わたくし、昔のお友だちに旦那さまを紹介いたします(3)



 礼拝堂の裏にある客間で、僧侶さまよりお茶をいただきました。

 なんでも本部で育成しているラベンダーのお茶だそうで、とてもよい香りがいたします。この周辺でお茶といえば森で採れる名前も知らない木の葉から抽出するものなので、こういう上品なお飲み物は腰が引けてしまいますね。


「それで本部の大神官さまが、どうしてまたこんな田舎の教会へ?」


「そ、それが……」


 僧侶さまはコホンと咳をすると、真剣な表情で告げました。


「実はわたし、ある危険な極秘任務を受けておりまして」


 それは、それは。とても穏やかではございませんね。

 しかし、このくそ田舎で危険な極秘任務など起こりようもないと思うのですけれど。もしかして古代の怪物でも復活するのかしら。それはそれで面白そうですね。わたくしもこの土地の暮らしは好きですが、やはりふとしたとき、旅のころのスリリングな体験が恋しくなることもございます。まあ、いまは魔王さまをいかにして売り物の豚から引き剥がすかということで頭がいっぱいなので退屈はしておりませんけれど。

 あら。また脱線してしまいましたわ。わたくし、僧侶さまとのお話に頭を戻したいと思います。


「その任務とは、いったいどのようなものなのですか?」


 彼女はうなずくと、どこか興奮した様子でおっしゃいました。


「実はあの古城で取り逃がした魔王が、人間界に――しかもこの土地のどこかに潜伏しているという情報があるのです。その発見と監視がわたしの任務なのです!」


 わたくし、思わずラベンダーティーを吹き出してしまいました。


「ゆ、勇者どの!?」


「い、いえ。すみません。取り乱してしまいました」


「ははあ。いや、それもしょうがないと思います。わたしもそのことを教皇さまに聞いたとき、この耳を疑いました。しかしこれは世界の存亡をかけた任務なのです。一秒でもはやく遂行しなければいけません!」


「さ、さようでございますか」


 僧侶さま。使命に燃えております。いつも忘れそうになるのですが、このお方、わたくしと出会うまでは本当にまじめな神官さまでしたものね。それが外の世界に連れ出したせいで、こんなことになってしまうとは。ある意味で、このひとの人生を捻じ曲げてしまったのはわたくしであるとも言えます。それが、わたくしが彼女に強く出られない理由でもあるのですね。

 しかし、どうしましょう。魔王さまのこと、正直にお話しするべきかしら。いえ、迷うまでもありませんよね。彼女はどうしようもない色ボケ神官ですか、それ以前に大切なお友だちですもの。きっと話せばわかってくれますわ。

 それに、こういう隠し事はいずればれてしまうものです。そうなれば、きっと大きな禍根を生むことになるでしょう。もしかしたら、わたくしと僧侶さまは命を懸けて戦わねばならなくなるかもしれません。

 それはいやです。いえ、負ける気はまったくいたしません。しかし、さすがにそんな夢見の悪いことは避けたいですもの。わたくし、彼女が諦めてくれるように、さりげなく説得にかかります。


「あの、僧侶さま。魔王さ……、いえ、魔王の強大な力は、わたくしたちがいちばんよく知っているはずですわ。そんな危険な任務、おひとりで遂行するのは危険です。ここはしばらく、様子を見るというのはいかがでしょうか」


「いえ。それはできません」


 しかし、きっぱりと否定されてしまいました。


「ど、どうしてですか?」


 すると、彼女はこぶしを握りしめて叫びました。


「教皇さまはおっしゃいました。魔王を討伐した暁には、わたしの歓楽街通いを認めてくださると! わたしはいつまでもこんなところにくすぶっているわけにはいきません。あの街の見目麗しい男たちが、わたしの帰りを待っているのです!」


 前言撤回です。彼女はお友だちである前に、救いようのない色ボケ神官でした。たとえ命を懸けて戦うことになろうと構いません。むしろこのひと、いないほうが世界のためになるのではないでしょうか。

 それにしても、彼女の背に悪い気が見えますねえ。旅の間もずいぶんなものでしたが、この一年でさらに悪化してしまったご様子です。きっとこの病は、魔王さまの治癒術でも治らないのでしょうね。

 わたくしの思いなど露知らず。僧侶さまはぎゅっと手を握ってきました。


「というわけで、勇者どの! ここで再会したのもなにかの縁です。老師どのと剣士どのはおりませんが、この地で一年前の決着をつけようではありませんか!」


「は、はあ」


 そのあまりの気迫に押され、わたくし思わずうなずいてしまいました。

 いったい、どうしたものかしら。わたくし困ってしまいました。



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