わたくし、昔のお友だちに旦那さまを紹介いたします(4)
わたくし、教会をあとにしました。
魔王さまはどこかしら。はやくこのことをお伝えしなければいけません。うっかり僧侶さまに出くわした日には、いまの魔王さまなぞ、彼女の浄化魔法の前に一ひねりでしょう。いくら色欲に堕ちたとはいえ、あれでも世界最高の神官のひとり。その実力は確かなものなのです。
と、そこへ魔王さまがやってきました。
「勇者よ。さがしたぞ」
「あら、魔王さま。どちらに行かれていたのですか」
「ちょっと向こうの木陰で休んでおった。この姿になってからというもの、余は人混みが苦手でな。周囲の人間の思考が絶えず頭に流れ込んで酔ってしまうのだ」
わたくしの旦那さま、とっても貧弱ですね。まあ、そのおかげで僧侶さまに気づかれずに済んだのでしょう。これは
わたくしたちは、急いで教会から離れました。下手に近づくと、魔王さまの微弱な魔力を僧侶さまに感づかれる恐れがございます。
「なるほど。僧侶がな……」
先ほどの会話をお話しすると、魔王さまが難しいお顔で考え込まれました。
でも、妙ですねえ。魔王さま、女神さまの祝福を受けて人間になられたのに、どうして教会がそのことを把握していないのかしら。
と、そのときです。
「勇者さまー」
つい反射的に振り返ると、そこには鮮やかな赤いマントを羽織った男性がおりました。今朝、僧侶さまのお手紙を運んでくださった梟さんです。
「あら。いかがしましたか?」
「いえ。実は今朝、もう一通の手紙を渡し忘れておりまして。こりゃあ戻らにゃいかんと困っていたところに、ちょうどお姿を見たもので」
そうして、一通のお手紙を差し出されました。
白い便箋でした。裏返すと、神官ギルドの特別な紋章で封をしてあります。これは女神さまを擁する神官ギルドの最高機密を表すもので、一国の王ですら開けることが許されません。これを使えるのは、神官ギルドでもごく一部の方だけ。おそらくは大神官である僧侶さまですら使えないものでしょう。
となれば、きっと差出人はわたくしの予想通りのひとかと思われます。
『拝啓、勇者どの。
わたしは教皇である。
貴殿の仲間であった僧侶が、そちらに赴任したのはご存知と思う。彼女はギルドに戻ってからというもの、夜な夜な街へ繰り出したり男と駆け落ちを企てたりと、以前の敬虔な使徒の面影はなくなってしまった。
その愚行は目に余り、とてもではないが他の修道者たちに示しがつかない。とはいえ、仮にも貴殿とともに世界を救った英雄。その崇高なる精神は健在だとわたしは信じたい。
よって、彼女の身柄をそちらに預けようと思う。親交の深い貴殿のほうが、彼女のことを理解しているに違いない。貴殿のもとならば、きっと更生してくれるだろうと信じている。
追伸。
極秘任務は彼女をそちらに行かせるための方便なので安心してほしい。
それでは、健闘を祈る。
教皇 』
あちゃあ、ですね。
これは面倒なことになりました。手紙にはこう書いてありますが、実際のところは体よく彼女のお守りを押しつけられたのでしょう。確かに世界を救った英雄を破門してしまっては、信徒たちへ悪い影響が出てしまいます。その点、こうすれば内へも外へも一応の示しがつきます。そして被害を受けるのはわたくしだけ。きっと僧侶さまが問題を起こした際には、わたくしに責任を転嫁するのでしょうね。さすが宗教家。やり口が狡猾です。
しかしなんとなく察してはいましたが、やはり左遷でしたか。本部のエリートから辺境の貧乏教会へ転落とは、これはまた稀有な運命をお持ちですね。色ボケ神官もここまで来れば大したものだと思います。
ただ、確かに彼女をこうしてしまった責任の一端はわたくしにもございます。あの若き日、教えに背くからと断った彼女を無理やり酒場に連れて行ったのはわたくしと剣士さまでした。あのとき声をかけてきた男のひとにうっかりお持ち帰りされてしまってからというもの、彼女はひとが変わってしまったのです。
しかし、あの男のひとも災難でしたねえ。ちょいと初心で可愛らしい女の子と遊ぼうとしたら本気で惚れられて結婚を迫られ、それを断ると浄化魔法で煩悩を焼き払われてしまいました。風のうわさでは、一生、子どものつくれない身体になってしまわれたとか。遊ぶ相手もしっかりと選ばないと、とんだしっぺ返しを食らうものです。
まあ、わたくしはそんなふしだらな女ではございませんので、魔王さまにはご安心いただきたいと思います。
そういえば、あの梟さん。どうしてわたくしが勇者だと知っていたのでしょうか。いつの間にかお姿も消えております。
まあ、どうでもいいことですね。とりあえず、わたくしたちは村まで戻って、僧侶さまの対策を考えることにいたしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます