第4章.わたくし、お姑さまとたたかいます
わたくし、お姑さまとたたかいます(1)
それは雨の季節も過ぎ、一気に暑い気候へと変わっていくころのことでございました。
その日、わたくしと魔王さまは半日ほど歩いた場所にある町へと向かっておりました。丸々育った豚を数頭ほど、商業ギルドに卸すためでございます。
豚をのせた荷台を引きながら、わたくしはうしろから押している魔王さまに声をかけました。普通は数頭の馬で引くのですが、精霊の加護を受けるわたくしのほうが力は強いのでこうしております。
「魔王さま。そういえばこちらに来るときに、人間の街はご覧に……」
しかし魔王さまは、わたくしの話を聞いてはおりませんでした。荷台の豚と見つめ合いながら、悔しそうに涙を流しておられます。
「……すまん。余が生きるために、貴様の命を奪うことを許してくれ。なに。そんなことは最初から知っている? なら、なぜ抵抗もせずに……。そうか。貴様にも、守るべきものがあるのだな」
そう言って、豚に向かって微笑みかけました。どうやらわたくしの計り知らぬところで、感動のドラマが発生しているようですね。
あれほど売り物の豚とお話しないようにと注意しているのに、こればかりはどうにもならないようです。まあ、その優しさが魔王さまのいいところですので、わたくしも無理にやめさせようとは思いません。ただ、魔王さまにもいつかは乗り越えていただかなくてはならないことです。なにかよい手段はないものかしら。
そんなことを考えていると、ふと僧侶さまのお顔が浮かびました。あの方が「旅のときにこそ男の本質はわかるものだ」とおっしゃったことがあるのです。
確かさる東国の貴族さまのひとり息子と駆け落ちしたときのことでございました。とても凛々しくてかっこいいお方だったのですが、そのマザコンぶりに僧侶さまが愛想を尽かして戻ってきてしまったのです。貴族さまとは大なり小なりそういう側面がございますが、その方のものはずいぶんひどかったらしいですね。やはり親離れできない男のひとというのは、あまり魅力的ではございません。
その点、わたくしの旦那さまは安心ですね。なにせ、わたくしのために魔族を捨ててまで……。
「わかった。貴様の残してきた息子たちは、おれが必ず守って見せる」
魔族は捨てられても、豚離れができない魔王さま。これはこれで嫌ですねえ。あと魔王さま、売り物の豚を逃がしたりしたらお説教ですよ。
やがて町が見えてきました。夜になるかと思いましたが、どうにか日の昇っている間に到着ことができましたね。
この町の商業ギルドは、わたくしの村を含むこの地方一帯の商人たちが加入していて、付近の物流の中心になっております。わたくしのお父さまの豚も大変にご贔屓にしていただいており、こうやって定期的に卸しに行くことになっております。
この付近では非常に珍しい石塀で囲まれた町です。その門を入ってすぐの右側に、商業ギルドの建物はございます。性質上、たくさんの荷物が出入りする場所なので、この開けた場所に構えていらっしゃるのですね。
たくさんの人々が行き交う入口に来ると、白髭の商人が出迎えました。彼はひとのよさそうな笑みを浮かべております。
「あぁ、お嬢ちゃん。しばらく見なかったから、てっきりどこかへお嫁に行ったのかと思っていたよ」
「あら。わたくしのことを憶えていらっしゃるのですか」
「あぁ。昔はぼくのほうから村に行っていたからねえ。それにしても、弟さんなんていたのかい」
「いいえ。この方、わたくしの旦那さまです」
「えぇ!? こ、子どもじゃないか」
魔王さまがむっとなさいました。外見的にはその誤解も仕方がないとはいえ、ここはしっかりと否定しておかなければ旦那さまの威厳に関わりますものね。
「いいえ。このお方、わたくしが旅している間に出会いました遠い国の王さまなのです。とある事情でこの地域を治めることになりましたが……」
「へ、へえ。それはすごいねえ」
あら。どうにも信じていらっしゃらないご様子ですね。ここはしっかりと魔王さまの素晴らしさをお教えしておかなければいけません。
「この方はとてもお優しいのですよ。なにせ豚の一頭一頭にお名前をつけ、その好き嫌いもすべて把握しているのです。潰すときにはそれはもうご抵抗なさいましてわたくしたちも正直、とても手を焼いて……」
「勇者よ、もうよい」
あら、魔王さまがとても疲れたお顔をなさっております。わたくし、なにか失言でもしてしまったのでしょうか。
すると商人さんが建物から数頭の馬を連れてきて、豚の荷台を中へ促しました。
「じゃあ、こちらへもらおうか」
そうです。うっかりしておりました。わたくしは荷台ごと商人さんに豚を引き渡しました。こちらに馬がいないことを不思議そうにしておりましたが、説明すると面倒なことになりそうなので黙っていようと思います。
と、向こうの部屋に連れて行かれる豚に向かって、魔王さまが手を振っておられました。
「貴様たちの来世に神の加護があらんこと!」
それに応えるように、豚がぶひっと鳴きました。商業ギルドの方々が、物珍しげにこちらを見ておられます。わたくし恥ずかしさのあまり、いますぐ魔王さまを引っ張って出ていきたい気分です。しかし、そういうわけにもいきません。ちゃんと代金をいただかなければ、お母さまに叱られてしまいますもの。
代金を頂いていると、商人さんが言いました。
「そういえばお嬢ちゃん。午後の競りに参加していかないかい。なんでも、すごく珍しいものが出るって話だ」
「珍しいもの、ですか?」
わたくし、少しだけ興味が湧きました。そのお言葉に従い、入場のための割符をいただきます。
しかし、まさかですよね。
その競りがわたくしと魔王さまの新婚生活に暗雲をきたすことになろうとは、そのときはこれっぽっちも思わなかったのです。
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