第42話 乙女の鉄槌

「何をしてるんだ! 戦闘は終了したのだぞ!」


 眼前を飛翔していた≪高機動型ヴァーミリオン≫を撃墜した直後に、蓮司は怒鳴り声を上げながら飛び続けていた。


『あぁ、そうですか。ご苦労様です。では、蓮司さんは帰投してください。私たちは残業なので』


 帰って来るのは鬱陶しそうな声音で返事をする真尋の言葉であった。

 通信モニターに映る真尋は茶々を入れてきた蓮司に対して露骨な程に嫌悪感を見せて、事務作業のように淡々と≪ウェヌス≫のレーザーを放つ。

 一方では≪ユースティア≫の麗美が相変わらずの騒がしい叫びを上げながらそれを回避している。


「攻撃を止めろ、村瀬真尋! 流れ弾が地上に落ちる! ユースティアとの戦闘が必要とは思えない!」

『兵器の不法所持者ですよ? ちょっとは痛めつけて大人しくさせる必要はあるんじゃないですか?』

「法的な手段を講じればよいだろう! 戦闘を……」

『蓮司、帰投しろ』


 通信越しに聞こえてくるのは暫定的にユノの前線指揮権を譲渡された浩介である。


『帰投だ。エイレーンの推進剤も少ないだろ』

「しかし!」


 帰投は出来ない。空では今も婚約者である麗美が駆る≪ユースティア≫と真尋が操る≪ウェヌス≫がレーザーとビームの応酬を繰り広げ、地上では、お互い正体のわからない≪アストレア≫と≪マーウォルス≫が剣戟を交わしていた。

 既に≪ヴァーミリオン≫の脅威は去っているというのに、四体の巨人は戦いを続けている。

 蓮司はその戦いに意味を見出すことは出来ない。故に不必要な戦闘を止めなければいけないと感じるのだ。


「なんの意味があるというのですか!」

『そんなことは私も知らん! だが、巨大なマシーン同士の激突は良い宣伝になるということだ。気に入らんが、俺たちが出向してきた組織というのはそういう場所だということだ』

「ですが、自衛戦闘での被害ならまだしも、これでは……」

『蓮司、とにかく帰投だ。若殿には俺からも進言する。道楽に付き合わされるのは御免だからな』


 浩介はそれだけを伝えると通信を終えた。


『ほら、隊長さんもそういってることだし、援護要員は早く帰っちゃってよ。うろちょろしてたら当たっちゃうよ?』


 真尋がくすくすと小さく笑うと同時に細いレーザーがエイレーンのすぐそばを駆けていった。


「うっ……! 何を!」

『ほら言ったじゃん、うろちょろしてたら当たるかもって』


 ケラケラと笑う真尋に悪びれた様子はない。だが、先ほどの攻撃は当てようと思えば当てられるものだ。

 それを理解している蓮司はうっすらと冷や汗を滲ませ、可憐な少女のような、無垢な少年のような真尋の尋常ならざる何かを感じ取っていた。


『真尋、何をしている。この事は昌様に報告させてもらうぞ』


 そんな真尋をいさめるように、くぐもった声の通信が割り込みをかけてくる。それは地上で今も剣を振るう≪マーウォルス≫の鎧武者であった。


『なんだよ、偉そうに』


 侮蔑を含む視線をモニターに向けた真尋であったが、鎧武者はそれを鼻で笑う。


『味方を撃ったとなれば、昌様は許さぬだろうな。捨てられたくなければ従え。そして蓮司殿、貴殿もまた言われる通りに帰投せよ』

「だが!」

『これは昌様のご命令だ。意見、具申があるならば我らではなく、直接本人に伝えられよ』


 一方的な物言いのまま、通信を切った鎧武者は再び≪アストレア≫との戦闘に集中していた。真尋ですらもう通信を返すつもりはないのか、蓮司らを無視して遊ぶようにレーザーを≪ユースティア≫へと放っている。


