第55話 乙女の名案

 龍常院昌はふてくされている。理由は色々とあるが、第一としては祖父の秘密主義が少し酷くなったという所だ。祖父、龍常院銀郎はもとより秘密の多い老人だった。孫である昌ですら、祖父の若い頃の話は側近からすらも聞いたことがないし、亡き両親からもついぞ聞くこともなかった。

 祖父本人もそれを話してくれる機会もなく、幼い頃に一度せがんだこともあるが『無駄な時間を使わせるな』とけんもほろろにといった具合だった。


 昌自身、ある程度わきまえることを覚えていくと、祖父のその気難しい部分になるべく触れないようなった。とはいえ、ここ最近は異常だ。

 『城』についても、そもそも敵である≪ヴァーミリオン≫についても。祖父は一向に話すことはしない。≪ヴァーミリオン≫に関して言えば『敵』である事実がわかればいいとはいえ、『城』についてはそうもいかない。

 祖父はあの『城』を『神の城』と称した。なる程、確かに神々しいまでの巨体であるし、古い西洋風の城を模したデザインは中々に奇抜だ。しかもそれは戦艦だというのだ。


 が、昌は祖父があんな戦艦を作っているなどという話は聞いた事がないし、そんな暇もなかったはずだ。そもそも≪ユピテルカイザー≫を含めたマシーンの開発に龍常院の力は向けられており、決して安くない出費がかさばっている。

 一部経営を担う昌とて金の流動的な動きは常にチェックしている。そこからですら戦艦を建造するような資金の動きはなかった。


「お爺様は何を隠していると思う?」

「え?」


 不意に話を向けられた朱璃は紅茶のカップを口につけ損ねてしまった。

 ふわりと紅茶の香りが立つ。朱璃はゆっくりとカップを置いた。


「さて……私には到底……」

「僕もだよ」


 昌は別に朱璃から明確な答えを聞くつもりはなかった。ただなんとなく聞いて見ただけだ。

 しかし、朱璃はそれがまずいとでも思ったのか、少し考える姿を見せた。こういう時、この少女は真面目だ。そこが可愛らしい所でもあるのだが、と昌は考えていたが、すぐに思考は祖父の事に移っていた。


「あの巨大戦艦であれヴァーミリオンであれ、お爺様は僕たちの知らない何かを知っている。そもそも準備が良すぎると思わないかい?」

「準備、ですか?」

「そう。ヴァ-ミリオンの襲来は予想されていた……それはお爺様も何度も説明しているが、それにしたってこの戦力だ。エイレーンにしたってあれはもともと時期主力戦闘機として売りつけるはずのものを急遽ヴァーミリオン用に改装したんだ。その指示を出したのは紛れもなく祖父だし、マーウォルスをはじめとして、ウェヌス、ミネルヴァ、そして僕たちのユピテルカイザー……その開発を指示したのはお爺様だ」


 元々先見の明がある人だったのは間違いない。そうでなければ龍常院を世界有数のグループに押し上げるようなこともできないだろうし、対≪ヴァーミリオン≫において、ここまで準備を整えることだってできやしない。

 そもそも、この人工島だってそうだ。何年も前に開発した移動要塞。開発当初の頃は「何を道楽なことを」と内心思っていたこともある。

 しかし、月日がたてばそれが対≪ヴァーミリオン≫用の基地となっていたのだから、驚きだ。


「結局の所、お爺様は誰も信用してないのさ」


 祖父はそれら全てに対して「なぜ」という部分を説明するのに何年もかかった。それこそ≪ヴァーミリオン≫が出現してからだ。


「しかし……昌様にグループを任せ、そして今、ユノを任せているのですし……」

「だったら、そろそろ真実の一つでも話してくれればいいのだがね」

「銀郎様にも何かお考えがあるのでは……」


 朱璃は昌の表情が乏しくなっていくのを理解して、なだめるように言った。

 昌は「フッ」と小さく笑って、「心配はいらないよ」と朱璃の髪を撫でた。


「気にはなるが、じきヴァーミリオン掃討作戦が開始される。それが終わり次第、お爺様に問い詰めてみるさ。それに、そろそろ面倒ごとも片付けないといけないしね」


 ウィンクしながら昌は笑った。


***


「天才すぎて涙が出てきますわ」

「はぁ……?」


 その日の夕暮れ。綾子はなぜだか於呂ヶ崎麗美の家に招かれて夕食を共にしていた。

 ことの発端は学校の終わり、さっさと帰ろうとしてたところに取り巻きと使用人軍団を連れた麗美が目の前に立ちはだかったことだった。


 綾子は「どうも」と会釈だけしてその横を通り過ぎようと思ったのだが、あれよあれよと、気が付けば高級リムジンに乗せられ、半ば強制的に於呂ヶ崎の屋敷に連れられていた。

 何気に綾子はこの娘の家に来るのは初めてだった。そして圧倒された。もはや家というより、ちょっとしたテーマパークとでもいうべき広さを誇る於呂ヶ崎屋敷は、成金で建てられた自分の家などとはくらべものにならない。


