わたくし、昔のお友だちに旦那さまを紹介いたします(8)



 緊迫した空気の中、わたくしは魔王さまを庇うように立ちました。

 どうしましょう。まさか村人まで巻き込むとは、いよいよもって許しがたい所業です。勇者として――いえ、かつての仲間として、僧侶さまの暴走を止めなければいけません。


 しかし、どうやって?


 ここで女神さまの力を使うのは簡単です。しかし、それはいけません。先ほども言った通り、困ったからといって暴力に頼るのは決してよい手段ではないからです。それに村人たちに怪我をさせては、もはやとり返しのつかない事態に発展してしまうのでしょう。

 できれば僧侶さまを説得し、円満に解決したいのですけれど。しかし、その手段がわたくしには思いつきません。


 そう思っていると、ふと村人のひとりが僧侶さまに歩み寄りました。


「神官さまや」


 僧侶さまが首を傾げられます。


「なんでしょうか?」


 そして村人さんは、いままでの緊張感をぶち壊すようなのん気なお声で言ったのです。


「あんた、なにを夢みたいなこと言ってるんだね?」


「え……?」


 すると、その隣のおばさまがうなずきました。


「んだんだ。あの娘っ子は確かにしばらくいなかったけど、遠くに嫁に行ってうまくいかずに戻ってきたそうじゃねえか。神官さまとはいえ、出戻り娘の傷をほじくるのはよくねえべ」


 向こうで見物していた村の大工さんが口を挟みました。


「だいたい、こんなぽやーっとした娘が勇者さまなわけないだろ。この娘が魔王なんかと戦ったら、息だけで飛ばされちまうって」


「違いねえな」


 わはははは、と村人たちが爆笑いたしました。


「…………」


 いえ、余計な混乱が生まれないのはいいことですわ。なによりも平和がいちばんですもの。誰も傷つかないことこそ、至上の喜びではございませんか。

 しかし、この気持ちはなんでしょうね。みなさまの考えもわかりますし、そんなことをいちいち否定するつもりはございません。旅をしていたときだって、なかなか勇者だと信じてもらえずに関門を通してもらえなかったこともありました。

 でも、こう。なんだか、いますぐ森に走っていって大きな樹を思い切りぶん殴ってやりたい衝動がこみ上げてまいりますね。この抑えようのない気持ちを、きっとひとは絶望と呼ぶのでしょう。わたくし、またひとつ、人生の深さを知りました。


 しかし、それ以上にやるせないのは僧侶さまでした。

 それはそうですわよね。だってこれほどの大事を引き起こしたのに、まさか信じてもらえないとは思わなかったはずです。いったいどうやってこの茶番劇に幕を下ろすつもりなのでしょうか。わたくし、なぜかとても気分が高揚してまいりましたわ。

 僧侶さまはお顔を真っ赤にしておられます。このまま引き下がるのも恥ずかしいし、なによりもそれは敗北を意味します。粘着的な彼女の性格からして、きっとそれだけはありません。

 となれば、答えは一つです。


「……わかりました。あなたがたの言う通り、その娘は勇者ではないとします」


 そう言って、杖を構えました。


「しかし、その娘が魔王に操られているのは間違いがない。女神さまの名において、その悪霊をわたしがいま、ここで払い去る!」


 僧侶さまの振り上げた杖の先に強い魔力が集まっていきます。それは眩い光球となり、空に浮かびました。

 村人たちが、おおっとざわめきました。

 もちろん見かけ倒しではございません。以前の魔王さまには及ばないにしろ、とんでもない魔力がこもっております。いえ、旅をしていたころよりも、ずっとお強くなっていらっしゃるようです。さすがは僧侶さま。伊達に世界最高の神官に格付けされてはおりません。


「娘よ。その魔王を引き渡せ。さもなくば、いまここで貴殿を浄化する!」


 わたくし、彼女を睨んではっきりとお答えしました。


「たとえ僧侶さまのお願いでも、それは聞けません!」


 僧侶さまが杖を振り下ろしました。光球が放たれます。それはまっすぐわたくしに向かって飛来しました。

 わたくしはそれを受け止めるために、腕に水の精霊の力を降ろしました。聖なる魔力が腕を包み盾となります。そうして、光球に向かって腕を交差しました。


 はたして、わたくしも無事に済むかどうか……。


 知らず、ごくりと喉を鳴らしておりました。

 しかし、光球がわたくしと衝突する刹那――その間に、黒い影が割り込んできたのです。そのお姿を、わたくしが見間違えるはずはございませんでした。


「ま、魔王さまああぁーっ!」


 わたくしの叫びも空しく――……。


 その瞬間、魔王さまのお身体が真っ白い光に包まれてしまいました。



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