「なんなんだ、あいつらは……!」


 その疑問に答えるものはいない。

 蓮司の視界の端に、≪マーウォルス≫が振るった剣がひとつのビルを切り刻む瞬間が見えた。


「何がしたいって言うんだ!」


 だがそれは同時に、自分自身にも帰ってきていた。

 自分は、何をする為にここにいるのだろうと。




 ***




 巨人同士の戦闘が開始されて既に十分が経過している。

 美李奈はどれほど気を使おうとも拡大する被害に舌打ちをしていた。己の不甲斐無さもそうだが、相手の無遠慮さ、猪突さ、そして驕りに対しての怒りもさらに湧き上がってくる。

 幾度となく激突を繰り返す二機の得物は互いに相手の首を狙い、両者の間で火花を散らしながら競り合う。


『マーウォルスを追いつめるか……フッ、一日の長というものか!』

『ご理解頂ければ即刻退いてほしいものですが……』

『使用人風情が口をはさむな!』


 執事の言葉にいらだちを見せた鎧武者は苛烈な気迫と共に≪マーウォルス≫の巨体を押し出す。純粋なパワー勝負では≪アストレア≫は≪マーウォルス≫に一歩劣る故に徐々にその機体を後方へと追いやられていた。


「我らを討つことで一体何が得られるのかは知りませんが、こちらとしても大人しく倒されるわけには参りません。志を共にできればとも思いましたが……この戦いを通して理解できます。あなた方に正義はない!」


 競り合いの中、美李奈は≪アストレア≫に頭突きを行わせる。


『うぐっ!』


 その反撃は予想できなかったものだったのか、一瞬だけ≪マーウォルス≫の操作が途切れる。

 瞬間、≪アストレア≫は両手の斧を空に放り投げ、自由になった両腕を≪マーウォルス≫に絡めていく。≪アストレア≫は巧みに≪マーウォルス≫の右腕を掴むと、軽やかな動きで背後を取り、右腕をねじ伏せるようにして、脇に構える。


『むっ! 組み付かれただと!』

「下手に出力を上げれば逃げ出せるでしょうけど、この機体の腕は崩れますわ」


 美李奈は≪アストレア≫に体重をかけさせるように身を沈ませた。金属が軋む鈍い音と共に拘束された≪マーウォルス≫の右腕にスパークが走る。


「お退きなさい。無礼を改めるというのなら、あなた方の力、あの紅の悪魔に対する剣となりましょう。ですが、そうでないというのなら!」


 空に放り投げた二振りの斧は落下をしながら、一つに合わさり、アストライアーブレードとなって、≪アストレア≫のすぐ傍に突き刺さる。


「今この場で首を跳ねます!」

『グッ……貴様、そのような真似をしてただで済むなどと……!』

「この真道美李奈、逃げも隠れもしませぬ! 意見あらば申し出るがいい!」


 ≪アストレア≫は≪マーウォルス≫の右腕を抱えたまま、突き刺さった剣を抜きとると、おもむろにその刃を振り下ろし、抱えた右腕を切り落とす。切断された≪マーウォルス≫の右腕部は小爆発を起こし、本体は突き放されるようにして地に伏した。


『バカな! マーウォルスが手傷を負うだと! うっ!』


 破損個所を庇う様にして立ち上がろうとする≪マーウォルス≫であったが、振り向いた先、≪アストレア≫の剣の切っ先が眼前に突き立てられていた。


「今一度申し上げます。お退きなさい。既に敵は滅しました。これ以上の戦闘行為は無意味となります」


 そして、美李奈は頭上を仰ぐ。

 ≪アストレア≫もまた頭部を向け、遥か上空に浮遊する二機のマシーンを映し出す。そこには力なくうなだれた≪ユースティア≫と今まさに剣を付きたてようと迫る≪ウェヌス≫の姿があった。


