第3話 乙女の覚醒
「木村さん、はだしの令嬢とお知り合いですの?」
昼休みも終わりに近づいた頃に、教室に戻った綾子は待ち構えていた生徒の一人にそんなことを聞かれた。
「はだしの令嬢?」
初めて聞く言葉である。それを言った生徒は綾子が何も知らないのだなと言うことを察して言葉を続けた。
「真道さんのことですわ。あの子、そう呼ばれてますのよ」
「靴は履いていましたよ?」
綾子のその返答に、場にいた生徒たちは一瞬、口を閉じたが、次の瞬間にはクスクスと笑い始める。
「そうじゃありませんわ。真道さんの姿、あなたも見たのでしょう?」
「服も靴も鞄もボロボロ、噂じゃ一着しか持ってないとも聞きますわね?」
「お住まいも雨漏りするとか?」
次々にお嬢様たちが美李奈の評判を口にする。ようはお嬢様らしからぬ佇まいでいる美李奈のことが、彼女たちは不思議で仕方がないのだ。
もちろん、それらの言葉の中に蔑視が含まれていないわけではない。彼女たちにとっては、どのような衣服であれ、古くなれば捨て、新しいものを買いかえるのが当然であるからだ。そんな中で、ずっと着古し、ボロボロになった制服を着続ける美李奈の行動は、彼女たちには理解しにくいものであった。
「あら? 美李奈様はそのような過酷な中でも気高さを忘れないレディでしてよ?」
「えぇ……私たちも見習いたいですわ。あのような家に住むのだけは嫌ですけど」
しかし、そういった理解のできない中にいながらも、真道美李奈という少女の姿勢は、彼女たちが模範とすべき形である。それらが不釣り合いであることも、彼女たちの興味を引く一因であろう。
どうやら美李奈は良くも悪くも噂の渦中にいる存在のようだった。
(なんだかよくわかんない子だったけど、他人の言葉を聞いてもますますわからん)
「所で、木村さんはどうして真道さんとお知り合いに?」
「え? あー庭園の方を回って……いましたの、そこで偶然」
無理やりの敬語のせいで微妙にイントネーションがずれてしまったが、特に気にされた様子もなかった。聞いてきた生徒はその答えでも満足だったのか、それ以上の追及はなかった。
「まぁ、あの子は愉快な人ですし、お話する分には良いのですけど……」
「そうですわねぇ……」
先ほどまでは勝手にわいわいと盛り上がっていた生徒たちが次第に声音を小さくする。
「なにかあるんですか?」
流石に露骨な態度の変わりように綾子は気になってしまい、自分から質問をしていた。生徒たちは周りと顔を見合わせながら、暫くは黙っていたが、耳打ちをするように綾子に手を添えて、小声で理由を話してくれた。
「真道さん、愉快な方ですけど、敵も多いのです。はっきりと物事をおっしゃられる方ですので……」
「あー……」
綾子もそれとなくは理解ができる。庭園の一件、確かに美李奈は麗美とかいう少女に対して一歩も引かなかった。
というか、それ以上に適当にあしらっているようにも見える。誰に対してもあんな態度を取っているのかどうかはわからないが、自尊心の高い相手には、反感を買うのだろう。
「木村さんも、そういう所には気を付けた方がよろしいですよ?」
「そうね、なんだかあなた、ぼうっとしてますもの」
「はぁ……どうも」
どう返事を返したものか、取り敢えず綾子は軽く会釈した。
そういう会話をしている内に、校内に心地よい音楽が流れる。一般的な学校とは違い、この学園では予鈴の変わりになにやらクラッシックな音楽を流すことになっているようだ。それと同時に、お嬢様たちは「ごめんあそばせ?」と言いながら自分の席に戻っていく。
はっきりいうとこの日の授業の全ては、綾子は頭に入らなかった。緊張していたという理由が大半だが、美李奈という少女の事が気にかかっていたことも嘘ではなかった。
***
如月乃学園の水準は極めて高い。それは、世界中から子息、令嬢が進学するからであり、どうあれエリート、上流階級というルートが定められた彼らには最高水準の教育が施されるのである。
そうなると、自然の流れで求められる学力と言うものも比例していくのが当然であろう。事実として、綾子が授業に実が入らないのはそういう部分も関係している。
