第75話 乙女は無敵
合体の完了した≪アストレア・テリオス≫のコクピットは合体前と特に変わりはなかった。違うとすれば、装甲のいくつかを隔てた向う側に麗美がいるということか。
『納得いきませんわ! 納得いきませんわ!』
『まぁまぁ』
≪ユースティア≫が『パーツ』扱いにされたことにご立腹の麗美は合体が終わってからというものずっとこの調子だ。執事が何とかなだめようとしているが、麗美は頑なだった。
美李奈は美李奈で機体の調子を確かめるようにアームレバーを押したり引いたりしながら、≪ヴァーミリオン・リブラ≫へと視線を向ける。
≪ヴァーミリオン・リブラ≫は≪ユピテルカイザー≫とつばぜり合いを続けており、再び一進一退の攻防を繰り広げていた。どうやら両者の性能は互角なようだ。
「さて……まずは……」
美李奈は一気にアームレバーを押し込み、フットペダルを踏みこむ。
ドウッ! という加速がかかり、≪アストレア・テリオス≫の巨体を加速させた。≪ユースティア≫のウィングスラスターと二つのマシーンの動力を直結した出力は凄まじい。
ほぼ一瞬で、睨みあう≪ヴァーミリオン・リブラ≫と≪ユピテルカイザー≫へと肉薄した美李奈はすかさず、右の拳を突き立てた。
「超! 振動剣!」
≪アストレア・テリオス≫の右腕、その甲から黄金の刀身がすらりと伸びる。そして、その刃は微細に振動を始め、甲高い音を無音の宇宙に響かせていた。
「返してもらいますわ!」
≪アストレア・テリオス≫の全長は合体前の≪アストレア≫とそう変わらず、精々十メートルを足した五十メートル程度なのだが、速度もパワーも格段に上昇していた。
それはつまり、≪ヴァーミリオン・リブラ≫の装甲を切り裂くということである。
≪アストレア・テリオス≫は展開した右腕の剣を振るい、≪ヴァーミリオン・リブラ≫を右肩から袈裟に抉る。
内容物をまき散らしながら、引き裂かれる真っ赤な装甲は生物のように脈動し、血液のような液体を飛び散らせていた。それらが≪アストレア・テリオス≫の装甲を汚していくが、美李奈は構わずその傷口に機体の腕を伸ばして行く。
『何をしている!』
懐に入りこまれ、奇怪な行動を始めた新たなマシーンに対して昌は当惑していたが、美李奈たちの行動のおかげで≪ヴァーミリオン・リブラ≫の態勢が崩れ、押し込むチャンスであると即座に判断していた。
ディエスブレードをグリップが中央で分離、二振りの剣となったそれを一閃。≪ヴァーミリオン・リブラ≫の上二つの腕を瞬断する。
その合間にも美李奈はずぶずぶと≪ヴァーミリオン・リブラ≫の体内の腕を潜り込ませていた。
そして、カツンと何かがぶつかる感触を得た、その瞬間。美李奈は一気に腕を引き寄せた。
『こ、これは……!』
『まさか!』
≪ヴァーミリオン・リブラ≫の体内から抉りだされたそれを見て、執事と麗美が驚愕の声を上げる。
『なぜそんなものが!』
同じ光景を目の当たりにしていた昌もまた、同じ感想を抱いていた。
「決まっていますわ……私の父はここに眠っていた……」
ただ一人、美李奈だけは無表情のまま、引きずりだされたそれを見つめていた。
すかさず左腕を潜り込ませる。ほどなくしてそれにも新たな感触があった。当然、美李奈はそれも引き抜く。
新たなに抉り出された存在を見た他の者たちは遂には絶句した。
「やはり……母もここに……!」
≪アストレア・テリオス≫は、その二つの内容物……マシーンを両腕に掴んだままわずかに後退をかけた。
その両腕に抱かれているのは、灰色の装甲を持った≪アストレア≫と≪ユースティア≫の姿であった。その二体は色だけではなく、細かな装飾も既存のそれとは違い、至ってシンプルなものであった。躯体は朽ち果て、穿たれたような傷も至る所に存在し、内部骨格を形成するフレームがむき出しの二体は既に息絶えているのがわかる。
「プロトタイプアストレア、そしてユースティア……これがお父様とお母様の真実……そして祖父が胸の内に秘め、原動力としていた悲劇……」
≪アストレア・テリオス≫はその二つの残骸を抱き寄せるようにした。
『ミーナさん……』
麗美はモニターの向うに映る美李奈が初めて涙を流しているのを目の当たりにした。
