わたくし、間男に求婚されます(7)



 ルンバ王子が、わなわなと震えております。


「これほどの屈辱は初めてだ。それほどにわたしが嫌いか?」


「…………」


 こういうのは気を持たせるのはよくありません。わたくし、はっきりとお答えいたしました。


「そうですね。好きか嫌いかといえば確かに嫌いなのですが。嫌いというよりは生理的に受けつけないというのが正しいのでしょうか」


「え?」


「ルンバ王子、いつもお食事のときは口元をべたべたにしてしまわれますよね。いい大人があのような食事しかできないというのは、一国を預かる身としては少しみっともないと思うのです。侍女たちが陰であなたさまのことをなんと呼んでいるかご存知ですか? ビッグベイビーだそうです。これはちょっと旦那さまにするには『ない』ですね」


 その点、魔王さまの礼儀作法は完璧ですからね。やはり男性は清潔感が大事だと思うのです。


 あら。

 なぜかしら。ルンバ王子が泣いていらっしゃいますね。


「貴様、王子になんということを言うのだ!」


 大臣さまが食って掛かってまいります。


「いえ、わたくし本当のことを申し上げただけですけれど」


「本当のことでも言っていいことと悪いことが……」


「もういい! おまえも黙れ!」


 ルンバ王子がお顔を真っ赤にして怒鳴りました。


「女と思って甘くしていたらつけあがりよって。意地でも我が妻にしてやる!」


 なんということでしょうか。これは完全に八つ当たりです。やはりこの方の求婚なんて断って正解でしたね。わたくし、とても仲良くしていける自信がございません。


「王子」


 大臣さまがおっしゃいました。


「それよりも、勇者どのはいま、魔王を救おうと我らに矛先を向けました。これは重罪ですぞ。いますぐ捕らえ、魔王と同じく宗教裁判にかけるべきでございます」


 え!?


「な、なんだと!」


 ルンバ王子が彼へ怒鳴りつけました。


「馬鹿な。血迷ったか、大臣! こやつを我が妃に迎えるために、こうしてやってきたのではないか」


「いいえ。このような逆賊の血を我が王の一族に入れるわけにはまいりません。のちのちの禍根になりますぞ」


 なんだか仲間割れが始まってしまいました。わたくしたち、ちょっと忘れられているような気がするのですけれど。

 すると魔王さまが合点がいったようにうなずかれました。


「……なるほど。そういうことであったか」


 なるほどではございません。なにかわかったならさっさと教えてくださいませ。魔王さまはテレパシーがあるからいいものを、わたくし急な展開に頭がついていきません。それにはやく戻らなければ、わたくしたちの大事な商売道具が兵士たちに斬られてしまうのですよ。


「そ、それは困る。勇者よ、あやつらは……」


 途端、魔王さまがふっと気を失われました。見ると、ルンバ王子も同じように気を失っております。いったい、なにが起こったのでしょうか。すると、テントの中にしゃがれた声がしました。


「フンッ。我が主も甘い。最初からこうすればいいのですよ」


 そこにはあの梟さんが立っていたのです。どうやら、剣士さまたちが戦っているものたちとは別に行動していたようです。

 大臣さまが狼狽えました。


「き、貴様。ここで魔王を討ってしまっては、我々の立場が……」


「だから甘いと言っておるのです。魔王は宗教裁判を恐れ、王子を手に掛けようとした。それを致し方なく討ったのだと説明すればよろしいでしょう」


「ゆ、勇者はどうするつもりだ?」


「勇者? ここにいるのは、魔王に洗脳されて我らに刃を向けた憐れな女性。魔王の死に己を失い、自らそのあとを追ったのです」


 彼はぞっとするような冷たい笑顔を向けました。


「所詮は表の英雄よ。我ら影の存在があったからこそ、あなた方は無事に旅を終えられたのです」


「ど、どういう意味ですか」


「お察しの通り、我々は北の諜報部隊。世界中に文を届けながら、世界の情勢をさぐるもの。同時にあなた方の旅を無事に終えるため、王国連合より密命を受けておりました。そのために我らは闇の精霊と契約を交わし、この力を手に入れた。そして、あなた方のできない汚れ仕事を引き受けてきました」


 そんなことが……。

 わたくし、まったく知りませんでした。


「それなのに、世界は我らを認めない。王国連合は魔王の脅威が排除されると、我らを亡きものにしようとしました。まあ、当然と言えば当然でしょうか。我らは王国連合にとって都合の悪い情報を持っていますからね」


「都合の悪い情報?」


 梟さんは、わたくしを嘲るようにおっしゃいました。


「魔族との百年戦争。その始まりは、実は人間側から仕掛けたということです」


「え?」


「知りませんでしたか。そうでしょう。若い世代は、魔族が悪だという観念を叩きこまれて育てられます。しかしそれは真実です。我らはその証拠も握っている」


 ……にわかには信じられません。

 もしその話が真実だとしたら、わたくし、いったいなんのために戦っていたのでしょうか。いったい女神さまとはなんなのでしょうか。

 いけません。頭がこんがらがってしまいます。わたくし、考えることはあまり得意ではないのです。

 すると、梟さんがわたくしの顎に手を添えました。


「しかし殺す前に、ひとつ聞かねばなりません」


「な、なんですか」


「『ムンドガルドの古代兵器』の在りかを吐きなさい」


 わたくし、この言葉に目を見開きました。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る