わたくし、間男に求婚されます(4)
やがて駆けつけた僧侶さまに、わたくしたちは事の次第をお話しました。
「よりにもよって、宗教裁判ですか……」
僧侶さまは苦虫を噛み潰したようなお顔で呻かれました。
「僧侶さま。教皇さまに掛けあってはいただけませんか」
「いえ、おそらくは無理でしょう」
その答えは無情なものでした。
「宗教裁判は教皇さまが主導で行いますが、実際の決定権はギルドの運営元である北の大国にあります。確かに教皇さまは慈悲深いお方ですが、今回は魔王どのを擁護できる材料が見当たりません」
そんな……。
すると僧侶さまは、慌てておっしゃいました。
「あ。いえ、やってはみます。しかし……」
「しかし?」
すると僧侶さま、気まずそうにお答えなさいました。
「……左遷された身であるわたしの話をまともに聞いてくださるかどうか」
もう、肝心なときに本当に頼りにならない方ですね!
隅で黙っていらっしゃった妹さまが、とうとう泣き出してしまわれました。それを慌てて騎士さまがなだめてくださいます。
「勇者! お兄さまにもしものことがあったら、わたしがあんたを許さないからね!」
「妹さま、どうか落ち着いてください。勇者どのも苦しいのですぞ」
「こんなの、落ち着いてられないわよ!」
騎士さまがそのお髭を撫でました。
「しかし、どうにも解せませんな」
「なにがですか?」
「今回の一件、どうにも準備がよすぎるような気がします。我が主を連行する手際のよさに、勇者どのの力の封印。これは事前に申し合わせていたのではないでしょうか」
僧侶さまが眉を寄せます。
「つまりこれは、魔王どのを連れていくための計画だと?」
「その可能性は捨てきれないと思います。我が主が限りなく無害な人間になったとはいえ、その恐怖は人々の記憶に刻まれているはずです。やはり……」
騎士さまは、その先を言わずに沈黙なさいました。
やはり。その先の言葉は、わたくしにもわかります。しかし、それだけは口にしてはいけません。わたくしのためにすべてを捨ててこられた魔王さまのためにも、決して人間と魔族が共存できないなどと決めつけてはいけないのです。
だって、魔王さまはあんなにもお優しいのですもの。これまではいろいろな不幸が重なって隔たりができていたのかもしれませんが、きっとふたつの種族は手を取りあうことができるはずですわ。
でも、ここで魔王さまが本当に宗教裁判に掛けられてしまってはどうしようもございません。どうにかして助け出す方法はないものでしょうか。でもわたくし、いまは普通の人間になっています。とてもではございませんが、あの大国の兵士たちを相手に戦う勇気はございません。
あぁ、わたくし、こんなにも弱い人間だったのかしら。勇者なんて、一皮むければただのひと。こんなとき、お師匠さまの行動力が羨ましいです。きっとあの方なら、こんな状況でも後先考えずに突っ込んで行ってしまわれるのでしょうね。修業をしていた頃は猪突猛進で考えなしだと内心で馬鹿にしておりましたが、こうなると惨めなのはむしろわたくしのほうでございます。
と、いつの間にか剣士さまがわたくしの前に立っておりました。なぜか怒ったようなお顔で、わたくしを睨みつけます。
「け、剣士さま?」
「うじうじしてんじゃねえよ! てめえ、仮にも勇者なんだろ!」
「で、でも……」
「ったくよう。ひとりでなんでもしょい込むんじゃねえよ。おれたち、おまえの仲間だろ!」
じーんとしました。
あぁ、なんということでしょうか。まさか剣士さまにそんな大事なことを教えられるなんて。
確かにその通りです。わたくし、いつまでも悩んでいないで、前を向かなければなりません。だって、ここで本当に魔王さまを諦めてしまえば、本当に二度と会うことはできないのです。
わたくし、もっと魔王さまといっしょに過ごしたいのです。楽しかったなんて、いい思い出になんてできませんもの。
でも、どうすればいいのでしょうか。
わたくしが悩んでいると、僧侶さまがおっしゃいました。
「そういえば、老師どのの手紙にはなんと?」
そうでした。すっかり忘れていましたわ。
『さて、本題に入ろう。
仮に西の大国の連中がやってきたとしたら、わしの言葉をしかとこころに刻んでいてほしい。決して一時的な感情に流されてはいけない。
やつらの狙いは魔王ではない。真の狙いはそなたじゃ。
詳しいことはわからぬ。ただ、西の大国では大臣をはじめとする一部の上層部たちが、魔王を餌にそなたをおびき出そうとしているらしいことは確かなことじゃ。
勇者よ。くれぐれも注意しておく。たとえ魔王の身に危険が迫ったとしても、やけになってはいけない。身の安全を第一に考えよ。やつらは闇の魔術師を飼っている。一筋縄ではいかないだろう。
とうとう子宝には恵まれないわしだったが、そなたのことは本当の孫のように感じておる。どうかこの老いぼれの願いを聞いてほしい。
では、これを別れの言葉としよう。
運命が許すのなら、また会えることを願っている』
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