わたくし、昔のお友だちに旦那さまを紹介いたします(7)
その翌日のことでした。
あれから僧侶さまが姿を見せることはございませんでした。不気味なほどに何事もなく、まるで嵐の前の静けさの中にいるようです。わたくしと魔王さまは彼女に恐れながら、ただ豚のお世話に励んでおりました。
豚の餌を運びながら、魔王さまがおっしゃいました。
「……勇者よ。余はいったい、どうすればいい」
正直に言って、わたくしにもわかりません。あのご様子では、このまま終わりということはないでしょう。なによりも、彼女には必ず遂行しなければならない使命があるのです。まあ、それは多分に個人の野望が絡んだものですけれど。
とは言っても、彼女がどんな行動に出るかわからないのではどうしようもないではないですか。あれから何度か、隣村の様子を見に行きました。しかし、いたって普通でございます。ただ僧侶さまに話しかけようとしても、彼女はわたくしを見るとすぐに教会の中へ消えてしまうのです。
いっそ、力づくで彼女を縛り上げてご理解いただけるまで昏々とお話しいたしましょうか。いえ、それはあまりにも勇者とはかけ離れた行動です。いくら困っているとはいえ、暴力に訴えるのはよい手段とは言えません。
しかし、どうも胸騒ぎがしてならないのです。なにか取り返しのつかないことにならなければよいのですけれど。
やがて豚のお世話を終え、わたくしたちは帰途に着きました。
そうして家に帰ったとき、そこには信じられない光景が広がっていたのです。
「……これは」
魔王さまが呆然とつぶやきました。
なぜか家の前に、大勢の村人たちが集まっていたのです。いえ、この村の住人だけではございません。近隣の村の人々も見えます。いったい、どうしたということでしょう。
その答えは、中心にいる人物にありました。
それは僧侶さまです。彼女は住人たちに向かって、女神の教えを説くように語っていました。
「みなさま、お聞きください!」
その手には、女神の祝福を受けた聖なる杖が握られておりました。それを振り上げて、村人たちの注目を集めます。
「この10年間。わたしは勇者とともに魔王を倒すべく、世界を旅しておりました。ともに戦い、ともに傷つき、そしてともに平和を夢見たのです」
村人たちがおおっとざわめきました。興奮したように話に聞き入っております。
「そして一年前、魔王城にて魔王と対決いたしました。その力は強大で、もはや太刀打ちは不可能かと思われました。剣士は傷つき倒れ、魔導士はその魔力を枯らし、そしてわたしもまた己の無力を噛みしめておりました」
魔王さまが渋いお顔でそれを聞いております。
わかります。わかりますわ。ずいぶんと盛ったものだなと文句を言いたいのでしょう。そんな戦いがあの城で繰り広げられていたなど、わたくしも初めて聞きましたもの。
まあでも、宗教家とは得てしてそういう大ほら吹きなものですよね。わたくしも初めて女神さまにお目にかかるまで、もっとみなさまが語るような荘厳な方なのかと思っていましたもの。
なぜなら女神さまは……、あら、いけない。また脱線するところでございましたね。いまは目の前の出来事に集中しなければいけません。
そして、僧侶さまの語りもいよいよ佳境でございます。
「しかし、わたしたちには勇者がいました! 女神さまに選ばれ、世界を救う運命を授かった戦の乙女が! 彼女の力によって奇跡は起きました。魔王はその光の前に怯み、闇の世界へと逃げていったのです!」
そこでふと、僧侶さまと目が合いました。
「そして彼女こそ一年前、魔王を討伐したという生ける伝説。勇者そのひとなのです!」
杖の動きにつられて、村人たちがこちらを注目いたしました。目を見開いて、わたくしと魔王さまを凝視しております。
「しかし魔王は生きていました。そして勇者を
にやり、と僧侶さまが意地の悪い笑みを浮かべておりました。
「しかしいま、魔王はその力のほとんどを失っています。敬虔なる信徒たちよ、いまこそ女神さまのために立ち上がるのです。世界が再び闇に包まれる前に、その遺恨を拭い去りましょう!」
わたくし、言葉を失ってしまいました。
まさか、こんな強引な手段に出るとは思いませんでした。確かにひとの力は微弱なものですが、それが束ねられたときの恐ろしさをわたくしは知っております。栄華を極めた王国が、たった十数名のレジスタンスに滅ぼされたのは忘れられません。
なによりも、わたくしは人間を相手に戦うことができるのでしょうか。この恐ろしい策略の前に、わたくしはこぶしを握りしめました。
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