第66話 乙女と令息

 美李奈の高らかな宣言を耳にしたのは有人機であるマシーンだけだ。その勇ましく、凛とした声音ですら宇宙に肉声を響かせることはできない。

 そのはずなのに、≪ヴァーミリオン≫はたじろいでいた。それは単純な話、自分たちの母艦を一隻沈められているからの混乱であるのだが、ユノのメンバーたちからすればまるで美李奈と≪アストレア≫に恐れを抱いているように見えた。


「気に入らないなぁ」


 周囲で棒立ちになっている≪ヴァーミリオン≫を狙撃しながら、村瀬真尋は≪アストレア≫と≪ユースティア≫を睨んだ。特に同じ青系統の外装を持つ≪アストレア≫は気に入らないものだったし、自分に泥を塗った≪ユースティア≫は憎しみに近い感情を抱かせた。


「あとからのこのことやってきてさ!」


 そんないらだちをぶつけるように真尋は自身の≪ウェヌス≫の全レーザー、ビーム砲塔を稼働させ、一斉に掃射した。爆炎が煌き、暗い宇宙を照らすが、その爆光すら、自分ではなく、後から来た旧式のマシーンを美しく彩る舞台照明のように見えた。


「蒼雲! なにしてんのさ、邪魔な連中は排除しろって言われてるだろ!」


 ≪アストレア≫と≪ユースティア≫、そしてそれを操る二人の少女はユノにおいては『不法兵器所持者』という名目で撃退命令が出ている。それは今も有効であった。

 真尋はそれを叫んでいるのだ。


『う、む! しかし、こ奴ら、美少女防衛隊だとか……』

「何わけのわかんないことを!」


 蒼雲は猪突猛進の単細胞だが変な所では真面目であった。


「そんなふざけた組織が本当に認可されてると思って!」


 『美少女防衛隊ヴァルゴ』。どう考えたってふざけた名称である。自分たちの組織、ユノは神々の母の名を冠し、正当なる手続きと使命を持って活動しているというのに、このヴァルゴとかいう組織はどうだ。名前からもセンスが感じられないし、どうみたって金持ちの道楽でしかない。

 真尋にはそれが気に入らないのだ。


『お黙り!』


 その真尋の心情でも見透かしているかのように、麗美の鋭く甲高い声が割り込みをかけてくる。耳に響く声だ。


『文句があるなら真正面から言いに来なさい! この於呂ヶ崎麗美、逃げも隠れもしませんわ!』


 何の意味があるのか、びしっと≪ユースティア≫が≪ウェヌス≫に向かって指さす。≪ユースティア≫のコクピットでは麗美が全く同じポーズを取っていることを真尋は知る由もないが、そう思えるだけに妙に生々しい動きがそこにはあった。


「言わせておけば……!」


 カッとなった真尋は稼働する兵装を≪ユースティア≫に向ける。


『真尋、何をしている。お前の任務は戦艦ユノの援護だ。無駄にエネルギーを消費させるな』


 それに待ったをかけたのはユノの主、龍常院昌であった。

 今なお最前線で戦闘を続ける中、どうしてこちらの状況を把握できたのかはわからないが、酷く冷たい声音を持った昌の言葉に真尋はぴたりと動きを止めた。


『連中のことは放っておけ。どちらにしろ、敵の数が多い。利用ぐらいはしてやるさ』

「けど、あいつらは!」

『命令だ。また掃き溜めに戻りたいか』

「それは……!」

『ならば言う通りにしろ。お前の才能は買っている』


 昌はそれだけを言うと一方的に通信を切った。もうこちらからの通信は届かないだろう。むこうがこちらに意識を向けるまでは。


「あぁっ!」


 モニターを砕く勢いで叩きつけても、強化ガラスでできたそれはひび割れることはなかった。


 ***


 戦艦ユノを奇襲した≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の撃破は昌も確認していた。

 初めは≪マーウォルス≫がやってくれたものだと感心したが、直後に飛び込んできた名乗りによって、それは全くの見当外れだということを思い知らされた。


「あいつら、どうやって……」


 昌はあの二体のマシーンのスペックを理解しているつもりだった。自身の≪ユピテルカイザー≫であればまだしも、あの二体に単独で地球を脱出する程の出力はなかったはずである。

 しかも、連中は今、ユノ本部である小島にいたはずだ。それがなぜ短時間で……そこに至り、昌は麗美の甲高い声を思い出した。


「また於呂ヶ崎か!」


 思えばすべての計画、予定が前倒しになったのはこの家のせいだ。

 於呂ヶ崎家が損傷した≪アストレア≫を修復していなければ、≪ユースティア≫を開発していなければ。今回のことだって恐らくはそうだ。連中が何かをしたに違いない。バカげた財力をこうも簡単に振舞い、行動を実行する。