授業が終わり、帰り支度を済ませた綾子は、うな垂れるようにして、トボトボと歩いていた。この時間帯、本来であれば生徒たちは部活動というものが存在するが、変な時期に編入した綾子はそういったものに入ってはいない。
クラスメイトたちからはあれこれと誘われもしたが、初日でそんな事を考える余裕は無かった。目下、ハイレベルすぎる授業に対していかなる対抗手段を講じるかが重要であった。
「はぁ……どーしたもんかなぁ」
ため息をついて事を考えても、自宅に帰ればすぐに忘れるのだが、少なくとも今の綾子にはそれが重要な問題なのだ。
だが、そんな綾子の些細な問題は、校門の先、何台ものお迎えの車が駐車するそのスペースで、笑顔でこちらに手を振る父親の姿を見る事で、一瞬にして吹き飛んでしまった。
明らかに周囲の生徒たちが注目する中で、父親は大きな声で綾子の名を呼び、ぶんぶんと音が聞こえるほどに腕を振っている。
「面白い方ね? あなたの使用人かしら?」
「いやあれ、うちの父親……えっ!」
なんとなく返事を返してしまった綾子だが、聞き覚えのある声に思わず振り返ると、そこには美李奈が立っていた。柔らかな栗色の髪が沈みかけた太陽に反射して、淡く輝いているようにみえ、そのやさしげな笑顔は思わず見とれてしまうほどである。
時間帯のせいだろうか、どこかはかなげな印象すらかもしだす美李奈であったが、ふふんといった具合の笑みを見せる。嫌味らしさはなかった。
「え、えと……美李奈さん?」
「はい?」
「いえ、突然だったから……美李奈さんも帰りですか?」
「えぇ、今日は大根が安いので、セバスチャン……あぁ、執事のことですわ。セバスチャンが買い物に出かけているので、歩いて帰りますの」
「そ、そうですか……大根……を」
やはりこの少女は不思議だ。こちらの言葉に対しては素直に返事をするのだが、どうにもこちらとあちらとでは奇妙なギャップがある。それは、周囲にいるお嬢様、お坊ちゃまたちにも感じることだが、この美李奈という少女に関してはそれとはまた違う何かを感じる。
「えぇ、大根はいいですわ。ゆでるだけでも食べれますのよ」
知っていまして? とでも言いたげなすました顔で綾子を見る美李奈。そんな風に答えられても、綾子は苦笑する以外に返せれる対応を思いつかないでいた。そんな奇妙な空気の中、綾子はとうとう朝から張り切ってる父親の下までたどり着いてしまった。
父親は、「学校はどうだった?」、「お前も周りに負けないくらいの品が持てたか?」など色々と聞いてくるが、綾子はどの言葉にも適当に返した。それでも父親はえらく機嫌がよかった。
そして、娘がさっそく連れてきた友人の方へと視線を移すと、露骨な程に表情が変わったのだ。綾子ですらそうだったのだ。父親がそうなるのも無理はない。
「あ、あぁ……綾子、お友達かね?」
表情はさておき、言葉を選ぶあたり父親にも良識というものが備わっているようだった。それは、長く続けたサラリーマン生活で培ったものだろう。こういう俗っぽい反応が今ではマシに見える。
「初めまして、真道美李奈と申します。綾子さんとは、今日、お近づきになりました」
対する美李奈は、特に気にした様子もなく、むしろ丁寧なしぐさで挨拶を返した。スカートのすそを軽く持ち上げ、膝を掲げ、わずかに首をかしげる。
そのあまりにもどうに入ったしぐさに綾子の父は圧倒されたような感じで、言葉を詰まらせていた。本物のオーラというものを間近で感じたという具合だったが、それは綾子から見ても同じだった。
「それでは、私はこれで。夕食の支度がありますので」
美李奈は、そういって踵を返すようにしてその場を離れる。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
綾子は自分でもなぜそんな風に行動したのかは、今後もわからないだろう。それでも綾子は美李奈を呼び止めていた。
「家、どこ? せっかくだし、送ってくよ。父さんもいいでしょ?」
娘の目配せに、父親も無言ではあったが、何度も力強く頷いていた。
「まぁ、よろしいのですか?」
「は、はい!」
