わたくし、昔のお友だちに旦那さまを紹介いたします(結)
やがて眩い光が消え、視界がはっきりとしてきます。
わたくしが目を開けると、そこには魔王さまが倒れておりました。
「ま、魔王さま!」
急いで駆け寄り、その身体を起こします。どうしましょう。あれほどの魔力を受けるなんて、いまの魔王さまなら即死してもおかしくはありません。
あぁ、なんということでしょう。世界は救えても、ひとりの大事なひとも守れないなんて。そんな勇者なんて、存在する意味があるのでしょうか。
「魔王さま、魔王さま……」
必死で揺すります。その穏やかな表情が、わたくしの視界がにじんでいきます。
かつて、いろいろな土地を巡りました。そしていろんなところで、悲しい出来事も見てきました。何人ものひとが愛するひとを残してこの世を去っていく。そのひとつひとつが胸に刺さるようでございました。
泣いたこともあります。それでも、その悲しみのすべてを合わせても、きっとこの涙のひとしずくに劣るのでしょう。そんな不謹慎なことを思うなんて勇者失格ですが、そんな気がしてならないのです。
魔王さまを失って、わたくしこれからどうすればいいというのでしょうか。
……あら。
わたくし、ふと気づきました。
魔王さま、呼吸をしていらっしゃいます。それどころか、よく見ればそのお身体には傷ひとつございません。
「ん……」
魔王さまが吐息を漏らし、うっすらと目を開けられました。彼は信じられないというように、ご自分の手のひらを見つめています。
「よ、余は生きておるのか?」
「魔王さま!」
わたくし、思わずその首に抱きつきました。
あぁ、本当によかった! あまりの喜びに、わたくし村人たちに見られていることも忘れて頬に口づけしておりました。
「こ、こら、勇者よ!」
魔王さまは恥ずかしがって顔を背けました。あぁ、そんな魔王さまもお可愛いです。しかし無理に引き剥がそうとしないあたり、やはりお優しい方ですね。
でも、どうして? 僧侶さまの光球は、確かに魔王さまに直撃したはず。まさかあの僧侶さまが魔法を失敗するとは思えませんし……。
と、向こうで村人が声を上げました。
「し、神官さま。大丈夫ですか!」
見れば、僧侶さまが倒れられております。わたくしは魔王さまを木の幹に寄りかからせて、急いで彼女の元へ走りました。村人たちをかき分けて、彼女を抱き起します。
「僧侶さま。これはいったい……」
彼女の右腕に、びりびりと強い魔力が流れているご様子でした。僧侶さまは顔をゆがめながら、わたくしの言葉に答えます。
「いえ、お気になさらずに。魔法を強制的に解除した反動です。しばらくは苦痛を伴いますが、命に別状はありません……」
「ど、どうして……?」
すると、彼女は微笑みました。そのお顔は、まるで世界で崇められている女神さまの像のようでした。
「……これまでたくさんの恋をしました。でもわたしには、命を懸けて守ってくれるようなひとはいなかった」
彼女の頬に、一筋の涙が流れました。その左手で、わたくしの腕を掴みます。彼女はすすり泣きながら、わたくしに訴えました。
「勇者どの。許してください。わたしは魔王を憎んでいたのではありません。自分の浅はかさを棚に上げ、勇者どのの幸せを嫉んでいたのです」
いえ、それは知っていたのでご安心ください。あなたがうっかり白状していたのですよ。
とはさすがに言えずに、わたくしはただ彼女に微笑みかけました。
「なにをおっしゃいますか。わたくしたち、お友だちでしょう?」
「勇者どの……」
わたくしたちは、しっかりと握手を交わしたのでした。もしかしたら、いまこそ僧侶さまと本当にわかりあえたのかもしれません。
こうして、わたくしお騒がせな僧侶さまと仲直りをいたしました。
そして後日のことです。
わたくしは隣村の教会に赴きました。そこで魔王さまとの馴れ初めと、いかに魔王さまが無害な存在かをご説明いたしました。僧侶さまからも、今度はちゃんとご理解をいただけたご様子でした。
と、ふいに彼女がおっしゃいました。
「あれ。ということは、わたしの極秘任務とは?」
あぁ、そういえば。
わたくしは懐から、教皇さまのお手紙を取り出しました。それを読んでいくにつれて、僧侶さまのお顔が真っ青になっていきます。彼女は震えながら、その手紙をくしゃりと握りしめてしまいました。
「……じゃあ、わたしの帰りを待つ美男子たちは?」
「しばらくお預け、ということではないでしょうか」
僧侶さまは立ち上がると、女神さまの像に向かってお嘆きになりました。
「女神さま、あんまりですー!」
あらあら。
どうやら、彼女の苦悩の日々はもう少し続きそうでございますねえ。
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