それは当然のことだ。死した両親との再会なのだ。それはどれほど辛い真実であっても、親の愛情を受けることのできなかった美李奈にとってはどんな形であれ、求め続けた答えなのだから。
『ミーナさん! 泣いてる場合じゃありませんわよ! 正直事情は全く分かりませんが、やはりヴァーミリオンはこの宇宙から駆逐するべき存在だということはわかりましたわ! 人の亡きがらをこうまで無体に扱うなど、この於呂ヶ崎麗美が許しませんことよ!』
麗美の気迫に応じるように≪アストレア・テリオス≫のウィングスラスター、そこに装備されたビームキャノンが展開される。麗美は躊躇わずにトリガーを引いた。次々と発射されるビームは≪ユースティア≫の時とはくらべものにならない破壊力を持って≪ヴァーミリオン・リブラ≫へと降り注ぐ。ビームは赤い装甲を貫くばかりか、残った斧すらも粉砕して見せた。
『私も同じ考えでございます。旦那様と奥様の無念はこの真道家の執事である私の無念もあり、怒りでもありますから!』
執事もまた怒りを露わにしていた。
慣れた手つきで素早く出力調整を行い、全エネルギーを胸部へと集中させる。シンボルであるAマークに黄金の輝きが灯り、それに呼応するように胸に装備された鎧もまた輝く。
『エンブレムズブラスター!』
執事の叫びと共に放たれた眩い閃光は見事に≪ヴァーミリオン・リブラ≫の下半身を、一切の欠片も消失させる。
『ミーナさん!』
『美李奈様!』
二人の声は十分、美李奈に届いていた。
既に彼女の瞳には涙などなかった。いつもの不敵な笑みを浮かべ、そして倒すべき敵を見据えている。
それでも、美李奈は最後に亡き両親が駆ったいたマシーンの残骸へと視線を落とした。一体、どれほど絶望的な戦いだったのか。一体、何が起きたのか。それはわからない。だが、確実なのは自分の両親は、誇れる存在であるということだ。命を駆け、自分を守り、そして世界を守ろうと戦った勇敢な両親であると。
「ならば、私はその血と誇りを受け継いだ者」
アームレバーを握る手が強くなる。
≪アストレア・テリオス≫もまた、最大出力を放出していた。各部からあふれる黄金のオーラは神々しいまでに機体を包み込む。
「悪魔よ、この静寂の宇宙に還るがいい。正義の女神の名の下に、裁きの剣よ!」
≪アストレア・テリオス≫は高々と右腕を掲げる。黄金の光がその掌に集まると同時に両肩の斧が射出され、合体、アストライアーブレードへと変形する。
右手に収まったブレードは、さらに変化を始めた。鍔となる両の刃は秤のように変化して行き、刀身はさらなるきらめきを放つ。
「グレート・アストライアーブレード!」
美李奈の言葉に呼応するように輝きはさらに増して行く。
「一刀両断!」
振り下ろされる裁きの剣。その黄金の刀身は十数キロまで伸び、≪ヴァーミリオン・リブラ≫の上半身をまっぷつたつに切り裂いてゆく。切り裂かれた≪ヴァーミリオン・リブラ≫は眩い光の中に吸い込まれるように、全身を崩壊させていった。
そして光はその小さな欠片すらをも飲み込み、消滅させてゆく。
「……」
目の前の敵は消滅した。
が、美李奈は油断をしない。臨戦態勢のまま、彼女は後ろを振り返る。
視界の先に映るのは巨大な敵の要塞だ。その要塞の内側から無数の黒い点がぽつ、ぽつ、と浮き出てくるのがわかる。
その黒い点は次第に数を増していくのが分かった。
『レーダーに感。数は数えますか?』
ふぅと溜息をつきながら、執事が問う。
『必要ないでしょう? 見りゃわかりますわ』
同じくげんなりとした様子で、麗美が答える。
『チッ……手間をかけるからこうなる』
舌打ち交じりに、昌が言った。
「でしたら、さっさと要塞攻略に向かえばよろしかったのに」
美李奈は美李奈で、肩をすくめて応じた。
彼女たちの目の前には、観測された当初と全く同じような規模で≪ヴァーミリオン≫が出現していた。第二派というべきか、それともそれが本隊なのか、それは定かではないが、どちらにしろ面倒臭いものであることは確かだった。
「一点突破、敵要塞に殴り込みをかけて中枢を叩きます。セバスチャン。一番熱量の高い部分はどこかしら?」
