第24話 乙女の憂鬱・後編

「この! 早く倒れてくださいまし!」


 ユースティアは黄金の剣のかざし、その身を高速回転させることで、重装甲型のヴァーミリオンの堅牢な装甲を削っていく。

 ギィィィン! という金属同士の削れあう轟音が周囲へと広がる。


 ユースティアと重装甲型ヴァーミリオンの周囲には既に破壊された通常型のヴァーミリオンの残骸が無数に転がっていた。残った重装甲型のヴァーミリオンはなかなかにしぶとく、その分厚い装甲に守れた巨躯は細見のユースティアと比べても一回りほど大きく見える。その体格差故か、ユースティアの猛攻も重装甲型のヴァーミリオンの装甲の前では何度もはじかれていた。


 もとよりパワーに劣るユースティアは通常型であればまだしもこのような相手は滅法苦手としていた。

 だが、麗美はそれを気迫で補うように再び声をあげた。


「クロストルネード!」


 麗美の言葉に呼応するようにユースティアの眼光が走る。高速回転するユースティアは黄金の弾丸なり重装甲型のヴァーミリオンへと再度突撃を計る。対するヴァーミリオンもそれを全身で受け止めるように両手を広げ、そして、両者が激突する。

 再び激しい金属音を響かせながら、二体の巨人は拮抗した。


「ぬううう!」


 レバーが押し返される程の衝撃とそれを支えるようにあまり人に見せたくないような顔をして、麗美は奥歯をかみしめるように踏ん張る。

 しかし敵は重装甲型だけではないのだ。


『麗美様、高機動型が接近しています』

「あぁ! もう!」


 オペレーターであるメイドの報告を受け、麗美は苛立ちを加速させていた。

 攻撃を一旦中止させ、重装甲型を蹴り飛ばすと、上空より接近する高機動型のヴァ―ミリオンを背中のビームキャノンで迎撃する。


 高性能な火器管制システムと使用人たちの全面的なバックアップによって二連装のビームの命中率はほぼ完璧であり、高機動型はその持ち味である速度をもってしても、ビームを避けきることは出来ない。


 二連射。放たれたビームは高機動型の翼を撃ち抜き、右足を吹き飛ばす。

 避けようと思えばその方向に予測され撃ち出されるビームが確実に高機動型の装甲を抉り取っていくのだ。


「とどめの一撃ぃ!」


 両腕の刀身をきらめかせ、二対の翼を持って飛翔するユースティアは火花とスパークを散らす高機動型へと肉薄する。

 だが、その瞬間コクピット内にけたたましアラートが響き渡り、ユースティアはまたも攻撃を中止しなければならなかった。下方より飛来する無数の光弾がユースティアへと襲い掛かる。


「あうっ!」


 衝撃が走る。二、三発の光弾がユースティアを直撃するが、それ自体は大したダメージではない。だが、ユースティアは大きく回避行動を取らざるを得なくされ、必要以上にヴァーミリオンたちと距離を開けてしまった。

 それは、蹴り飛ばされた重装甲型の攻撃である。


 麗美は己の注意が散漫になっている事実に気が付いていなかった。確実に敵を倒すという気迫はその実、目の前の敵にしか集中できておらず、複数の敵がいるという事実を彼女に忘れさせてしまうのだ。


「このものたちはぁ!」


 ユースティアは再度ビームキャノンをセットすると、右の砲身を瀕死状態の高機動型へ、左の砲身を地上でこちらに狙いを定めている重装甲型にそれぞれ照準を合わせる。


「私の邪魔をしないで!」


 その怒声と共に轟音をかき鳴らしながらビームが撃ちだされる。二条の閃光は瞬く間に二体のヴァーミリオンへと直撃する。これにより高機動型はそのまま爆散するが、重装甲型は未だその原型をとどめていた。それがまた焦りへと繋がるのだ。


「まだ倒れませんの!」


 ビームを撃ち続けながらもユースティアは両腕の刀身を重装甲型へと突きつける。幾度の攻撃によりダメージの蓄積した重装甲型はついにその堅牢な装甲に刃をくいこませることになるが、それは未だ表面装甲に過ぎない。


 わずかに突き刺さる刀身だが、それ以上は押すも引くも出来ない状態へと陥る。ユースティアはその状態でも構わす二対の翼を展開し、さらに押し込むように力任せの作戦を取る。


