストライアーブレードを振り下ろす。黄金の刀身が最大限にまで煌き、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の頭部へと叩き込まれる。

 激突と同時に凄まじい衝撃波が巻き起こる。無数のスパークが衝撃波に乗り周囲に拡散する。その一瞬の嵐が止むと同時に、≪アストレア≫はその場を離脱した。大体百メートル程後退を行った≪アストレア≫は小規模な爆発を起こした≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の頭部を凝視した。


 爆炎が消え去り、その姿を露わにした時、美李奈は唇を噛んだ。≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の頭部は確かにへしゃげており、ブレードによるダメージは確認されたが、緩慢な動きは続いており、撃破には至らなかったのだ。


「しかし、通じています。ならばもう一度!」


 空中でブレードを構え直す美李奈だが、それは新たな警報によって中断を余儀なくされる。

 金属を削り、えぐるような轟音と共に≪アストレア≫の背後から何かが急速に接近してくるのを感知した。


「……!」


 むろん、その程度の事ならば美李奈であれば避けるのはたやすい。機体を翻しながら、後退をかける≪アストレア≫のすぐ傍を、巨大な腕が通過していく。

 その腕は≪アストレア≫よりは一回り小さいが、腕でその大きさなのである。拳の部分が右に高速回転し、上腕部分は左に回転したそれはさながらドリルのように≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の頭部を抉り取るようにして命中する。


 ギィィィン! という金属の削れる鈍い音が響き、頭部を半分ほど削り取ったその腕は己の主のもとへと帰還していく。


「な、に……!」

『高熱源反応! これは……どこで……』


 絶句する二人の視線の先。雷鳴が轟く。暗雲が立ち込めた空に、その黒いマシーンはいた。

 雷鳴が響く度にそのシルエットが露わになり、黒いマシーンはその威光を見せつけるかの如く腕を組み、≪アストレア≫と≪ヴァーミリオン・ソリクト≫を見下ろしていた。

 そして最大の稲妻がその黒いマシーンそのものに直撃する。だが、それはダメージを与えるものではなく、マシーンはその稲妻を吸収するように低く唸り声のような駆動音をあげた。


 その姿は八十メートル程であり、全身は黒く、金色のラインが走っていた。王冠のようにも見える頭部にはすべてを見下ろす神の如き赤い眼が輝き、両腕、両足、両肩に至るまですべてに刺々しいエッジが施され、それはあたかも稲妻を纏っているかのようであった。

 何よりも特徴的なのは『J』の文字にも似たエンブレムを胸に抱いているということだろう。

その姿はまるで……


「黒い……アストレア……?」


 美李奈の呟きに応えるように、『黒いアストレア』が右腕を天にかざした。その瞬間、再び雷鳴が轟き、機体を照らす。

それはまるで世界の全てを支配する王の如き威光であった。


『ユピテルカイザー……』


 聞き覚えのある少年の声が『黒いアストレア』から響く。その声はまさしく龍常院昌の者であった。


『やぁ、真道さん。宣言通り、僕もこの場に立つことができたよ』


 昌は「ククッ」と小さく笑いながら、≪ユピテルカイザー≫を前進させた。


『このユピテルカイザーの力、とくとご覧に入れよう!』


 瞬間。≪ユピテルカイザー≫の全身から凄まじい放電が放たれる。それは同時に神の雄叫びとなり、その周囲を轟かせた。ビリビリと空気の振動する感覚を覚えながら、美李奈は唖然とその黒い神を見上げるしかなかった。

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