第65話 乙女の兆候

「セバスチャン! コースはそのまま! 最後はアストレアのブースターで加速します。いいこと?」


 巨大ロケットを使って、宇宙に上がることが出来た美李奈たちはすぐさまユノ部隊の動きを察知していた。

 部隊の背後にはいつぞやの巨大戦艦がワープアウトしており、奇襲を受けた形なのがわかった。

 その瞬間、美李奈は執事に「ぶつけます」と指示を送った。


『ハッ! タイミングを美李奈様に任せます。於呂ヶ崎様はいかがいたしましょうか?』


 長い付き合いの中で、まさに阿吽の呼吸とでもいうべきやり取りで、執事は主が行おうとしていることを理解した。その為の軌道修正や出力調整は既に算出し終わっていた。

 美李奈が行おうとしているのは自分たちを運んできたロケットブースターをそのまま質量ミサイルとして現れた敵艦にぶつけるというものだった。

 果たしてどれほどの効果があるのかはわからないが、どうせ使い切りのロケットなのである。であればら最後まで使い倒してやろうという貧乏性が美李奈にはあった。


「機体を叩いて起こします! 今はユースティアの出力も欲しい所!」


 などと色々な取り決めを行っていた美李奈と執事であるが、本来の所有者である麗美はこの状況でもまだ、目をまわして気絶していた。

 美李奈は言うや否や≪ユースティア≫の胸部コクピットへと≪アストレア≫の頭突きを行ったのだ。

 二体のマシーンは二機のロケットに直結され、向かい合わせの形でいた。

 だからこうする他なかったのだ。


『ふにゃっ!』


 ガコンと大きくコクピットが揺れたのだろう。接触回線からは、今さっき目覚めたばかりであろう麗美の寝ぼけた声が聞こえてきた。

 こんな時でも麗美は図太い神経を持っていると少し関心してやりたいところであったが、美李奈はあえて話を進めた。


「おはようございます麗美さん。宇宙へ出ましたが、問題が発生したの。だから、このロケットを使わせていただきますわ」

『へ? 宇宙? いつの間に!』


 未だに映像通信が展開されない為に音声だけしか聞こえないが、その向こうでドタバタとしたもの音が聞こえるあたり、麗美は興奮と驚きで転げ回ったかどうかであろうと美李奈は推測していた。


『というか、ロケットを使うって一体』

「ユノが襲われているので、ヴァーミリオンの戦艦にぶつけます。残った燃料に引火すればそれなりの爆発が起きるでしょう? ダメージは期待できないけど……」

『……』


 麗美は沈黙していた。

 美李奈は構わず作業を進めていたのだが、ややすると映像通信画面が開かれる。映っていたのはがくりと頭をたらした麗美の姿で、彼女は小さく肩を震わせていた。


『最高のシチュエーションじゃない! 第一、えらそうな事を言っておきながら勝手にピンチになっているユノとかいう連中にバチがあったのですわ! えぇ、ミーナさん。思い切り、徹底的にやってしまいなさい! 仕方なく、本当に仕方なくあのものたちを助けてあげましょうじゃありませんこと!』


 この作戦は色々と麗美の趣向にあったらしく、麗美はテンションを上げていた。

 これならば問題はないなと判断した美李奈は自分たちの離脱準備を図りながら、戦闘の光が走る宙域を睨んだ。


「あれが……敵の要塞……」


 画面を拡大せずともわかる。小島ぐらいの大きさはあろうかという要塞の輪郭がはっきりと見える。そして漆黒の宇宙を血に染めるようなおびただしい数の≪ヴァーミリオン≫の姿。


「……?」


 モニターを眺めていた美李奈はふと、視界の端に何か新しい画面が小さく表示されていることに気が付いた。何だと思い、そちらに視線を移せば、そこには意味の分からないプログラムが機動していた。


『――脅威レベルを測定中』


 こんなものは今まで見たことがなかった。まるで今さっき突然になって現れたように見える。


(脅威レベル? 今更ヴァーミリオンの脅威など測って、何をしようと……)


 そこまで考えて、美李奈はかぶりを振った。

 今はそれよりも戦場への急行が先決である。次第に戦闘の光は激しさを増していた。白亜の宮殿のような戦艦ユノの後部、そしてそれをつけ狙う≪ヴァーミリオン・ソリクト≫が間近に見える。


「麗美さん、タイミングを合わせて!」

『承知!』


 美李奈は狙いを定めた。ただ単にぶつけるだけでは意味がない。どうせなら、効果があるようにぶつけたかった。


『――脅威レベル測定中』

 

 だというのに、その表示が視界から離れなかった。

 美李奈はどうしてもそれが気になっていた。


(一体何だというのです! アストレア、お前はまだ私に全てをさらけ出していないとでもいうのですか!)