「乙女の邪魔をする不届き者はぁ!」


 全出力を翼に預けたユースティアはそのまま重装甲型を持ち上げ上昇していく。初めはゆっくりとした上昇であったが、次第に速度をあげ上空六〇〇mへと到達する頃には風のように空を走っていた。

 突き刺されたままの重装甲型はもがき逃れようとするが、マッハへと到達したユースティアの加速の前では何をしても無駄であった。


 ユースティアはその状態を維持したままビームキャノンを向ける。至近距離であったが、ためらわず引き金を引く。それらは全て重装甲型の頭部へと集中し、外装を剥ぎ飛ばし、内部のメカを粉砕していく。それでもなお動ける重装甲型の執念には麗美もぞっとするような何かを感じたが、それを振り払うように引き金を引き続けた。


「早くお兄様をお助けしなければいけないというのに!」


***


 ヴァーミリオン襲来の一報は美李奈、麗美の下へも届いていた。二人はすぐさま学園を抜け出す形で出撃するも、自体はそう単純なものではなかった。

 それは、三か所という複数のフィールドにヴァーミリオンが展開し、同時に破壊活動を行っているというものだった。


 その現実は、今まで複数体で現れたとしても同一のフィールド上でしか活動しなかったヴァーミリオンにしては手の込んでいるものという感覚を彼女たちに与えた。ヴァーミリオンに何かしらの知性があるのではないかという推測を立てることはできても、それを実証するものもなく、強いて言えば水中型のヴァーミリオンの投入であるとか、今までのどこか感情的なまでの反撃であるとか、どうとでも捉えられる部分ばかりであった。


 だが真実、無数のヴァーミリオンは部隊を展開するように広範囲に展開する。それは、龍常院昌が危惧した通りのものとなったが、それを美李奈たちが知る由もない。

 当然、美李奈たちは二手に分かれ個別に対処しなければならない。そして、残りの一つを対応する形になるのが、蓮司と上官である浩介が駆る新型戦闘機『エイレーン』である。状況としてもためらっている状態ではなく、すぐさま展開しなければ被害の拡大は止めることができないというのが於呂ヶ崎亮二郎の判断であった。


 そして、この判断に異を唱えるのが麗美であった。そこには純粋に蓮司を心配する感情もあったが、それ以上に麗美が抱く対ヴァーミリオン戦での自衛隊の活躍はどうしても負け戦というものしかなかった。事実として、彼らの所有する兵器はヴァーミリオンには効果が薄く、今までの戦闘で二機の戦闘機が撃墜されている。対防御に置いてもアストレア、ユースティアと比べれば脆弱である既存の兵器ではどう太刀打ちしても敵いっこない。それが、麗美の純然たる思いなのだ。


 たとえ新型をひっさげようとそれは変わらない。しかし祖父・亮二郎の決定は絶対である。蓮司を助けたいのであれば、対応するヴァーミリオンを至急速やかに撃破せよという単純であり打倒な返答で返された。


「おじさまの言うことは最もなのでしょうけど……」


 アストレアは左右二方向から迫る通常型のヴァーミリオンたちを両腕で掴み、拳を振動させるとすぐさまその頭部を粉砕する。


「セバスチャン、その新型というもの、どういうものはわかります?」

『さて……機密情報の塊でしょうし、少なくともいまだニュースでは搬入されたという事実しか』

「そのようね」


 思案もほどほどに、美李奈はそのコクピットの中、新たな敵反応を捉えるとミサイルでの迎撃を執事に命ずる。執事もまたそろそろ慣れ始めた作業に手早く対応してみせ、『既に!』とミサイルの発射準備を整えていた。


 両膝より放たれる無数のミサイルは上空を飛来する高機動型へと殺到する。広がる網のように迫るミサイルは数発は迎撃されようとも執拗に高機動型を追いかける。


 回避行動を行いながらの半端な迎撃はむしろ危険と判断したのか、高機動型は急速にターンし、体を迫りくるミサイルに対面させると両手の指から放つレーザーを同じく雨のごとく照射していく。十本の糸のような細いレーザーは次々とミサイルを斬り裂き、破壊していく。


 空の上で爆発、爆炎が上がる。数十mと広がる灰色の煙は暫くの間、その場に立ちこめるが、その煙を斬り裂くように二つの光がきらめく。

 高機動型のヴァーミリオンがそれに気が付いた瞬間には、頭部と右の翼を切断されいた。二つの光は空気を切り裂きながら回転し、大きく弧を描くと高機動型の背後へと迫り、残る左の翼と胴体を斬り裂いていく。


