第67話 乙女進撃

 力押しだけが戦いではないということは常々の戦闘で思い知らされたことだ。美李奈は戦闘のプロではないが、戦い続けることでそのことを理解していった。時には大胆な行動も必要であるだろうし、最終的に戦いでものをいうのは力である。

 美李奈はそのことの良しとしているし、必要であれば拳を振るうのもためらいはしない。

 だが、それでも敵わぬ時は、考えを張り巡らせるのだ。

 敵戦艦の装甲は強固である。こちらの攻撃の一切を受け付けずに、悠然と佇む偉容はプレッシャーを感じさせた。

 しかし、内側はどうであるか。先の戦闘で敵に損傷があったという前提はあれど、≪ユースティア≫は見事敵戦艦の内部へ突入し、破壊して見せた。

 それはつまり、敵内部からの破壊であれば可能ということでもあった。


 一見すればそれは単純明快な作戦であり、幼稚に思えるかもしれないが、弾幕を張り、艦載機による防衛網を潜り抜け、敵戦艦に接敵するというものは非常に困難である。

 特に、≪アストレア≫も≪ユースティア≫もお互いに四十メートルの巨体である。どれほど加速しても、巨体という部分においては受け付ける攻撃も多くなる。

 それでも美李奈はやり遂げたのである。一人では無理でもここには頼れる仲間がいる。≪ユースティア≫によるかく乱、≪アストレア≫による打撃。この二つの純粋な能力を用いれば突破できない困難などなかった。


 そして、大胆さである。敵戦艦、≪ヴァーミリオン・ソリクト≫の口はカタパルトであると同時に砲台でもある。その威力はすさまじく海を割る程だ。直撃を受ければ≪アストレア≫も粉々になるであろう。

 そんな危険地帯に突っ込むのである。正気の沙汰ではなかった。だが、それ以外に性能で劣るマシーンでの攻略は不可能に近い。

 ゆえに美李奈と麗美はそれを実行したのだ。そして、それを成功させたのだ。


「しかし、二度目は通用しないようね」


 はぁと溜息をつき、母艦を撃破された怒りに狂う通常型の≪ヴァーミリオン≫の部隊を拳で粉砕していく美李奈。

 当然だが奇策は一度使ってしまえば再び用いるのは難しい。≪ヴァーミリオン≫も馬鹿ではないようで、一度に数隻の戦艦が撃破されたことで明らかに防衛行動が厚くなったのだ。


『残る二隻はユノに任せ、我々は要塞に突入するというのも手です。戦の常套手段は将を取ることにあります』


 出力調整及び索敵を一手に引き受ける執事も慣れたものだった。当初はオロオロとしていたのだが、今ではこうして軽口を言い合える余裕もある。


『その方がよろしいのではなくて? さっきから見ているに、敵の動きは防御に偏りましたが、以前と勢いは止まらずですわ。それに敵要塞の巨大さを見るに、数隻落としただけじゃ補充されるだけかも』


 麗美のいうことももっともである。

 敵の攻撃はどこか緩い。あんな巨大な要塞に対して護衛となる戦艦が片手で数えるだけというのはおかしな話だった。

 敵は戦力を温存している。恐らくそれはユノも考えていることだろう。だから、戦艦ユノを後方に下げて、戦力を温存しようとしていたはずだ。

 奇襲を受けて陣形が乱れたのは彼らにとっても予想外のことだったのかもしれない。


「些か不安が残りますが……」


 麗美の言う通りだなと判断した美李奈は迅速な事態収束を願って、要塞への突入を敢行しようとした。それで果たして事態が解決するかどうかはわからないが、このまま延々と総力戦を続けるよりはマシとも思ったからだ。

 その時、美李奈は黒い巨体とそれにつき添うように白銀の機体が先行していくのが見えた。

 ≪ユピテルカイザー≫と≪ミネルヴァ≫である。


『マッ! 抜け駆けですわ! ミーナさん、急ぎますわよ!』


 そういって麗美は≪ユースティア≫を加速させた。だが、その行く手を阻むように、巨大な触手が伸びる。

 ≪巨大ヴァーミリオン≫だ。生き残りがいたのか、それとも新たに出撃してきたのか、百メートルを超す巨体が宇宙空間にゆらりと現れる。

 その触手に弾かれるように≪ユースティア≫が吹き飛ばされたのだ。


『こ、の!』


 態勢を立て直した≪ユースティア≫はビームキャノンを連射していくが、≪巨大ヴァーミリオン≫には通じない。下手な装甲強度はもしかすると戦艦タイプよりもあるのではないかと思わせる程だ。