「麗美さん! いつまでお寝坊をなさるおつもりですか!」


 美李奈は叫ぶ。それは盟友を信じているから。


「いつまでもだらしのない姿を蓮司様やおじさまに見せるわけにはいけないでしょう!」




***




「あぁ……もう!」


 頭が痛い。ついでに体の節々もぶつけたせいかずきずきとする。身に付ける豪奢なパイロットスーツは万全の衝撃吸収機能を搭載しているのにもかかわらず、巨大なマシーン同士の戦闘による衝撃はすさまじく、多少なりともの打撃を肉体に与える。

 だがそんな肉体的な痛みなど、耐えてしまえばいいだけの話だ。だが、この鋭く突き刺さる彼女の声だけは、耐えるわけにも無視するわけにもいかない。この於呂ヶ崎麗美がその声に黙っているわけにはいかないのだ。


「好き勝手言ってくれますわね!」


 カッと目を見開いた麗美はアームレバーを引きよせ、≪ユースティア≫を再起動させる。眼前には剣を構えた≪ウェヌス≫がいる。

 距離にしておよそ三キロメートル。至近距離である。接触までは数秒と経たないだろう。


「フンッ!」


 だが、それがどうしたの言うのだ。

 ≪ユースティア≫にしてみれば、その程度の距離、時間、そして速度など、あくびが出るというものだ。


「我がユースティアは紅の閃光!」


 双眸を輝かせ、全身のスラスターを点火した≪ユースティア≫はその一瞬で、その場より『消え失せた』。


『なに! あぁ!』


 ≪ウェヌス≫の真尋は驚愕の声をあげながらも、勢いを止めることが出来ずに既に消え去った≪ユースティア≫の幻影を切り裂くように、剣を振るう。もちろん、相手がいないのでは空を切ることになる≪ウェヌス≫だったが、周囲の警戒を行うよりも前に、背部に衝撃を受ける。

 轟雷の直撃を受けたような衝撃が≪ウェヌス≫に走り、身体を固定していなかった真尋はそのあおりを受け、コクピット内で弾かれるように、体中をぶつけていた。真尋が多少の打ち身程度で済んだのはひとえに≪ウェヌス≫の衝撃緩和機能が優れているからだ。それがなければ、今頃真尋は首の骨を折っていただろう。


『この、ふざけやがって!』


 全身の殴打による痛みを耐えながら、真尋はつぅっと額に生暖かいものを感じた。それは緩やかに真尋の鼻筋を通り、口元へと流れていく。それは真尋の額から流れる血であった。

 真尋は口元に流れる自身の血をわずかに舐めとり、奥歯をかみしめ、見開かれた両目は大きく震えていた。


『こ、の……貴様ぁ!』


 真尋は絶叫と共に≪ウェヌス≫を振り返らせながら剣を振るうが既にその場に≪ユースティア≫の姿はない。


『どこだ! 私をバカにしやがって!』


 余裕が消え去った真尋はでたらめに≪ウェヌス≫を振り回す。センサーに映り込む≪ユースティア≫の反応はひとたび前方を捉えたかと思えば即座に背後を感知し、それに対応すれば今度は真上、右前方、左下などと反応を変えて行く。≪ウェヌス≫のセンサーは≪ユースティア≫を捉えてはいるのだ。

 ≪ウェヌス≫の火器管制及びセンサーは群を抜いていると言える性能を誇る。そうでなければ、肉眼ではもはや捉えることすらできない≪ユースティア≫を感知することなど出来ないのだから。

 しかし、それに応じるべき真尋は、既に冷静さを欠き、その完璧すぎる機能にすら追いつけていないのだ。


「そして、ユースティアとは裁きの女神……」

『何を!』


 真尋はすぐ傍で麗美の声が聞こえたような気がした。それは事実、至近距離に≪ユースティア≫がいたことを示すのだが、≪ウェヌス≫が反撃に出た瞬間にはもうそこに≪ユースティア≫の姿はなかった。