「そうですか……せっかくですし、お言葉に甘えさせていただきましょうか?」
「は、はい! どうぞ!」
まるで使用人のように、綾子の父は美李奈を自分の車へと誘導し、後部座席のドアを開けてやる。
「綾子、お前も早く乗りなさい! 失礼のないような!」
「わかってるわよ!」
そんな親子の会話はひどく小さかった。
***
車内の空気は、悪くもなかったが、かといって良いものでもなかった。隣に座る美李奈は自然体といった感じで腰かけており、窓の外を眺めている。それがまたさまになるのだ。
時折、綾子の父親が場をつなぐようにして話題を出すが、それに対しても素直に受け答えをしているのだが、逆に父親が変に委縮してしまっていた。
「え、えぇと……真道さんのお宅はこの辺ですかな?」
高級外車は学園から離れ、さらには高級住宅街を抜け、商店街、個人経営のスーパーが立ち並び、コンビニが点々とする団地へと入っていった。そこに広がる風景は、綾子や父親にとっても懐かしいものであったが、その余韻に浸るような空気でもなかった。
暫く車を走らせると、一軒家が立ち並ぶ通りに出る。その中に、ひときわ目立つ家があった。周囲の民家は確かに古いが、さして気に留める程のものではなかったが、団地の角、それこそ末端に位置する場所にその家はあった。
変色し、いくつかは腐っているのではないかと疑われる壁に、瓦は欠け落ち、トタンやプラスチックの板で取り敢えずといった具合に補強された屋根、金属製の部分は全てさびており、比較的広い庭にはなにやらおおざっぱな畑が耕してった。
その傍には日曜大工にしてもお粗末な借り立ての倉庫がわずかに傾きをみせながら母屋にくっついていた。崩れた塀の前に駐車すると、美李奈はバックミラーに顔を向けて、微笑を浮かべた。
「ありがとうございます。綾子さん、これが私の家ですわ」
言われて、綾子は窓から美李奈の家を見る。本当にこれは家なのだろうかと疑うようなボロさであった。言葉も出ない。
綾子がそうやって見ていると、屋敷から美李奈と同じく、継ぎはぎだらけのスーツを着た青年が出てくる。キリッとした風貌であり、目元が鋭い。鼻も高く、身長もなかなかだ。その青年はすたすたとこちらに出向くと、綾子の父親は慌てたように運転席から出る。
「あ、いやぁ、どうも! えーとこちらが真道さんのお宅で?」
近所の家に挨拶をするかのような言い方だった。
「左様です」
「セバスチャン、こちらは木村様よ。そして、この子が綾子さん。今日お友達になりましたのよ」
いつの間にか車から出ていた美李奈がセバスチャンの隣に立ってそう説明する。主の説明を受け、セバスチャンは「ほぅ」と小さく頷き、木村親子に向かって深々と頭を垂れた。
「木村様、本日は美李奈お嬢様をお送りいただき誠にありがとうございます。本来であれば、執事たる私めがお嬢様をお迎えに上がるべきでしたが、ご覧の通り、屋敷が立て込んでおりまして、木村様にはご足労をいただき……」
「ん? いや、いやね、娘の友達ですからね? まぁこれぐらいは親としても当然と言いますかね? まぁそうかしこまられても……」
そんな風に慌ててしまうのも、彼が元はただのサラリーマンであって、成り上がりゆえに慣れていないからだ。
「セバスチャン、何をしていますの。木村様にお礼を。それを忘れては真道の家に傷がつきましてよ」
「ハッ! ただいま!」
美李奈の指示により、執事はすぐさま倉庫へと向かうと、かご一杯のエンドウマメを持ってくる。どれもきれいに土や泥が落とされていた。不揃いな形ではあったが、新鮮なものだということがわかる。
「どうぞ、木村様。お好きなだけお持ち帰りください。今朝取れたばかりの品でございます。我々も不慣れなもので形が悪いのですが……」
「いや、そんな……いえね、つまみにはよくしますが……」
「ささ、遠慮なさらずにどうぞ!」
ズイっとかごを押し出され、綾子の父は一歩下がり、顔を引きつらせる。
「セバスチャン、袋よ。そのままでは不便でしょう?」
「ハッ! これは盲点でございました。すぐさまもってまいります」