 そんな吐露を諸共込めながら、美李奈はドッキングしていた二基のロケットブースターを切り離し、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫のエンジン部分めがけて射出した。狙いは正確で、そのままロケットブースターは、ミサイルのように直進していく。

 もちろん、接近に気が付いた≪ヴァーミリオン≫からの迎撃運動があったが、直線加速に乗ったそれを易々と防ぐことはできなかった。

 ロケットブースターはそのまま吸い込まれるように≪ヴァーミリオン・ソリクト≫のエンジンへと直撃し、残っていた燃料ごと大きな爆発を起こして火球を作り上げた。


『大当たりぃ!』


 のんきな麗美の声が通信を通して聞こえる。

 ≪ヴァーミリオン≫たちの動きにも混乱が生じているのが見てわかる。戦艦ユノを包囲しようと展開していた無数の赤い機体の動きが明らかに鈍ったのである。

 そして≪ヴァーミリオン・ソリクト≫は半ば本能的に艦体を回頭させようとしていたが、それが愚かな行為であるのは明白であった。


『その援護に感謝!』


 割り込みの通信をかけてきたのは≪マーウォルス≫を駆る蒼雲であった。

 昌の指示の下、戦艦ユノの護衛と敵戦艦の撃滅を任務としていた蒼雲は美李奈たちが作りだした隙を逃すことなく、二振りの剣を構えて接近を仕掛けていた。


「悪いですけど、これは私たちの獲物ですことよ」

『横取り厳禁ですわ!』


 が、二人もまた手柄を与えてやるつもりはなかった。

 もうもうと煙を吐き出す≪ヴァーミリオン・ソリクト≫のエンジン部分は明らかに脆くなっている。この敵戦艦の装甲は強固で、簡単に貫けないことを知っていた美李奈ではあるが、この時は出来るという確信があった。


「エンブレムズフラッシュを発射したのち、麗美さんがトルネード! コンビネーション、行けますわね!」

『当然でしょ!』


 美李奈は既にロックオンを完了しており、そして執事もまた既に出力調整を終えていた。


『美李奈様! いつでも撃てます!』

「よろしい……エンブレムズフラッシュ!」


 美李奈の勇ましい掛け声とともに≪アストレア≫の胸部から黄金の輝きが放たれる。その光の柱は防御に着こうとしていたその他の≪ヴァーミリオン≫たちを巻き込みながら、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫のエンジン部分を直撃する。


「出力、上げなさい!」

『了解!』


 ≪アストレア≫の放つ輝きは更に増して、宇宙空間に振動を与えようとしていた。


『お見事ですわね、ミーナさん! ならば、私も!』


 そしてエンブレムズフラッシュの傍を真紅の≪ユースティア≫が駆ける。ウィングバインダーを最大で展開させながら、両腕のブレードを展開した≪ユースティア≫は一気に機体を回転させる。

 真紅の竜巻と化した≪ユースティア≫はそのままエンブレムズフラッシュが焼く敵戦艦のエンジン部分めがけて突撃を図った。


『ビーム掃射! もっていきなさぁい!』


 ダメ押しのウィングビーム掃射。ついに≪ユースティア≫が≪ヴァーミリオン・ソリクト≫へと突撃する。

 掘削機で外壁を掘り削るかの如き音が≪ユースティア≫のコクピットへと伝わる。ゴリゴリと荒い削り方をしていきながら、≪ユースティア≫は突き進んでいく。

 そして……


『これでフィナーレでございますわ!』


 ブリッジに相当する鳥の骨のような艦首を内側から突き破った≪ユースティア≫はバレエダンスのフィニッシュを決めるように優雅なポーズを取った。

 そしてそれは接近を仕掛けていた≪マーウォルス≫の間近であった。


『おぉ!?』


 蒼雲が驚きの声を上げた。


『ちょっと、おどきなさい!』


 邪魔だというように掌を振る≪ユースティア≫。コクピットでは麗美が全く同じことをしていた。


「全く麗美さんは……」


 内部から崩壊していく≪ヴァーミリオン・ソリクト≫を眺めながら、美李奈は確かな手ごたえを感じていた。

 やれる。自分たちが手を組めば恐れることはない。どんな敵にだって立ち向かえる。

 そして爆光へと変化していく≪ヴァーミリオン・ソリクト≫を背中に構えながら、≪アストレア≫と≪ユースティア≫が並び立つ。

 その偉容に蒼雲も、破壊を好むはずの≪ヴァーミリオン≫たちも圧倒されたかのように二体のマシーンに釘付けになった。


「さぁ、決戦の時ですわ!」


 美李奈は≪アストレア≫にアストライアーブレードを構えさせた。

 そして、高々に宣言した。


「これより乙女が通る!」

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