『ハッ、既に算出しております。皆様の方へデータを送ります』
「流石ね」
『いえ』
瞬く間に解析データが表示される。セオリー通りとでもいうべきか、要塞の中央が赤々と点滅している。それが要塞の動力ないしメインの機関であるのは明白だ。この要塞を徹底的に破壊し尽せば、この宙域に存在する≪ヴァーミリオン≫の活動が停滞するかどうかはわからない。そんな保証もない。
しかし、あんなものを放置しておく理由もなかった。
美李奈はモニターに映り込むメンバーを見渡す。気おくれしているものはいないはずだ。
「……そういえば、今日は何日でしたっけ?」
『は? そうですね……美李奈様一大事でございます』
「なにか」
『トイレットペーパー及び飲料水のセールの時間が迫っています。あと三時間後でございます!』
「なん……ですって……?」
その瞬間、美李奈は弾けるようにして機体を加速させた。
『ちょ、ちょっと! いきなりなんですの!』
いきなりの加速に麗美は思わずモニターに頭をぶつけそうになった。
「時間がありませんの! 速攻で片を付けますわ!」
『世界の平和よりもタイムセールとでも言いたいのか、お前は』
あとをついて来る昌はもうどうでもいいという具合に頭を抱えていた。
美李奈と麗美のマイペースさに一々腹を立てていてはこちらが持たないと理解したのだ。
≪アストレア・テリオス≫と≪ユピテルカイザー≫の突貫は猛烈な勢いをもって要塞へと接近していった。
それを阻止するべく無数の≪ヴァーミリオン≫が一斉に攻撃を仕掛けてくるが、それらの津波のような波状攻撃をもってしても二体のマシーンを止めることはできなかった。
「鬱陶しい!」
進行方向を邪魔する≪巨大ヴァーミリオン≫が三体。合体前であれば躊躇する所だが、合体した≪アストレア・テリオス≫であれば恐れることはない。両肩のスパークスライサーの強化版、スパークスラッシャーが放たれる。
矢じり型の光線は、出力上昇と共に巨大な刃となって放たれる。一撃、一撃がいともたやすく≪巨大ヴァーミリオン≫の触手を切り裂き、機体を切断していった。
その穴を埋めるべく無数の通常型と高機動型が迫ってくるが、それに対してはノーブルミサイルの掃射で対応する。
あとに続いていた≪ユピテルカイザー≫も横に並び、己の武器を掃射していった。
『前方、敵戦艦三隻確認。主砲チャージ中です』
「ならばその前に退場願いますわ。生徒会長さん、合わせられます?」
『指図するな。貴様が合わせろ』
「やはり口の利き方を正す必要があるようですわね」
言い合いをしながらも二体のマシーンはそれぞれの剣を構える。
グレートアストライアーブレードは黄金色に、ディエスブレードは黒色と雷を纏う。それぞれの剣のエネルギーが同時に最高潮に達した。
特にタイミングを合わせたわけでもなく、二つの剣が振り下ろされる。刀身はぐんぐんと伸び、十キロ、二十キロと伸びて行き、前方三隻の戦艦だけではなく、その周囲の群がる残りの敵すらも巻き込んでいく。
その勢いはそれだけに留まらず、要塞の表面すらも切り裂いた。
「都合よく入り口もできましたわね。さぁ……おどきなさい! ここは、乙女の華道なるぞ!」
***
地球。
まだ真昼の明るい空の上で。二つ目の太陽が生まれたのではないかと思う程の閃光が走った。
それをながめていた綾子は戦いが集結したのだということを確信したが、それと同時に於呂ヶ崎宇宙センターで確認されていたマシーンたちの反応が途絶えてしまったことに不安が隠せないでいた。
それは爆発の影響によう磁場の乱れであると説明されたが、理屈はわかってもどうしようもなかった。
美李奈たちが負けるはずがない。それは絶対に信じていることだが、遥か遠い宇宙での戦いを見ることが叶わない綾子にしてみれば、実際にあの子たちが帰ってくるのを見なければ安心はできない。
だから、綾子はずっと空を見上げていた。
あの子たちが帰ってくるまで、綾子は空を見続けていようと思った。
そして……綾子は……
「ごきげんよう!」
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