わたくし、昔のお友だちに旦那さまを紹介いたします(5)



 村に帰って数日間は、穏やかな日々が過ぎました。

 隣村にやってきた美しい神官さまのうわさは、日々わたくしの耳にも届いております。なんでも子どもたちを対象に読み書きの教室を始めたとか、怪我をした大工さんの腕を一瞬で癒して差し上げたとか。お優しくて、おまけに美人。評判はすこぶる良好で、瞬く間に周囲の信頼を獲得していきました。彼女こそ女神さまが顕現した姿なのでは、などと聞いたときには、わたくし頬がにやけるのを止められませんでした。

 普段の行いだけ見ていると、本当にあの色ボケ神官と同一人物とは思えませんねえ。まあ、わたくしが目を光らせていると知っているから大人しくしているだけでしょうけれど。

 さて、しかしこのまま大人しくしているとは思えません。だって、彼女には大きな目的がございます。それは魔王さまのことを探し出すことです。

 魔王さまの以前の強大な力は理解しているはずです。それでも彼女はやるでしょう。なぜなら目の前にどんぐりをぶら下げられた豚が、それを食べずにいられるわけはございませんもの。


 まったく、教皇さまにも困ったものです。僧侶さまをここに赴任させる口実が必要なら、もっと別の理由もあったでしょうに。

 しかし、いまさらあのご老人を責めてしょうがないことです。いまはとにかく、僧侶さまにうまく事情を説明して魔王討伐を諦めてもらうしかありません。でなければ、本当に魔王さまが浄化魔法の餌食になってしまわれます。

 しかし、どうやって説明したものか。お母さまやお父さまはちょろいひとなので簡単でしたが、さすがに僧侶さまに理解していただくのは難しいのです。


 それはあのお方が、なぜ神職の世界に身を投じたのか、というお話になります。

 いつか彼女が語って聞かせてくださった昔話。彼女は幼いころ、さる地方の貴族さまの一人娘としてお生まれになりました。女の子だてらに剣を習い、勉学に励み、いずれはその地を治めるよき領主となるだろうと思われておりました。女の子でしたが、周囲の人たちはそのことに反対はしていなかったのですね。

 そして戦争の折、彼女の故郷は魔王軍に攻めこまれて滅亡しました。出陣したお父上さまを亡くし、家族は離散し、幼い僧侶さまは神官ギルドに預けられました。そこで女神さまの教えをこころの拠り処とし、いずれ魔王に復讐するためだけに神法を収められたのです。

 そのため、僧侶さまの魔王さまに対する怨みは仲間の中でもひときわ――。


「ねえ、あんた。お客さんよ」


 もう、お母さまはいつもいいところで話の腰を折ってきますね。本当に空気が読めなくて困ったものですわ。わたくし、こういうところは似なくて本当によかったです。

 まあ、そういうわけで、僧侶さまは魔王軍に対して、結構な怨みを持っているのです。そんな僧侶さまにとって、魔王さまと新婚生活を送るわたくしの行動は裏切りに他なりません。しかし、わたくしとて魔王さまへの愛は譲れません。できれば、魔王さまのお人柄をうまくお伝えして穏やかにことを運びたいと――。


「ははあ。勇者どのほどの人物ですから、もっと高名な家の出自かと思っておりましたが。なかなかどうして、見れば見るほど普通の畜産農家ですなあ」


 あら。わたくしのお部屋に、誰かいらっしゃるようです。魔王さまが豚の放牧から帰られたのかしら。

 と、その人物を見て、わたくし心臓が飛び出しそうになりました。


「そ、僧侶さま!?」


 なぜか当の僧侶さまが、わたくしのお部屋でくつろいでいるではございませんか。彼女はわたくしの声に驚いたご様子です。


「ゆ、勇者どの。そんな大声を上げてどうしたのですか」


「い、いえ。気づかなかったものでびっくりしてしまいまして……」


 いけない、いけない。突然のことに取り乱してしまいました。わたくしは深呼吸して、僧侶さまに椅子を勧めました。

 そこへ、お母さまがお茶を持ってきました。


「あんたの昔のお友だちって聞いたから上げたんだけど」


 このひと、僧侶さまが盗賊だったらどうするつもりだったのかしら。田舎暮らしは警戒心を消してしまうのでしょうね。

 いえ。まあ別に盗賊でも構わないのでしょう。だってこの家、わたくしという勇者が守っているのですもの。ある意味では、そこらのお城よりもずっと警備が充実しているのかもしれませんね。

 とにかく魔王さまが放牧から帰ってらっしゃる前に、僧侶さまを追い返さなければなりません。


「え、えっと。僧侶さま、本日はどのようなご用でしょうか?」


「えぇ。先日のお話の続きをしに来たのです。わたし、いろいろと魔王の情報を集めていたのですが、いかんせんこの土地の地理に明るくありません。そこで、勇者どのに案内をしていただけないかと思いまして」


「な、なるほど。わかりました。それではまた後日、機会をうかがってこちらから出向きましょう」


「え。いえ、できればこの村のことをもう少し教えていただきたいのですが……」


「それはまた今度にいたしましょう。もう少しで雨の季節ですので、山間にきれいな虹を出す場所があるのですよ。そういうわけで今日のところはお引き取りを」


「いやいや、勇者どの!? わたしは観光をしたいのではなくてですね!」


 と、わたくしが僧侶さまを押し出そうとしていると、横からお母さまが口を挟まれました。


「あれ。魔王くんもお友だちなの?」



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