わたくし、昔のお友だちに旦那さまを紹介いたします(2)



 僧侶さまはしとやかな微笑を浮かべて、みなの前に立ちました。

 彼女が現れた瞬間、周囲の熱に浮かされた空気がすっと冷えたような気がいたしました。その表情は神秘的で、背からは後光が射しているようにすら見えます。

 村人たちが、ごくりと唾を飲みました。そうして、僧侶さまのお言葉を待っております。彼女はゆっくりと周囲を見回すと、よく通る声で告げました。


「敬虔なる女神の信徒よ。わたしが本日より、この教会に赴任したものです」


 村人たちが、おぉ、とざわめきます。彼女の一挙一動を見逃さないという雰囲気が伝わってきました。そんな村人たちに頷き、僧侶さまは続けます。


「魔王軍の脅威は去りました。しかし闇は常に我らの周囲に潜み、その身を喰らおうと狙っています。しかし女神さまの威光がある限り、この世にはあまねく光が約束されましょう。そして闇を払い続けるには、あなた方の祈りが必要です」


 そうして、村人たちを見回しました。ふと、彼女の目が見開かれます。真剣なまなざしで、ふたりの青年を指さしました。


「そこのあなたと、そこのあなた」


 どちらもなかなかの美男子だと思います。まあ、魔王さまに比べたらまるで路傍の石ころですけれどね。

 しかし、この青年たちがいったいどうしたのかしら。わたくしが不思議に思っていると、僧侶さまがおっしゃいました。


「背後に悪い気が見えますね。このまま放っておけば、あなた方の未来に出口のない霧を生むことでしょう。今宵、教会へ来なさい。いいですね?」


 青年たちは青ざめた顔でうなずきました。


「は、はい!」


「わかりました!」


 それを見守っていた村人たちが、わっと歓声を上げました。まるで国王陛下を前にしたのようでございます。まあ、それも仕方ないかもしれませんね。いままでの神官さまといえば、一日中、女神さまの像の前で眠りこけているだけでしたもの。

 たまに婚姻の儀や葬祭の儀のときにお祈りをしていましたが、あまりにお歳だったもので、途中で眠ってしまうことも多かったのです。わたくしも幼いころ、近所のお爺ちゃんの葬儀に参列しました。その祈り言の最中に神官さまがぽっくり逝ってしまわれないか、はらはらしていた記憶がございます。


 まあ、それはさておき。


 僧侶さまはその短い挨拶の間に、しっかりと村人たちのこころを掴んでしまわれました。大声で彼女を呼ぶ村人たちの声に軽く手を上げると、彼女は教会の中へ戻っていきました。

 まあ、いまのやりとりを見て、僧侶さまの真意に気づくはずはございませんよね。熱に浮かされた様子で散っていく村人たちの間を歩きながら、わたくし教会の裏に回りました。


 教会の裏のドアを叩くと、中から声がいたしました。


「はい。すみませんが、教会にご用でしたら礼拝堂のほうに……」


 僧侶さまが出てこられました。わたくし、彼女に微笑みかけます。


「あら。礼拝堂はひと目につきますが、よろしいのですか?」


 すると彼女は、目をまん丸くして叫びました。


「ゆ、勇者どの!?」


「僧侶さま。お久しぶりでございますねえ」


 一年前とお変わりないようで安心いたしました。いえ、少しは変わっていてほしかったというのが本音ではございますが。


「ど、どうしてここに!?」


「わたくし、ここが故郷でございまして。いまは隣村で生活しております」


「あ、あはは。すごい偶然ですね」


 彼女の目が泳いでおります。それもそうでございますよね。わたくしがあのご挨拶を見ていたとなれば、次になにを言われるかわかっておりますもの。ひとをいじめるのはあまり好きではないのですが、かつての仲間が道を踏み外そうとしているなら正してあげなくてはいけません。だってわたくし、勇者ですもの。


「それで、あの殿方たちをどうするおつもりですか?」


 ぎくり、と僧侶さまの肩が震えます。あぁ、やっぱりそうなのですね。わたくし、あのおふた方に邪悪な気など感じませんでしたもの。


「い、いや、その。ちょっと、浄化の儀式を……」


 見え透いた嘘です。そんなもので誤魔化されるほど、わたくし耄碌もうろくはしておりません。僧侶さまのお顔をじっと見つめていると、彼女の額から滝のような汗が流れ出しました。

 とどめを刺すように、にっこりと微笑みかけます。


「うふふ。本当は?」


 僧侶さまが、わっと泣き出しました。


「ゆ、勇者どの。許してください! ちょっとお酒のお酌をしてもらおうと思っただけなんです! 本当です、信じてください!」


 がっくんがっくんと肩を揺らされます。


「だってこの村、なにも楽しみがないではないですか! そりゃあ、わたしだって女神の使徒ですし、いけないことだとはわかっています。でも、でもですよ! こんな辺鄙な村に赴任させられて、他になにを楽しみに生きろと言うのですか!」


 ひとの故郷に向かって、言いたい放題ですねえ。


 まったく、一般人を脅かすとは本当にいけないひとです。とはいえこのお方、昔から外面だけはいいので信じてしまうのも無理のないことかもしれません。わたくしも少しは見習いたいのですが、どうもああいう演技は不得手にございます。


「と、とりあえず中へどうぞ」


 僧侶さまに促され、わたくし教会の中へと入りました。

 あら。そういえば、魔王さまはどちらに行かれたのでしょうか。


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