わたくし、間男に求婚されます(3)



 ルンバ王子が気を失ってしまわれました。

 さすがは大国の王子さま。お世辞にも力強いとは言い難い魔王さまの一撃でこうもあっさりノックアウトされてしまうなんて、貧弱さにかけては魔王さまを超えますね。でも、これは不幸中の幸いです。もしわたくしが感情に任せて手を出していれば、うっかりお命頂戴ということになっていたかもしれません。

 ……いえ、ちょっと現実から目を逸らしていただけですわ。


「き、き、貴様ァーっ!」


 大臣さまが怒り心頭といったご様子で叫びました。


「フンッ。仮にも一国の指導者になるというものが、その程度の分別しかわきまえぬとは笑わせる」


 まあ、なんて頼りになる旦那さまなのかしら。うふふ。


 いえ、そんなことを言っている場合ではございません。

 西の大国は、それこそ人間界の三大王国のひとつです。たとえルンバ王子が人民にいたるすべてが認める放蕩息子だとしても、やはりそれを殴ってしまうのは大変なことでございます。わたくし、なにか言い訳がないかと必死に頭を働かせました。


 実はこれがこの地域での伝統的な挨拶?

 それとも、ルンバ王子の頬に毒虫が?


 あぁ、これです。ここら辺には、きっと都会の方々には知らないような生き物がたくさんいるはずですもの。魔王さまはルンバ王子を助けることに必死になっているあまり、力加減ができなかったのですわ。これでいきましょう。わたくしにしてはナイスな言い訳ですね。


「いや、勇者よ。言い訳など無駄だ」


 あら。

 まさかやらかしてしまった本人から否定のお言葉をいただきました。まったく、ひとがどうしてこんなにも慌てているのかわかっていらっしゃるのかしら。古来より家の主人とは身勝手なものだといいますが、少しは家庭のことを顧みていただかなければわたくしだって怒ってしまいますわ。こういう小さな積み重ねが円満な夫婦生活の秘訣だと……。


「いや、そういうことではなくて……」


 すると大臣さまが魔王さまに歩み寄りました。


「魔王よ。やはり人間になっても、その狂暴性は変わらんようだな」


 あらら?

 このお方、魔王さまの正体を知っていらっしゃるのかしら。


「当然だ。余がこちらに来るとき、最初に和平を持ち掛けたのがこの国だからな」


 さも当然のようにおっしゃいますが、それがわかっててどうして殴ったりしたのでしょうか。

 コホン、と魔王さまが咳をいたしました。あら。ご自分の都合が悪くなるとこれかしら。もう、魔王さまったら本当にお父さまに似てきて困ったものですわ。

 大臣さまがおっしゃいました。


「貴様を人間として迎える条件として、三つの条約を結んだはずだ。まさか忘れたとは言わせんぞ」


「…………」


「ひとつ、貴様は必要以上の兵を持ってはならない。ひとつ、貴様は常に我らに居場所を報告する義務がある。ひとつ、いかなる理由があろうと貴様は人間に危害を加えることは許されない」


「いちいち言わずとも、しかと覚えておる」


「反省の色もないな。ならばその条約に背いた場合の罰則も覚えておろうな」


「…………」


 魔王さまが忌々しげに舌打ちなさいました。


「貴様は宗教裁判にかけられる。拒否権はない」


 大臣が指を鳴らしました。


「身柄を拘束しろ」


 途端、控えていた赤服の兵士たちが魔王さまの腕を押さえました。


「お、お待ちください!」


 わたくし、慌てて止めに入りました。すると大臣さま、まるでそれを待っていたかのように指を鳴らしました。


「出番だ、梟よ!」


 そのときです。わたくしの背後に、気配もなくひとりの男性が立っておりました。

 振り返るのも間に合わず、わたくしの右腕が掴まれます。と、その部分にまるで火に焼かれるような激痛が走りました。わたくしその場に膝をついてしまいました。

 改めてそのお方の顔を見ます。それは数か月前、僧侶さまの手紙を運んできた梟さんだったのです。彼はにやりと笑いました。


「すみませんなあ。ここで勇者どのに割り込まれては、我が主が困ります故……」


 いったい、なにが……。その部分を見て、わたくし驚きました。そこには黒い奇妙な刻印があったのです。それにはわたくし、見覚えがございます。

 これは邪神の紋章です。


「てめえ、勇者になにをしやがった!」


 剣士さまが掴みかかろうとしました。しかし梟さんはまるで霞のように消えると、向こうのほうへと立っていたのです。わたくしが目で追えませんでした。まるで蜃気楼のような動きです。


「一時的に女神の加護を封印させていただきました。なに、特別な害はありません。あなたが普通の女性になってしまった。それだけのことです」


 ハッとしました。精霊の力を降ろそうとしても、この方の言う通り、まったく反応がなくなっていたのです。


「では、魔王はこちらで預からせてもらう」


 大臣さまがそう言い、魔王さまを連行していきました。


「魔王さま!」


 魔王さまが引っ立てられながら、苦しげな微笑を浮かべました。


「勇者よ。貴様と過ごした時間は短かった。しかし余にとっては、まさに夢のような時間だった。どうかこれからも、みなと幸せに暮らしてほしい」


 いけません。それではまるで、今生の別れのようではございませんか!


「やめろ、勇者! いまのおまえじゃ無理だ」


「剣士さま、止めないでください!」


 しかしわたくしの叫びも空しく、魔王さまは兵士たちに連れて行かれてしまったのでした。



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