わたくし、家庭を脅かす存在に立ち向かいます(4)



 その日の午後、魔王さまのお屋敷で生活をなさっている騎士さまがやってまいりました。どうやら魔王さまになにか報告があるようでございます。僧侶さまも加えた顔ぶれで、わたくしたちは午後のお茶を飲んでおりました。


「剣聖といいますと、剣士さまのお師匠さまのことですか?」


「えぇ。ひとのうわさによりますと、その剣聖が代替わりを果たしたということらしいですね」


 それは驚きました。剣聖とはそのまま、この世界でもっとも強い剣士の称号です。旅をしていたころに一度だけ手合わせをお願いしましたが、まるで歯が立ちませんでした。まだ精霊の力を得る前のことでしたが、いまでも敵うかどうかわかりません。

 剣聖の代替わりとはすなわち、その剣聖が倒されたということでございます。


「それが剣士さまなのですか?」


「そういうことです。わたしも未熟ながら剣を使うもの。一度、手合わせを願いたいものですなあ」


 騎士さまがからからとお笑いになりました。

 しかし、剣士さまが剣聖ですか。そんなにお強いようには見えませんでしたけれど。まあ、あの剣聖さまもずいぶんお年を召していらっしゃいましたからね。お若い剣士さまがひょいと勝っても不思議ではないですけれど。


「それにしても、剣士さまには困りましたねえ。剣聖の称号を得たら、次は勇者の称号が欲しいなど、まるで子どもではございませんか」


 ふうっとため息が出ました。強さを求めるのは男としてよいことだと思いますが、やはり本当の強さとは健全な精神に宿るものです。

 と、なぜか僧侶さまたちが微妙なお顔でわたくしを見ていらっしゃいます。


「……どうしましたか?」


「あ。いえ……」


 僧侶さまが気まずそうにおっしゃいました。


「剣士どのも、すいぶんと厄介な星のもとに生まれたものだな、と思いまして」


 あら。まるでわたくしが悪いような口ぶりですね。とても心外ですわ。それではわたくしが見当違いをしているようではございませんか。


「魔王さまはどう思いますか?」


 そういえば、魔王さまはテレパシーが使えますものね。剣士さまのような直情型の方でしたら、もうなにを考えていらっしゃるか丸わかりのはずです。

 あ。わたくし、ひらめきました。ここは魔王さまに剣士さまの説得を試みてもらうというのはいかがでしょうか。いまは確かに、魔王ということでこころの隔たりがあるかもしれません。しかし剣士さまも、魔王さまのお優しさをご理解していただければきっと……。


「い、いや、勇者よ。それはまずい」


「あら。どうしてですか?」


「だ、だって……」


 なぜかもごもごと口ごもってしまわれました。他の面々も同様でございます。

 この話題の中心にいるのにまったく溶け込めていない雰囲気はなにかしら。完全に蚊帳の外でございます。

 かつて貴族さまのご令嬢たちが開催した女子会に加わったときのことを思い出しますね。わたくし一生懸命、森で魔物を仕留めるための方法や罠を張るときのコツなどをお話して聞かせても、まるで潮が引くように遠ざかっていきました。だってしょうがないではないですか。貴族の女性たちが興味を持っているようなお洒落や恋愛話では、魔物は殺すことができないのですもの。


「そ、そういえば騎士よ。余に報告とはいったい?」


 むっ。魔王さまが慌てて話題を逸らしましたね。ちゃんとお話をする前に無理やりお終いにしてしまうところ、お父さまに似てきたんじゃないですか。


「あぁ、そうでしたな。我が主よ。最近、この土地に妙な連中が増えているのをご存知ですかな」


「妙な連中?」


「えぇ。真っ赤なマントを着た、手紙を運ぶことを生業とする男たちです」


 あら。それは梟さんのことですね。でも、こんな辺境にそんなにたくさんのお手紙が来るとは思えませんけれど。


「実はここ数か月の間に、十数人規模の赤マントが潜り込んでいるのです」


 あら。それは初耳です。でも、そんなにいらっしゃったら目立ってしょうがないのではないでしょうか。わたくし数か月前に僧侶さまたちのお手紙を運んでくださった方しか見ておりませんけれど。


「勇者よ。マントを脱げば、それは普通の男だろう。おそらくあの目立つ色は、いざというときに姿をくらませるための仕掛けなのだ」


 あぁ、なるほど。

 僧侶さまも納得したようにうなずきました。


「確かに最近、村ではあまり見かけない男がいるような気はしていましたが……」


 そういえば、僧侶さまはまだ赴任して日が浅いですものね。気づかないのも無理はございません。

 まあ。そもそもこのお方、美男子の顔しか覚えられないのですけれどね。


 しかし、よくわかったものですね。わたくし、これでも戦場に生きてきたのに、ちっとも気づきませんでした。やはり平和ボケはしたくないものですね。まあ、そのぶん魔王さまとの生活が楽しいという証でございますけれど。

 騎士さまは少し自慢げな様子でおっしゃいました。


「わたしたちは、ひとならざるものたちと交流を持ちますからな」


「精霊などですか?」


「その通りです。わたしは草木と会話をすることができるのです」


 ははあ。それは便利。


「それで騎士よ。梟どもはなにを企んでおるのだ?」


「えぇ。それによりますと……」


 と、そのときでございました。

 突然、窓ががたがたと揺れたのです。見ると、子豚の姿になった妹さまが窓を開けようと苦戦していらっしゃいます。

 たぶん豚小屋の自室のほうへと戻っていらしたのですね。どうりで静かだと思いました。しかし、かぎ爪が邪魔なら人間の姿に戻ればよろしいのではないでしょうか。

 魔王さまが窓を開けると、彼女が飛び込んできました。人間の姿に戻ることも忘れて、ぶひぶひと騒いでおられます。


『お、お兄さま。大変です!』


「ど、どうしたのだ!」


『朝に来た剣士が、剣士が……!』


 わたくし、慌てて立ち上がりました。家を出て、豚小屋に向かいます。魔王さまもあとを追ってまいりました。やはりこの方、豚の危機にはとても機敏な反応を見せますね。ちょっと妬けちゃいます。

 そしてわたくしたちは、豚小屋にたどり着きました。そこには、予想だにしない光景が広がっていたのです。


 放牧をしている豚たちの中に、暗黒のオーラに身を包む剣士さまが立っていたのでした。


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