「えぇい、無礼な」


 美李奈は臍を嚙む。戦艦タイプには付け入る隙があったが、こっちの≪巨大ヴァーミリオン≫はそうもいかない。同じような方法で撃破することも可能ではあるだろうが、こっちには巨体の鈍重さを補う触手があるのだ。

 この触手の攻撃がまた強烈であり、≪アストレア≫の装甲をすら簡単に砕くのだ。


『お前たちはそこで足止めをしているのだな』


 先行する≪ユピテルカイザー≫からの通信であった。言葉からはこちらを助けようとする意図は全く見られない。


『ヴァーミリオン撃退と地球防衛の任は我々にある。いきなり出てきたふざけた組織に任せるわけにはいかないな。それに、総理からは共同戦線を張れと言われているはずだ。こちらは強力な最新のマシーン。対してそちらは旧式だ。もちろん、君たちの腕が確かなのは認める所だが、適材適所というものがある。ここまできて、足手まといが増えるのは御免なのでね』

「そういうのであれば、もう少し部隊を押し上げるべきではなくて? まるであなたは自分が目立ちたいだけのようですわ」

『なんとでもいうが言い。俺は真実を述べているまでだ』


 昌からの通信はそれで切れてしまった。

 すると入れ替わるように別の通信が放たれる。≪ミネルヴァ≫の蓮司からであった。


『麗美……ここは言う通りにしろ。この戦いは、今までとは違う。正真正銘の決戦だ。ふざけた名前の組織を作って遊んでいる場合じゃないんだ。下がれ、俺は心配しているんだぞ』


 その言い様は上からのようにも取れるが、言葉に偽りはない。

 そのことは彼の人となりを知る麗美も、それを延々と聞かされる美李奈もわかっていることだった。


『ふざけてこのようなことができるとでも? この戦いは元々、私たちが始めたものですわ。ならば最後の責任を果たすのが王の役目。放り出すことの方がふざけていますわ』

「蓮司さん、あなたは冷たいようにふるまいながらもその心の内には人を愛する暖かな心がある。そして人々を守りたいという切なる願いも。それが今、あなたがそこに立つ理由であり、原動力なのはわかりますわ。ですが、それは我々とて同じ。地球には友がいます。住み慣れた我が家があります。それが踏みにじられるようなことだけは許しておけない」


 美李奈の戦う理由はつまりはそれだ。

 無秩序な破壊と蹂躙を許せるわけがなかったし、それを行う≪ヴァーミリオン≫という存在は到底認めるわけにはいかない。

 だから立ち上がったのだ。


「麗美さんはこのように言っていますが、状況を理解してないわけじゃありませんわ。彼女は彼女なりに、この危機的状況を……」


 その反応が検出されたのは突然であった。

 けたたましいアラートがコクピットを包み込むと同時に、モニターには狂ったように『脅威度レベル測定中』の文字が映し出されていた。


『美李奈様! 敵要塞より高エネルギー反応! 来ます!』

「くっ! 機体が勝手に!」


 執事の忠告通りに反応から逃れようとする美李奈であったがそれよりも前に、≪アストレア≫が勝手にその場を離脱し始めたのだ。


『何事ですの!』


 どうやらそれは麗美の≪ユースティア≫も同じだったようだ。


「この勝手な動き……! まさか!」


 ≪アストレア≫は時折勝手に行動することがあった。記憶に新しいのは初めて敵戦艦と戦った時だろう。

 つまり、それに同じような何かが起きようとしているのだと、美李奈は理解した。

 だが、問題なのはこうなると反撃などもできないということだ。


「要塞から光が?」


 上昇していく≪アストレア≫の中で、美李奈はキラッと何かが光るのが見えた。


「攻撃!」


 それが分かった瞬間、膨大なエネルギーの奔流が要塞から放たれていった。その暴力的な破壊の光は射線上にいた仲間の≪ヴァーミリオン≫すら巻き込んで、ぐんぐんと伸びていく。

 ≪巨大ヴァーミリオン≫もあっさりとその中へと消えていった。

 その先にあるのは、戦艦ユノであった。


「逃げなさい!」


 しかしエンジンを損傷し、鈍重となった戦艦ではそれは容易いことではなかった。

 その時、戦艦ユノの直掩についていた≪マーウォルス≫が障壁を展開しながらビームに立ちふさがるのが見えた。

 だが、美李奈は「防げるものか!」と無意識のうちに怒鳴っていた。

 そして、コクピットモニターには『脅威度レベル、危険域』の文字が映し出されていた。

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