わたくし、間男に求婚されます(6)



 西の大国の兵隊たちが夜を明かす野営地は、村から西にある森の中にありました。明々とした松明の灯りの中、見回りをする兵士たちがいます。わたくしたちは、その様子を遠くの木陰から見ていました。


「視線を感じますね」


 僧侶さまのお言葉に、みながうなずきました。


「あの梟たちでしょう」


「チッ。まさか本当に諜報部隊だったなんてな」


「勇者どの。いかがしましょう」


「…………」


 誘われているのはわかります。きっと、なにかしらの罠があるに違いありません。しかし、ここはあえて真正面から行くしかないでしょう。どちらにせよ相手の手の内というなら、その中でこそ活路が見いだせるというものです。


「では妹さま。お願いします」


 妹さまが黒い子豚に変身すると、ぶひっと鳴きました。それからちらりとうしろを見ます。そこには闇に紛れ、うちで飼っている大量の豚たちが控えておりました。みんな魔王さまの危機に立ち上がった同志たちです。

 妹さまがぶひっと鳴くと、野営地へと駆け出しました。それに続いて、豚たちも走り出します。怒涛の如く押し寄せる豚たちに、兵士たちは驚き、慌てふためいております。


「な、なんだこいつら!」


「うわ、攻撃してきたぞ!」


 妹さまによって完璧な統率をとられた豚たちが、兵士たちを翻弄しております。すぐに野営地は阿鼻叫喚の渦に巻き込まれました。やりました。まずは作戦が成功です。

 わたくし芸術のことはさっぱりわかりませんが、この光景が前衛的だということはわかりますわ。


「さあ、いまのうちに!」


 わたくしたちは、野営地へと侵入しました。


「魔王どのは、おそらく王族たちのテントの近くにいるはずです」


 と、豚の鎮圧化にも行かずに周囲を警戒している兵士たちがおりました。


「貴様ら。何者だ!」


「止まれ、止まらぬと斬るぞ!」


 剣士さまが舌打ちします。


「くそ、勇者を守りながらはきついぞ」


「お任せあれ!」


 すると騎士さまが、魔族としての姿を現わしました。黒い靄が彼を包んだと思うと、その中から黒い甲冑に身を包んだ首のない騎士が現れました。やはり同じように首のない不思議な馬にまたがっておられます。

 デュラハンです。かつて人間軍との戦争ではいくつもの逸話を残した、魔王軍で最強と言われる戦士です。王国の文献では何度か読んだことがありますが、わたくし始めて見ました。まさかあのお優しい騎士さまがその伝説の存在だったなんて。

 剣士さまも呆気にとられておりました。


「おまえ、ここで変身とかずるくね!?」


「ハッハッハ。わたしも主の奥さまにいいところを見せねばなりませんからな」


 騎士さまはわたくしを馬にのせると、馬をいななかせました。兵士たちが恐れをなして逃げていきます。その中を強引に突破しました。

 と、その行く手を遮るように、数本のナイフが地面に刺さりました。その瞬間、赤い影が周囲を取り囲みます。


「ったく、王国の兵士たちも情けないねえ」


 梟たちです。彼らはにやにやと笑いながら、剣を構えました。


「こいつら、みんな闇の精霊を宿してやがる」


 剣士さまが構えました。


「おれも少しはいいとこ見せなねえとな!」


 剣士さまが梟に斬りかかりました。彼らはそれをいなしながら、剣士さまにその刃を浴びせます。その剣が剣士さまの首に触れる瞬間、それを騎士さまの剣が弾きました。


「こやつらは強い。助太刀いたしましょう」


「余計なことすんな!」


 その隙に、僧侶さまがわたくしの手を引きました。


「勇者どの。はやく!」


「は、はい!」


 やがて、より厳重に守られたテントが見えました。魔王さまの微弱な魔力を感じます。あの中に囚われているのでしょう。


「浄化せよ!」


 僧侶さまの杖が眩い閃光を放ち、見張りの兵士たちは昏倒してしまいました。

 わたくしはその中に駆け込みました。


「ゆ、勇者!?」


「魔王さま!」


「ば、馬鹿者! なぜ来たのだ。これは貴様をおびき出すための罠……」


 わたくし、その首に抱きつきました。

 あぁ、本当に魔王さまです。そう思うと、涙が止まりませんでした。

 わたくし、本当に平和ボケしていたようですね。大切なものはいつ失うかわからないと、旅をしていたときはいやというほど理解しておりました。でも、魔王さまとの日々があまりに楽しくて、そんなことも忘れてしまうなんて。わたくし、本当に勇者失格です。

 魔王さまは、わたくしの頭を優しく撫でました。


「すまぬ。余が不甲斐ないばかりに……」


「いいえ、いいえ。こうしてまたお会いできて、わたくしは嬉しいです」


「ありがとう。余も同じ気持ちだ」


 あぁ、この瞬間が永遠に続けばいいのに。

 しかし、そんなに都合よくことは運んでくだいませんでした。


「勇者どの! はやく逃げ……」


 僧侶さまの悲鳴とともに、テントの入口が開きました。


「……勇者よ。わたしを愚弄したな」


 そこにはルンバ王子をはじめとする、北の王国の重鎮たちが立っていたのです。



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