わたくし、昔のお友だちに旦那さまを紹介いたします(6)
あっと思ったときには、もう遅かったのです。その言葉を聞き逃す僧侶さまではございませんでした。
「お、お母上どの。魔王をご存じなのですか?」
これはピンチです。しかし、状況をわかっていないお母さまは馬鹿正直にお答えになりました。
「そりゃそうよう。ついこの間、この娘が魔王くんと結婚するって連れてきたんだから。もうすぐ放牧から帰ってくるから、僧侶さんもいっしょにお夕食でも……」
ぶひっと、豚の鳴き声がしました。
悪いこととは重なるものでございます。そこへ部屋のドアを開けて、子豚を抱えた魔王さまが飛び込んできたのです。
「勇者よ! この
魔王さまが部屋の中を見て、硬直いたしました。
あぁ、魔王さま。だから売り物の豚にお名前をつけてはいけないとあれほど言って……。いえ、いまはそういうことを言っている場合ではございません。しかしながらわたくし、あまりのことに言葉を失っておりました。
魔王さまの腕から、子豚がひょいと飛び降ります。
「そ、僧侶……」
「ま、魔王……」
一瞬で張りつめる緊張感の中、お母さまがのんびりとおっしゃいました。
「あれ。言っちゃいけなかった?」
もう、お母さまのばか!
僧侶さまは呆然としながら、魔王さまを見つめます。
「ほ、本当に魔王なのか。いや、そのツノの魔力。微弱だが、確かにあのとき感じたものと同じだ」
これはもはや言い逃れはできません。いえ、先日もわたくし、自分で言いました。この場で取り繕おうとも、未来に禍根を残すでしょう。わたくしにできるのは、誠心誠意を込めて、僧侶さまに事情をお話しするだけです。
「そ、僧侶さま。お話を聞いてください。わたくし、もはや言い訳はいたしません。この方は幼い外見になってしまわれましたが、確かにあのときの魔王なのです。そしてわたくし、お恥ずかしながら、その魔王さまにこころを奪われてしまいました」
「…………」
僧侶さまはなにもおっしゃいません。ただうつむいて、わたくしの言葉に耳を傾けていらっしゃいます。握りしめたこぶしは怒りに震えておりました。当然です。これまで家族同然に過ごしてきたはずの旅の仲間に、こんな裏切りをされたのです。わたくしが逆の立場でも、きっと許すことはできないでしょう。
しかし、それでもわたくしは僧侶さまに許していただきたいのです。勝手なことだとわかっておりますが、わたくしは本当に僧侶さまのことが大好きなのです。まあ、ときには色ボケとか神官ギルドの恥さらしとか思わなくもないのですが、それでもあの長い旅をともに過ごした僧侶さまを、わたくしは本当の姉のように思っております。
ただ、そのこころを理解していただくのは、やはり難しいのでしょう。僧侶さまはわたくしをキッと睨みつけました。
「……裏切りもの」
うっ。その憎しみのこもったまなざしに、圧倒されてしまいます。
予想はしていたし、覚悟もできていたはずです。しかし、その言葉はわたくしの胸に鋭い剣のように深く突き刺さったのでした。
「まさか、勇者どのが……」
いえ、違うのです。
話を、どうか話を聞いて……。
「勇者どのが先に結婚するなんて!」
……はい?
わたくし、僧侶さまのお言葉の意味を理解するまで、しばらくの時間が必要でございました。そんなわたくしを放っぽりだして、僧侶さまは天に向かって両手を合わせて嘆いております。
「あああああぁぁ……。ゆ、勇者どのみたいな行き遅れで生活能力のない女でもこんなに美しい相手が見つかるというのに、わたしにはどうして……。あぁ、女神さま! なぜ、なぜですか!」
……わたくし、一年前までこの方に命を預けていたのですね。なんだか、とてもショックです。いえ、わかってはいたのですけれどね。
すると僧侶さま、わたくしの肩を掴んで顔を近づけました。……痛い、痛いです。握力以外の、なにかこう、言われようのない恨みの力を感じます。
「あの、僧侶さま。わたくしが魔王さまと結婚したことを怒っていらっしゃるのではないのですか?」
「なぜですか!?」
わたくしの疑問は一蹴されてしまいました。
「だって、お父上さまやご家族のことは……」
すると彼女は、静かに首を振るのです。
「勇者どの。確かに旅に出る前は、確かに魔王軍を憎んでいたかもしれません。しかし、わたしは気づいたのです。世界には復讐よりも大切なことがあるのだと。わざわざ一銭の得にもならない復讐に人生をささげるくらいなら、わたしは美丈夫との一夜を謳歌します!」
この方を左遷なさった教皇さま、ご英断でございましたねえ。はやくなんとかしないと、この神官さまは本当に根腐れてしまいます。
しかし僧侶さま、わたくしの言葉など聞く耳持たないご様子です。
「許しません。わたしを欺き、あまつさえそんな可愛らしい男子との婚姻を決めたなど。勇者どの。その報い、きっと受けていただきます!」
そんな捨て台詞を残して、僧侶さまは出ていってしまわれました。そのうしろ姿を見送りながら、わたくしたちは呆然としておりました。
……あのお方の病は、きっと女神さまでも癒すことはできないのでしょうね。
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