再び主の指示を受け、執事はかごを置き、屋敷の中へと戻る。すぐさま戻ってきた執事はスーパーなどでもらえる白いビニール袋を両手いっぱいに抱えてきた。綾子の父は今だ表情を崩したまま、袋を受け取ると、恐る恐るエンドウマメを袋に詰める。
そんなやり取りを眺めながら、綾子は「はぁ」とため息をついた。とにもかくにもこれで家に帰れる。どっと疲れたと感じながら、綾子はふと窓の外、真道屋敷のボロの屋根の向う、夕暮れになりかけた空を見上げた。
「……?」
それはほんの一瞬だが、チカチカとライトが光るような錯覚が見えた。そんな綾子の様子に、気が付いたのか美李奈も同じく、空を見上げる。
「セバスチャン、あなた視力は?」
「2.0でございます……どうかなさいましたか?」」
美李奈はあごで空を見るように執事に伝えた。執事は、その通りにオレンジ色になりかけた空を見上げる。彼の目にもチカチカと光る何かが確認できたがそれが何なのかはさっぱりだった。
だが、その光が見えたのち、何か乾いたような音とビリビリと電気が走るというのか、そんなような音が空から響く。
「皆さま! 伏せて!」
執事の叫ぶ声と同時に遠くで爆発音が響いた。
「なに!?」
「な、なんだ!」
木村親子は耳を抑えながら、その方角へと視線を向ける。かなり遠いが黒煙がもうもうと立ち上がっていた。
その衝撃は二度、三度と続く。三度目は近かった。綾子は身の危険を感じて急いで車外にでて、父親の傍に駆け寄る。父親もそんな綾子を抱き寄せて、混乱しながらも周囲を見渡す。
既に騒ぎが大きくなっていた。付近では地域の消防団が動いたのか、サイレンのような音も聞こえる。
「セバスチャン! じいやを!」
「ハッ!」
そんな中、美李奈は屋敷に残っているもう一人の使用人の安否を優先させた。この付近にはまだ被害はないが、腰を痛めているじいやを放っておくのは危険であった。とはいえ、彼女も落ち着いているわけではない。さしもの彼女も、今の状態が何なのかさっぱりわからないのだ。
「一体なんだというのです!?」
ほんの少し怒鳴ってみせるような声音で再び空を見上げた美李奈は、夕暮れに差し掛かった空から赤い物体が落ちてくるのを認めた。それは木村親子も確認できていた。
その赤い物体は、速度を加速させながら自分たちのいる団地からは少し離れた場所へと落下していく。直後、こちらまで届くような轟音と共に数十メートルの砂塵が巻き上がり、落下の衝撃波が届く。
そこまで強い衝撃ではなかったが、木村親子は両方ともバランスを崩してその場に転げてしまう。美李奈は、態勢を保ったまま、赤い物体が落下した方角をにらむ。
「あそこは……スーパーのある方角ではなくて?」
独り言のように呟く美李奈は、砂塵が晴れ、落下した赤い物体の全体像を見る事ができた。距離があるにも関わらずそれが確認できたのは、その赤い物体がひどく巨大であったからだ。
四十メートルほどの大きさのそれは、全身が血のように赤く、光沢のある体をしていた。一見すると軟体動物のようなぬめりのある表皮をしているように見えるが、動くたびに鈍い、こすれるような音が響くのを耳にすると、それは鉄の塊のようもあった。
「な、なにあれ?」
綾子が震える声で言った。そんなこと、父親はわからない。もちろん美李奈もわからない。だが、一つ確実なことだけはわかった。
その赤い巨人は、顔にあたる無貌の頭部をぐりぐりと動かしながら、まるで周囲を物色するような動きを見せる。そして、その異様に長い腕で周辺の建造物を払いのけるように破壊する。邪魔なものをどかすかの如く、その動作は自然だった。
「悪趣味な!」
美李奈が小さく吐き捨てる。それは、赤い巨人の見た目であるのか、その行いであるのか、少なくとも美李奈は赤い巨人に対して敵意を抱いたことは間違いなかった。
「美李奈様!」
そうこうするうちに屋敷からじいや、季吉を背負った執事が飛び出してくる。
「早く避難しましょう。木村様、お車を!」
「あ、あぁそうだな!」
言われて初めて気が付いたといった感じで綾子の父は慌てて立ち上がると車のドアに手をかける。
「ダメ! 父さん!」