 水面下での交渉、長期にわたる戦略展開、そんな常識とも呼べる手法を全て無視してたかが財力と権力だけで押し通ってくる。


「一体何なんだ、あいつらは」


 そんな真似、恐ろしくてできるわけがない。所詮、金と権力があるだけだ。それは自分たち、龍常院であっても同じだ。多くの組織に影響力を持っていても、それを使うタイミングを模索して、慎重にならねばならない。

 それは祖父である銀郎であってもそうだ。祖父は慎重すぎた男だが、少なくともそれらの判断が間違っていたことはない。故に龍常院は盛り上がった。


「だが、地球防衛という責務を果たすのは我々だ」


 その為だけに自分は育てられてきた。あらゆる教育を施されてきた。それに応えるだけの結果を残してきた。

 それをのうのうとしていた連中にとられるのだけは御免である。

 昌はレバーを握りしめ、前方に展開する敵艦隊を見据えた。艦隊は、一体どこにそんな積載量があるのか、続々と≪ヴァーミリオン≫を吐き出している。まるで巣穴から出てくる軍隊アリのようだ。


「朱璃、艦隊を突破する。蓮司さん、露払いを頼みますよ。婚約者を、危険にさらしたくはないでしょう?」

『了解している……』


 蓮司も蓮司で動揺していた。

 彼としてもまさかという事態なのだろう。


「どちらにしろ、こちらでケリをつければいいだけのことだ……!」


 昌は≪ユピテルカイザー≫にディエスブレードを構えさせた。双刃の剣が雷光を帯びる。同時に≪ユピテルカイザー≫のエンジンが唸りを上げた。バチバチと全身に帯電するエネルギーの奔流が次々とディエスブレードに集中していく。

 その間にも自分たちめがけて≪ヴァーミリオン≫の編隊が接近してくるが、それらは全て蓮司の≪ミネルヴァ≫によって撃ち落とされていった。

 ≪ミネルヴァ≫は姿形こそ、≪ユースティア≫そっくりだが内部はまるっきり違う。デザインそのものは単なる当てつけだが、その性能はユノの保有するマシーンたちと同等であり、少なくとも基本スペックは≪アストレア≫、≪ユースティア≫を凌駕している。

 それを扱うだけの才能が彼にはある。

 やはり自分の観察眼は間違っていなかったなと昌は納得した。

 そして、ディエスブレードの雷光の煌きが黄金色に変わった瞬間、昌は機体を加速させた。オーラを纏ったかのように見える≪ユピテルカイザー≫は果敢に突撃してくる無数の≪ヴァーミリオン≫の攻撃も寄せ付けず、触れるもの全てを破壊しながら、艦隊へと接近する。


『艦砲射撃、きます!』


 状況をモニターしていた朱璃が悲鳴にも似た声を張り上げる。

 五隻の敵戦艦から一斉に、こちらにめがけて主砲が放たれていた。だが、昌は避けない。そのままディエスブレードを振るい、なんなく戦艦のビームを弾くと、目についた目の前の一隻、その首めがけて剣を振るった。

 その一瞬で数十キロメートルまで伸びた雷の刃はいともたやすく≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の首を切り落とした。


「ふっ!」


 返す刀で、昌は縦薙ぎにした剣を構え直し、今度は横に払う。すぐ右に隣接していたもう一隻が横一文字に切り裂かれていった。

 だが、その余韻に浸る間もなく、彼の背後で新たな爆光が走った。


「……!」


 何事だと思い振り返ってみると、三隻目の敵戦艦がカタパルトでもあった口から紫電を走らせ、ボコボコと内部から誘爆していく様子が見えた。


『あら、こうすれば簡単でしたのね』


 なんてことはない、という涼し気な答えが返ってきた。


『一寸法師というものかしら。侮れないものね』


 敵戦艦の内側から突き破るように現れたのは≪アストレア≫だ。

 軽やかな飛翔を見せつけながら、なおも崩壊を続ける敵戦艦にとどめの一撃としてエンブレムズフラッシュをぶつける≪アストレア≫。一歩遅れて、敵戦艦の内部からは慌ただしい様子で≪ユースティア≫が出現する。


『ちょっと! 私諸共撃つつもりだったでしょう!』

『あなたが、延々と中で暴れているからでしょうに……それよりもさっさと片付けますわよ』

『ちょっと待ちなさい! 答えになってませんわー!』


 見せつけているわけではないのだろう。


「何なんだ、お前たちは」

『あら? わかりませんか?』


 昌のうめき声に美李奈が通信越しに反応を返した。


『見てのとおりの者よ』


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