 アストレアはミサイルを発射すると同時にショルダーブーメランをも放っていたのだ。

 上空で爆発が起きた頃には、アストレアは残る一体である重装甲型の相手をしていた。力比べをするようにお互いに両腕を突き出しながら巨体同士をぶつけあう。その瞬間、高機動型を破壊したショルダーブーメランは返す刀で重装甲型の頭部へと突き刺さる。


「流石ね、セバスチャン」

『ハッ!』


 ショルダーブーメランを遠隔操作していた執事の働きを称えながら、美李奈は力比べをやめて、重装甲型の頭部に突き刺さった二振りの斧を引き抜くと、思い切り振り下ろす。金色の斧によって瞬時に重装甲型の両腕はねじ切られ、血のようなオイルをまき散らしながら剛腕が地に落ちる。


 苦痛の叫びを上げるように重装甲型が駆動音をあげ、その巨体がわずかに後方に下がると同時にアストレアはその隙だらけな胴体めがけて蹴りを放ち、大きくのけぞらせた。


「速攻、行きますわよ!」

『アストライアーブレードへの合体、OKです!』

「光の刃よ!」


 アストレアは自身の斧を宙に投げ捨てる。二振りの斧は高速回転をしながら交差すると、その刃を鍔として、そしてお互いの結合部分中央より光に包まれた刀身を出現させると、重力に従い落下、アストレアの足下へと突き刺さる。

 アストライアーブレード。全てを斬り裂く光の刃、そしてアストレア最大にして最強の剣。


「はぁぁぁぁ!」


 アストレアは駆け出し、突き刺さったブレードを引き抜くとそのまま地面を斬り裂きながら、逆袈裟のように振り上げる。ブレードより発生する衝撃波は地面を抉り、重装甲型へと迫る。

 もはや逃げることは敵わない。衝撃波と地割れに機体を拘束された重装甲型へとアストレアは全てのスラスターを全開にして迫る!


「一刀両断!」


 振り上げたブレードを勢いのまま叩きつける。いかに堅牢な装甲であっても、この光の刃の前では紙切れ同然でしかないのだ。首筋から一閃、叩きつぶされるようにしてえぐり取られた重装甲型はもやは機能を維持することもできずにその場に崩れ落ちる。

 アストレアはその残骸に背を向け、地面へとブレードを突き刺す。瞬間、爆発と共に重装甲型が四散する。


『現空域に敵反応なし! 残るは自衛隊らのエリアです!』

「状況は!?」


 だが、二人は勝利の余韻に浸る暇もない。一時的な放熱を待つ間、執事は次の行動を起こしていた。執事がパネルをせわしなく操作すれば、次々と美李奈のモニターに無数の情報が提示される。


『詳しいことは於呂ヶ崎に問い合わせていますが、撃墜されたという情報はありません!』

「麗美さんは!」

『同じく担当エリアの敵を撃破したとのことです!』

「ならば急ぎましょう! 被害を抑えるためにも!」


 アストレアの巨体がふわりと宙に浮く。全身のスラスターを展開すると、次なる目的地を設定し、飛び立つ。


 美李奈もまた、わずか二機で対応する蓮司たちを心配しているのだ。彼らの駆る新型の性能もよくわからない状態で、全てを任せられる程の信頼もない。その感情は、正体を隠す自分たちにも同様に向けられていることは理解しているが、美李奈とて、このアストレアの性能を正当に評価した上での考えである。


 それに、彼女は既に撃墜された自衛隊の姿を目にしている。それは、美李奈に深い傷を残すとは言わないまでも大きな衝撃を与えたことは事実である。

 付け加えるなら、美李奈もアストレアという規格外のマシーンを操っているとはいえ、所詮は素人である。兵器というもののまともな評価の仕方などわかるわけもなく、目に見える性能と結果で割りだされたものでしか評価などできない。


 それは一言で言えば侮っているというものになるのかもしれないが、一介の女子高生であった少女たちにそれ以上に回答を求めることは酷でもあるのだ。



***



 赤、白、青というカラーリングの二つのくさびが空に踊る。それは蓮司と浩介の駆る新型戦闘機エイレーンであった。


 全長二〇mでありながらも風を突き破り、そのトップスピードをは一瞬にして音速を超え、激しいGがパイロットに襲い掛かるも、二人の隊員は戦闘中という衝動によってそれを耐えることができていた。それに、何よりこのエイレーンが今まさに辛酸を舐めさせられてきたヴァーミリオンを翻弄している。その事実が彼らの操縦をさらに鋭敏にしていったのだ。


