わたくし、家庭を脅かす存在に立ち向かいます(3)
「ま、魔王だと!?」
わたくしが事情を説明いたしますと、剣士さまは村に響き渡るような大声を上げられました。
「お、お、おまえ、正気か!? そいつは敵だぞ! そいつを倒すために命がけで旅してたんじゃねえのかよ!」
まあ、なんて新鮮な反応なのかしら。わたくし、なぜかうれしくなってまいりましたわ。でも確かにそうですわよね。最近、感覚が鈍っていましたが、本来は勇者と魔王は決して相容れない存在ですもの。前の僧侶さまの反応のほうがイレギュラーなのですよね。
でも、好きになってしまったのはしょうがないではないですか。女として生まれたなら、やっぱり自分の想いに素直に生きたいものですよね。
「そ、僧侶。本当なのか?」
「まあ、このふたりの惚気っぷりは、周辺では有名ですからね」
あら。それは初耳でございます。やはりこの深すぎる愛は隠しきれるものではないのでしょう。少し恥ずかしいですけれど、悪い気はしませんねえ。
剣士さまは呆然としたまま、震えた声でつぶやきました。
「ゆ、勇者。その、魔王とは、もう……」
「はい?」
魔王さまと、いったいなにかしら。
すると、僧侶さまがそっと耳打ちなさいました。
「勇者どの。たぶん剣士どのはあれの話をしていると思うのですが」
「あら。まあ」
そんな質問に答えるなんて、さすがにわたくしも恥ずかしいです。でもまあ、別に夫婦なら普通のことですよね。むしろこれは下手に隠そうとするほうが却って気まずくなってしまうのではないでしょうか。
「それはまあ。……はい」
ぽっ。
それでもずいぶんと照れますね。なぜか僧侶さまが冷たいまなざしでこちらを見ていられます。これは旅のときに通った氷の洞窟よりも背筋にくるかもしれません。
そういえば最近、近くの村の男の子に言い寄って呆気なく振られたと聞きました。八つ当たりは本当に勘弁していただきたいものですわ。
しかし、こんなことを言わせるなんて剣士さまは相変わらず意地悪ですねえ。街の女の子に言い寄られても興味ないというお顔をしているくせに、とんだむっつりさんです。いくら身体を鍛えても、精神のほうはちっとも成長しておりません。
「ハ、ハハ……」
剣士さま、なぜか世界に絶望したようなお顔をしていらっしゃいます。彼はゆらりと背中の大剣に手をかけました。それを抜くと、魔王さまに向かって構えます。
「ゆ、勇者。おまえは操られてるんだ。そうだ。そうに決まってる……」
キッと魔王さまを睨みつけて、雄叫びを上げられました。
「魔王! てめえをぶっ飛ばして勇者を正気に戻す!」
その瞬間、わたくし跳びました。
「ちょいやさー!」
その右足はきれいな放物線を描きながら、剣士さまの左頬に命中します。まったく警戒のなかった方向からの衝撃に、彼の身体は妙な方向に曲がりました。そのまま剣士さまのお身体は地を転がり、向こうの家の壁に衝突いたします。
あら。なんだか思ったよりも弱いですねえ。
「ゆ、勇者どの。本気で蹴ってどうするのですか!」
僧侶さまが慌てて剣士さまに駆け寄りました。手のひらを彼の顔に掲げ、癒しの呪文を唱えます。
だってしょうがないではないですか。いまの剣士さまは、明らかに錯乱しておられます。まさかわたくしではなく魔王さまを狙うなんて、筋違いもいいところですわ。いまはもう関係のない間柄とはいえ、かつては命を預け合った盟友ですもの。そんなひとが罪を犯すのを、黙って見過ごすわけにはいきません。だってわたくし、勇者ですもの。
しかし、まあ。そんなに勇者というものに憧れを抱いていらっしゃったのですね。それはもはや狂信の域に達していると思われます。
しかし勇者とはいえ、所詮はひとりの人間です。そのことをご理解いただけない方に、残念ながらこの称号をお渡しすることはできません。でなければ、いつか大きな過ちを犯してしまうのです。
まあ、これはお師匠さまの受け売りですけれどね。わたくし、そんなに難しく考えたことはございません。正直なところ、魔王さまに危害を加えるものでしたら、きっと女神さまだって蹴飛ばしてしまうのでしょうね。
あら。これではまるで、わたくし淑女失格ではございませんか。
と、僧侶さまの回復魔法が完了したご様子です。
「ほら、剣士どの。起きてください」
「ん、……あぁ」
うっすらと目を開けた剣士さまが、ゆっくりと身体を起こします。
「ゆ、勇者。本当に、魔王と結婚したのか」
「はい」
彼はぎゅっと唇を噛みしめられました。
「あ、愛してるのか?」
あら。
まさか剣士さまからそんなロマンチックなお言葉が出るとは思いませんでした。野蛮な方だと思っていましたが、意外に可愛らしい一面があるのですね。この方といい、魔王さまといい、男性とはとても奥深い生き物でございます。
「もちろんです。わたくし、魔王さまと一生を添い遂げるつもりですわ」
剣士さまが立ち上がりました。
「ちくしょおおおおおおおおおおおお」
そう泣き叫びながら、森のほうへと走っていってしまいました。どうしたのかしら。もしかして、さっき蹴ったせいで頭がおかしくなったとか?
……うーん。
やはりあの方、なにを考えていらっしゃるのかさっぱりわかりませんねえ。
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