わたくし、間男に求婚されます(2)



 外に出ますと、家の前に赤い隊服を着た兵士さまたちが立っておりました。その列はずらりと村の外まで続いております。


「な、なんだこりゃ……」


 剣士さまが呆然とつぶやきました。

 わたくしも同じ思いでした。しかし同時に、ある懸念が生まれておりました。わたくし、その隊服に見覚えがあるのです。


 この隊服は確か……。


 いえ、でもそんなはずはございません。

 だって彼の国は、いくつも山を越えたずっと西のほうでございますもの。こんなところまでやってくるなどあり得ません。

 村人たちが、兵士さまたちを物珍しげに――いえ、むしろ恐怖のまなざしでそれを見つめております。わたくしたちは旅の間に王国の兵士たちの統率力を知っておりますが、こんな辺境で暮らす村人には初めて見るものです。このまるで人間のそれとは思えない動きは、瞬きひとつすら許しません。


 と、隊列の間を歩いてくる人影がありました。そのお姿を見て、わたくし先ほどの予感が確信に変わりました。

 その男性――西の大国の王子さまが、わたくしを見て仰々しく両腕を広げました。


「勇者よ。久しいな!」


 わたくし、恭しくお辞儀をします。


「お久しゅうございます」


 えっと……。


「パロさま?」


 すると王子さま、お顔を真っ赤にして吠えられました。


「ちがあう! まさか、またわたしの名を忘れたのではあるまいな!」


「い、いえ。まさか。冗談でございますよ。うふふ」


 ええっと、ええっと……。


「……サンバさま?」


「そんな陽気な名前なわけないだろう!」


 すると、うしろから魔王さまがちょんちょんと肩をつつきました。


「勇者よ。ルンバだ」


 あぁ、確かそうでした。初めてお会いしたとき、なにかお掃除の道具みたいな名前だと思った記憶がございます。魔王さまのテレパシーって、本当に便利ですね。


「おい、勇者。こいつ、確か……」


 あら。やはり剣士さまも覚えていらっしゃったのですね。いろいろな国を巡りましたけれど、その中でもとっても印象深いお方でしたもの。


 でも、まさか……。


「あの、ルンバ王子。どうしてこんなところに?」


 すると、わたくしが考え得る限りの最悪の答えが返ってきたのです。


「よくぞ聞いてくれた。もちろん、貴様を妃に迎えるためだ!」


 魔王さまをはじめとするみなさまが、ぎょっとなさいました。

 あぁ。もしかして、とは思いましたが……。

 わたくし、がっくりとうなだれました。


 まだわたくしが旅をしていたころ、このお方の国を訪ねたときのことです。

 剣士さまが街で起こった強盗事件の濡れ衣を着せられ、牢屋に入れられてしまったのでした。まあ、止めたのにお酒を飲み過ぎて記憶をすっかりなくしていらっしゃった剣士さまが悪いと言えば悪いのですけれど。しかし自業自得とはいえ、仲間を助けないわけにはいきません。事件は無事に解決したのですが、そのせいでこのルンバ王子に見初められてしまい、何度も結婚を申し込まれたのです。

 それはもちろんというか案の定というか、魔王さまを討伐したあとの求婚騒動にも及びました。毎日のように花束や宝石、挙句に奴隷など数々の品を贈りつけられ、お世話になっていた王宮の広間が足の踏み場もなくなるほどでございました。


 つまるところ、この実家での隠居生活を決意したのも彼のせいなのですね。


「ど、どうしてここが?」


「なあに。貴様が世話になっていた国の王族どもに聞いたら、あっさり口を割ったぞ」


 ……うーん。

 この方には特にお教えしないように念を押しておいたのですが、所詮は海運業でやっとこさ維持できている小国ですもの。こんな大国の圧力がかかれば、この結果も当然と言えば当然でしょうか。

 と、ルンバ王子がわたくしの手を取りました。戸惑うわたくしの前に膝をつきます。


「さあ、勇者よ。こうしてはるばるやってきたのだ。今日こそはよい返事を聞けるのだろうな?」


 そうおっしゃると、わたくしの手の甲にそっと口づけいたしました。


 ぞくぞくぞく……!


 背中にとてつもない悪寒が走ります。思わずぶん殴りそうになるのを、必死でこらえました。相手は町の荒くれものとはわけが違います。

 このお方、目的のためなら手段は選ばないひとなのです。もし下手にお怒りを買えば、それこそ金に物を言わせてとんでもないことを仕掛けてくるに違いありません。それがわかっているから、求婚騒動のときも遠回しにやんわりとお断りしていたのですけれど。

 やはり伝わっていなかったようですね。この方、自分のことしか見えていませんもの。


 と思っていると……。


 ふとわたくしとルンバ王子を引き離すように、魔王さまが立たれました。珍しく肩を怒らせながら、その右腕を振り上げます。


「貴様! 誰の断りを得て、ひとの妻に馴れ馴れしくしておる!」


 そうして、そのこぶしは見事にルンバ王子の左の頬を捉えます。貧弱なルンバ王子は、こんな幼い外見の魔王さまの一撃であっさりとノックアウトされました。


 あら。まあ。

 わたくし、目まいがするようでございました。


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