「いいか、エネルギーなんてのを気にしなきゃならんせいで、一発の無駄弾も許されん。エネルギーが切れればそれでお終いだからな!」


 浩介の機体は追いすがるように接近する高機動型ヴァーミリオンを背後に機体を真上に向けるように上昇する。背中を見せるという、一見すれば無防備な態勢であったが、すぐさま機体をロール、腹を見せるようにすると、襲い掛かるGを耐えながら機体を正常な姿勢へと戻す。その瞬間には、浩介のエイレーンは真正面に高機動型を捉えていた。既に光学兵器とやらチャージも終わっている。


「狙いは正確なはずだが!」


 浩介は報告書に記載されたビームの誤差がどれほどのものかを実感したことはない。機体に搭載された管制システムがそれらをサポートするというがいかほどの性能なのかもわからないのだ。


 ゆえに浩介はそれらのサポートを受けつつも、半ば勘で引き金を引くことになる。高機動型の指がぴくりと動く。浩介は目を見開き、そして引き金を引く。圧縮された粒子が加速して撃ちだされると、緑色の閃光が大気を焼く。

 ビッビッ! と機体が振動するが、飛行に影響はなかった。初めて発射したビームの威力は抜群のものであった。


「一撃で大穴か!」


 狙いがよかったというのもある。真正面を向き合う形はエイレーンだけではなく高機動型もまた無防備であったのだ。ヴァーミリオンたちに油断、慢心という感情があるのかはわからないが、それでも緑色のビームの前に呆気なく砕け散った。


「蓮司! 撃つ向きには注意しろよ!」


 砕け散る高機動型にはもう目もくれず、浩介は低空を飛び、通常型と重装甲型を相手取る蓮司へと激を飛ばす。


「了解です!」


 それを受けた蓮司はビルの上空スレスレまで下降しながら、地上のヴァーミリオンたちの注意を向けていた。嫌がらせを仕掛けるように頭上を飛び回っては、上昇下降を繰り返し、敵をおびき寄せる。通常このような機動を既存の航空機で行えばそれだけで機体が崩壊する。


 だが、エイレーンの機体強度はすさまじく多少の無茶には答えてくれる程だった。感覚で言えばスロットルを動かせばその通りに機体が動く。その挙動一つ一つに対しても蓮司は機体のバランスであるとか空気抵抗なども考慮しなければいけないが、このエイレーンをそれにすら忠実に応じるのだ。


 地上より放たれる光弾やレーザーなどではもはやエイレーンを捕捉することは出来ない。その合間をくぐるようにエイレーンは走る。

 だが、いつまでも挑発を繰り返しているわけにもいかないのだ。しびれを切らせたヴァーミリオンがいつまた街への破壊活動を再開するのかもわからない。


 蓮司は、意を決したようにビームキャノンを展開する。だが、まだ撃たない。チャンスをうかがうのだ。エネルギー残量はまだ十分残っているが、いつ不調が現れるのかがわからないのだから。


 手始めに通常型を始末する必要がある。蓮司は再び彼らの上空を飛ぶと数回旋回を行い、引き付けるように飛ぶ。

 二体の通常型はまんまとそれに引っ掛かり、狙いを蓮司へと定め、足を止めた。その瞬間、蓮司は一気に加速させると、機体を逆さに回転させ、そして下降、その直後に機体を安定させる。普通にやれば機体がバラバラになるか、パイロットがGで気を失うかするような機動だが、エイレーンはそれを可能とする。


 二体の敵機が並ぶ。蓮司はためらわずにビームキャノンを放つ。緑色の奔流は瞬く間に二体の通常型を飲み込むと、その上半身だけを消し去っていった。


「や、やったぞ!」


 誰の援護も借りずに、一人でしかも二体のヴァーミリオンを撃墜した喜びは計り知れない。残骸と化したヴァーミリオンをすり抜けるように飛び、最後の重装甲型へと迫る蓮司は再びビームキャノンのエネルギーを充填する。


