わたくし、間男に求婚されます(5)
「老師さま……」
僧侶さまがこちらを見ました。
「勇者どの」
「……わかっております」
老師さま。ありがとうございます。わたくしも同じ気持ちでした。できればこんな形ではなく、最後にちゃんと別れのご挨拶をしたかったです。
あぁ、ついぞお祖父さまとお呼びすることができませんでしたね。
でも、ごめんなさい。
そのおこころはとても嬉しいです。でも、わたくしもここで引き下がるわけにはいきません。たとえ北の大国の彼らになにかしらの陰謀があったとしても、ここで逃げるわけにはいきません。いえ、むしろなにかがあるのなら、それを見過ごすわけにはいきません。
わたくしは勇者です。それは強いものの称号ではありません。ひとを幸福に導くのが勇者なのです。ここでわたくしが自分の命惜しさに逃げたとして、それによって誰かが悲しむのを許すことはできないのです。
すべてのひとは守れないかもしれない。でも、守れたかもしれないひとのことを後悔するなんてわたくしはいやなのです。かつてお師匠さまに甘いと言われました。そうかもしれません。でも、少しでもわたくしにできることがあるならなにかをしたい。それに老師さまにこんな男気を見せられて、負けたままでいるわけにはいきませんもの。
「わたくし、戦います。みなさま、勝手なお願いだとはわかっております。でも、もう一度だけわたくしにお力を貸してはいただけませんでしょうか」
すると剣士さまが笑いました。
「水くせえな。さっきからやってやるって言ってんだろ」
僧侶さまも肩をすくめてうなずいてくれました。
「まあ。勇者どのの無謀な行動には慣れました。いまさら驚きません」
なんていいひとたちなのでしょう。わたくしにはもったいない仲間たちです。柄にもなく涙が出てきてしまいました。
「お、おい。泣くなよ」
「だって、こんなにうれしいことありません。剣士さまなんて正直、がさつで人の気持ちなんてわからない利己的な子どもっぽいひとだとばかり思っていたのに。わたくし、あなたさまのことを少しだけ見直しました」
「……おい、それ以上言ったらてめえでもぶん殴るぞ」
あら。
褒めたつもりなのに、なぜか怒られてしまいました。もう、やっぱりこのひとの考えていることはわかりませんね。
「あなたたちはいかがしますか」
僧侶さまのお言葉に、妹さまがむっといたしました。
「に、人間のことは気に入らないけど、お兄さまのためだもん。わたしだってやるわよ」
「わたしも元帥さまより主の命をお預かりした身です。ここで引き下がっては騎士の名が泣きますな」
あら。そういえば……。
「そういえば、妹さまはどうして人間のことが怖いのですか?」
「こ、怖くないわよ!」
いまさらそんな見栄を張られましても。剣士さまたちがいると、心なしか部屋の隅のほうに逃げているようでございますし。
と、騎士さまがそっと耳打ちなさいました。
「妹さまは幼いころ、人間と……」
「あぁ、騎士! 余計なこと言わないでちょうだい!」
騎士さまの口を必死にふさがれました。
しかしこんなにひた隠しにされると、むしろ気になってしまうのですけれど。
まあ、そのことはおいおい教えていただくとしましょう。いまはそれよりも、大事なことがありますもの。
「しかし、向こうの真の目的とやらがわからないことには、魔王どのを助ける手筈も立てられませんね」
僧侶さまのお言葉に、みなが沈黙いたしました。
「勇者どのを妃に迎えることで、国交にて優先権を獲得したいということでは?」
「ならば女神さまのお力を封印するのはむしろいい手とは思えません。こうしてわたしたちを自由にしているというのは、むしろ魔王どのの奪還を誘っているように見えるのですが」
「ふうむ。我が主を餌に勇者どのをおびき出すことが目的ということですか」
「おそらく。しかし、その真意が見えません。妃に迎えたいだけなら、魔王どのを拘束した段階で取引を持ち掛ければいいと思うのですが……」
「我が主の報復を恐れているということは?」
「それもあり得ますね」
やがて僧侶さまと騎士さまの相談は行き詰まりを見せました。結論として、やはり向こうの目的を見出すには材料が少なすぎます。
「……どちらにせよ、乗ってみるしか手はないようですね」
「だ、大丈夫かよ。向こうにはあの闇の魔術を使う梟だっているんだぜ」
あら。剣士さまが弱気とは珍しいですね。
「大丈夫ですわ」
「な、なんでだよ」
「だって、剣士さまが守ってくださるのでしょう?」
剣士さまはお顔を真っ赤になさいました。
「……おまえ、ここでそれは卑怯だぞ」
「うふふ」
このお方、昔からすぐに照れるところは変わりませんね。そういうところはとても可愛いと思います。
さて、わたくしも気を引き締めなければなりません。
魔王さま、どうかご無事でお待ちください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます