わたくし、お姑さまとたたかいます(6)



 見れば確かに、先ほどの男性たちもおりません。

 わたくし慌ててお手洗いに駆けて行きますと、本当にもぬけの空でございました。

 これは予想外です。まさかわたくしではなく、魔王さまのほうを狙ってくるとは。わたくしは屁とも思いませんが、いまの魔王さまが対抗できる保証はございません。

 いえ、きっと対抗できなかったから連れて行かれたのですよね。魔王さまから目を離すべきではございませんでした。平和ボケしたとはいえ、まさかこんな事態も予測できなかったとは情けない。わたくし、勇者失格です。


「あの、その男性たちはどこへ!?」


 店員さんに問い詰めますと、彼女は酒場の奥のドアを指さしました。


「あっちから出て、東の通りのほうに行きましたけどォー」


「ありがとうございます!」


 わたくしは彼女に食事代の銀貨を握らせました。


「え。ちょっと、こんなにもらえませんよォー」


「とっておいてください。妹さま、はやく向かいましょう!」


 呆然と立ち尽くす妹さまの手を取り、わたくしは酒場を出ました。


 暗い路地を駆けて行きます。東の通りは工場地帯なので、夜にはぐっと人気がなくなります。それにあそこには、使われていない廃墟も多いのです。そんなところに隠れられては、見つけ出すことは困難でしょう。

 しかし、どうして魔王さまのほうをさらっていったのでしょうか。どう見ても、女であるわたくしのほうがさらいやすいと思うのですが。

 いいえ、考えるだけ無駄です。いまは魔王さまを探し出すことを優先しなければいけません。とはいえわたくし、探索のようなことは苦手です。僧侶さまに応援をお願いするには、この町は村まで遠すぎます。

 と、隣を走っていた妹さまが悪態をつきました。


「くそ、これだから人間は嫌いなの! わたしたち魔族からすべてを奪っていく害虫よ!」


「い、妹さま……」


 しかし、いまの状況としては反論できません。そして彼女の怒りは、当然、わたくしに飛び火します。


「だいたい、おまえはそれでもお兄さまの妻なの!? みすみすお兄さまをさらわれるなんて、伴侶失格じゃない!」


「…………」


 悔しさに唇を噛みました。

 なにも言い返せるはずないではないですか。魔王さまはわたくしの夫ですけれど、同時に彼女のお兄さまなのですもの。家族への愛情が、伴侶への愛情に劣るわけがありません。わたくしが焦っているように、妹さまもこころから魔王さまを心配なさっているのです。

 でも、どうすれば……。


「待って!」


 妹さまが立ち止まりました。彼女は髪の毛をかき上げ、その黒いツノをさらします。それがわずかに発光しているように見えました。

 彼女はじっと目をつむっていました。やがて目を開けると、細い路地のほうへと走り出しました。


「……お兄さまの魔力を感じる。こっちよ!」


 慌ててそのあとを追いかけます。入り組んだ路地を抜け、やがてある建物の前に立ちました。壁には亀裂が走り、窓ガラスは割れております。

 この中に、魔王さまが?

 見ると、妹さまがうなずきました。わたくしたちは、その建物の中へと足を踏み入れたのです。


 魔王さま。どうかご無事で……。


 その建物は、もとは機織りの工場として使われていたようです。たくさんの古びた機織り機が並んでいる様子は、まるで怪物の影のように見えました。

 そして建物のいちばん奥の柱に、魔王さまが縛り上げられておりました。頬の擦り傷など、抵抗のあとが見えます。

 あぁ、なんてことでしょう。魔王さま、いますぐお助けします。


 しかし、ぬっと暗闇から男の影が現れました。先ほど酒場にいた男のひとりです。背が高く、目がくぼんでおります。彼はナイフを魔王さまの頬にあてました。


「おっと。動くなよ」


 わたくしたちの背後から、さらにもうひとりが現れました。そっちはずんぐりとした体形をしております。


「まさかそっちから来てくれるとはな。呼び出す手間が省けていいぜ」


 わたくし、妹さまを庇うように立ちました。


「いますぐ魔王さまを放してください」


「魔王?」


 すると、背の高い男が笑い声をあげました。


「こりゃいいや。こんな小せえ魔王なら、おれだって勇者になれちまうだろ」


 あぁ、なんてことを言うのですか。魔王さまを馬鹿になさったら、妹さまがぷっつんしてしまいます。

 わたくし息を飲んでいましたが、しかし妹さまから反応がございません。


「妹さま?」


 振り返りますと、彼女は小さく震えておりました。そのお顔は青ざめ、血の気がなくなるほどに唇を噛みしめております。

 酒場のときも思いましたが、もしかして……。


「人間が怖いのですか?」


 ぎくり、と肩が震えました。どうやら、図星のようでございます。わたくし、びっくりしてしまいました。


「ど、どうして入ってきたのですか!」


「う、うるさい! わたしもお兄さまが心配だったの!」


 これは大変です。わたくし、こんな足手まといを抱えて無事に魔王さまを助けられるのかしら。

 まあ、頑張ってみましょうか。わたくし魔王さまの妻であると同時に、世界を救った勇者ですものね。


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