「隊長!」

「既に狙いはつけている!」


 蓮司は重装甲型の頭上を捉えた浩介の機体を確認すると、その意図を読み取った。二方向からの同時攻撃である。

 鈍重な重装甲型は方向転換もままならぬまま、背後と頭上から放たれるビームの直撃を受けることになる。それでも堅牢な装甲はその攻撃を何とか防ぎきるが、彼らの攻撃は止まなかった。


「蓮司、頭部を狙え!」

「了解!」


 僅かに態勢を崩した重装甲型はもはや無防備である。蓮司は機体を上昇させ、すぐさま浩介の機体と並列に飛ぶと再度敵を捉える。


「ぶち込め!」


 浩介の合図と共に二条の閃光が再び重装甲型へと迫る。強固な装甲は、押しつぶされる衝撃の中で亀裂が生じていた。それが引き金となるように次第に崩壊が始まる。


「頑固な野郎だな! 蓮司、出力を限界まで上げろ! こうなりゃこっちも維持だ!」

「レッドゾーンに入りますよ!」


 言われた通りにビームの出力を上げながらも、悲鳴にた声を上げるのはモニターに映し出される警戒ラインが迫っていたからだ。


「そん時は緊急離脱、あとをスーパーロボットに任せる!」

「……!」


 その言葉に無意識な抵抗を感じた蓮司は限界一杯まで出力を上げた。僅かだがビームキャノンの砲身が歪む。だが、まだ軽微な損傷であった。


 そしてその蓮司の執念が通じたのか、重装甲型の亀裂から爆発の光が見え始める。次々と各部を爆発させ、崩壊していく重装甲型は、ついにその動きを止めた。


 それと同時に蓮司のビームキャノンもわずかな火花を散らして機能を停止する。蓮司はすぐさまキャノンへのエネルギー供給をカットすると、冷や汗を流しながら、動かなくなった重装甲型を見下ろす。

 動き出す気配はなかった。それはつまり、勝利ということであった。


「やった、やりましたよ!」


 その感想を浩介も抱いていることが通信機越しが聞こえる野太い歓声を聞けばよくわかった。蓮司も雄叫びのような声を上げてエイレーンを飛ばす。


「やったんだ、俺たちの手でヴァーミリオンを!」


 そして、蓮司はレーダーが捉える二つの反応を発見する。


「あのロボットたちか……!」


 蓮司は何を思ったか、その二体めがけてエイレーンを加速させる。そして、その間をすり抜けるように飛ぶと二体の上空を旋回していた。


「麗美、もうお前たちに頼らなくても俺たちは連中に勝てるぞ!」


 その言葉は、幼い婚約者に届くはずもない。狭いコクピットの中で、蓮司にだけ聞こえる叫びであったが、それでも構わなかった。

 ただ、蓮司は自分の戦果を誇るように空中機動を見せつけていた。それだけで満足ができるくらいに、彼の中でヴァーミリオンの撃墜は大きなものだったのだから。



***



 美李奈と麗美が駆けつけてみれば、全ては終わった後だった。新型の一機はわずかに兵装を破損している様子だったが、それ以外には一切の損傷もなく、全てのヴァーミリオンを殲滅していたのだ。

 そして見せつけるように一機のエイレーンが自分たちの周囲を飛ぶ。


『さてはて……挑発でしょうか?』

「放っておきましょう。どうあれ、被害はないのですから」


 執事はそのように飛び回るエイレーンに対して怪訝な声をあげていたが、美李奈は相手にするなという風にそれを眺めていた。

 だが、麗美はそうはいかない。何かの直観か、はたまた飛び方の癖を知っているのか、麗美はそのエイレーンが蓮司が駆るものだということに気が付いていた。


「お兄様! お兄様なのでしょう!」


 だが麗美の叫びなど聞こえないように、エイレーンはその背中を見せつけてもう一機のエイレーンについていく。麗美は外部スピーカーをオンにしよとしたが、その瞬間、アストレアがユースティアの肩を掴む衝撃でそれができなかった。


「帰りましょう、麗美さん。ヴァーミリオンは消えましたわ」

「ですが……!」

「今は、甚大な被害が出る前になんとかなったことを喜ぶべきですわ。それに、蓮司様とはまた別の機会にお話できましょう?」

「……」


 麗美はその言葉に無言でうなずくことしかできなかった。

 帰投していくエイレーンの姿を追いながら、麗美はどこか、蓮司に突き放されてしまったような錯覚を覚えてしまう。

 それは、とてもさみしいものだった。

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