 間髪入れず、≪ウェヌス≫は前方を影で覆われる。機体の頭部同士が顔を突き合わせる程の傍に移動していた≪ユースティア≫は有無を言わせるよりも前に、両手の黄金の刀身にて≪ウェヌス≫の蒼銀の鎧を切り裂き、そして両の刃を交差させて、≪ウェヌス≫の首下へと迫った。


「執行猶予ぐらいは認めてあげてもよろしいのですよ。私、ミーナさんほど、苛烈ではないので」


 コクピットの中、麗美はロールされた髪を払い、そして耳をふさぎたくなるほどに大きな声で、そして左手は腰に、右手は頬に添えるようにしながら、高らかに笑い声をあげた。


「ほーっほっほっほっほ! この私、於呂ヶ崎麗美に敗北の二文字はありませんことよ! 地を這い、許しを請うというのなら、えぇ、謝るのなら此度の不敬チャラにして、私がきちんとこのようなことがないようすべてを取り仕切ることで……」

『麗美さん、向こうのお方話なんて聞いてませんわ』

「はい?」


 呆れ顔かつため息まで付け加えた美李奈の通信に聞いて、麗美は高笑いのまま、外の様子を伺えば、確かに損傷した≪ウェヌス≫はやたら素直に後退をかけていた。

 見れば、≪アストレア≫が拘束していたはずの≪マーウォルス≫も後退しており、ユノが所有する二機の反応は次第に遠ざかっていく。


「あ、ちょっと! お待ちなさい! 私の話はまだ終わっていませんのよ!」


 ムキーっと怒りを見せると、≪ユースティア≫も主と同じような怒りの仕草を見せる。背部の翼型のスラスターを展開して後を追いかけようとする様子も見せていたが、美李奈に「おやめなさい」と窘められると、器用に空中で地団駄を踏んで、その場にとどまった。

 しかしそれでいくらかの溜飲は下がったのか、麗美は≪ユースティア≫をゆっくりと下降させ、≪アストレア≫の横に降り立つ。


 そして、改めて街の状況を把握することが出来た。広がるのは無意味な戦いに巻き込まれ、損害が拡大した街並みの、哀れな風景であった。


「無常ね」


 誰に言うわけでもなく麗美は呟いた。

 いずれ、この区画の『復興』と称して龍常院は多額の資金を投資するだろう。彼らの傘下企業が群がり、完璧に外形を再現させるのにそうたいした時間は掛からないはずだ。

 だが、いくら外面を取り繕うと、そこに根差していた人々の生活という温かみが帰ってくるわけではない。

 それは≪ヴァーミリオン≫による無差別な蹂躙によるものであると同時に荒くれ者の如きものどもの行いのせいでもある。


「気に入りませんわね……」


 遠くでサイレンの音が聞こえた。


『麗美さん、私たちも帰りましょう。我々のような巨体がいては邪魔になります』

「そうね……そうしましょう」


 麗美は、言われた通り、≪ユースティア≫を再び上昇させていき、更に広い範囲の状況を見渡すことになった。

 どこもかしくも被害が大きい。

 ≪ヴァーミリオン≫の脅威は振り払った。だが、そこに残されるものが無情な破壊の結果であるという事は、二人の少女としても納得のいくことではなかった。

 だからこそ、二人は、お互いに何も言わずともお互いの考えを理解していた。


 ≪ユースティア≫はまた、地上に降り立ち、そして≪アストレア≫と共に目立つ大きなビルの残骸を抱えるとそれを退ける。パワーの関係上、≪アストレア≫は半壊したビルの上部を軽々と持ち上げるが、≪ユースティア≫はそれよりも二回り程小さな残骸を持つしかない。


「……ところで、退けたがれきってどこに集めますの?」

『……さぁ?』

  

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