綾子が叫ぶ。その声にその場にいた全員が綾子の真っ青な表情が見る方角へと視線を移した。そこには無貌の顔、尖ったくちばしのような部分に青白い光を灯らせた巨人がいた。
彼らが身をかがめようとするよりも早く、巨人はくちばしから青白い光弾を放つ。
それは、今度こそ、彼らの近くへと着弾し、先ほどとは比べものにならない衝撃を与え、轟音と共に砂塵が迫る。その中には細かな瓦礫も含まれており、彼らはそれに飲み込まれる。
「きゃぁぁぁ!」
「うおぉぉぉ!」
綾子と父親の悲鳴だった。車が盾になってくれていたとはいえ、音と身に降りかかる衝撃は必要以上の恐怖を与えた。美李奈も流石に地に伏す形となり、執事は背負っていた季吉を下ろすまもなくバランスを崩していた。
「セバスチャン! じいや!」
再び美李奈が叫ぶ。安否を確認したい所だったが、巨人は再び光弾を放つ。それもまた近くへと着弾し再度、衝撃が襲い掛かる。ほんの数秒の空白の後、砂塵が収まる。ゆっくりとまぶたを開けた綾子は、巨人がだだをこねる子供のように暴れるのを目撃した。
そして、そばでジャリを踏む音が聞こえ、ふとその方へと視線を向けると、そこにはボロボロだった制服をさらに汚した美李奈が立っていた。その視線はまっすぐと巨人へと向けられているように感じた。
「し、真道さん?」
「このような無法は決して許されませんわ」
気が付けば美李奈は拳を握りしめていた。巨人に向ける瞳には怒りが浮かび上がっているのが綾子にはわかった。
だが、巨人は、そんな美李奈の視線に気が付いたように再び顔のない顔をこちらに向ける。ただの偶然だと思いたいが、なんであれ、綾子は再び恐怖を感じていた。既に父親は気を失っていた。
「真道さん! 逃げなきゃ!」
そう叫んだ所で、綾子は自分がなぜか立ち上がれないことに気が付いた。なぜ、どうして立ち上がれないのか、その意味が分からなく、彼女を混乱させた。たんに腰が抜けたという状態なのだが、パニックに陥った綾子にはそんなことを理解する余裕もなかった。
巨人が再びくちばしに青白い光を集める。
「あ、あぁ! ダメだよ!」
「……」
綾子が叫ぶ。美李奈はわずかに冷や汗を流した。もう、逃げる暇もないことを理解していた。
無慈悲にも光弾が放たれる。綾子は喉がちぎれるのではないかというくらいの悲鳴を上げていた。美李奈は、迫りくる光弾をにらみつけることしかできなかった。
そして、轟音と共に再び衝撃が襲い来る。だが、しかし、美李奈たちはまだ、無事であった。
「へ、何、何?」
まだ自分が生きていることに理解が追いつかない綾子は何度も周囲を見渡し、四回ほど左右を見た後に、やっと巨人がいた方角へと視線を向けた。
「……ッ!」
綾子は、そして美李奈は見た。自分たちの盾となるように立つ巨大な影を。
それは、赤い巨人とは対照的に青く、そして強靭な四肢を、それらを支える堅牢な装甲に身を包んだ巨人であった。その青い巨人は、赤い巨人の光弾を物ともせず、駆動音を響かせながら、背後にいる少女たちへとその顔を向けた。
鉄の顔、人の顔に似せられているが真一文字に結われた口は不動の意志を現しているようだった。緑色に見える眼は少女たちを……いや、美李奈にははっきりとわかった。その巨人は、明らかに自分を見ていることに気がついた。
青い巨人はゆっくりとその体を彼女へと向ける。
青い鋼鉄の装甲、胸には金色に輝くV字の装甲が施され、そこにはAという文字にも見えるエンブレムが刻まれていた。両腕は肩は角ばった装甲を持ち、上腕部分は太く丸みを帯びた樽のようであり、そこから拳が付きだすようにあった。
両足も太くがっちりとしたものだったが、腕部に比べれば四角い印象を与えた。背中にはジェットパックというのか、巨大なブースターらしきものを背負い、そして、頭部は甲冑の如き様相であり、金色の角が三本、額から左右と真上無表情にも見えるその顔は、どこか微笑みを美李奈にむけているようだった。
そして、巨人は、傅くように頭を垂れ、膝を折り、その巨腕を美李奈に差し向けた。
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