 そして、殆ど説明の間もなく、食堂に案内されて、それなりに高級料理を口にしてきたはずの綾子ですら見たことのない、何とも名前はわからないがとにかく豪華な料理がずらりと並べられ、向かいの五メートル先に麗美がちょこんと座っていた。


「私、ヴァーミリオンと戦い始めて常々考えていましたの」

「何をです?」


 綾子は取り敢えず肉料理から頬張った。ものすごく柔らかい。


「巷ではユノとかいう胡散臭い組織が幅を利かせてますが、そもそもヴァーミリオンとの戦いを始めたのは私と美李奈さんです」

「どっちかといえば美李奈さんが始めたんですけどね」


 次はエビだった。

 綾子はそういえばと美李奈と初めて出会った日のことを思いだしていた。あの時の彼女は庭園で内職をしている一風変わった女の子だったなぁと。初対面なのに仕事を手伝わされ、家に案内され、そして……ロボットに乗って戦う美李奈を見た。

 今に思えばそれがすべての始まりだったと思う。


「麗美さんはあとから乱入してきた……」

「お黙り!」


 綾子の突込みに麗美はぴしゃりと言い放つ。


「とにかく、私は自分の天才すぎる発想に喝采を送りたいのです」

「だから、なにを?」

「察しが悪いですわねぇ……」


 わかるわけがないだろ、とはあえて言葉には出さないでいた。綾子としては麗美が何を言おうが特別驚きはしないつもりでいた。この子なら、何をやったとしても「まぁ於呂ヶ崎さんだし」で済むからだ。


「あなたの家、我が於呂ヶ崎の、いえ……この場合はユースティアとアストレアのスポンサーになったじゃない?」

「あぁ……そういえばお父さんがそんなこと言ってたなぁ……」

「まぁ正直な所を申すと、ぶっちゃけはした金……とはいえ資金提供であることに違いはありません。あなたのお父上は見る目がありますわ。龍常院ではなく、我が於呂ヶ崎に組するというのですから。それにあなたのお父上の動きは他にも目を見張る所があります。嫌味なく、私たちの宣伝もしてくれているようですし、於呂ヶ崎グループへの対ヴァーミリオンの名目の資金提供は少しづつですが増えていますの」


 それは驚きだった。成金の冴えない父は、どういうわけか運が良く、ここの所業績がずっと上がりっぱなしで、また新しい商売に手を出していた。そろそろ株でも一儲けしてやろうなどとも息巻いており、何も知らない癖に適当な企業の株を買ってしまっている。

 そんな運の良さだけの父がまた変な才覚を発揮したらしいのだ。


「ただその過程で少し厄介なことも起きているのです」

「というと?」


 綾子はスープに口をつけていた。


「端的に申し上げますと龍常院勢力と我が於呂ヶ崎勢力とのぶつかり合いが始まったのです」

「……?」


 スープを飲み干した綾子ははてなと浮かべる。


「お金の戦争ですわ。一部では政治家たちも総動員させてあれこれと動いているみたいです」

「ごめんなさい、ちょっとよくわからないんですけど……それと麗美さんの天才がどう結びつくんですか?」

「大企業、大財閥などと言っても何でもできるわけじゃないのです。私たちの今の地位は積み重ねてきた多くの台によってできていますわ。地盤といってもいいですけど、その地盤を崩そうとするものたちはその権力の大きさに比例して増えていきます。まぁ、私たち於呂ヶ崎の台頭を面白くないと感じるものがいるということです」


 麗美は淡々と説明している。さっきから食事は一切手を付けていない。それに気が付いた綾子も自然と食事の手を止めてしまった。


「悔しい話ですが、私たちは非合法組織というものに位置づけられます。世界を守る秘密の組織……というのもかっこいいは思うのですが、つつかれれば痛いのです。対してユノは、結果はどうあれ合法組織……姑息な宣伝でまるで自分たちが世界の守護者になったつもりですが、あの人たちはただ力を持ち、暴れているだけにすぎませんわ」


 それは綾子も感じていることだ。確かに彼らは≪ヴァーミリオン≫と戦っている。だが、そこに人を守ろうという意志が感じられない。手にした大きな玩具で遊んでいる……そんな具合だ。

 綾子がそう感じるのは身近で己の身を盾に人々を守る少女の存在があるからだ。彼女の存在を知っているからこそ、『ユノ』という組織のどこか不誠実な対応には憤りも感じるのだ。


「ですが、人とは面白いもので、その成果はどうあれ合法か否かにこだわります。言い訳が利きますもの。何をしたところで世間が許した行為であると。それに比べ法や権力の後ろ盾がないものの行いは例え正しくても首を縦に振らない……いえ、それどころか叩きのめそうとする」


 麗美は饒舌だった。それになんとなくだが、綾子はこんな麗美を見るのは新鮮だった。いつもの彼女はどうでもいいことで騒ぎ、お嬢様気質の塊で我儘言いたい放題なのに。


「ですので、私は真正面から受けてたとうと思ったのです」

「真正面?」

「えぇ、相手が上の立場にいるのであれば、私たちも同じ土俵に立ってやるのですわ」


 ここにきて麗美は初めてにんまりと笑った。


「各スポンサーをまとめ上げ、私は作りますわよ。絢爛豪華な地球防衛組織を!」

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